NIDSコメンタリー 第438号 2026年6月2日 ガザ攻撃におけるAI意思決定支援システムの運用とその様相 —— Gospel、Lavender、Where’s Daddy、Fire Factoryの運用を事例に
- 政策研究部軍事戦略研究室長
- 寺内 真寿
はじめに
人工知能分野における最新の手法によって実現された意思決定支援システム(Decision support systems:DSS)のサブセット1であるAI意思決定支援システム(AI-decision support systems:AI-DSS)は、軍事領域における指揮官の意思決定を支援する目的で設計されており、ISRデータ(Intelligence, Surveillance, Reconnaissance:情報・監視・偵察)の統合、状況認識の向上、敵行動の予測、目標識別、兵器選択の最適化など、多層的な判断過程を高速に処理する機能を有するこれらの機能は、戦略・作戦・戦術の各レベルにおける判断の迅速化と効率化を可能にする。
Center for War Studiesによれば、戦術レベルでは、DSSはAI技術を統合することで戦闘における具体的な戦術的意思決定のためのリアルタイム情報と実行可能な推奨事項を取得・提供でき、指揮官はAI-DSSを用いて、リアルタイム情報を処理し、位置、兵器の有効性、民間人被害の最小化、関連する交戦規則(RoE)の遵守といった要素を評価することで、「最適な」兵器を決定できるとする2。
また、赤十字国際委員会(ICRC)は、戦争における新たな技術そのものに反対しているわけではなく、攻撃の精度を高める技術など、特定の軍事技術は、紛争当事者が戦争による人道的影響、特に民間人への影響を最小限に抑え、戦争のルールを遵守する上で役立つ可能性があるとしながらも、他方では、現場での人道的影響は、新たな兵器が実際にどのように使用されるかによって左右される。したがって、新たな技術の技術的特性と、その使用方法、あるいは使用が意図されている方法に基づいた、現実的な評価を行うことが不可欠である3と指摘し、リスクの顕在化についてはAI-DSSの運用上におけるヒューマン-マシン・インタラクション(human–machine interaction:HMI)の質に依存するともの解釈できる。
近年、AIの軍事利用は急速に拡大し、戦争の遂行方法を大きく変えつつある。とりわけ2023年以降のイスラエル国防軍(IDF)によるガザ地区への攻撃は、AIが実戦で中心的役割を担った大規模事例として注目された。
他方、IDFによるガザ地区でのAI-DSSによる攻撃は、精密化より効率化、特に大量攻撃の高速化に重点が置かれていたとされる。すなわちIDFによるAI-DSSの運用は、単なる分析補助としてではなく、情報処理・意思決定・作戦テンポといった戦争の基盤そのものを再編する点に特徴があるとされ、European Institute of the Mediterranean (IEMed) によれば「入手可能な情報から判断すると、IDFはAI-DSSを標的の洗練ではなく、標的サイクルの拡大・迅速化に使っていることは明らかである4」とし、AI-DSSの役割が一般的理解とは異なる方向に進んでいる可能性を示唆している。
本稿は、IDFによるAI-DSS(Gospel、Lavender、Where’s Daddy、Fire Factory)の作戦運用におけるターゲティングが、ガザ地区における戦争構造をどのように変容させたかについて注目することにある。ただし本稿は公開情報・報道・調査機関の分析に依拠しており、IDF内部の非公開データにはアクセスできないという限界を持つ。またAI-DSSの実態は技術的・運用的に不透明な部分が多いことからも、分析には推測を含むことを前提に入手可能な公開情報から把握可能な構造的特徴とその影響を検討するものである。また本稿は、ガザ地区という特定の地政学的・情報環境におけるIDFのAI-DSS運用を対象とし、その技術的・構造的側面がもたらす影響を分析するものである。特定の主体の行動を非難・擁護する意図はなく、国際人道法の適否や政治的評価、政策的主張を目的とするものでもない。さらに、本稿はAI技術そのものの是非を論じるものではない。
AI-DSSによるターゲティングの構造、運用およびターゲティング・サイクル
(1)Gospel、Lavender、Where’s Daddy、Fire Factoryの概要
ガザ攻撃におけるIDFのAI-DSSによるターゲティングは、従来の人間中心の分析・判断プロセスを、複数のAIツールが連携することで、標的生成から攻撃実行に至る一連のプロセスが高度に自動化されていると推測するが、本項では、Gospel(建物標的の自動生成)、Lavender(個人標的の自動識別)、Where’s Daddy(標的の位置追跡)、Fire Factory(攻撃計画の自動化)という4つのシステムがそれぞれの役割分担を持ち、さらに相互に連携することでターゲティング全体を自動化していると推測する構造と運用実態を概観する。
