NIDSコメンタリー 第444号 2026年7月10日 イエメン情勢クォータリー(2026年4月~6月)——「平和でも戦争でもない状態」の中で徐々に高まる緊張
- 先進領域研究部防衛基盤研究室 研究員
- 𠮷田 智聡
エグゼクティブ・サマリー
- フーシー派は、1,600名超規模の捕虜交換に合意した。同派には信頼醸成措置を進めることで、和平交渉を前進させたい思惑があるとみられる一方、和平交渉は進展しなかった。同派はサウディアラビアに圧力をかけるべく、支配地域内の部族を大規模動員するなど、エスカレーションの動きを見せている。
- アリーミー政権派は、給与不正を防ぐために兵士の生体情報登録作業を進めるなど、軍における改革姿勢を強調した。他方で、内務省傘下の沿岸警備隊において人事をめぐる抗争が起きたとみられるなど、政治文化の革新は時間を要すると考えられる。
- 南部移行会議は、離脱した幹部らによる新組織設立などの内部分裂に直面した。他方で南部移行会議の幹部が渡米して議員や政府関係者、保守派シンクタンクとの会談を行うなど、依然として南部分離主義の代表的組織であることに変化は見られない。さらに国際承認政府のサービス提供能力に対する南部住民の不満を利用して、同組織は抗議デモを呼びかけた。
- 5月に公表された米国の対テロ戦略では、フーシー派が名指しで言及された。文書内で指摘された同派とシャバーブとの連携強化は、ガザ紛争以降進展が見られる現象であり、紅海周辺地域が不安定化する危険性には注意を要する。
(注1)本稿のデータカットオフ日は2026年6月30日であり、以後に情勢が急変する可能性がある。
(注2)フーシー派は自身がイエメン国家を代表するとの立場をとるため、国家と同等の組織名や役職名を用いている。本稿では便宜的にこれらを直訳するが、これは同派を政府とみなすものではない。
フーシー派:信頼醸成措置実施も和平交渉に進展見られず
本四半期のフーシー派は、イラン戦争を受けてイスラエル領への攻撃や、紅海におけるイスラエル関連船舶の通航禁止を宣言した。しかしイスラエル領への攻撃は小規模なものに留まり、船舶は攻撃されなかった。国連事務総長イエメン担当特使ハンス・グルンドベリ(Hans Grundberg)が国連安全保障理事会で報告した通り、同戦争がイエメン情勢に与えた軍事的影響は限定的であった1。
前四半期の拙稿でも述べた通り、フーシー派は①米国との停戦、②サウディとの和平交渉、③国内経済状況の悪化を受けて、イラン戦争におけるエスカレーションを避けたい思惑があったと考えられる2。同派は②や③の文脈でイエメン内戦終結の要求を強めており、4月19日から翌20日にかけて、国連事務総長イエメン担当特使事務所(OSESGY)の仲介の下でサウディアラビアとの協議に出席した3。また、5月14日には1,600名超の捕虜交換合意が発表された4。2025年12月に1,200名規模の交換合意が成立したばかりであり、捕虜交換を通した信頼醸成措置が進められているといえる。他方で、この交換が和平交渉の前進に繋がるとは言い難い。UAE系メディア『ナショナル・ニュース』の報道によれば、イラン戦争で米国とサウディが広域な中東の安全保障に注力している結果、イエメン和平は後回しとなっている5。サナア戦略学研究所のマイサー・シュジャーアッディーン(Maysā’ Shujā‘ al-Dīn)は、現在は「和平ではなく封じ込め」に主眼が置かれていると指摘したうえで、「和平には米国の否認(veto)があり、FTO指定も存在するため、地域全体での包括的な合意が成立しない限り、同派との包括的な和平は非現実的であり、実現不可能である」と述べた。すなわち、イラン戦争がイエメン内戦に与えた軍事的影響は限定的である一方で、政治的には和平交渉を妨げたといえる。
和平交渉が進展しない中、フーシー派は①支配地域内の不満対処、②目下の脅威であるイスラエルへの警戒、③サウディアラビアに対する言説上のエスカレーションを軸とする政策を展開した。①の点では、同派閣僚による視察だけでなく、農業センターの開設や道路工事などが見られた。さらに財務省と公務員制度・行政開発省は、本四半期中に2026年2月分および同年3月分の給与支払い開始を発表した6。経済状況を含む同派政府に対する不満が高まる中、同派としては行政サービスの提供能力を示すことで鎮静化を図りたい思惑があると考えられる。
