NIDSコメンタリー 第455号 2026年9月18日 ジェンダー視点から捉える人的・組織的レジリエンス分析(HORA)
- 特別研究官(国際交流・図書担当)付
- 岩田 英子
はじめに
人工知能(Artificial Intelligence: AI、以下、AI)は、私たちの社会や組織を大きく変えつつある。防衛、安全保障、航空、宇宙、重要インフラなどでも、大量の情報をAIで分析し、人間の判断を助ける仕組みが導入されている。
しかし、高性能なAIを導入すれば、それだけで組織が強くなるわけではない。AIが示した情報を誰が確認するのか。AIが間違っている可能性を誰が指摘するのか。最終的な判断を誰が行い、誰が責任を負うのか。こうした問題は、AIそのものではなく、人間と組織の問題だからである。
本稿の主題は、人的・組織的レジリエンス分析(Human & Organizational Resilience Analytics:HORA、以下、HORA)である。簡単に言えば、HORAとは、AIを使う組織が、間違いに気づき、考え直し、よりよい判断をする力を分析する考え方である。HORAは、AIそのものの性能だけでなく、AIを使う人間、リーダーシップ、組織文化、制度、信頼を一体として捉え、組織が不確実な状況にどのように気付き、考え、修正し、責任ある判断を行うのかを分析する枠組である。AI時代に強い組織とは、AIにすべてを任せる組織ではなく、AIを使いながら、人間が考え、疑問を持ち、必要に応じてAIの判断を修正できる組織である。
この考え方は、カール・E・ワイク(Karl E. Weick)らの高信頼組織研究、エリック・ホルナゲル(Erik Hollnagel)らのレジリエンス・エンジニアリング及び米国防総省(U.S. Department of War: U.S. DoW、以下、U.S. DoW)による責任あるAI(Responsible AI)に関する知見を踏まえたものである1。これらに共通するのは、技術の性能だけでなく、それを使う組織の判断力や責任の仕組みに注目する点である。
また、本稿でいうジェンダー視点とは、女性だけを見ることではない。性別だけでなく、年齢、職種、階級、経験、文化的背景などの違いによって、人々が持っている情報や経験、リスクの見え方が異なることに注目する考え方である。HORAにおいてジェンダー視点は、組織の中で誰の知識が使われ、誰の声が届きにくく、どのようなリスクが見落とされやすいのかを可視化する入口となる。この視点は、AIの判断にどのような経験や立場が反映され、どのような声が見落とされやすいのかを確認するために重要である。
では、この視点からAI時代の組織を考えると、何が見えてくるのだろうか。
HORAから見る、AIが速くても正しい判断ができるとは限らない理由
AIの大きな利点は、大量の情報を人間より速く処理できることである。例えば、航空分野では、気象、運航、安全、整備などの大量の情報をAIで分析し、事故や危険の可能性を早く発見できるかもしれない。防衛分野でも、多数のセンサーや情報源から得られるデータをAIが分析し、人間の意思決定を助けることができる。
しかし、AIが「何を重要と考えるべきか」を自分で決めているわけではない。どのデータを使うのか、何を危険と定義するのか、何を優先するのかは、人間が決めている。そのため、同じAIを導入しても、使う組織によって結果が異なる可能性がある。重要なのはAIの性能だけではなく、AIを使いこなす組織の能力なのである。HORAは、この人間と組織の能力に注目する。
HORAが問う「誰の知識が使われているのか」
危機が起きたとき、重要な情報を持っているのは、必ずしも組織のトップや専門家だけではない。現場で働いている人が小さな異変に気付くこともある。技術者には技術者にしか分からない問題があり、地域住民にはその地域で暮らしているからこそ分かる変化があるかもしれない。
そこでジェンダー視点から、「誰の経験が組織の知識として認められているのか」「誰の意見が意思決定に使われているのか」「誰が問題を指摘できるのか」と考えることが重要になる。これは、単に女性の人数を増やすという話ではない。航空など、事故が大きな被害につながる組織では、役職に関係なく異常を指摘できることが重要だと考えられている2。AI時代には、この能力がさらに重要になる。
