NIDSコメンタリー 第441号 2026年6月26日 防衛施設整備に伴う地方協力確保施策④——青野原駐屯地の開設を事例として
- 戦史研究センター戦史研究室主任研究官
- 中村 宗一郎
はじめに
第4回目の本稿では、功利主義及び公正主義の観点から分析した「青野原駐屯地が開設に至った要因」及び「防衛施設整備に伴う地方協力確保施策上の教訓」について紹介する。
青野原駐屯地が開設に至った要因
青野原駐屯地は、激しい反対運動の影響で地元の理解獲得に時間がかかり、開設が遅延したものの、開設にこぎつけることができた。それでは、地元住民の反対により防衛施設・区域の設置を断念した事例と何が異なっていたのであろうか。防衛施設の選定にあたって地元自治体及び住民の受容について功利主義及び公正主義の観点から地方協力確保施策を分析し、青野原駐屯地が開設に至った要因について考察する。
1 功利主義の観点からの分析
防衛施設の開設が地元地域にもたらす総便益と総費用を算出し、総便益が総費用を上回り、純便益が正の値をとれば、当該施設は地元社会にとって有益であり費用を地域が受け入れる可能性が出てくる。
防衛施設立地地域の純便益= ①便益+②外部経済-③外部不経済+④補償≧0
防衛施設等の設置にあたり、功利主義的観点から地方協力確保施策の意義を考えると、①便益及び②外部経済を極大化する一方、③外部不経済を極小化し、外部不経済を上回る適切な規模の④補償を提示することであるといえる。
本事例における①便益は、ホーク部隊の配置により、広義には防衛力の強化による抑止力の向上によって「戦争を未然に防止する」ことであり、狭義には「関西圏の防空能力の強化」である。
昭和52年版『日本の防衛』において自衛隊の必要性について「自衛隊はあった方がよい」との回答が79%(前回の昭和47年調査では73%)であり、広く支持されていることから、当時の一般市民にとって防衛施設は少なくともNIMBY(Not In My Back Yard)「施設そのものの社会的必要性は認めつつも、利害関係者が自らの近隣への立地に迷惑と感じられる施設」とみなされていたと思われる。1
一方「軍事力で平和は守れない」と防衛力を否定する革新勢力にとって、自衛隊施設は、NIABY(Not in Anyone’s/Anybody’s Backyard)「施設そのものの社会的必要性を認めず、全国のどこであっても迷惑と感じられる施設」であり、便益は0であろう。
「安保条約破棄」、「自衛隊解散」を基地闘争の究極の目的とする革新勢力は、「安保条約と自衛隊を容認する基地闘争は必ず途中で挫折してしまうか、基地の存在を認めたうえでの条件闘争、補償闘争になってしまう」ことから、「戦争に反対し、平和がすべてに優先する」という「平和意識」を基地に抑圧されている人々に浸透させることを目的に運動を行っており、「革新自治体」の拡大を目指していた。2
同時期に大阪府能勢町においてナイキ用地の取得に失敗しているが、歴史的に旧軍とのかかわりが薄い地域であり、防衛庁・自衛隊の施設等がなかったことから、防衛協会のような組織もなく、地元自治体及び住民の防衛に関する関心があまりなかったことと、大阪府に革新系の知事が誕生したことも失敗の要因であったと思われる。
沖縄県も革新系の強い地域であり、敗戦後の占領軍(米軍)による「銃剣とブルドーザー」による強制収容に対する反感が強いことなどの歴史的経緯が、「基地問題」の解決を難しくしている。
一方、青野ケ原演習場は、旧軍の時代から演習場が所在し、太平洋戦争期に戦車部隊も駐屯するなど軍隊との交流があり、米軍の接収後も米軍の使用(被害)がほとんどなく、自衛隊との関係も良好で小野市には防衛協会が所在していたことと、同演習場周辺は政治的に保守的な地域で、議会の構成も保守系の議員が大多数を占めており、防衛に対する住民の理解を深める素地があったことが、中部方面総監部による防衛協会等の組織を活用した演習場周辺自治体や地元住民への広報活動を容易にし、革新勢力の宣伝による反対活動が演習場周辺の一部の住民にとどまったものと思われる。
ただし、一部の同演習場周辺住民が最後まで駐屯地の設置に反対した背景には、旧陸軍に土地を廉価で強制的に収用されたとの不満や敗戦後の開拓農家が占領軍の接収等により立ち退きを強いられたことへの不満が影響している可能性がある。