②の点では、4月に内務省が米国・イスラエル・サウディアラビアの合同機関「合同諜報室」のスパイとする人物らの新証言を公表した7。内務省は通報用フリーダイヤルを設置するとともに、頻繁に住民向けの啓発動画を公開している。さらに5月18日にアデンで開かれたソマリランドのナショナル・デイにかかる祝典に際して、フーシー派はソマリランド通商代表イドリース・ラーゲ(Idris Raage)を拘束したとみられる8。ソマリランドは2025年12月にイスラエルと国交を樹立したため、今後イスラエルの対フーシー派攻撃拠点となる可能性が取り沙汰されている。同派としては、イエメン国内へのイスラエルの浸透を防ぐために、支配地域内における内務省を中心とした防諜体制の強化と、支配地域外における親イスラエル勢力への妨害工作を進めると考えられる。
6月24日、内務省は訓練暦の開始に合わせて治安部隊のパレードを開いた9。このパレードには首相代行ムハンマド・ミフターフ(Muḥammad Miftāḥ)、副首相(国防・治安担当)ジャラール・ルワイシャーン(Jalāl al-Ruwayshān)、副内務大臣アブドゥルマジード・ムルタダー(‘Abd al-Majīd al-Murtaḍā)、内務次官(治安・諜報担当)アリー・フーシー(‘Alī Ḥusayn al-Ḥūthī)、内務次官(人事・財務担当)アリー・サイフィー(‘Alī al-Ṣayfī)などの要人が出席した。ルワイシャーン以外は米国ないしイスラエルとの交戦期間中も動静が報じられてきた幹部であるものの、これほどの規模で一堂に会したのは注目に値する。先述の通り、フーシー派はイスラエルに対して強い警戒感を維持しているため、同国や同国と通謀し得る支配地域内住民を「標的聴衆(target audience)」として、大規模なパレードを通して治安維持能力を誇示したい思惑があったと考えられる。
③の点では、最高指導者アブドゥルマリク・フーシー(‘Abd al-Malik al-Ḥūthī)が演説を通して住民を動員し、サウディアラビアに対する封鎖終結を要求した。特に6月25日の演説以後、支配地域内の部族が大規模な集会を各地で開催している。これは和平交渉やその柱の1つである公務員給与支払いに関して、サウディアラビア側が動きを見せないことに対するフーシー派の苛立ちの表れと考えられる。同派はイラン戦争を通して抑制的な行動を取り、上述のような信頼醸成措置を続けてきたという認識を持っている。①のような自派による行政サービスは、経済制裁等により限界があることから、同派がサウディアラビアの譲歩を得るためにエスカレーションを加速させる可能性がある。
部族の動向では、フーシー派と対立関係にあるジャウフ県のダフム族(Dahm)が、同派との緊張を高めたことも注目に値する。同部族の部族長ハマド・ビン・ファドガム・ハムズィー(Ḥamad bin Fadgham al-Ḥamzī)は、同派の拘束から解放された後に、国際承認政府支配下の同県ライヤーンに移動した。ハムズィーは部族に動員を発出し、6月下旬に様々な部族が呼応した。ダフム族はバキール部族連合の傘下にあり、同連合傘下のワーイラ族10(Wā’ila / Wāyla)やニフム族(Nihm)、ムルヒバ族(Murhiba)などがライヤーンに集結したとみられる11。他方で、同部族連合のアルハブ族(Arḥab)は呼応しなかった可能性があり、フーシー派と部族の間の駆け引きが過熱した。なお、今般の抗争では、イエメンで目下話題となっている自称「サッダーム・フサイン(Ṣaddām Ḥusayn)の娘」も争点化している。同派はDNA鑑定の結果公表などを通して、女性(ミーラー氏)がフサインの娘であることを否定している一方、ハムズィーは女性に関する真相を知っていると主張した。
6月29日、巨人旅団はバーブ・マンデブにてフーシー派への密輸品を押収したと発表した12。小型ボートには、油圧掘削機やドローン製造機材、GPS装置などが積載されていた[図1参照]。特に油圧掘削機は中国製とみられ、中国から同派支配地域への物品流入が続いていることを示唆している。
【図1:バーブ・マンデブで押収された密輸品の一部】
(出所)Xより引用
