NIDSコメンタリー 第447号 2026年7月21日 中国海警局等による対外情報発信の動向の一端 –「海上法執行」をめぐる情報発信の手法・部門間連携を中心に–
- 地域研究部 中国研究室 研究員
- 後藤 洋平
はじめに
中国は、東シナ海から南シナ海に至るまで、幅広い海域における管轄権の存在を主張している。そうした中、近隣海域における係争において、その活動が注目されるのが、中国の海上法執行機関・中国海警局(以下「海警」)である。海警は海洋をめぐる近隣国の海軍や海上法執行機関とも対峙しており、時として、意図的な相手国船舶への衝突、軍用レーザーの照射、刃物や斧を使った相手国人員への攻撃など、暴力的ともみられる行動も目立っている。
こうした中、中国は海警の各種活動を、「法執行の一環」として正当化するとともに、係争国を非難する情報の発信を強化している。特に近年は、中国語や中国国内で通用するプラットフォームを用いた宣伝のみならず、対外的な効果を意識したとみられる英語や西側由来のプラットフォームを用いた宣伝も推進する傾向にある。かかる情報発信は、海警自身が実施することもあるが、中国の在外公館のSNSアカウント等もこれと連携している。本稿では、こうした海警を中心とした中国の宣伝活動を考察し分析する前提として、海警の組織概要と、中国が海洋における海警の活動を「法執行」として正当化しようとする背景を確認する。次に、こうした前提を踏まえ、海警も含む中国当局がどのような内容の情報をいかなる経路で発信しているかについて、最近の事例に基づき分析し考察する。併せて、そうした情報発信の背景にはどのような対外認識や国内の制度が存在しているかを明らかにする。
中国の海洋戦略における行動主体としての海警
海警の組織が現在のようなものに整理されるまで、幾度かの制度改編を経験している。以下では、海警の発足と基本的法規に至るまでの制度の変遷を簡単に確認したい1。まず、2010年代前半までは、海洋に関連する各省庁が個別に海上執行機関を有する状況が続いていた。それら機関は、主なものとして、交通運輸部に属する海事局(海洋交通の安全管理・救難活動等を所掌)農業部所属の漁業局(漁業関連行政の管理監督等を所掌)、公安部に所属し、中国人民武装警察(以下「武警」)の身分も有する海上警察総隊(海上の一般犯罪取締を所掌)、及び中国海関総署(税関)密輸取締警察(密輸の取締を所掌)が挙げられる。当時の海上法執行体制は、これら5つの機関にちなみ「五匹の龍」と称されていた。異なる省庁がバラバラに法執行活動を行う体制は非効率といった批判もあり、2013年の機構改革において、海事局を除く4機関が統合され、公安部と国家海洋局の統制を受ける「旧」海警が発足した。さらに、2018年の機構改革により、武警が中央軍事委員会の一元的な指揮下に入るとともに、海警も武警の一部隊として再編された。すなわち、「新」海警は、中国の軍事力を統制する中央軍事委員会の隷下に入ったのである。そして、2021年には、海警の任務や職責、武器使用権限、及び他の当局機関との関係などを規定した海警法が制定された。さらに2023年から2024年にかけて、海警法その他法律の下位規定として刑事手続きや行政法執行の詳細を定めた各種規則が制定された2。このように、海警は中国の軍事力の一部を構成する組織として再編されると同時に、海警法に基づき、例えば海洋資源の探査、海底ケーブルの敷設と維持、自然保護区活用などにおける管理監督権限が付与されるなど、海洋行政の主体として法的に位置付けられた。
海警が軍事的性質を帯びると同時に、行政的機能を有していることは、中国が近隣海域で影響力を拡大していく上で有利に作用すると考えられる。なぜなら、中国は、従前より各種海洋関連の法規の整備、1996年に批准した国連海洋法条約(UNCLOS)の選別的利用、「九段線」などの独自の領域主張を組み合わせる形で、中国が管轄権を有すると認識する海域を「海洋国土」として、あたかも陸上の国土の延長として位置付ける傾向があるためである。実際、中国は2017年に公表した、2030年までの国土整備方針「全国国土規劃綱要」において、陸上の国土が960万㎢であるとしつつ、中国が管轄権を有すると主張する海域を「300万㎢の海洋国土」と記載している3。すなわち、中国の「海洋国土」ないし「管轄海域」における海警の活動は、国内の法規に基づき、領土内における法執行と同等の活動として正当化しようと企図していると考えられる。
海警の「法執行」を対外的に正当化する情報発信の手法の特徴
