NIDSコメンタリー 第449号 2026年8月4日 ジェンダー視点から捉える軍事AIと意思決定・リーダーシップ—JADC2、Mission Command、Responsible AIを手掛かりとして―

特別研究官(国際交流・図書担当)付
岩田 英子

はじめに

人工知能(Artificial Intelligence:AI、以下、AI)は、軍隊における情報収集、状況認識、行動案の比較及び指揮統制を高速化する一方、学習データ、設計上の前提及び組織の既存慣行に由来する偏りを意思決定へ持ち込む可能性がある。本稿では、ジェンダー視点を主軸として、米国防総省(U.S. Department of War:U.S. DoW、以下、U.S. DoW)のJoint All-Domain Command and Control(以下、JADC2)、米陸軍のMission Command及び米国・NATOのResponsible AIを検討し、AI導入が軍事組織の意思決定とリーダーシップをどのように変化させるのかを考察する。

本稿におけるジェンダー視点とは、女性、平和、そして安全保障(Women, Peace and Security:WPS、以下、WPS)政策の同義語でも、女性のみを対象とする視点でもない。性別を含む身体特性、職種、階級、任務経験、文化的背景及び社会的役割の違いが、情報の取得、脅威認識、技術の性能及び組織内の発言力にどのような差をもたらし得るのかを確認する分析視角として位置付ける。

AIの速度と統合能力を作戦上の優位へ転換していくためには、誰のデータが利用され、誰の経験が欠落し、誰がAIの推奨に異議を唱えられるのかを継続的に点検することが重要となる。AI時代の軍事リーダーには、AIの出力を迅速に利用する能力だけでなく、その前提と欠落を問い、多様な専門性から異論を引き出し、最終判断と説明責任を引き受ける能力が、これまで以上に求められると考えられる。

本稿は、「ジェンダー視点からの防衛先端技術」シリーズの第1弾である。同シリーズでは、AI、自律システム、デュアルユース技術などの最先端技術が、安全保障組織の意思決定、組織能力及びレジリエンスにどのような変化をもたらすのかを考察する。本シリーズで言うジェンダー視点とは、女性政策や多様性政策を意味するものではなく、異なる主体が有する知識、経験及びリスク認識がAI時代の安全保障能力の形成にどのように寄与するのかを分析する視覚として位置づける。 

ジェンダー視点は軍事AIの何を可視化するのか

現代の軍隊は、衛星、無人機、レーダー、電子戦装置、サイバー空間、公開情報及び兵站システムなどから大量のデータを取得している。U.S. DoWが推進するJADC2は、陸・海・空・宇宙・サイバーなどの各領域に存在するセンサー、ネットワーク、指揮官及び効果発揮手段を接続し、統合部隊の意思決定を迅速化しようとする構想である。JADC2戦略では、データ基盤、クラウド、AI、自動化及び機械学習を活用し、「感知する(sense)」「意味を理解する(make sense)」「行動する(act)」という過程を接続することが重視されている1

AIは、異なる形式で収集されたデータを照合し、重複や矛盾を整理したうえで、脅威度、時間的緊急性及び確信度を付して共通状況図へ反映することができる。また、敵味方の配置、地形、天候、兵站及び利用可能な戦力を組み合わせ、複数の行動案(Course of Action:COA)を比較することも可能となる。こうした機能は、人間の認知的負担を軽減し、指揮官が生データの確認よりも、目的、優先順位及びリスクの判断に集中することを支援し得る。U.S. DoWのData, Analytics, and Artificial Intelligence Adoption Strategyも、データ、分析及びAIを「意思決定優位」に結び付けることを中核に据えている2

もっとも、ジェンダー視点から見れば、AIが処理速度を高めることと、判断の質を高めることは必ずしも同じではない。AIは、収集されたデータと、開発者、取得部門及び運用者が設定した分類基準の範囲内で状況を分析する。このため、AIが何を「重要な情報」として抽出するのかは、必ずしも中立とはいえない。例えば、従来の戦闘部隊、主要装備及び物理的損害を中心にデータが構成されている場合には、住民の避難行動、医療・食料へのアクセス、家族単位の移動、情報入手経路の違いなどが、作戦上重要な変化として十分に認識されない可能性がある。

