NIDSコメンタリー 第440号 2026年6月23日 米中首脳会談と「建設的戦略安定関係」
- 地域研究部中国研究室主任研究官
- 山口 信治
はじめに
米国のトランプ大統領が2026年5月13日から15日にかけて北京を訪問し、中国の習近平国家主席ほか首脳との会談を行った。米国大統領の中国訪問は9年ぶりのことであり、その間、米中は対立を深めてきた。このため今回の首脳会談は大きな注目を集めてきた。
本稿では、中国は今回の首脳会談に対してどのような目的や期待を抱いていたのか、今回米中が合意した米中「建設的戦略安定関係」をどのように理解すればよいか、首脳会談を全体的にどのように評価すればよいかという問題を論じる。
中国の狙いは首脳外交によって米中関係安定の政治的基礎を作ること
会談前から、中国側の米中関係の安定化に向けた期待は高かった。『人民日報』には2026年を米中関係が安定した持続的発展に向かう画期的な年とするといった、高い期待を示す記事が掲載されていた。これは、2025年10月の釜山における首脳会談以来、米中は協議と安定を優先するムードに移行しており、米国との関係に中国側がある程度自信を持ってきたためである。
中国が今回の会談で重視していたのは、こうした関係安定化の流れを継続するための政治的基礎を作ることであった。
そのなかで強調されていた点が二つある。首脳外交と核心的利益である。
まず、首脳外交である。中国は習近平国家主席とトランプ大統領の首脳間の対話と関係が米中間の交渉において極めて重要であると位置づけていた。このことは、習近平体制とトランプ政権がともにトップリーダーのワンマン体制となっていることを考えれば、当然といえるかもしれない。中国側は、何らかの具体的合意に達することよりも、トランプ大統領の認識に影響を与えることを重視していたといえるだろう。
次に、核心的利益、特に台湾問題において強い発言が目立ち、またかなりの時間を割いてこの問題についての中国の立場を述べた。中国は台湾問題が米中関係における「最も重要な問題」であり、「核心的利益の中の核心」、「政治的基礎の基礎」、「越えてはならない第一のレッドライン」とその重要性を繰り返し強調した。習近平主席はトランプ大統領に対し、台湾問題が適切に処理されれば両国関係は安定を保てるが、処理を誤れば衝突や紛争に至り、米中全体を極めて危険な状況に追い込むと直接警告した。さらに中国側は、台湾独立と台湾海峡の平和は「水と火のように相容れない」と表現し、台湾海峡の平和と安定を維持することこそが米中双方の「最大公約数」であると主張したのである。
また会談前より、米国に「台湾独立への反対」の表明を求めるような議論が中国メディアには現れていた。これは従来米国大統領が表明してきた「台湾独立を支持しない」よりも踏み込んだ表現ということになる。そしてこの表現は、中国がグローバルサウス諸国に対して表明することを求め、しばしば表明されてきた表現である。今回中国が米国にどこまでこの表現を用いることを期待していたか明らかでないが、これを相手に求めるという立場を示していたとしても不思議ではないだろう。
建設的戦略安定関係とは何か
今回の注目点として、米中両国は「建設的戦略安定関係」という新たな関係について合意した。これは「トゥキディデスの罠(新興国と覇権国が必然的に衝突するという見方)」を乗り越え、大国関係の新たなパラダイムを創り出すための回答であると喧伝されている。
この概念は何を意味するのだろうか。これについて、これまでで最も詳しい説明として王毅外相によるものがある1。
王毅外相によれば、建設的戦略安定関係は、
- 協力を主体とする積極的な安定:互いに協力し合い、大国としての責任を果たして両国および世界に利益をもたらす。
- 節度ある競争による良性な安定:ゼロサムゲームではなく、ルールを遵守した公平で相互に高め合う競争。
- 相違をコントロール可能な常態的安定:政策の連続性を保ち、約束を守り、関係が乱高下しないようにする。
