NIDSコメンタリー 第456号 2026年10月6日 米中ワシントン首脳会談と「建設的戦略安定関係」の行方
- 地域研究部中国研究室主任研究官
- 山口 信治
はじめに
2026年9月23日から25日にかけて、中国の習近平国家主席が国賓として米国を訪問し、24日にホワイトハウスでトランプ大統領と会談した。5月にトランプ大統領が北京を訪れてから4か月あまりで、両首脳が互いの国を訪れたことになる。
5月の北京会談で、両国は米中関係を「建設的戦略安定関係」と位置づけることで一致した。これは中国側が持ち出した概念で、協力を主とし、競争に節度があり、相違が管理され、平和が見通せる関係を築くことをうたっている。その中身は2010年代に中国が掲げた「新型大国関係」と共通する部分が多く、互いの核心的利益、とりわけ台湾をめぐる中国の立場を米国が尊重することを安定の前提に置いている。米国はこの言葉を使うことには応じたが、5月の発表文書では「公平性と互恵性を基盤として」という限定を付け、中国と同じ表現を使うことは避けた。
筆者は5月の会談を分析したコメンタリーで、この会談は何か大きな決定を下した場ではなく、台湾や先端技術で米中が折り合うのは難しいと述べた。そのうえで、中国は米国が自国の立場を受け入れる余地があると過度の自信を抱き、それが日本など周辺国への強硬な姿勢につながるおそれがあると指摘した1。
本稿では、9月の会談を通じて「建設的戦略安定関係」が米中の共通の言葉として定着したのか、中国は会談で何を得たと考えているのか、そして中国の自信が周辺国への姿勢にどう表れているのかを検討する。
5月から9月まで―最低限の安定とつばぜり合い
北京会談の後、両国が守ってきたのは関税についての取り決めである。米連邦最高裁は2月に、国際緊急経済権限法に基づく関税を違法と判断した。そのため米国は通商法301条を使って関税をかけ直し、7月に12.5%を発動し、8月には7.5%の追加を検討していると報じられた。これらを合わせても、2025年10月の釜山での首脳合意で決めた水準を超えないように設計されており、中国もその範囲なら受け入れる姿勢を示していた。
しかし、それ以外の分野では個別の規制と報復が続いた。6月に米国防総省が188社を中国軍事企業リストに加えると、中国は米企業の輸出規制リストへの掲載などで応じ、7月に米国が外国製ロボットなどの輸入を事実上禁じると、8月に中国は対抗措置を発表した。ただし中国商務部はこれを「抑制的」な措置だと説明し、関税による報復は避けている。AI半導体では、米国がエヌビディアのH200の対中輸出を条件付きで認めたものの実際の出荷はわずかで、最先端品の禁輸は続いている。台湾への約140億ドルの武器売却は、5月下旬に米海軍長官代行が一時停止を明らかにして以来、止まったままである。イランをめぐっては、ベッセント財務長官が8月にイランの取引相手への二次制裁の方針を打ち出したが、中国の大手銀行は対象になっていない2。
会談直前の9月20日には、ニューヨークで何立峰副総理とベッセント長官、グリア通商代表が約8時間にわたって協議した。米側はこの場で、国家安全保障にかかわるAI関連の事案が起きた際に互いに通報する仕組みを提案している3。
この4か月、双方は首脳会談の開催と関税という線だけは守った。しかしそのほかの分野では、相手の措置に個別に反撃する状態が続いたのである。
中国は訪米に何を期待したか
中国外交部は9月21日に習主席の訪米を正式に発表した。報道官は、半年のうちに首脳が相互訪問することには歴史的な意義があると述べたうえで、米国とともに建設的戦略安定関係の「内容を豊かにしたい」と語った4。5月に打ち出した概念に、今回の会談で具体的な中身を加えたいということである。
中国がそこに込めたかったのは、首脳同士の信頼と核心的利益の尊重だろう。訪米直前の『人民日報』は、台湾問題の扱いを誤れば米中関係は非常に危険な状態に陥ると改めて警告した。また中国側は会談で台湾への武器売却の停止を求める構えだったともいわれる。
中国の専門家の間では、現在の安定は中国が自ら勝ち取ったものだという見方が出ていた。復旦大学の呉心伯は8月に発表した論考で、米中関係の安定は米国が善意を示した結果ではなく、中国が闘争によって得たものだと述べ、米国は今後、台湾問題をより慎重に扱うようになるだろうと論じている5。このように、中国側は5月以降の米中関係の展開をよい傾向にあるとみていた。
会談で何が合意されたか
AIが示した数字や確率を見ると、人間はそれを客観的で正しい答えだと思ってしまうことがある。
今回の会談で最も目を引くのは、米国の発表文書の書きぶりが変わったことである。ホワイトハウスが9月25日に公表したファクトシートは、両国が「尊重、公平、互恵を基盤とする」建設的戦略安定関係を築くことで一致したと記した。中国側が発表した8項目の成果も、第一項に同じ「尊重、公平、対等」を掲げている6。5月に米国が付けた限定は「公平性と互恵性」だけだった。今回はそこに、中国が一貫して求めてきた「尊重」が加わったのである。一方で中国も、米国が持ち込んだ「公平・対等」を自らの表現に取り入れている。米中は同じ言葉を使うようになったが、それは双方が相手の条件を一つずつ受け入れた結果である。もっとも米側のファクトシートは表題に「公平で互恵的な関係」を掲げ、この一文を文書の末尾近くに置いている。一方、中国側はこれを成果の筆頭に据えた。
