NIDSコメンタリー 第451号 2026年8月21日 軌道戦——宇宙空間のドッグファイト
- 先進領域研究部・宇宙安全保障研究室 主任研究官
- 川村 幸城
はじめに
地球から約36,000キロメートルの静止軌道帯をパトロールするアメリカの監視衛星が時速約11,000キロメートルの高速で中国の2基の衛星に急接近する。最初の遭遇後、アメリカの衛星は太陽を背にして目標を撮影しようと、2基の衛星の後方から約40キロメートルの近距離まで接近した。すると中国の衛星の1基が速度を急速に落としたため、不本意にもアメリカの監視衛星は目標を通り過ぎてしまった。このときアメリカの衛星は相手の衛星を撮影しようとしたが、中国の衛星が太陽のある方向に位置していたため、逆光により撮影することができなかった。逆に、中国の衛星にとっては有利な角度となった。両者の位置関係が逆転したあと、こんどはアメリカの衛星が有利な位置取りを試み、一気に減速した。すると中国の別の1基が優れた戦術戦闘機さながらにスラスターを逆噴射して進路を反転させ、2基の衛星は二手に分かれた1・・・。
このSFを思わせるような光景は2022年1月に米中間で実際に起きている。ロシアの衛星も、欧州各国の商用通信衛星に接近し、視界を遮るなどしている。この種の軌道上での小競り合いはいまや一般的になり、この数年間、中国、ロシア、アメリカの衛星が、相手国の宇宙資産の利用を妨害する方法で互いに接近し、観測し合うケースが増えている2。こうした宇宙空間で繰り広げられる軌道上のダイナミックな機動を、アメリカや欧州の国防当局者は「宇宙でのドッグファイト」と呼んでいる3。
本稿では、このような宇宙空間のドッグファイトを可能にする衛星の運用と技術について概観する。
ランデブー・近接運用(RPO)
(1)ランデブー・近接運用とは
多くの人工衛星を保有する大国は、宇宙アセットの点検やシステムに不具合が生じた場合に備え、ランデブー・近接運用(Rendezvous and Proximity Operations: RPO)技術を習得しておく必要がある。
ランデブーとは、宇宙空間にある2つ以上の物体を、一連の機動操作によって、計画された時間と場所に意図的に接近させるプロセスを指す。また近接運用とは、特定の期間、宇宙機(主に衛星)を計画的な経路に沿って別の宇宙物体の近傍に配置し、その位置を維持するために行われる一連の軌道操作を意味する4。
(2)3つの目的
RPOの目的は3つに区分できる。第一に、軌道上での衛星の点検、修理、燃料補給、組み立て、寿命の延長など、民間および国家の宇宙活動を支援する幅広い機能の実現である。
たとえば2021年10月、中国は宇宙デブリ除去用の衛星Shijian-21を打ち上げ、機能停止していたCompass G2(北斗測位衛星)をロボット・アームで把持し、他の衛星の邪魔にならないように墓場軌道へと曳航することに成功した。
また同国は2025年1月、「衛星の燃料補給および寿命延長技術の検証」を目的としてShiijian-25を打ち上げた。アメリカの宇宙状況把握ソフトウェア企業のCOMSPOC社の調査によると、同年6月13日、Shijian-25は静止軌道上で別のShijian-21に接近し、ドッキングを行った可能性があるとの観測結果を公表した5。2基の衛星はその後、分離とドッキングを繰り返し、複雑で高度なRPO運動を見せつけた。これは専門家の間でも、同一軌道上での補給、すなわちバッテリー充電であったと解釈されている6。
第二に、情報収集や監視などの諜報活動における接近運用である。具体的には、対象とする衛星の写真を撮影し、搭載されているシステムの種類や能力を把握する。また衛星から発信される信号やデータを監視し、宇宙と地上間の通信を傍受している。とりわけ静止軌道帯には、各国の情報機関が最も機密性の高い衛星の一部を配置している。高度約36,000キロメートルに位置する静止軌道は地球の自転と同期し、衛星が赤道上空を固定的に周回し続けることができる。このため、静止軌道はミサイルの早期警戒・探知衛星、偵察・通信衛星にとって理想的な配置場所とされてきた7。