青野ヶ原演習場周辺の自治体が実施した住民の意識調査において、ホーク部隊の設置に対する反対意見が賛成意見に比して大幅に多かったことから、便益①は同演習場周辺の住民にとって必ずしも大きくなかったと評価できる。
その理由については、青野原駐屯地が開設されたのは国際的にはデタントと呼ばれた時期で現在ほど我が国周辺の安全保障環境が厳しくなかったことから、現在に比して一般市民の脅威認識が低く、防衛力の必要性への理解が低調であったことと、第8高射特科群の任務が「政経中枢」である関西圏の防空であることから、地元地域への便益が間接的なものと受け取られた可能性がある。
本事例における②外部経済は、駐屯地建設に伴う調達(昭和51年度予算約15億円)、約1,600人の隊員及びその家族の転入に伴う住民税等の収入増加、駐屯地開設後の駐屯地や隊員・家族等による調達(購買)、各種災害時に対応してくれる安心感などが考えられる。
青野原駐屯地の開設にあたって地元企業も工事等を請け負ったが、開設後には、滝野町や社町にも防衛協会が作られ、工事等を請け負った地元企業の代表が防衛協会に入会し、長年駐屯地を支援している。
収入・調達の増加については、人口規模の小さい自治体ほど影響が大きいと思われる。加西市議会における特別委員会が視察結果について革新勢力が宣伝するような「基地公害」がないことを確認する一方、税収や基地周辺整備費の大幅な増額は見込めず基地を受け入れる利点は少ないとして、演習場を民間に払い下げて工業地域として開発した方が市の発展につながるという都市計画の観点から、「ホークの設置は、市にとって利点がなく、青野ヶ原演習場は、平和利用が望ましい」との報告書を提出している3ことから、駐屯地開設当時の人口が約4万人の小野市と約5万人の加西市にとっては、収入・調達の増加による影響は限定的であったと思われる。
また、第8高射特科群は、毎年、関係自治体・警察・消防と防災に関する定期的な会議を行い、自治体主催の防災訓練を支援するなど連携を深め、平成16(2004)年には加古川決壊に伴う災害派遣、平成26(2014)年には「平成26年8月豪雨」に伴う丹波市への災害派遣に従事するなど周辺自治体から高く評価されているが、各種災害における自衛隊の有用性が特に意識されるようになったのは、平成7(1995)年1月に発生した阪神・淡路大震災以降であると思われる。
本事例における③外部不経済として、有事に駐屯地が攻撃目標にされるリスクについては、平和主義などイデオロギー的主張を持つ革新勢力は当該リスクを大きく評価するが、イデオロギー的な背景のない一般の市民は、将来の不確実なリスクであり、ホーク部隊の所在する駐屯地に限らず他の防衛施設も同様のリスクがあるため、相対的に当該リスクを小さく評価すると思われる。
一般市民にとってより関心が高いのは、生活や産業に及ぼす影響であろう。革新勢力が主張していた渋滞、電波障害、弾薬庫の事故のリスク、自衛隊員に起因する治安の悪化への不安などの「基地公害」による生活への影響はほとんどなかった。4「演習場への立ち入りが制限される」、「ため池の管理ができない」などの産業への影響については、普段は立ち入りが制限される駐屯地の敷地は演習場の約4%にすぎず、ため池の管理についても周辺の農業に影響を与えないよう駐屯地が管理することにより解決できる問題であった。
革新勢力は、一般市民の支持を得るため、基地闘争において「環境への影響」を強調する傾向がある。青野原駐屯地の事例でも、旧陸軍の戦車隊の燃料流出によりため池が汚染されて長年魚が油臭くて食べられなかったことから、駐屯地の生活排水が地下に浸み込んで井戸やため池を汚染する心配があるとの主張5があった。
また、当時、兵庫県は中国縦貫自動車道沿線を中心に人口目標を50万人とする播磨内陸都市圏計画の一部として演習場周辺の小野市、加西市、加東郡滝野町を含む東播磨都市計画を策定していた。都市計画への影響は、自治体の面積に占める演習場などの防衛施設・区域の割合が大きいほど、また市街地など土地の利便性が高いほど大きくなると思われる6が、青野ヶ原演習場の場合は、面積の比率が比較的小さく、利便性も必ずしも高いとは言えないことから、駐屯地・演習場があることにより、工場の誘致や住宅の建設ができず、当該都市計画の支障になるという革新勢力の主張は、保守系の勢力が強い兵庫県議会及び演習場周辺市町議会で広がりを見せることはなかった。
