NIDSコメンタリー 第457号 2026年10月16日 ジェンダー視点から捉える空域リスク・インテリジェンス——AI、気象情報、航空レジリエンスと「誰の安全を守るのか」
- 特別研究官(国際交流・図書担当)付
- 岩田 英子
はじめに
私たちが飛行機を安全に利用できるのは、パイロットだけでなく、航空管制官、整備担当者、空港職員、気象機関など、多くの人や組織が協力しているからである。
しかし現在、空の安全を取り巻く環境は大きく変わっている。気候変動に伴う猛暑、豪雨、強風などは、航空機の運航や空港に影響する1。また、ドローンなどの無人航空機が増え、有人航空機と無人航空機が同じ空域を利用する機会も増えている。さらに、人工知能(Artificial Intelligence:AI、以下、AI)を利用すれば、気象、航空機、空港などに関する大量の情報を短時間で分析できるようになった。
では、情報が増えれば、それだけで空が安全になるかというとそういう訳ではない。大切なのは、さまざまな情報を結び付け、「何が危険なのか」「誰にどのような影響があるのか」を考え、行動につなげることである。
本稿では、そのための考え方として空域リスク・インテリジェンス(Airspace Risk Intelligence)を提示する。空域リスク・インテリジェンスとは、気象、航空機、ドローン、空港、空域、安全情報、AIによる分析、人的要因、さらに社会への影響などを組み合わせ、空域のリスクを総合的に理解して意思決定につなげるための分析枠組として、筆者が提唱するものである。
そして、この問題をジェンダー視点から考える。ここでいうジェンダー視点とは、女性だけを見ることではない。性別、年齢、職業、身体的特性、経験、社会的立場などの違いによって、危険の受け方や持っている情報が異なることに注目する考え方である2。つまり、「誰の安全を守るのか」「誰の知識を判断に使っているのか」を考える視点である。
「情報を集める」だけでは安全を守れない
航空安全では、非常に多くの情報が使われる。天気、航空機の状態、滑走路、航空交通量、整備情報、ドローンの飛行状況などである。
しかし、一つ一つの情報だけを見ていては、本当の危険を理解できないことがある。例えば「強風」という同じ気象情報でも、すべての航空機に同じ危険があるわけではない。航空機の種類や重さ、滑走路の向き、周辺の地形、パイロットの経験などによって影響は変わる。豪雨であれば、飛行機だけでなく、空港への交通、地上作業、物流などにも影響する。
そこで空域リスク・インテリジェンスでは、「情報を集める → 情報の意味を考える → 行動を決める」という流れを重視する3。AIは最初の二つを大きく助けることができる。しかし、最終的な運用判断とその責任は、人間が担う必要がある。AIが一定範囲で行動するようになっても、最終的な統制と責任は人間にある。
AIは「危険の意味」まで理解しているわけではない
AIは、人間より速く大量の情報を処理できる。
例えば気象、航空交通、航空機の性能などを同時に分析し、「このままでは危険が高まる可能性がある」と早く知らせることができるかもしれない。しかし、AIが示した答えが、そのまま最終的な判断になるわけではない。AIの判断は、どのようなデータを使ったのか、何を危険と定義したのか、どのような目的でシステムを設計したのかによって変わるからである。
そのため、責任あるAI(Responsible AI)では、AIの性能だけでなく、人間がAIを監督し、その判断を確認できることが重要になる4。例えばAIが「この空港は運用可能」と判断しても、現場では別の問題が起きているかもしれない。だから人間には、「AIの判断は現場の状況と合っているのか」「AIが見ていない情報はないか」「別の判断は可能ではないか」と問い直す能力が必要になる。
AIは判断を助けることはできても、人間に代わってすべての意味を判断することはできない。AIは意思決定を支援するものであり、説明責任と最終的な判断責任は人間が担う必要がある5。
ジェンダー視点で「見えていないリスク」を探す
では、なぜ航空安全にジェンダー視点が必要なのだろうか。
例えば、大雨によって空港が閉鎖されたとする。航空会社にとっては運航停止が問題になる。旅行者にとっては予定変更が問題になる。しかし、緊急に医療を受けるため移動する人、高齢者や障害のある人、空港で働いている人、物流を担当している人、空港周辺の住民では、同じ空港閉鎖でも影響が違う。つまり、「空港が使えるか、使えないか」だけでは、本当の影響をすべて理解することはできない。