たとえば偵察衛星は、相手の偵察衛星によって地球上のどの目標が監視されているかを正確に捉えることができる。たとえば、搭載カメラのレンズの開口径や解像度を特定できるほか、高周波プローブを装備していれば、微弱な信号を傍受し、搭載機器でどのようなコンピュータ処理が行われているか、いつ稼働しているか、いつ撮影を行っているかを推論することも可能である8。
このように宇宙領域把握(SDA)は、地上の観測所から望遠レンズを使って行われるだけでなく、相手の衛星の至近距離まで接近し、顔を覗き込むようにして行われているという面もある9。
第三に、宇宙戦への備えである。ここで重要なのは、第一の目的で掲げた平時の民生活動からの軍事転用という視点である。これはRPO技術が対衛星兵器として利用されることを意味する。
英国防省が刊行した統合ドクトリン『英国の宇宙パワー』にあるように、「ランデブー運用は、ある衛星を別の衛星にドッキングする操作を伴う。このため、周回する衛星を軌道上で操作し、損傷または破壊に利用される可能性は脅威となる」10。つまりデブリの除去や自国衛星の点検や保守にあてられる同じ能力が、他国の衛星を損傷させたり機能停止に追い込んだりする可能性があるということだ。
軌道戦と戦術
(1)軌道戦とは
このように衛星どうしの接近や結合を可能にするRPOは、宇宙の軍事利用の分野で重要性を増しており、とりわけ軌道戦を遂行するうえで欠かせない運用技術となっている11。
アメリカ宇宙軍によると、軌道戦とは「軌道上の機動および攻撃・防御両面の放射物(fires)を行使して当該領域へのアクセスの自由を確保し・・・相手国に対しては同様の優位性を与えないようにする」12ことを目的とした戦いである。現代の宇宙アセットのほとんどは衛星であるため、衛星が配備される軌道面の確保は、当然のことながら宇宙戦における争奪の焦点となる。
軌道上の衛星は物理的には移動しているにもかかわらず、概念的には静止しているも同然と見なされる。なぜなら衛星は軌道力学の法則に従って地球を周回しており、周期(1周するのに要する時間)や軌道上の速度、地球上での軌跡といった軌道パラメータを計算することにより、あらかじめ位置を特定することができるからである。元アメリカ宇宙軍副司令官のジョン・E・ショー(John E. Shaw)退役中将は、それを「(地上の)城のようなもの」と譬えている。「われわれは衛星がどこにあるかを予測できる・・・衛星のエネルギー構成が変化し、その変化の速度や方向が明確になった時点で、はじめて真の意味での機動について語ることができる」13。
つまり軌道戦における機動とは、物理法則に基づく衛星の運動そのものではなく、運動の変化を意味すると解釈される。すなわち宇宙空間における機動とは「軌道や位置を変更すること」14であり、それを可能にするのがRPOなのである。
(2)RPOを用いた軌道戦の戦術
こうした軌道戦に特有の運用環境において、RPOを用いた軌道戦術にはどのようなものがあるかについて、いくつかの例を取り上げてみたい。
通常、衛星は稼働中に必要な燃料(10~15年分)をすべて積載した状態で打ち上げられる。そのため運用者は衛星をいったん軌道に乗せたあと、概ね固定された軌道を維持し、貴重な燃料を消費することを避けてきた。これは自動車や航空機と似て、燃費節約の最良の方法は一定の速度を保ち、できるだけ軌道上で変化を起こさないことである。
しかし、冒頭で紹介したように、現在の衛星は航空機のようにダイナミックな加速や減速、急旋回さえも可能な動きができる設計となっている。前項で触れた2025年6月のShijian-25とShijian-21とのドッキング操作では、Shijian-25がエネルギーを大量に消費する軌道面変更(傾斜角6度減少)を行い、そこで通常運用の6年分に相当する燃料が消費されたとの見方もある15。こうした、わずかな機動であっても貴重な燃料を消費する衛星の特性を利用し、「あえて相手の衛星を自国の衛星に接近させ、燃料をすべて消費させてしまうまで動き続けさせる」16といった軌道戦術も考えられている。
またRPO動作と、物体をつかむグラップリング・アームを組み合わせることにより、相手の衛星に近接し、通信用アンテナや太陽電池パネルを折り曲げたり、壊したり、あるいはセンサー部にスプレー塗料を吹き付けたりすることもできる。さらに相手の衛星を軌道外に曳航し、本来のミッションを遂行できなくさせることも可能だ。これらの方法を使えば、宇宙デブリをほとんど発生させることなく、相手の衛星を機能停止に陥らせることができる。