ジェンダー視点が可視化するのは、このような「平均的な人間」を暗黙の基準とする問題である。性別、年齢、身体特性、職種、家族構成及び社会的役割の差は、同一の作戦環境においても、移動、被害、情報アクセス及び軍・治安機関との接触の仕方に違いをもたらすと考えられる。これらの差異を十分に考慮しないAIは、平均像に合致しない行動を、異常又は敵対的な行動として誤認する可能性がある。National Institute of Standards and Technology(NIST)のAI Risk Management Frameworkも、AIの影響が個人や集団によって異なり得ることを踏まえ、文脈、影響を受ける主体及び有害な偏りをライフサイクル全体で確認することを求めている3

したがって、ジェンダー視点を軍事AIへ導入する第一の意義は、男女別統計を追加することにとどまらず、誰の行動がデータとして記録され、誰の経験が欠落し、どの変化が脅威又はリスクとして分類されるのかを問い直すことにあるといえよう。これは、AIの公平性だけでなく、状況認識の完全性と作戦判断の精度にも関係する問題と考えられる。

JADC2へのインパクト―情報統合の速度から認識の多様性へ

JADC2は、多領域のセンサーと指揮統制システムを接続することにより、情報優位と意思決定優位を獲得しようとする構想である。しかし、ジェンダー視点を主軸に置いた場合、JADC2の評価基準を「どれだけ速く情報を統合できるか」という点だけに限定することは難しい。どのセンサーが何を観測し、どのデータが優先され、どの集団に関する情報が欠落しているのかについても、併せて確認する必要があると考えられる。

例えば、住民の移動を分析するAIが、車両交通、携帯電話通信又は公的登録情報を中心に設計されている場合、通信機器や車両へのアクセスが限定された人々の行動は把握されにくくなる可能性がある。社会的役割や家族責任によって移動時間や経路が異なる場合には、それを考慮しないモデルが、避難、物資調達又は介護のための行動を不審な行動として分類する可能性も否定できない。これは人道上の問題であると同時に、誤認に基づく作戦行動が、部隊防護、民間人被害及び任務の正統性に影響を及ぼし得るという意味で、作戦上の問題でもあるといえよう。

このため、JADC2のデータ、モデル及び共通状況図には、ジェンダーを含む多様な人間行動を反映するデータ設計が求められる。具体的には、データ収集段階で属性別の欠落を確認し、モデル評価では全体の平均精度だけでなく、集団別の誤認率も確認することが重要となる。また、共通状況図に確信度やデータの空白を表示するとともに、現場の専門家がAIの分類に異議を申し立て、追加情報を反映できる仕組みを設けることも有用と考えられる。

ジェンダー視点は、JADC2を「センサーからシューターまで」の技術的接続に限定せず、「異なる人間の経験から指揮官の判断まで」の認知的接続へ拡張する視点を提供し得る。AIが情報処理の速度を提供しても、その情報の意味と文脈までが自動的に保証されるわけではない。JADC2の作戦効果は、多様な経験をデータと分析へ取り込む制度設計によって、大きく左右されると考えられる。

Mission Commandへのインパクト―誰が異論を述べられるのか

Mission Commandは、指揮官が任務の目的及び指揮官意図を明確に示し、部下が状況に応じて規律ある主導性を発揮することを重視する考え方である。米陸軍の ADP 6-0は、相互信頼、共有された理解、明確な指揮官意図、Mission Order、規律ある主導性及び慎重なリスク受容を、Mission Commandの原則として示している4

AIを用いた共通状況認識は、Mission Commandを支援し得る。現場部隊がAIによる情報統合と予測分析を利用できれば、上級司令部との通信が制約される状況においても、指揮官意図、保有資源及び現地情報を踏まえ、複数の行動案を比較することが可能となる。他方、上級司令部がセンサーとAIを通じて現場を詳細に把握できるようになると、「見えるから指示する」というマイクロマネジメントの傾向が強まる可能性もある。AIによる可視性が現場への権限委譲ではなく、上級司令部による逐次的な介入に利用される場合には、Mission Commandの理念が弱体化することも考えられる。