- 平和が期待できる恒久的な安定:衝突や対立、戦争を起こさず、互いの核心的利益や体制を尊重して平和共存を果たす。
を内容とするあらたな「政治的コンセンサス」である。
この内容からみると、この概念は2010年代に中国が提起していた「米中新型大国関係」の焼き直しといえる。米中新型大国関係は①衝突せず、②ウィンウィン関係を作り、③相互の核心的利益を尊重しあうことで、トゥキディデスの罠を回避することができる、という議論であった。そしてこの議論において問題となったのが、「核心的利益の尊重」という項目だった。というのは、中国の核心的利益には、政治体制の維持、台湾の統一、領土の統合(海洋部の領土紛争も含むと考えられる)などが含まれており、これを尊重することは、米国が事実上台湾や領土についての中国の主張を受け入れることを示唆するものだったのである。このため、当初様子見していたオバマ政権は、次第にこの概念を受け入れないという姿勢を明らかにしていった。
そして今回の建設的戦略安定関係に関する王毅の説明は、基本的に米中新型大国関係と同じである。経済的な相互依存に基づくウィンウィン関係という論点が後退し、より関係安定化のためのマネージメントに力点が置かれるようになったとはいえ、最も重要な部分は変化していない。それは、安定的関係を築くうえで、互いの核心的利益を尊重することが、政治的前提、基礎となるということである。
中国が今回、核心的利益として台湾問題を重視し、それについて強い主張を展開したのは、それが建設的戦略安定関係の前提となるためである。
興味深いのは、この建設的戦略安定関係は「今後の3年からさらに長い期間の米中関係に戦略的指針を提供」するとされていることである。これは、トランプ政権の残り任期を意識した表現とみられる。中国はトランプ大統領に対して、彼が大統領であるからこそ米中の安定が達成できるのだと賞賛し、おだてることで、政治的原則におけるコンセンサスを作ろうとしたのである。
米国側は、この概念を用いること自体については同意したものの、今回の訪中に関するファクトシートでは「公平性と互恵性を基盤として」という一言を付け加え、中国側と全く同じ文言を使うことは避けた2。
会談の結果をどう評価するか
今回の会談はどのように評価できるだろうか。
第一に、米中の対話と関係安定化へ向けた流れは今後も継続するだろう。米中首脳は年内に3回会談するとみられ、さらなる対話が続く。どれほどの具体的成果につなげられるかが注目されるだろう。
第二に、とはいえ、今回の会談は何か大きな決定が下された場ではなかった。「米中新デタント」や「はしごを外された日本」という議論もみられるが、今回の会談だけでそこまで論じるのは行き過ぎである。
確かに、会談後のトランプ大統領の台湾に関する発言は、中国側の主張に影響されているかのような印象を与えるものだった。また台湾に対する武器売却も順調にはいかない可能性が高まっている。
しかし、今回の会談で示されたのは、対話の方向性だけであり、具体的にどのように着地するのか、あるいはしないのかは今後の協議が決めていくことになる。そのうえであえて予測するとするならば、米中間の認識には大きなずれがあり、そのことが両国にとって譲歩できないエリア、すなわち台湾問題や先端技術の領域における対立点を浮かび上がらせることになるだろう。そしてその点において両国とも折り合うことが難しい以上、米中間の決定的なグランドバーゲンが起きる可能性は低いといえる。
第三に、中国は、米国が中国の考える政治的基礎や台湾問題についての立場を受け入れる余地があり、それに基づいて米中間の安定的関係を築くことができるという過度の自信を抱く可能性がある。そしてこうした中国の過度の自信は、周辺国に対するより強硬な政策につながる可能性がある。特に中国は対日批判を強めており、強硬な対日政策を強める可能性があるだろう。
Profile
- 山口 信治
- 地域研究部中国研究室主任研究官
- 専門分野:
中国の安全保障・政治、現代中国史