AIを「信じる」のではなく、AIと協働する
AIが示した数字や確率を見ると、人間はそれを客観的で正しい答えだと思ってしまうことがある。
しかし、AIの判断も完全ではない。AIは、学習したデータや、人間が作ったモデル、利用される環境などの影響を受ける。例えば、人材配置や人事評価にAIを使う場合、過去の人事データを学習させれば、過去の組織の評価方法や考え方までAIが引き継ぐ可能性がある。
だからこそ、「AIはなぜこの答えを出したのか」「データに入っていないものはないか」「現場の状況と合っているのか」と人間が確認しなければならない。
U.S. DoWの責任あるAIや米国国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology:NIST)のAIリスク管理枠組(AI Risk Management Framework)でも、AIを適切に管理し、人間が監督できる仕組みが重視されている3。つまり、AI時代に必要なのは、AIを無条件に信頼することではない。AIの得意なことと限界を理解したうえで、人間がAIと協働することなのである。
HORAが重視する、間違いを指摘できる組織
では、AI時代に強い組織とはどのような組織だろうか。
一つの重要な条件は、構成員が「それは違うのではないか」と言えることである。例えばAIが「危険はない」と判断しても、現場の人が異常を感じることがあるかもしれない。そのとき、AIの判断だから正しいと考えてしまえば、重要な兆候を見逃す可能性がある。
反対に、役職や専門に関係なく、「AIの判断は本当に正しいのか」「別の可能性はないのか」と問い直せる組織ならば、AIが見落とした情報を人間が補うことができる。
高信頼組織の研究では、失敗を隠すのではなく、小さな問題を早く発見し、共有し、改善する組織文化が重要だと考えられている4。ジェンダー視点は、ここでも役に立つ。「誰が発言できているのか」「誰の意見が聞かれていないのか」を確認することで、組織が見落としている情報を発見できる可能性があるからである。
日本の組織におけるHORAの意義
日本でも、防衛、安全保障、航空、重要インフラなどでAIの利用はさらに進むだろう。そのとき、「どのAIを導入するか」だけを考えるのでは十分ではない。AIを導入すると同時に、人材育成、リーダーシップ、組織文化、責任の所在、意思決定の仕組みなども考える必要がある。
特に重要なのは、AIの答えをそのまま受け入れる人ではなく、AIの限界を理解し、異なる情報を組み合わせ、最後は自分で判断できる人材を育てることである。災害対応、交通管理、医療、行政サービスなどでも、AIの結果をそのまま受け入れるのではなく、現場の経験や住民の声と照らし合わせることが欠かせない。
また、AIが正しく機能しているかを評価するときにも、全体の平均だけを見るのではなく、「誰のデータが使われているのか」「誰の経験が入っていないのか」「誰にどのような影響が出るのか」を確認する必要がある。
ジェンダー視点は、そのための方法の一つである。これは女性への特別な配慮という意味ではない。AIと人間による判断の質を高めるための方法として考えることができる。
おわりに
AIは、大量の情報を速く処理することができる。しかし、「何を守るのか」「どの危険を受け入れるのか」「何を大切にするのか」を最終的に決めるのは人間である。そのため、AIが高度になるほど、それを使う人間と組織の能力が重要になる。HORAが考えようとしているのは、まさにこの問題である。
AIが情報を分析する。人間がその意味を考える。異なる経験を持つ人々が意見を出す。そして、リーダーが最終的な判断と責任を担う。ジェンダー視点は、その過程で「誰の知識が使われているのか」「誰が発言できるのか」「何が見落とされているのか」を問い直す。
AI時代に強い組織とは、AIにすべてを任せる組織ではない。AIを使いながら、人間が考え、疑問を持ち、異論を述べ、必要ならAIの判断を修正できる組織なのである。
Profile
- 岩田 英子
- 特別研究官(国際交流・図書担当)付
- 専門分野:
グローバルガバナンスと包摂的レジリエンス、軍事組織でのジェンダー視点のインパクト