アリーミー政権派:サウディアラビアによる部隊の統制強化
国防大臣ターヒル・ウカイリー(Ṭāhir al-‘Uqaylī)は、人気YouTube番組「イエメン・ポッドキャスト」に出演し、国防省・軍の改革を説明した13。ウカイリーによれば、現在軍の給与台帳には44万名が登録されており、記録の約4分の1が退役者、高齢の要員、長期欠勤者、戦死者、あるいはもはや現役勤務が不可能な負傷兵に属していることが判明した。こうした状況に対処するために、デジタル技術を活用した改革が進められており、実際に国民抵抗軍兵士たちの生体情報登録が進められている様子も公表された[図2参照]。ただし、ウカイリーは内戦中に台頭した武装組織には、国軍に統合されることへ抵抗があることも否定しなかった。後述の縁故主義同様に、武装組織の国軍への統合は長く議論されてきた政治課題であるが、武装組織は一部の政治指導者の力の源泉であるため、名目上の統合や事実上の失敗に終わる可能性が高い。
【図2:国民抵抗軍兵士を対象とした軍の生体情報登録作業】
(出所)Wikāla al-Thānī min Dīsambir al-Ikhbārīyaより引用
南部移行会議の騒乱後に親サウディアラビア派に転向した巨人旅団は、4月26日にシャブワ県で軍事演習を実施した。公開された映像では、演習前の作戦説明の段階でサウディアラビア軍将校が巨人旅団将校を指導している様子も収められており、同国が国際承認政府の部隊を統制する立場が強調された14。しかし、後述するように南部では旧南部移行会議系部隊が旧南イエメン旗を使用し続けているなど、その統制は完全に実施されているわけではないと見受けられる。
国際承認政府による改革が強調される一方、同政府の腐敗も露呈した。6月21日にアデンのタワーヒー地区に所在する沿岸警備隊司令部周辺で銃撃戦が発生した。同隊の事案説明は抽象的であったが、銃撃戦が内務省の訪問者と司令部の間の手続き上の齟齬によって発生した旨が強調された。しかし、実際には内務大臣イブラーヒーム・ハイダーン(Ibrahīm Ḥaydān)が自身の親戚を沿岸警備隊司令官に任命しようとした結果、現任長官派と親戚派の間で勃発した衝突であったとみられる。アラブ諸国では一般に政府高官が自身の血縁・地縁上の縁者を登用する政治文化があり、イエメンでも縁故主義(maḥsūbīya)による政治が展開されてきた。縁故主義は政治改革の中で克服すべき課題として度々言及されてきたが、国際社会向けの美辞麗句として並べられてきた側面があり、革新には時間を要するであろう。さらに言えば、国際承認政府が縁故主義の改革を真剣に目指すのであれば、縁故主義の政治文化を共有するアラブ諸国ではなく、外部の支援が不可欠であろう。
和平交渉はフーシー派とサウディアラビアの間で行われ、国際承認政府は蚊帳の外に置かれているとされるが、同政府自身も積極的に交渉に関与しようとしているかは疑わしい。同政府側の外務副大臣ムスタファー・ヌウマーン(Muṣṭafā Nu‘mān)は、政府に交渉チームが設置されていないことを認めたうえで、現時点で進行中のものはなく、交渉チームは結成過程にあると述べた。
5月28日、前大統領アブドゥラッブ・ハーディー(‘Abd Rabbuh Manṣūr Hādī)が死去した。1945年にアブヤン県で生まれたハーディーは、独立後の南イエメンで軍士官を務めた。1986年の社会党内の抗争に敗れ、1990年の南北統一まで北イエメンに亡命した。統一後のイエメン共和国においては、1994年に南部再分離の内戦が勃発すると、国防大臣として制圧にあたった。内戦鎮圧後から2011年反政府運動(いわゆる「アラブの春」)までは副大統領を務め、同運動期から2022年の大統領指導評議会発足まで国を率いてきた。
ハーディーの大統領としての政治手腕に対する評価は、決して芳しいものではない。彼は内戦期間の大半をリヤドで過ごしてイエメン国内に有効な指導力を発揮できなかったうえ、南部移行会議との勢力争いでも後手に回った。しかし、2011年反政府運動以前の彼に期待されていた役割は、「北部出身の大統領に抵抗しない南部出身の副大統領」という象徴的なものであった。実際に同運動以前は、大統領の息子もしくはイエメン軍唯一の師団である第1機甲師団の師団長(北部出身)が、大統領の後継者と目されていたため、ハーディーが大統領になることは本人すら予想していなかったとみられる。そうした状況にあって、1990年の統一後から構築されてきた大統領を中心とする権力構造を刷新し、急速に台頭したフーシー派や南部移行会議を抑え込むことは、あまりに困難な課題であったともいえる。