まず、建物標的の自動生成を担うGospelは、膨大なISRデータを統合し、建物の用途、関連人物、通信履歴、過去の活動パターンなどを分析することで、攻撃対象となり得る建造物を自動的に抽出する機能を備えている。Human Rights Watch(HRW)によれば、Gospelはこれら監視データを処理するアルゴリズムを用いて、非人間標的を次のカテゴリーに分類する。つまり、①地下のトンネルを含む軍事的標的、②ハマス戦闘員のものと疑われる家、③そして「パワーターゲット」と呼ばれるハマスに圧力をかけるよう市民を導くという目的で攻撃される民間構造物で、これらのターゲットのリストを作成することで、IDFが短時間で大量の建物標的を抽出することを可能にした5とする。
次に、個人標的の自動識別を担うLavenderは、AI-DSSによるターゲティングの中核的役割を果たすシステムである。HRWによれば、Lavenderは通信データ、交友関係、行動履歴、位置情報などを統合し、個々の人物に「ハマス戦闘員である可能性」を示すスコアを付与する仕組みを採用している。2023年2月、IDF8200部隊のAIデータサイエンス責任者のプレゼンテーションでは「新たなテロリストを発見するための」機械学習を用いたデジタルツールについて、2021年にガザ地区で初めて使用されたもので、監視データを収集し、武装集団との関連が疑われる可能性に基づいて人物を評価すると説明したとする。Lavenderは数万人規模の個人を短時間で分類する能力を持ち、そのスコアリングは統計的推論に基づくもので、データの偏りや誤認のリスクを内包していた点が後に問題化した6と結論付けている。
Lavenderによって識別された個人を追跡し、攻撃可能な状態にあるかを判定する役割を担ったのがWhere’s Daddyである。+972 Magazineの調査報道によれば、IDFの監視システムは個人と家族の家を容易かつ自動的に結びつけ、戦闘員が自宅に入った瞬間をリアルタイムで特定するための自動化ソフトで、何千人もの個人を同時に追跡し、ハマス戦闘員と思われる人物の帰宅を特定し、標的担当官に自動警告を送ることで、標的担当官はその家を爆撃の対象とする仕組みを備えていた7とする。
さらに、Fire Factoryは、GospelやLavenderが生成した標的情報をもとに、攻撃計画の立案と火力配分を自動化するシステムとして機能した。IEMedの分析によれば、Fire Factoryの戦闘投入後、膨大なデータを分析して迅速な空爆の作戦計画の策定を可能とした8。これにより、IDFは極めて短いサイクルで攻撃を繰り返すことが可能となり、作戦テンポの劇的な加速に繋がったとする。
IDFは、AI-DSSの使用はあくまで意思決定支援システムに過ぎず、最終判断者は常に人間であると主張する。これに関してイスラエルのニュース・ポータルWallaはIDFの8200部隊の大佐へのインタビューとする記事で、「私たちは、人をAIに置き換えることを目指しているわけではなく、効率性を向上させることを目指している。そこにこの機械を加えることで、業務を最適な方法で処理できるようになる9。」とし、IDF はAI-DSSによる自律的な攻撃決定は行っていないと説明をしている。また軍事目標承認の過程について、情報将校による攻撃目標の決定は後に目標設定室に送られ、そこで法律顧問、作戦顧問、技術者、そしてより上級の情報将校が提案された目標を承認する前に修正、場合によっては却下するとし、とりわけ法律顧問は、区別、比例性、その他の適用される国際人道法規則を考慮して、目標を攻撃すべきかどうかを判断するというIDFの制度的説明を紹介している10。また、IDFはAI-DSSを、例えば、標的が軍事施設か民間施設かを判断するための「補助ツール」と位置づけており、AIの存在がなければ攻撃の選別性が低下した可能性を示唆する見解も存在する11。
(2)AI-DSSによるターゲティング・サイクル
RUSIは、実際、IDFのAI-DSSによるターゲティング・サイクルがどの段階に組み込まれているかを検討すると、AI-DSSが単なる補助的役割を超えて、キルチェーン(kill chain)の基盤そのものを形成していると指摘する。ガザ地区は、現代の紛争地域の中でも最も密度の高い情報網の一つを維持しており、それは地域占領以降、有人・無人航空機がほぼ常に監視を行い、大量の電子・通信情報を収集している。その他、衛星からの画像撮影、地上部隊による作戦情報の伝達、西側諸国からの様々な情報収集及び監視と組み合わせることで、IDFは現代の戦闘環境下で可能な限りほぼ完璧な情報を有するとする。他方、この膨大な情報量は、人間が手作業で処理可能な範囲を大きく超えている。カメラ、レーダー、携帯電話データ等の生データは分類・データクリーニングを経て活用可能な形に整えられる必要があるが、この作業を人間の能力だけでは不可能であり、これをAI-DSSが不可欠な役割を担うことになる12。
