NIDSコメンタリー 第439号 2026年6月19日 アメリカのベネズエラ攻撃とパナマ侵攻作戦の比較:類似点と相違点
- 戦史研究センター国際紛争史研究室
- 新福 祐一
はじめに
2026年1月3日の年明け気分が覚めないころ、アメリカ軍はベネズエラの国家元首であるニコラス・マドゥーロ(Nicolás Maduro Moros)大統領と同夫人を確保する攻撃作戦(アブソリュート・リゾルブ作戦)を行った。アメリカのドナルド・トランプ(Donald J. Trump)大統領は、2025年春からアメリカへの麻薬流入の中継地として機能を果たしているとして、武力行使の可能性を示唆し、ベネズエラに圧力をかけていた。さらに同年9月には、実際に麻薬輸送の疑いのある船舶を公海およびベネズエラ港湾などにおいて無人機等を用いて攻撃していた(サザン・スピア作戦)。これに対し、マドゥーロ大統領は反米色を強めていたが、アメリカが特殊部隊を用いて地上戦を行うことは予想できていなかった。
現在は、マドゥーロ政権で副大統領であったデルシー・ロドリゲス(Delcy Eloína Rodríguez Gómez)が大統領代行となり、アメリカとの対立は沈静化したように思われる。一方でアメリカは、中東のイランに対する攻撃の最中であるが、キューバに対しても軍事手段の使用も念頭に圧力をかけている1。このような、中南米に対するアメリカの姿勢は、19世紀のモンロー主義を彷彿させるものであり、実際、トランプ大統領もそれを意識して「ドンロー主義」と述べている2。
ベネズエラへの攻撃は、麻薬流入阻止が目的とされている3。これと類似する例として思い起こさせるものが、1989年のアメリカ軍のパナマ侵攻(ジャスト・コーズ作戦)である。冷戦末期に行われたこの作戦も、東西冷戦の文脈というより、アメリカの麻薬対策という国内問題を解決するため、パナマの支配者であったマヌエル・ノリエガ(Manuel Antonio Noriega Moreno)将軍を逮捕した。
本稿は、ジャスト・コーズ作戦とアブソリュート・リゾルブ作戦との類似点と相違点について確認し、ラテンアメリカにおけるアメリカの今後の行動について考察するための一助を提供したい。
1989年におけるパナマ侵攻作戦と2026年のベネズエラ作戦の概要
まず1989年のジャスト・コーズ作戦について概観する4。1980年代は、まだソ連との冷戦が続いていたこともあり、アメリカはラテンアメリカにおける共産主義の浸透阻止のために反共産主義の勢力または政府への軍事支援を行っていた。特にパナマは米西戦争以降、パナマ運河とそれを管理するための軍事基地があり、重要な拠点であった。しかし基地や運河をめぐり、アメリカとパナマの摩擦は続いていた。
このころパナマは国防軍(以下PDF)の支持を背景にした権威主義体制であった。ノリエガ将軍は共産主義と一線を画しており、アメリカに協力していたものの、彼はアメリカにとって重要な人物になっていると過信していた。そして自身の権力基盤の強化と民衆支持の獲得のために、PDFと反米運動を利用した。一方で、アメリカにおける麻薬乱用は社会問題と化しており、1989年には国民の27%が重大な社会問題と考えていた5。その流通は南米からであり、ノリエガ将軍も薬物流通の一端を担っていた。この件について、アメリカは承知していたものの、パナマの共産化防止のためCIAに協力させ、ノリエガの行動を1988年に起訴するまで黙認していた6。