国民抵抗軍:大将階級の誇示にみるサーレハの権力
国民抵抗軍は4月、自軍部隊が展開するマイユーン島に所属不明の軍用輸送機が着陸を試みたという報道を否定した15。サウディアラビア資本の大手汎アラブ紙『シャルク・アウサト』は、イエメン軍情報筋の話として、この事案を受けて同島に駐留する部隊の戦闘準備体制が引きあがったと報じた16。着陸を試みた主体としてイスラエルやUAEを疑う声がある一方で、同紙がサウディアラビア資本であることも考慮する必要があり、いずれも推測の域を出ない。ただし、5月にイラクでイスラエル軍の秘密基地の存在が明らかになったように、イスラエルは敵勢力排除のための浸透を試みており、イエメン(フーシー派)も例外ではないことは確かである。
最高指導者ターリク・サーレハ(Ṭāriq Muḥammad Ṣāliḥ)は5月、海軍および沿岸警備隊の軍事パレードに出席した17。艦艇の就役を祝した本パレードにて、サーレハは初めて階級章を着用して出席した[図3参照]。「剣に2つ星」は大将の階級章であり、アリーミーは元帥を名乗っていないため、現下の国際承認政府では最高位の軍階級保持者となる。2025年第3四半期の拙稿では、同年9月15日以降に国民抵抗軍公式メディアがサーレハを大将と記述するようになったことを指摘したが、今回の階級章着用で明示された形である。全ての共和国令や大統領令が公表されているわけではないため、委細は不明であるが、今般のサーレハの「昇格」が軍・治安部隊における昇進の条件を含む「軍・治安部隊服務法」に抵触している可能性は否定できない18。同法は准将から少将への昇格に2年、少将から中将への昇格に2年、さらに中将から大将に昇格する際には大統領評議会の承認を要件として規定している。従来公表されていたサーレハの階級は准将であり、これまで中将および少将となった旨の政府公式発表や国民抵抗軍側の主張も見られなかったため、一足飛びに大将となった可能性が高い。こうした点を権力の乱用と指摘する声もある一方で、政府内でそれが問題視されているようには見受けられない。
【図3:大将の階級章を着用したサーレハ】
(出所)Wikāla al-Thānī min Dīsambir al-Ikhbārīyaより引用
南部移行会議・南部分離主義:内部分裂進むも影響力は残存
南部移行会議は4月、一部幹部の組織離脱に直面した。同組織幹部であったアブドゥッルウーフ・サッカーフ(‘Abd al-Ru’ūf al-Saqqāf)は、南部分離主義組織「南部解放独立のための南部国民運動評議会(Majlis al-Ḥirāk al-Waṭanī al-Janūbī li Taḥrīr wa Istiqlāl al-Janūb)」を創設した。この組織は、南部分離主義系組織「南部解放独立のための革命運動最高評議会(al-Majlis al-A‘lā li al-Ḥirāk al-Thawrī li Taḥrīr wa Istiqlāl al-Janūb)」から分離したものである19。また、親サウディアラビア派に転向したファーディー・バーウーム(Fādī Bā‘ūm)は、6月に「南部未来評議会(Majlis al-Mustaqbal al-Janūbī)」を創設した。南部未来評議会は南部分離を主張している一方で、統一イエメンの枠組みで南部問題の解決を目指すサウディアラビアの取組に謝意を表明している。2017年に設立された南部移行会議は、組織拡大にあたって他の南部分離主義組織の有力政治家たちを吸収してきた背景があり、勢力後退の局面で彼らが再び自身の政治的影響力を高めようとしている様子が窺われる。
上記のような内部分裂が見られるとはいえ、現時点では南部分離主義を代表する組織が南部移行会議である点に変わりはなかった。南部移行会議は4月1日、停止に追い込まれていた外交部の活動をアデンで再開させたと発表した20。さらに同組織の外務特別代表アムル・ビード(‘Amd al-Bīḍ)率いる代表団が、4月13日から同月17日にかけてワシントンとニューヨークを訪問した。この訪問中に、米国議員や政府関係者、シンクタンク職員との会合が開かれた。訪問が確認されたシンクタンクは、親イスラエルの保守系シンクタンクである民主主義防衛財団やハドソン研究所であった。