青野原駐屯地の事例は、大阪府能勢町のように民有地の取得を目指さなかったことと、ホーク部隊の「基地公害」が比較的少なく、革新勢力による宣伝活動に対して中部方面総監部が既設ホーク自治体等の見学及び説明会等の広報活動により、周辺住民の不安を取り除いたことが成功の要因であった。
革新勢力も、「当該基地周辺住民の利害と結合させることが困難な点にある。」ことが最大の悩みであり、「土地が取り上げられるわけでなし、ミサイルが配置されてすぐに危害が表面化するわけでもない。だから住民はなかなか立上らない。市民組織ができてもそれは啓蒙活動に流れてしまう。革新政党・団体が主導権をとって反対運動を組織しても観念的な方針しか出せない。」ことから、「ミサイル基地反対」の活動の難しさを認識している。したがって、「地方自治体の長・議会にミサイル基地化反対の意思表明を行わせ、先頭に立ってたたかうことはもちろん、これを裏切らないように監視することが大切である」とともに、防衛庁の事前工作により地方自治体の長・議会が賛成に寝返らせることを防ぐための大衆運動が要求され、住民の関心を高めるための街頭宣伝活動、署名活動などを行う必要がある7としている。
当時検討されていた中部方面ヘリコプター隊の併設8が進められていた場合、日常的なヘリの騒音や事故被害の危険等の「基地公害」が大きく、革新勢力による地元住民の組織化が容易となり、駐屯地の開設はより難しくなったと思われる。
④補償としては、青野ヶ原演習場周辺の自治体の場合は、基地交付金と環境整備法に基づく助成があった。兵庫県21市の昭和49年度決算統計でワースト3に入り、赤字再建団体へ転落する瀬戸際であった小野市と加西市9にとっては、基地交付金と環境整備法に基づく助成の価値は高かったと思われる。
昭和51(1976)年1月14日、関係2市1町の3市町長は、ホーク配備の見返りとして中国縦貫自動車道の開通に伴い工業、住宅地として急激に開発が進んでいる周辺並みに基地交付金算定の基準となる土地の評価額を見直し、青野ヶ原演習場の基地交付金を大幅に増額するよう自治、大蔵両省と防衛庁に陳情した。10増額が認められたかは不明であるが、固定資産税の代替的なものとして交付される財政助成金である基地交付金は、制度の発足当初には固定資産税相当額の26%程度しか配分されていなかったが、昭和46(1971)年に評価替えが行われ、昭和49(1974)年にはほぼ100%水準まで増えており、また基地交付金総額の25%の配分の決定にあたり、防衛施設庁と自治省の間で調整されていたと思われることから、増額された可能性はある。11
また、関係自治体及び演習場周辺住民からホーク部隊を受け入れる「見返り(精神的補償)」として橋や市民会館の建設など、環境整備法の範囲を超えるような様々な要望が出されたが、大阪防衛施設局は環境整備法に基づき、防衛施設の設置・運用に起因しない措置について実施できないとの立場を堅持しつつ、ため池の改修、道路整備等の費用を全額助成したほか、障害の緩和を目的とした民生安定施設の助成として公民館、保育園等の建設費の一部に助成金を支給するなど、同法の柔軟な運用を行う誠実な対応が成功の要因になったと思われる。
これらの分析から具体的に計数化することは困難であるが、青野原駐屯地の事例は、演習場周辺の市町議会や区長会が最終的に条件付き賛成の方針を示したことから、①便益及び②外部経済が大きかったとは言えないが、③外部不経済も小さく、④補償が外部不経済に比して大きかったため総便益が総費用を上回り、青野原駐屯地の受け入れが実現したと評価できる。
2 公正主義の観点からの分析
公正主義は、立地の結果と立地の過程(決定プロセス)の双方を公正性と公平性の観点から評価するものであり、結果を問う「分配的公正」と過程を問う「手続的公正」がある。
「分配的公正」とは、特定の地域に経済不経済(受苦)が偏っていないかという視点であり、防衛施設等の立地においては、地域バランスを考慮するということである。