対照的に、地上から発射されるミサイルを使い、運動エネルギーの衝撃力により衛星を破壊する直接上昇型(Direct-Ascent)の対衛星兵器17は、膨大な量の宇宙デブリを発生させる。デブリの一部は数十年あるいは数世紀にわたって軌道上に残留し、国籍の区分なく、民間および各国の宇宙活動に多大な影響を及ぼす。
それだけにロボット・アームによる妨害活動は、近隣の軌道面に存在するあらゆる宇宙アセットに損害を与えるケスラー症候群18を引き起こすことなく、潜在的に使いやすい宇宙兵器となり得る。故障した衛星をロボット・アームで把持し、移動させることができるなら、理論上は、他国が精密兵器の誘導に使用するGNSS衛星や、ミサイル警戒、諜報、戦場通信に使用される衛星を除去することも可能になるからだ。
軌道戦の展開――DSOと抑止
先述したように、従来、特定の軌道に投入された衛星は燃料を節約して寿命を全うさせるため、できるだけ軌道変更などの移動を避けて運用されるのが常だった19。
しかし最近になって、アメリカ宇宙軍は宇宙空間における作戦運用を「固定的・静的なもの」から「動的・柔軟なもの」へと変革しようとする「ダイナミック宇宙作戦(DSO)」という新しい運用構想を打ち出している20。宇宙が戦闘領域化した現代の紛争において、軌道上の位置を容易に予測されてしまう衛星は、ライバル国の対衛星兵器にとって格好の標的となる。また偵察衛星の通過時刻が予測されると、地上で容易にカモフラージュされてしまう。こうした静的で予測可能な運用から脱却し、ライバル国に不確実性を強いるために考案されたのがDSOなのだ。
アメリカ宇宙軍作戦部長のB・チャンス・サルツマン(B. Chance Saltzman)大将は、DSOについて「ほぼ連続的な機動であり、どのレーダーで捕捉しても衛星が機動しているように見える・・・宇宙空間を移動しながら絶えず軌道を変更している。つまりミッションを維持しつつ軌道を変更することである」21と説明している。その狙いは、衛星の軌道パラメータを頻繁に変更することで、ライバル国が衛星の追跡や照準を行うことを困難にし、相手に多次元のジレンマを突き付けることである。
こうしたDSOがもたらす新たな効果について、元アメリカ宇宙軍副司令官のショーは「統合軍司令官、国防長官、そして大統領により多くの手段を提供できる。なぜなら、われわれは機動を持続し、危機が発生した際に衛星の機動を開始し、相手に『何を企図しているのか』と疑念をもたせ、抑止することすら可能となるだからだ。つまり、DSOには抑止力としての価値がある」22と指摘している。
このように高い機動性を重視するDSOには、重要な宇宙アセットの任務保障を促進するだけでなく、相手の判断を複雑化させ、不確実性を高めることによる抑止効果も期待されているのである。
おわりに
RPOはデブリの除去や衛星の保守、燃料補給など、民間および国家の宇宙活動を支える運用技術として発展を遂げてきた。厄介なのは、そうした自国の衛星の維持にあてられるのと同じ能力が軍事転用される危険性だ。これを禁止する規則はなく、日常的な宇宙アセットの運用と、いわゆる対宇宙活動——宇宙空間において他国のアセットを妨害する行動——との境界線は曖昧になっている。実際、宇宙大国の間ではドッグファイトと形容される熾烈な駆け引きが、すでに宇宙空間で繰り返されている。
また地上で武力紛争が生起すれば、衛星を運搬するロケットを打ち上げられなくなるかもしれない。打ち上げが滞れば、当然、軌道上の宇宙アセットは減少する。そうした場合でも、燃料補給などで、すでに軌道上に存在する衛星の稼働期間を延長し、改修やアップデートを行うための中核技術としてRPOは有力な戦力増強要因となり得る。
平時に抑止し、危機の際には有利な態勢を整え、有事の際には効果的に対処する。こうしたシームレスな対応を可能にするうえで、RPOによる機動性を重視した軌道戦は、今後の宇宙領域作戦で中心的な役割を果たすであろう。
Profile
- 川村 幸城
- 先進領域研究部・宇宙安全保障研究室 主任研究官、1等陸佐
- 専門分野:
新領域と新興技術が軍事作戦に及ぼす影響