副大統領だったジョージ・ブッシュ(George H.W. Bush)が1989年に大統領に就任すると、ノリエガ排除のための武力行使を視野に入れ始めた。国務省のジョージ・シュルツ(George P. Shultz)長官なども軍事力行使を背景にした外交による事態解決を主張した7。これに対してアメリカ南方軍司令官のフレデリック・ワーナー(Frederick F. Woerner Jr.)大将は、性急な武力行使ではなく、パナマの民主化を念頭にした対処によるべきと考えた。ノリエガ将軍を排除しても、軍部による政治体制を変えなければ、また同じことが起こる為である。しかし、ワーナーは政権の方針に反対していると報じられたことを契機に司令官を任期途中で解任され、マックスウェル・サーマン(Maxwell R. Thurman)大将が就任した。ここから、パナマに対する軍の方針が武力行使に傾く。
1989年12月20日、特殊部隊約4,100人を含む兵力約27,000人の統合部隊がパナマを奇襲した。冒頭、F-117ステルス攻撃機2機がPDF兵舎付近に爆弾を投下して混乱させ、その間に降下したレンジャー部隊と地上軍がPDF主力部隊の撃破と司令部の占拠を行った8。一方で、特殊部隊がノリエガ将軍の隠れ家を急襲したが、当時外出していたためノリエガ将軍は難を逃れ、その後バチカン市国大使館に逃げ込んだ。しかし、数次にわたるアメリカ側の説得とパナマ市民の抗議活動に屈して、1990年1月3日に投降して拘束された9。そしてPDFも解体された。以上がジャスト・コーズ作戦の概要である。
一方、ベネズエラのアブソリュート・リゾルブ作戦の場合はどうであろうか。詳細は報道によって明らかになっているので概要のみ述べる10。反米姿勢のウゴ・チャベス(Hugo Rafael Chávez Frías)から2013年に大統領の座を引き継いだマドゥーロは、国内政治活動の弾圧を含む権威主義的な体制のもとでさらに反米姿勢を強めていた。第二次トランプ政権では、ベネズエラの麻薬組織をテロリストに指定し、2025年2月にはこれらの撃滅のために軍事力を行使することを指示した。9月2日には実際に麻薬輸送の疑いのある船舶に逐次攻撃を開始、強襲揚陸艦イオージマほか8隻の艦艇とともに空母打撃軍をカリブ海に集結させた。このようななか、アメリカ南方軍司令官のアルヴィン・ホルジー(Alvin Holsey)提督は、麻薬阻止に積極的であったものの、民間船を軍事力で攻撃する合法性に疑念を抱いた11。そしてピーター・ヘグセス(Peter B. Hegseth)戦争長官との対立の結果、ホルジーは任期途上の2025年12月に解任され、副司令官が指揮を引き継ぐことになった。
2026年1月3日深夜、130機の無人機含む航空機の支援のもと、陸軍特殊部隊のデルタフォースにより、マドゥーロ大統領と大統領夫人の隠れ家を襲撃した。この際、ベネズエラの防空システムを航空戦力であらかじめ無力化しておき、特殊部隊の侵入を容易化した12。襲撃は成功し、大統領夫妻は拉致されたが、ロドリゲス副大統領以下の政権幹部およびベネズエラ国軍は攻撃の対象とならなかった。大統領代行となったロドリゲスは、アメリカの行為を不法と非難したものの、その後関係修復に乗り出し、現在に至っている。
2つの作戦の比較
以上を見るかぎり、パナマとベネズエラの軍事作戦を比較すると以下の類似性がある。
- 麻薬流通の阻止を目的