沖縄県は、本土に比して沖縄に米軍基地が集中していることが最大の不満であり、これが軍事的・地理的理由ではなく、「移設先となる本土の理解が得られない」という政治的・経済的理由によると主張している。沖縄の基地問題は、施設(米軍基地)の外部不経済(被害やリスク)を特定の地域(沖縄県)が負担し続ける状態(結果)が生じていることにより、施設立地の正当性に疑問が呈されている状態であるといえる。
青野原駐屯地の開設への反対請願書における「なぜ我々が阪神圏の防衛のための犠牲にならなければならないのか」との主張は、まさに「分配的公正」に関する主張であるが、「なぜうちだけなのか」とみなされれば反対感情はより強まることは避けられない。長沼ナイキ訴訟や大阪府能勢町でのナイキ用地の取得に苦労していた防衛庁は、第8高射特科群の配置にあたって用地の新規取得ではなく防衛庁施設内での選定を行い、阪神圏に近く、ホーク部隊を配置できる地積があり、交通の便が良い施設として、あいば野演習場、信太山演習場、青野ヶ原演習場を候補としていた。あいば野演習場はすでにナイキ高射隊が饗庭野分屯基地に配備済みかつ今津駐屯地と隣接しており、信太山演習場は狭隘かつ信太山駐屯地と隣接し、周辺の高層建築物がネックとなったことから、最終的に常設部隊が所在する駐屯地等がない青野ヶ原演習場が選定されたのは、「分配的公正」の観点から妥当であり一定の正当性を説明できたと評価できるが、関係自治体及び演習場周辺住民がこうした説明を受けて納得したかどうかを判断することは難しい。
「手続的公正」とは、正しい決定プロセスを経て立地が決められたかという視点であり、「正しい」決定プロセスを経た結果であれば「分配的公正」が達成されていなかったとしても受け入れることになる。
最後に、「手続的公正」に影響を及ぼす2つの要因―社会的要因(対人的処遇)と構造的要因(過程コントロール)について考察を試みる。12
社会的要因は、立地プロセスにおける利害関係者(地域コミュニティ)と権限者(施設設置側)の関係性である。利害関係者に立地が公正であると認知されるためには、中立性(利害関係者が権限者に分け隔てなく扱われること)、信頼性(権威者が私心のない信頼に足る者であること)、地位の尊重(利害関係者の立場を配慮し尊重した処遇を行うこと)など「相互作用的公正」と、利害関係者が権限者から正確な情報に基づく説明を十分に受けたかという「情報的公正」が重要である。権限者が利害関係者の扱いに著しい差を設け、正確な情報を提供しない場合は、利害関係者は「手続的公正」を低く評価すると思われる。
青野原駐屯地の事例では、昭和48(1973)年6月の「久保発言」以降、中部方面総監部が主体となり積極的に広報活動を展開し、防衛協会での説明・パンフレットの配布、隊員による関係市町議会の議長、基地問題対策特別調査委員や演習場周辺住民宅等への戸別訪問及び既設ホーク自治体の視察などを実施したが、ホーク部隊が設置された福岡県飯塚市及び設置予定の長崎県大村市を視察した小野市議会の特別委員会が、視察した両市とも「ホーク基地の設置について防衛庁から正式に通知を受けていない点が共通」しており、「もし仮に青野ヶ原にホーク基地の配備が決定したとしても設置までに計画発表はあり得ないとして早急に市議会や市当局が基地化に対する態度を明らかにし、対処する必要がある。」との視察結果を議会に報告するなど、防衛庁から適切な情報提供がされないことへの警戒感が示された。その後、中部方面総監部が、関係市町議会の議員をはじめ演習場周辺住民等に対し、反対派も含めて59カ所で1,884名に対して説明会を行うなど公平かつ誠実な情報発信に努めた結果、市役所、町役場及び市町議会の協力者が増加し、地元選出の県議会議員及び国会議員の協力も得られるようになったことから、中部方面総監部の広報活動の「相互作用的公正」及び「情報的公正」が達成されたとして、社会的要因について高く評価できる。
構造的要因は、当事者(地域コミュニティ)が立地に対して影響力を行使できる程度であり、意思決定過程をコントロールする影響力の程度(過程コントロール)と決定そのものへの影響力の程度(決定コントロール)に分けられる。前者は、情報の公開と選択、証拠提示や主張機会などに関する利害関係者の裁量の範囲であり、後者は、利害関係者の最終決定に対する影響力の程度と性質である。13利害関係者を公平に扱い、正確な情報を提供したとしても、意見や要望を聞くだけで、権限者が立地に関するスケジュールや決定を一方的に決める場合は、利害関係者の影響力行使はほとんどないことになり、当事者は「手続的公正」を低く評価すると思われる。