具体的な成果としては、米側の発表によれば、双方がそれぞれ300億ドル分の非機微品目の関税を引き下げることで一致し、貿易委員会の稼働と投資委員会の設置が確認された。これに対して中国は2027年と28年に米国産石炭をそれぞれ1,000万トン以上輸入する。ベッセント長官は、釜山合意に基づく関税休戦を2027年1月10日まで延長すると述べた。ただしレアアースの輸出規制については、米側が懸念に対処すると書いただけで、中国側の8項目には出てこない。中国によるレアアース輸出規制の一時停止は、11月10日に期限を迎える。
AIについては対話の枠組みを設け、11月に次の会合を開くことになった。ただ、米側は両首脳が「人工知能」ではなく「スーパーインテリジェンス」という言葉を使うことで合意したと発表したのに対し、中国側はこれを「中美人工智能対話」と呼んでいる。対話の名前は一致していない。
これらから分かるように、米中の「合意」は非常に浅いレベルであり、他方で両国が対話を継続する意思を明確に持っているがゆえに、曖昧で大まかな「成果」が示されているということだろう。
台湾と日本
台湾については、中国側の会談記録は国家統一をめぐる立場を確認したうえで、米国に「台湾独立に反対する正しい立場」を守るよう求めた7。5月に中国が繰り返した「核心的利益の中の核心」「越えてはならない第一のレッドライン」といった言葉は、今回の発表からは消えている。その代わりに、米国の立場をもともと「独立反対」であったかのように書き、それを守れと迫る形をとった。米国は長年「台湾独立を支持しない」とは言っても「反対する」とは言ってこなかったため、これは米国の表現を一歩先へ進めさせようとする書き方であるといえよう。
しかし米側のファクトシートは台湾に一言も触れておらず、パーデュー駐中国大使は会談後、台湾政策も文言も変えていないと明言した。武器売却も決まっていない。トランプ大統領は会談後、11月に中国で、12月にマイアミでのG20首脳会議で再び習主席と会うと述べた。米国の専門家の間では、売却の決定はこれらの会談を見ながら来年以降に持ち越されるとの見方が多い。
日本の名前は、米中どちらの文書にも出てこない。しかし、両首脳が第二次世界大戦で米中が同盟国として共に戦ったことを振り返ったという一文が、米側のファクトシートにも中国側の8項目にも入った。習主席は国賓晩餐会で、これを日本軍国主義の侵略に米中が共に立ち向かった歴史として語っている。中国は日本を正式な議題にはしなかったが、首脳間の合意文書に、日本と戦った米中という歴史を書き込ませたのである。ただし米国のファクトシートは、その直後に大戦以降の米軍の前方展開がインド太平洋の平和を支えてきたとも書いている。
イランについては、イランに核兵器を持たせないことなどで一致したが、中国の原油購入や米国の制裁の扱いは示されていない。ウクライナについては、トランプ大統領が習主席に停戦への協力を個人的に求めたと報じられたものの、中国側の応答は明らかでない。
会談をどう評価するか
今回の会談も、5月と同じく、何か大きな決定を下す場ではなかった。関係の位置づけで米中の言葉がそろい、委員会と対話の枠組みができたものの、関税休戦の延長は2か月にとどまり、レアアース、先端半導体、台湾への武器売却といった懸案はいずれも先送りされた。実質的な中身は乏しい会談だったといってよい。
それでも、米中の休戦が当面続くことははっきりした。年内にあと2回の首脳会談が予定され、双方とも関係を壊す理由を持たない。安全保障の面で評価できるのは、危機管理の話が進んでいることである。中国外交部の発表によれば、両軍は危機時の意思疎通と予防を強化する覚書を早期に結ぶことで一致した。米側はまだこれを確認していないが、AI関連の事案の通報とあわせて、偶発的な衝突を防ぐ仕組みが話し合われていることは前向きな進展といえるだろう。米中関係が安定すること自体は、日本にとっても地域にとっても悪いことではない。
懸念があるとすれば、表現やナラティブのレベルである。中国は米国の文書に「尊重」を書き込ませ、台湾については米国の立場を「独立反対」へ寄せようとし、日本と戦った米中という歴史を合意文書に入れた。中国国際問題研究院の劉卿副院長は、「尊重」が三つの言葉の最初に置かれたことを、米中が戦略的な誤算を避けるための鍵だと述べている。中国はこの一語を、台湾をはじめとする核心的利益への配慮を米国に求める足場として使おうとするだろう。清華大学の達巍は会談前、米誌『フォーリン・アフェアーズ』で、自信を深めた中国は米国に対してより抑制的に振る舞えると論じた8。これは米国の読者に共存を受け入れるよう促す議論であり、米国に抑制的であることが周辺国にも抑制的であることを意味するわけではない。
ただし、こうした言葉の変化に大げさに反応する必要もない。米国は台湾政策も文言も変えておらず、武器売却も取り消していない。米側の文書は、戦後の米軍の前方展開がインド太平洋の平和を支えてきたことにも触れている。言葉の変化は、今のところ実際の政策の変化を伴っていない。会談のたびに一喜一憂するのではなく、米中双方の実際の行動を見ていくことが重要である。
Profile
- 山口 信治
- 地域研究部中国研究室主任研究官
- 専門分野:
中国の安全保障・政治、現代中国史