- アメリカ国内法で裁判するために他国の国家元首を拉致
- 奇襲による電撃的作戦の遂行
- 作戦開始前のアメリカ南方軍司令官の更迭
ただし、この2つの作戦をアナロジー的にみるのは限界がある。パナマにおいては①在パナマアメリカ人の生命を守る、②パナマの民主主義を守る、③麻薬流通の遮断、④運河条約の遵守がブッシュ大統領から明示された13。ベネズエラのケースは麻薬対策への制裁であるため③が該当するように思える。しかし、国務省の2025年3月の違法薬物報告では、トランプ大統領が問題視した合成麻薬フェンタニルの主要流通はメキシコ経由であり、さらに南米産コカインの中継地もメキシコを取り上げており、ベネズエラを北米の麻薬流通上の脅威とみなすのは難しい14。また、1989年と2026年のアメリカ大統領の支持率は、政党間での意見相違が大きいため単純には比較できないが、パナマ侵攻後のブッシュ大統領支持率が79%だったのに対し、トランプ大統領のベネズエラへの攻撃に対しては30%程度が支持するに過ぎない15。このように、ベネズエラにおける作戦目的として麻薬流通阻止を掲げるのは実態と合わない。
さらに、ジャスト・コーズ作戦では民主化を図ることが念頭にあった。それゆえ、軍の作戦目標もジャスト・コーズ作戦はPDFの撃破まで入っており、その後は小規模ながらもPDF解体と次期政権の樹立支援などの安定化作戦をおこなっている16。一方、ベネズエラの場合は民主化に関しては言及されず、現政権をそのまま維持している。既に指摘されているとおり、マドゥーロ大統領の追放によって民主化への期待が高まることはなく、ロドリゲス大統領代行と軍の権威主義体制は維持されたままである17。これはトランプ大統領が「十分な安定性と正当性」の均衡を維持したことと、ベネズエラの占領と安定化のためのリスクを抱え込まない選択をした結果といえる18。
その裏付けとして、アメリカは1月の軍事行動のまえに、マドゥーロ大統領排除とその後について、当時のロドリゲス副大統領以下の要人とあらかじめ交渉していたことが指摘されている19。実際、ロドリゲス大統領代行は当初アメリカの行動を誘拐と非難していたが、その後はアメリカの代理大使と関係修復を図っている20。このような点からみても、アメリカが民主化を念頭にした政治体制の大幅な変更を企図したものではない。
トランプ大統領が述べるレジームチェンジは、アメリカの意図に合致する者またはグループが代わりに立てば十分であり、いわば首のすげ替えでしかない。よってベネズエラ国軍の撃破も不必要であり、マドゥーロ大統領の拉致を阻害しない程度に無力化すれば十分であった。トランプ大統領がイラクやアフガニスタンにおける軍の長期展開を批判していたことも踏まえると、アブソリュート・リゾルブ作戦は次の政権樹立まで考えた軍事行動ではないことは明確である。
このほか、パナマとベネズエラとの大きな違いはパナマ運河や米軍基地など、アメリカの重要施設がベネズエラにないことである。パナマ運河は1977年の新運河条約(トリホス・カーター条約)にて、1999年にパナマへの返還が規定されたものの、それまでの管轄はアメリカにあった。しかし、ベネズエラは反米姿勢を強めているものの、アメリカにとって重要な公的施設や在ベネズエラのアメリカ人に対する差し迫った危険はなかった。以上、パナマとベネズエラの軍事行動については、①から④すべてにおいて当てはまらず、本質的に目的が異なるものであることがわかる。
考察-80年代の再来?