海警による法執行活動は、中国内外で認識されなければその活動の存在や正当性が定着し得ない。中国はこの点を認識しており、宣伝活動の戦略的活用を重視している。例えば人民解放軍の最も権威ある研究機関である中国国防大学が出版した『戦略学』(2020年版)において、中国国内外の世論に訴求する宣伝活動を「世論闘争」として位置付け、「政治的影響力、精神的殺傷力及び軍事的威嚇力の増幅器である」としている4。また、『戦略学』は、「不利な世論情報に対しては、(中略)世論操作の主動権を握り、可能な限り敵の世論伝播の効果の発揮を減殺するべきである」などと、敵側の情報発信に対抗することの必要性も併せて説いている5。
それでは中国は、海警の活動を正当化するため、いかなる宣伝を行っているのか。まず、国内向けには、海警は2020年7月以来、中国語ウェブサイトに「維権執法」(権益擁護のための法執行)と題した記事欄を設け、2026年7月14日現在で合計208の記事を配信している6。記事の内容は、中国が自国の管轄海域と認識するエリアにおいて、様々な形での「法執行パトロール」を実施したことを文章で記載するとともに、「パトロール」時のものとみられる動画を度々掲載している7。さらに、南シナ海の事案などについて、海警報道官の談話が、北京市党委員会系のネットメディアである『新京報』に掲載された例もある8。
他方、国外を意識した宣伝はいかに行われているだろうか。海警のウェブサイトでは、当初、中国語版を配信し、その一部を英訳して英語版を配信するという掲載方法を採っていた。7月14日現在、英語版の維権執法(英語版では「News」と表記)の配信記事は90と、中国語版に比べて少ない9。このような配信の在り方に変化がみられるのは、2025年12月末以降である。同時期より、維権執法における配信記事には、全て、中国語の下に英語の同内容の記事が併記されるようになった。これは、国外向けの英語での発信を強化する動きとみられる。
ただし、海警のウェブサイト内の記事において、中国語と英語を併記しただけでは、その主張を国際的に宣伝するのは難しいだろう。そのため、中国が海警ウェブサイトの記事を使う形で実施しているのが、例えば「CGTN」(CCTVの英語版)や「グローバル・タイムズ」(『人民日報』の系列紙『環球時報』の英語版)といった官製英語メディアによる記事の配信である10。
さらに注目されるのが、中国の在外公館、特に、中国との間で多くの海洋係争案件を抱えるフィリピンに所在する中国大使館(以下「在比大使館」)のX(旧Twitter)アカウントによる情報発信である。海警に関連した在比大使館の情報発信の特徴として、2つ挙げることができる。
第1の特徴は、情報発信の内容が、海警の活動の正当化とともに、返す刀でフィリピンを非難することにも力点が置かれている点である。第2の特徴は、海警をめぐる法制度に埋め込まれた海警と他部門との業務連携が実践されつつあることがみて取れるということである。海警法第58条では、海警が、外交(または外事)のほか各種関連部門との間で情報共有と業務連携のメカニズムを構築しなければならないと規定している11。また、海警が2026年4月に公安部や自然資源部といった海洋関連の各部門と共同で開催し、外交部関係者なども出席した海上法執行活動会議では、海洋ガバナンスをめぐる今後の課題として、「(部門間の)連携体制構築の深化」や「情報の融合・共有の推進」などが挙げられている12。下記の事例を踏まえると、中国が目指す海洋ガバナンスの目標達成に向けた取組において、情報発信での連携が重視されているものと考えられる。
以上の特徴を有する在比大使館による情報発信の例を、2つ紹介したい。第1に、海警の記事の英語部分を転載し、自らの活動の正当化とフィリピンを非難したことである。例として挙げられるのは、海警が2026年5月6日、南シナ海のスプラトリー諸島に所在するイロコイ礁(中国名:鱟藤礁)周辺において、中国の海洋調査船の活動を「妨害」したフィリピン沿岸警備隊の航空機を追跡し監視したとする海警報道官の談話である。同談話では、この事案に関するフィリピン側の主張を「事実を捻じ曲げ、世論をミスリードするもの」と非難しつつ、海警の活動を「プロフェッショナルで標準的なもの」と正当化している。この記事は、5月7日22時40分頃に海警のウェブサイトに配信され、在比大使館のXアカウントは、その約半日後の5月8日14時20分頃に同一文言の英語投稿を発信している(下図の赤枠内参照)。
図:海警サイトが掲載した報道官談話(左)とこれを転載した在比大使館のXポスト(右)