青野原駐屯地の事例は、防衛庁の施設・区域である青野ヶ原演習場内に設置するものであり立地に関して利害関係者たる関係自治体が影響を及ぼす範囲は限定的である。しかしながら、防衛庁は、昭和49(1974)年11月26日に第8高射特科群の配置を青野ヶ原演習場に決定し、昭和50(1975)年3月末の駐屯地の開設を予定して、同年2月中には諸設備配置の検討に必要な調査(測量予備調査)を終えたい意向であったが、関係市町議会における駐屯地受け入れの方針が決まらないことから、同調査は同年3月末にずれ込んだ。大阪防衛施設局が関係市町に対し同年7月中旬には本格測量と建設工事を開始すると通告したが、演習場周辺自治体からの測量・工事の延期要請を受けて、同年7月8日の滝野町を皮切りに、19日には小野市、26日には加西市がホーク受け入れに同意、同年8月9日の兵庫県の同意表明を待って、27日に着工することとなり、結局駐屯地の開設は予定より約5か月遅延して昭和51(1976)年8月20日となった。
また、昭和50(1975)年9月に小野市と滝野町の間で住民税や基地交付金等に影響が出かねない駐屯地予定地の境界争いが起きたが、同年11月には大阪防衛施設局の調整により設定した新境界線により解決した。
防衛庁が関係自治体に一定の配慮を行い、駐屯地の開設を遅らせ、駐屯地の境界の画定にあたり自治体間の調整を行うなど、立地プロセスにおいて関係自治体に一定程度の影響力を認めたこととなり、構造的要因についても「手続的公正」がある程度担保されたと評価できる。
また、利害関係者たる演習場周辺住民については、自治会・町レベルでたびたび市議会等に対し「基地の受け入れ反対」の請願書提出や意見が述べられたが、防衛庁・自衛隊の広報(説明・情報発信)のみならず、区長会から出された受け入れ条件や懸念等を請願書や意見交換等により市町議会や防衛庁に伝える広聴(意見や要望を施設に反映)及び対話により演習場周辺住民にも社会的要因において一定程度の「手続的公正」が担保されるとともに、環境整備法等の範囲内において柔軟な運用により要望等の実現を図るなど構造的要因についても一定程度の「手続的公正」が担保されたことが、昭和50(1975)年3月頃までに小野市及び加西市の演習場周辺区長会が条件付き賛成(一部の町は反対)へと転換した要因になったと評価できる。
防衛施設整備に伴う地方協力確保施策上の教訓
功利主義の観点からの教訓としては、①便益である「戦争を未然に防止する」ために外交だけでなく外交の裏付けとなる「防衛力の必要性」について関係自治体や周辺住民の理解を促進するにあたり、防衛施設等の立地にあたって、旧軍及び米軍と地域住民との歴史的関係性や地域の政治性を考慮する必要があると思われる。しかし、軍事的合理性からこれまで防衛省・自衛隊との関係性が薄い地域や革新系の強い地域を選定せざるを得ない場合は、ある程度の時間をかけて地方公共団体及び地元住民に防衛施策についての理解獲得を図る施策を推進することが必要となろう。
また、小野市防衛協会が議会対策や地元住民への広報などに大きな役割を果たしたように、防衛施設等の所在する地域においては、地域住民の理解を得るために防衛協会のような「防衛力の必要性」について理解を示す市民レベルの組織を維持発展させるとともに、防衛省・自衛隊関係者が地域自治会へ積極的に参加し、退職後に地元議会の議員あるいは防災官等として活躍するなど、地方公共団体等の地域コミュニティにおける安全保障政策への理解者を増やしていくことも重要であろう。
②外部経済を努めて大きくするため、自衛隊施設等の開設工事にあたって地元企業を活用し、開設後も調達において地元企業の入札・契約を促進する取り組みが重要であろう。
また、各種災害に対する自衛隊の役割への自治体の期待は近年高まっていることから、自衛隊施設等の新設にあたっては、各種災害発生時における自衛隊の有用性を積極的にアピールすることも有効であると思われる。