南部移行会議と米国保守派を結びつける一因として、過激派対策に加え、イスラエルが挙げられる。米国には「南イエメン研究米国センター(American Center for South Yemen Studies)」や、「南イエメン米国人アドボカシー・グループ(South Yemen American Advocacy Group)」などの南部分離主義系団体が存在し、これらが南部移行会議と連携しつつ、主に保守系団体に対してロビー活動を行ってきた。UAEの支援を受ける南部移行会議は、南部独立後にイスラエルとの国交樹立を事実上認める姿勢で知られた。すなわち、南部移行会議と親イスラエルの保守系米国シンクタンク(およびイスラエルと国交を有するUAE)の間には、イスラエルをめぐる利害の一致が見られる。同じUAE系勢力である国民抵抗軍ですら、少なくとも公にはイスラエルを非難することもある中、南部移行会議はイエメンにおける親イスラエル派としての立場を示すことで米国保守派の関心を維持している。
イエメン南部実地における南部移行会議の影響力も、無視することはできない。6月下旬にムカッラーで開かれた政府への抗議デモでは、南部移行会議のロゴやズバイディーの肖像が掲揚された。また、南部移行会議系部隊の解体がサウディアラビアによって進められてきたが、現地で任務に当たる要員の多くは、依然として旧南イエメン旗ワッペンや改称前の部隊章を着用している。特に旧南イエメン旗については、新部隊章を着用した要員ですら使用しており、イエメン共和国旗に置き換えようとする動きは見られない21。
過激派:強まるフーシー派との連携
5月6日に米国は新たな対テロ戦略を発表した22。同戦略は中南米の麻薬カルテルなどに焦点を当てたことで注目を集めたが、フーシー派についても興味深い言及が見られた。1点目は米国経済にとっての航行の自由の重要性の文脈において、同派が船舶を脅かすようなことがあれば米国は再び決定的な軍事行動を取る用意があると記された。
2点目は組織間の連携強化の動きであり、対テロをめぐる環境として「シャバーブとフーシー派間の連携のような、既存テロリスト集団の間での新しく発展を見せる同盟」について言及した。ガザ戦争以降、フーシー派と過激派(AQAPやシャバーブ、「イスラーム国」)の連携強化が看取されており、国連安保理の専門家パネルによる報告書などもそうした動きを指摘してきた。例えば今年2月にマフラ県都ガイダで発生したドローン攻撃は、シャバーブの構成員(アブディーシュクル・バーヒー・アリー)が実行犯と報じられた23。その構成員は、フーシー派側外務省が発行した「アブドゥルカーディル・アフマド(‘Abd al-Qādir Yaḥyā ‘Alī Aḥmad)」名義の偽造パスポートを用いていたとみられる[図4参照]。
米国等からの制裁が強まり、イラン戦争でイランが軍事的に損害を受けた中、フーシー派はアフリカの角地域を活用した兵器調達に注力しているとみられる。他方で、過激派は同派からのドローン技術移転を望んでおり、利益ベースでの協力関係が進展している。過激派の国際的な脅威は、総じて見れば退潮しているものの、紅海周辺地域が新たな温床となる危険性については注意を要する。
【図4:アブドゥルカーディル・アフマド名義の偽造パスポート】
(出所)MBN al-hurraより引用
「イエメン情勢クォータリー」の趣旨とバックナンバー
アラビア半島南端に位置するイエメンでは、2015年3月からサウディアラビア主導の有志連合軍や有志連合軍が支援する国際承認政府と、武装組織「フーシー派」の武力紛争が続いてきた。イエメンは紅海・アデン湾の要衝バーブ・マンデブ海峡と接しており、海洋安全保障上の重要性を有している。しかしながら、イエメン内戦は「忘れられた内戦」と形容され、とりわけ日本語での情勢分析は不足している。そのため本「イエメン情勢クォータリー」シリーズを通して、イエメン情勢に関する定期的な情報発信を試みる。