ジェンダー視点から見ると、Mission Commandにおける「共有された理解」は、全員が同じ共通状況図を見ることだけでは必ずしも成立しない。戦闘、情報、兵站、医療、法務、民軍協力など、異なる専門性を持つ者は、同一の情報から異なるリスクを読み取る可能性がある。また、性別、階級、任務経験及び文化的背景の違いは、部隊内部や現地社会について気付きやすい兆候にも違いを生じさせると考えられる。このように考えれば、共有された理解とは、情報を単に一元化することではなく、異なる認識を比較し、相互に修正できる状態を形成することと捉えられよう。

AIの出力が「客観的な答え」として提示されるほど、少数意見や現場感覚が退けられやすくなる可能性がある。このため、指揮官には、AIの推奨と異なる見解を意図的に求め、階級や多数派の認識にかかわらず、異論を表明できる心理的・制度的環境を形成することが求められる。また、AIの推奨を拒否した理由を記録するだけでなく、AIの推奨を採用した理由や、反対意見を採用しなかった理由についても説明できることが望ましい。

すなわち、AI時代のMission Commandで必要となる信頼は、人間がAIを無条件に信じることではないと考えられる。AIの出力を検証できること、部下がその前提を問い直せること、そして指揮官が異論を受け止められることによって形成される「適切に調整された信頼」が重要となろう。

ジェンダー視点は、誰が会議に参加しているかだけでなく、誰の知識が実際に意思決定へ反映されたのかを問う視点を提供するものといえる。

Responsible AIへのインパクト―公平性を作戦能力として捉える

U.S. DoWは2020年、AI倫理原則として、Responsible(責任ある運用)、Equitable(公平性)、Traceable(追跡可能性)、Reliable(信頼性)及びGovernable(統制可能性)の五原則を採用した5。2022年のResponsible Artificial Intelligence Strategy and Implementation Pathwayでは、これらの原則が、組織統治、運用者の信頼、製品・取得ライフサイクル、要件検証、AI人材及びリスク管理へ具体化されている6。Chief Digital and Artificial Intelligence OfficeのResponsible AI Toolkitも、AIの設計、開発、取得、試験、配備及び使用の各段階でリスクを確認するための実務的な手段を提供している7

ジェンダー視点から特に重要となるのは、Equitableであると考えられる。ただし、公平性とは、すべての構成員を形式的に同じように扱うことだけを意味するものではない。AIの誤認率、検出率、推奨結果及び不利益が、特定の集団に偏っていないかを確認することも含まれると考えられる。例えば、疲労推定、負傷予測、健康管理、装備適合、人材配置及び教育評価に用いるAIが、特定の性別、体格、年齢層又は職種を中心とするデータで学習している場合、それ以外の構成員に対する精度が低下する可能性がある。また、過去の人事配置や勤務評価を学習したAIは、歴史的に特定の属性が多く配置されてきた職務を、その属性に適した職務であると推定する可能性がある。こうした場合、過去の組織慣行が「データに基づく客観的推奨」として再生産されることになりかねない。

したがって、ジェンダー視点は、AIに女性への配慮を追加するというよりも、データが組織の過去をどのように固定化し得るのかを点検するための手法として位置付けることができよう。

NATOの2024年改訂AI戦略では、責任ある利用、相互運用性、試験・評価・検証・妥当性確認(Testing, Evaluation, Verification and Validation:TEV&V)、人材育成及び敵対的AI利用への防護が重視されている8。また、AIを利用した偽情報、情報作戦及びジェンダーに基づく暴力が、同盟、社会及び民主主義に関わる懸念として明示されている9。NATOの2024年WPS政策も、AIその他の技術について、ジェンダー・バイアスを低減・是正し、責任ある利用原則を運用化する方針を示している10

本稿では、この政策をWPS論そのものとしてではなく、AIの設計・評価にジェンダー分析を導入することについてのNATOの公式な根拠として位置付けている。Responsible AIにジェンダー視点を組み込むことは、①データの代表性、②集団別の性能差、③開発・評価チームの構成、④影響を受ける主体の参加、⑤異議申立てと是正の手続を、AIライフサイクル全体で確認することを意味すると考えられる。

これは倫理上の付加要件にとどまらず、誤認、機能不全、人的損耗及び組織への不信を減らすための、作戦能力上の要件として捉えることもできよう。

ジェンダー視点が再定義するAI時代の軍事リーダーシップ

以上の検討から、AI導入は指揮官の役割を縮小するというよりも、その内容を変化させる可能性があると考えられる。指揮官は、情報を最も多く保有する者というよりも、AIが統合した情報の質、前提及び欠落を評価し、任務目的、法、倫理及び政治的制約を踏まえて意味を与える者としての役割を強めていくことになろう。