では、ベネズエラに対する軍事侵攻は何を基準にしたものなのか。現段階では明確に判断し得る材料が出そろったわけではないものの、その根底について推測してみたい。
現時点での通説としては、ベネズエラにある石油権益をアメリカで管理するというためであり、過去の帝国主義的な姿勢が強調されている21。しかし今回の軍事攻撃を理解するうえで、重要になるのは2025年12月に発出された『国家安全保障戦略2025』(NSS2025)である。すでに指摘されている通り、今回の特徴は初めて西半球を重視した方針が明記されていることである。具体的には「西半球において米国の卓越性を回復する」ため、域外の競争相手国が西半球内に脅威となる能力や戦略的に重要な資産を支配することを拒否するとしている22。いわゆる「ドンロー主義」のもととなった文書であるが、ここで注目すべきは、西半球重視の姿勢の背景としてアメリカへの不法移民防止もさることながら「中国がこの地域において重要資源へのアクセスや港湾施設の建設、エネルギー供給分野を含む経済的影響力、政治的影響力を拡大させようとしていることも、重要な要因として考えられる」ことである23。
中国の中南米及びカリブ海地域における港湾建設は、キューバやベネズエラといった反米の国家だけでなく、パナマなど他の国にも及んでおり、アメリカの足元を脅かすリスクになっているという指摘もある24。すなわちアメリカとしては、中国その他の競争相手国が、核心的利益である西半球の中南米およびカリブ海に足場を作らないようにするため、特に反米国家に対する圧力を強め、意図通りにならない国は軍事力行使まで含めてレジームチェンジを図ることを狙ったと推測される。特にベネズエラはキューバとの経済関係が深いため、ベネズエラがアメリカ側に付くことでキューバは瀕する。そのように考えると、アメリカのベネズエラ攻撃は単に石油による経済的な利得よりも、キューバを孤立させるための布石として捉えることもできる。先に述べた、ロドリゲス副大統領との綿密な事前調整は、その証左と言えよう。
以上に鑑みると、米ソ冷戦のさなか、中米およびカリブ海をめぐり角逐していた時期と、現在の米中競争は、重なる部分がある。1960年代から1980年代においてソ連の浸透阻止の焦点に上がっていたのは中米であり、キューバやニカラグアの共産主義化、エルサルバドルの対応などが注目されていた。さらに、1980年代当時は国務省、特にシュルツ長官ほかにより、軍事力を背景にした強制外交が提唱されていた25。そしてパナマのジャスト・コーズ作戦だけでなく、1983年のグレナダ侵攻作戦やリビア空爆も、低強度紛争(LIC)と称され、戦争未満の軍事力行使と見なされた。そのように考えると、現在は1980年代の再来と見ることもできよう。実際、マルコ・ルビオ(Marco A. Rubio)国務長官は、ベネズエラにおける軍事行動を戦争と見なしていない26。
ただし、1980年代と現在の相違点、すなわち何を狙いにしているかということにも注目する必要がある。競争国の覇権阻止という点では同じでも、1980年代はイデオロギー、すなわち自由および民主的価値観の流布が目的にあった。このような「外交の場で理念を追求」する姿勢は、同じ共和党のジョージ・W・ブッシュ (George W. Bush )大統領においても継続していたが、トランプ大統領は「自国の利益と安全の追求にひた走り、それ以外のことにはきわめて冷淡な態度をとる方向」にシフトしている27。さらに、トランプ大統領は既存の米州機構(OAS)よりも、アメリカの友好国だけで「アメリカ大陸の盾」と呼ばれる会合を行ってグルーピングを図っている28。OAS内の意見不一致による拘束力の不足は、以前から指摘されていることであるが、トランプ政権は、OASの形骸化をさらに進めて西半球で自国に有利な体制を構築しようとするであろう29。
今後のトランプ政権の行動を完全に予測することは難しいが、西半球、特にアメリカ大陸の競争国参入阻止、理念より実利重視、軍事力行使を念頭にした強制外交という3つを念頭におけば、中南米を焦点とした対応が予測される。確かに2026年1月末に就任した南方軍司令官フランシス・ドノバン(Francis L. Donovan)大将は、キューバを占領するための軍事作戦は準備していないと議会で説明している30。しかしながら、LICのような軍事行動であれば、実行のハードルは低い。これに加え、軍事力に関しては「従来は基本的に最後の手段」であったものが、「最近は手遅れになってはいけないという考え方の下、……最初の手段と位置付け」になってきているという指摘もある31。以上を踏まえると、今後のアメリカにおいては、1980年代にLICを批評した言葉の通り「小規模の戦いで比較的安上がりな戦争」を続けることが予想される32。その意味で、過去となった冷戦期をもう一度振り返ることは、将来を見通すうえで意義のあることと思える。
Profile
- 新福 祐一
- 戦史研究センター国際紛争史研究室
- 専門分野:
日本陸軍史、アメリカ陸軍史