◆ バックナンバー
- 𠮷田智聡「8年目を迎えるイエメン内戦-リヤド合意と連合抵抗軍台頭の内戦への影響-」『NIDSコメンタリー』第209号、防衛研究所(2022年3月15日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2023 年 1 月~3 月)-イラン・サウディアラビア国交正常化合意の焦点としてのイエメン内戦?-」『NIDSコメンタリー』第258号、防衛研究所(2023年4月20日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2023 年 4 月~6 月)-南部分離主義勢力の憤懣と「南部国民憲章」の採択-」『NIDSコメンタリー』第266号、防衛研究所(2023年7月18日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2023年7月~9月)-和平交渉の再開とマアリブ県で高まる軍事的緊張を読み解く-」『NIDSコメンタリー』第281号、防衛研究所(2023年10月19日).
- ———、清岡克吉「イエメン情勢クォータリー(2023年10月~12月)-国際社会に拡大するフーシー派の脅威と海洋軍事活動の活発化-」『NIDSコメンタリー』第295号、防衛研究所(2024年1月26日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024年1月~3月-10年目を迎えたイエメン内戦とフーシー派の支持拡大-」『NIDSコメンタリー』第308号、防衛研究所(2024年4月12日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024年4月~6月)-フーシー派による軍事的エスカレーションの継続と国内統制の強化-」『NIDSコメンタリー』第341号、防衛研究所(2024年7月23日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024年7月~9月)-「9月21日革命」10周年を迎えたフーシー派の新地平-」『NIDSコメンタリー』第356号、防衛研究所(2024年10月18日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024 年10 月~12 月)-フーシー派の対外攻撃再拡大と中東情勢の変化による同派への影響-」『NIDSコメンタリー』第361号、防衛研究所(2025年1月24日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2025年1月~3月)-第2次トランプ政権の発足で変貌するイエメン情勢の景観-」『NIDSコメンタリー』第373号、防衛研究所(2025年4月28日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2025年4月~6月)-米国・フーシー派間の停戦とイラン・イスラエル間の停戦は何を変えるか-」『NIDSコメンタリー』第390号、防衛研究所(2025年7月25日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2025年7月~9月)-イスラエルの斬首作戦で猜疑心を強めるフーシー派-」『NIDSコメンタリー』第404号、防衛研究所(2025年10月21日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2025年10月~12月)-ガザ停戦を経て再駆動するイエメン内戦独自のダイナミクス-」『NIDSコメンタリー』第413号、防衛研究所(2026年1月16日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2026年1月~3月)-12年目を迎えたイエメン内戦に終結の兆しを見出すことはできるか-」『NIDSコメンタリー』第435号、防衛研究所(2026年5月19日).
Profile
- 𠮷田 智聡
- 先進領域研究部防衛基盤研究室 研究員
- 専門分野:
中東地域研究(湾岸諸国およびイエメンの国際関係・安全保障)、現代イエメン政治