第一に求められるのは、AIの出力を属性別・任務条件別に評価するAIリテラシーである。指揮官自身がAIを開発する必要はないものの、AIの出力が確率的であり、データ品質と利用環境に依存し、学習時に想定されなかった状況では性能が低下し得ることを理解する必要がある。また、全体の平均精度だけでなく、性別、体格、年齢、職種、装備及び任務条件ごとの性能差についても確認することが望ましい。

第二に求められるのは、Automation Biasを抑える批判的判断力である。AIが短時間で一貫した推奨を提示するほど、人間はその出力を客観的事実として受け入れやすくなると考えられる。指揮官は、AIが利用した情報、除外した情報、確信度、反証情報及び代替案を幕僚に提示させることが重要となる。高い影響を伴う軍事AIについて、監査可能性、明確な使用目的、厳格な試験、意図しない挙動の検出及び上級レベルでの審査を求める国際的な取組も、こうした問題意識に基づくものと考えられる11

第三に求められるのは、多様な専門性と経験を意思決定へ取り込む包摂的リーダーシップである。ジェンダー視点は、意思決定会議に女性を一人加えることだけで実現するものではない。構成員の性別にかかわらず、異なる職種、階級、身体特性、任務経験及び文化的背景から生じる認識を、実際の判断へ反映できる仕組を形成することが重要となる。指揮官には、誰が会議に参加しているかだけでなく、誰の情報が採用され、誰の異論が退けられているのかについても確認する姿勢が求められよう。

第四に求められるのは、指揮官意図と責任の所在を明確にする能力である。AIは、測定しやすい目標を効率的に最適化することはできるものの、任務達成、部隊防護、民間人への影響、同盟調整及び長期的な正統性の間の優先順位を、自ら決定することは難しい。指揮官は、何を達成し、何を犠牲にしてはならず、どのリスクを許容するのかを明示する必要がある。DoD Directive 3000.09が自律・半自律兵器システムについて、適切な人間の判断、厳格な検証・妥当性確認及び意図しない挙動への対処を求めていることは、こうした責任構造を示すものと考えられる12

このように、ジェンダー視点が再定義する軍事リーダーシップは、多様な構成員を単に配慮の対象として扱うことを意味するものではない。むしろ、異なる経験を認知資源として活用し、AIが形成する単一の状況認識に対して、組織的な検証能力を維持することに意義があるといえよう。

おわりに

JADC2に象徴されるAI対応型指揮統制は、軍隊の意思決定速度を高め、複数領域の情報を統合する能力を向上させる可能性を有している。一方、AIが提示する状況認識と推奨は、データ、設計思想及び組織の既存慣行から独立した、完全に中立的な答えであるとは限らない。

AI導入は、情報技術の更新であると同時に、誰の知識を重視し、誰に権限を与え、誰が結果に責任を負うのかを再編する組織改革としての側面を持つと考えられる。

ジェンダー視点は、この組織改革に伴う盲点を明らかにするための分析視角となり得る。JADC2に対しては、誰の行動がデータ化され、何が共通状況図から脱落し得るのかを問う。Mission Commandに対しては、誰がAIの推奨に異論を述べ、その異論が意思決定へどのように反映されるのかを問う。Responsible AIに対しては、AIの性能と不利益が、性別、身体特性、職種、年齢及び任務条件によって異ならないかを問うことになる。

したがって、AI時代の軍事リーダーシップは、AIを最も速く利用する能力だけによって評価されるものではないと考えられる。AIが提示した選択肢を活用しつつ、その前提と欠落を問い、多様な人間の視点によって補完し、指揮官意図、法、倫理及び任務上の責任に基づいて最終判断を行う能力が重要となろう。

AIが速度を提供し、多様な人間が意味と文脈を検証し、指揮官が最終的な責任を引き受けるという関係を構築できるかどうかが、今後の軍事組織の意思決定能力を左右する重要な要素になると考えられる。

Profile

  • 岩田 英子
  • 特別研究官(国際交流・図書担当)付
  • 専門分野:
    グローバルガバナンスにおけるWPS、ジェンダー視点と軍隊、