そこでジェンダー視点から、「誰の安全が評価されているのか」「誰の経験がデータに入っているのか」「誰への影響が見落とされているのか」と問い直す。これは女性を特別扱いするという意味ではない。違う立場にいる人は違う情報を持っている可能性がある。その情報を安全のために利用するという考え方である6。
航空安全にはパイロット、航空管制官、整備担当者、客室乗務員、空港職員、地上支援業務の担当者、旅客など、多くの人々が関わっており、それぞれが異なるリスクの兆候を知っている可能性がある。
航空レジリエンスとは「飛行機を飛ばすこと」だけではない
近年、気候変動による異常気象も航空にとって大きな課題になっている。猛暑、豪雨、強風、雷、森林火災の煙などによって、航空機だけでなく、空港や航空交通システムそのものが影響を受ける可能性がある。
そこで重要になるのが航空レジリエンスである。これは、問題が起きても航空システムの重要な機能をできるだけ維持し、状況に適応し、回復する能力と考えることができる。
しかし、「航空機が再び飛べるようになった」だけで、本当に回復したといえるだろうか。医療目的で移動する人はどうなったのか。空港で働く人は安全だったのか。物流は維持されたのか。地域社会にはどのような影響があったのか。
空域リスク・インテリジェンスでは、こうした社会への影響も空域のリスクの一部として考える。ここでもジェンダー視点が重要になる。「誰の安全を守るのか」という問いを加えることで、航空機や空港だけではなく、航空を利用し、支え、影響を受ける人々まで含めて安全を考えることができるからである。
空域リスク・インテリジェンスとHORA
空域リスク・インテリジェンスを実際に機能させるためには、AIやセンサーなどの技術だけでは不十分である。AIを理解する人材、異なる専門家が情報を共有できる組織文化、最終判断を行うリーダー、責任の所在を明確にする制度なども必要になる。
この問題は、NIDSコメンタリー「ジェンダー視点から捉える人的・組織的レジリエンス分析(HORA)」で提示したHuman & Organizational Resilience Analytics(以下、HORA)ともつながる。HORAとは、カール・E・ワイク(Karl E. Weick)らの高信頼組織研究、エリック・ホルナゲル(Erik Hollnagel)らのレジリエンス・エンジニアリング及び米国防総省(U.S. Department of War: US DoW)による責任あるAI(Responsible AI)に関する知見を統合し、AI時代における人的・組織的要因を分析する枠組である。要するに、HORAは、AIが示した情報を人間と組織がどのように受け止め、確認し、責任をもって判断するかを考えるための枠組である。
空域リスク・インテリジェンスが「空域のリスクをどのように理解するか」を考える枠組だとすれば、HORAは「その情報を使って人間と組織がどのように信頼できる判断をするか」を考える枠組と整理できる。
つまり、空域リスク・インテリジェンスはリスクを見つけ、意味を考える一方で、HORA はその情報を使って、人間と組織が判断し、行動するという関係で考えることができる。両方に共通しているのは、AIだけに判断を任せないことである。
おわりに
AIによって、私たちは以前より大量の航空情報を速く分析できるようになった。しかし、情報が多ければ正しい判断ができるとは限らない。重要なのは、「何を危険と考えるのか」「誰にどのような影響があるのか」「どのリスクを優先するのか」を人間が考えることである。そのための一つの考え方が空域リスク・インテリジェンスである。
そしてジェンダー視点は、「誰の経験がデータに入っているのか。」「誰の意見が判断に使われているのか。」「誰への影響が見落とされているのか。」「そして、誰の安全を守ろうとしているのか。」という問いを加える。
AIが情報を分析し、人間がその意味を考え、異なる経験を持つ人々の知識を組織が集め、リーダーが最終的な判断と責任を担う。AI時代の航空安全に必要なのは、AIだけを高度化することではなく、AI、人間、組織が協働して空と社会の安全を守る能力を高めることなのである。
Profile
- 岩田 英子
- 特別研究官(国際交流・図書担当)付
- 専門分野:
グローバルガバナンスと包摂的レジリエンス、軍事組織でのジェンダー視点のインパクト