出典:海警「中国海警局新聞発言人談話」2026年5月7日、https://www.ccg.gov.cn/wqzf/202605/t20260507_3093.html及び@Chinaembmanila, May 8, 2026, https://x.com/Chinaembmanila/status/2052619774438539329のページを筆者がスクリーンショットしたもの。赤枠と矢印は筆者が追加。両サイトの最終アクセスは、2026年7月14日。
海警による記事配信から時間をおかず、在比大使館が発信していることは、事案発生の初期段階で、中国側の解釈に相当する海警報道官の談話を迅速に公表し、中国に有利な認識を構築する狙いがあったと考えられる。中国による主張発信をめぐり、土屋貴裕は、事案発生の初期段階で主張を迅速に公表することにより、係争側の反論や第三者の検証が進むよりも先に論点を設定することで、自らの正当性を主張しやすくなると指摘する13。本事例は、海警と在比大使館との連携により、この主張発信の迅速化を試みたものと評価することもできるだろう。
第2の事例は、海警ウェブサイトでの発信はみられないものの、在比大使館のXアカウントが、海警から提供を受けたとみられる情報を投稿したものである。それは2026年1月14日の投稿であり、同投稿は、海警船が1月12日、スカボロー礁の「接続水域」に進入したフィリピン漁船に対し同「水域」からの退去を呼びかけたのち、漁船は退去したとの内容である14。また、在比大使館の投稿は、海警がスカボロー礁付近の状況を撮影したとみられる動画を同時に掲載している。さらに、同投稿では、海警の活動を「ハラスメント」と批判するフィリピン沿岸警備隊のタリエラ報道官のXでの投稿(1月13日)15を引用しつつ、同報道官に対し、「フィリピンの沿岸警備隊や漁船が2023年以降、スカボロー礁の領海に相次いで進入しており、こうした行動が南シナ海の平和を脅かしている」と反論している。
この事例において、在比大使館のXアカウントが、タリエラ報道官の投稿を引用しながら反論を投稿したことが注目される。フィリピンは2023年以来、南シナ海における中国側の行動を写真や動画も交えつつSNSのアカウントや各種メディアを通じて公表する「透明性イニシアティブ」(transparency initiative)と称される対応を採ってきた。同イニシアティブの効果をめぐっては、南シナ海問題におけるフィリピンの立場に対する国際的支持を増加させたという評価や16、中国の活動に対するフィリピン国民向けの啓発につながっているとの見方もある17。この点を踏まえると、在比大使館の投稿の手法には、フィリピンの透明性イニシアティブに対抗する意図もあるとみられる。また、2025年12月末以降、海警の「維権執法」の欄で配信される記事に英語が併記されるようになったのも、フィリピンの対応が相応の効果を上げたことを受け、対外的な対抗宣伝を強化する必要性が認識された可能性も考えられる。
おわりに
海警をはじめとする中国当局は、海警の活動を正当化し、係争国を非難する情報の発信を強化している。これは海警単独で行われているものではなく、海警法に規定される部門間協力によって実現されたものである。実際、上記の海警報道官の談話や、海警が現場海域で撮影したとみられる動画を在比大使館(外交部)が発信したという事例からは、少なくとも海警と外交部の間で実務的な協力体制が構築されている面もあるということもうかがえる。
上記で紹介した在比大使館のXアカウントによる投稿の閲覧数は、2026年7月14日の段階で、海警報道官の談話を転載したものが約560、イロコイ礁での海警の活動を紹介したもので約2万8,000である。これは例えば、在比大使館が批判のために引用しているタリエラ報道官の投稿の閲覧数が、同じ日付で約12万であることに比べると極めて少ない。しかし、こうした情報発信を継続的に蓄積することで、中国は海洋をめぐる自らの主張を対外的に浸透することを図っていると考えられる。さらに、海警の活動記録が積み上がることはその活動の「合法性」を補強する素材となり18、ひいては活動の正当性強化に資するものとみられる。
中国は、本稿で取り上げたような海警等の公式見解を迅速に対外発信することに加え、親中的なインフルエンサー等による偽情報や内容に争いのある情報の発信を組み合わせることで、海洋をめぐる中国の主張を一層強固にしていくことを目指すものと考えられる。中国当局の情報発信は、こうした情報の作成と発信における「材料」となり得るだろう。
Profile
- 後藤 洋平
- 地域研究部 中国研究室研究員
- 専門分野:
中国をめぐる安全保障など