「基地公害」が大きい中部方面ヘリコプター隊の併設が進められていた場合、青野原駐屯地の開設はより難しくなったと思われることから、③外部不経済を努めて小さくするため、「基地公害」の少ない部隊と「基地公害」の多い部隊を同時期・同一場所に設置することは、地方協力確保の観点からは難しいであろう。
また、革新勢力は、一般住民の支持を得るため、基地闘争において「環境」への影響を強調する傾向がある。ナイキ用地の取得に失敗した能勢町では、反対派がキンキザサやエゾトンボなど珍しい植物や昆虫が生息する深山の自然の貴重性を訴えていた。14近年でも、革新勢力が辺野古基地建設においてジュゴンの保護やサンゴ礁の保全、宮古島駐屯地の建設において駐屯地の排水による水道水源汚染のリスク、馬毛島自衛隊施設の建設においてマゲシカの保全などを訴え、防衛省の行う環境影響評価(アセスメント)への批判を繰り返している。これらの批判に対し、科学的根拠に基づく説明を行い、実行可能な環境保全策を講じることが必要であるが、技術的に難しく、コストがあまりにも大きい場合は、国全体の純便益がマイナスとなり、パレート最適を達成できないことから、補償の提供による調整を行わなければならない。その際、立地地域の利害関係者が補償を受け入れるかは、①便益への理解や②外部経済の評価にかかってくると思われる。
④補償については、青野原駐屯地の事例では、ホーク部隊を受け入れる「見返り(精神的補償)」として環境整備法の範囲を超えるような様々な要望が出されたが、④補償が巨額になれば、国全体としてのパレート最適は図れないため、関係自治体や住民の意向を確認しつつ、関係法の範囲内で柔軟に運用する誠実かつ粘り強い交渉が必要であろう。
また、青野原駐屯地では、3月末の「桜一般開放」、5月末の「駐屯地記念行事」、8月上旬の「盆踊り」など年に3回、駐屯地の一般開放を行うとともに、地元自治体等の祭り・イベントを支援しているが、これらの施設等の開放(地域コミュニティによる施設の利用)及び交流(施設側が地域でイベントを主催、あるいは地域のイベントに施設が参加)施策は④補償的意味合いも有していることから、こうした施設等の開放や交流施策についても自衛隊施設の設置のメリットとして積極的に周知することも重要であると思われる。
公正主義の観点からの教訓としては、防衛施設の立地にあたり、「分配的公正」について考慮が必要ではあるが、関係自治体や住民に「なぜうちなのか」を納得させることは難しいと思われることから、「手続的公正」の重要性がより増すと思われる。
「手続的公正」を高めるため、社会的要因からは、青野原駐屯地の事例において、賛成・反対派を分け隔てることなく、戸別訪問、既設ホーク自治体の視察、数多くの説明会の設定、記者会見による情報発信を行ったように、演習場周辺自治体・住民に対して公平かつ敬意をもって接すること(相互作用的公正)、革新団体等の宣伝による「基地公害」や産業への影響等の不安に対して、正確な情報の提供及び誠実な説明を実施すること(情報的公正)が重要であろう。
構造的要因からは、青野原駐屯地の事例において議会が紛糾し、駐屯地の受け入れ方針がなかなか決まらない中で、防衛庁・自衛隊が工事予定等を通知して関係自治体等に決心を求めつつ、議会の結論が出るまで着工を遅らせるなど臨機応変に対応したように、関係自治体の意向を無視して工事を強行したと受け取られないよう考慮することも重要であろう。
兵庫県及び関係2市1町がホーク部隊の受け入れに至った経緯を見ると、青野ヶ原演習場周辺区長会が反対から条件付き賛成に回った影響が大きい。県は地元自治体の賛成、市長及び議会は演習場周辺住民の賛成を理由に受け入れを表明したことから、保守系の強い地域であっても防衛施設等周辺住民の意向を無視できないと思われる。演習場周辺住民から環境整備法の範囲を超えるような条件が提示されたが、防衛施設等を設置する場合は、特に周辺住民に対する「相互作用的公正」や「情報的公正」に留意し、条件については法の範囲内で対応しつつも、周辺住民の要望を真摯に聞いて、要望が県・市町等の地元自治体及び政府・防衛省に届いていることを周辺住民に実感させ、要望に対して関係団体・機関等が誠実に対応していると周辺住民に理解してもらうことが重要である。
Profile
- 中村 宗一郎
- 戦史研究センター戦史研究室主任研究官
- 専門分野:
陸上自衛隊史、東アジアの安全保障、バルカン半島の安全保障