他方、これらの膨大な情報処理にはリスクも存在する。頻繁なシステムの誤検知(幻覚)を避けつつ、関連情報を取りこぼさないだけの信頼性を備えたシステムでなければこれらを実現できず、たとえ当該AI-DSSモデル訓練段階で不正確さを抑えるための微調整が行われていたとしても、そのようなシステムでは一定の誤りが生じることは避けられない13と指摘する。そのため、初期段階で生じた誤認や偏りは、後続の標的生成や攻撃判断に連鎖的に影響し得る。結果として、AI-DSSの影響力は、形式的に「最終判断者は人間」とされる枠組みだけでは、IDFにとって十分な説明は難しいのかもしれない。
以上のように、IDFのAI-DSSによるターゲティングは、複数のAI-DSSツールが連携することで、標的生成から攻撃計画の立案に至るまでのプロセスを高度に自動化していたと考えられるが、次項では、これらのシステムが作戦テンポにどのような影響を与えたのかを検討する。
AI-DSSがもたらした作戦テンポの高速化
(1)作戦テンポの高速化
ガザ攻撃におけるAI-DSSによるターゲティングの最も顕著な特徴は、作戦テンポの劇的な高速化である。従来、標的の選定から攻撃実行に至るまでのプロセスは、多数の分析官による情報収集、照合、協議を必要とした時間を要する作業であったが、IDFによるAI-DSSの導入後、これらの過程の多くは自動化し、標的生成から攻撃決定までの時間を飛躍的に短縮した。これについてTIME誌は、IDFの元法律顧問であるタル・ミムラン氏へのインタビューで、「勤務した2010年から2015年までは、200から250の標的を集めるのに、約20人の情報将校チームが約250日間作業する必要があったが、今日ではAI-DSSがそれを1週間でやってのけるだろう14」との発言を報じているが、これはAI-DSSが従来のターゲティング・サイクルとは質的に異なる速度をもたらしたことを示していると捉えることができる。
この高速化は単なる効率向上ではなく、ガザ地区の戦争構造そのものを変容させた。IDFのAI-DSSが生成する大量の標的リストは、IDFに「攻撃対象が常に存在する」と認識させる傾向を強め、結果として攻撃テンポの維持を促す構造が生じた可能性がある。こうした状況の中で、人間の役割は標的の選定者から承認者へと変化し、AI-DSSが提示する推奨ターゲティングを短時間で確認するだけの形式的な作業へと押しやられたことが考えられる。またGuardian誌によるとIDFの分析官は、「Lavenderの運用者たちは、人間がターゲットの選抜の過程で果たす役割に意味があるのか疑問だった。この段階では、各ターゲットに20秒をかけて、毎日何十回もやるつもりだが、一人の人間としては、承認印としての付加価値しかなかった15。」と証言しており、この短時間の確認作業は、結果としてAI-DSSの判断を追認する形になっていた可能性を示唆している。
AI-DSSがIDFの作戦テンポを加速させた背景には、AI-DSSが生成する標的の量と速度が戦略レベルの意思決定にまで影響を及ぼしたという構造的要因がある。BRILLは、+972 Magazineの調査報道を引用し、「Lavenderは戦争開始から最初の6週間で少なくとも37,000件の目標勧告を生み出した。そしてこれにはハマスの高位から低位の戦闘員まで含まれていた。LavenderのようなAI-DSSによりこのようなリアルタイムで絶え間なく流入する情報による『緊急性』の高まりによって、IDFの司令官がより迅速に行動し、勧告を信頼する傾向があるのかもしれない16」とその可能性を指摘している。つまり、AI-DSSが生成する膨大な標的リストは、IDFの攻撃計画全体に影響を与えるほどの重みを持つようになり、その結果、従来のように戦略目標から標的を選定するのではなく、AI-DSSが生成する標的の量と速度が、従来は戦略レベルで決定されていた攻撃優先順位を事実上規定する構造を生み出していた可能性がある。
(2)標的選定サイクルの拡大と迅速化
さらに、IDFによるAI-DSSの導入は精度向上ではなく速度向上を主目的としていた点も重要である。RUSIは、「標的選定プロセスにおけるAIの利用は、本質的に非人道的ではないが、IDFの場合、標的選定の精度向上ではなく、標的選定サイクルの拡大と迅速化のためにシステムを利用してきたことは明らかである17。」とし、IDFのAI-DSSが精密化をもたらすという一般的な期待とは異なる方向に運用されていた可能性を指摘している。AI-DSSが生成する標的の精度が十分に検証されないまま攻撃が実行される状況は、コラテラルダメージ(collateral damage:付帯的損害)に影響しており、AI-DSSがもたらす高速向上化が、国際社会からの倫理的・法的問題提議を深刻化させる要因となった。
AI-DSSがもたらす作戦テンポの高速化は、単なる技術的効率化にとどまらず、戦争構造そのものに影響を及ぼす可能性がある。膨大な標的リストの自動生成、人間の関与の形式化、戦術判断が戦略に逆流する構造、そして精度より速度を優先する運用方針により、AI-DSSのターゲティングは従来型とは質的に異なる。この変化は、次項で扱うISRの自動化とも密接に関連しており、IDFのAI-DSSがガザ地区の戦争全体の構造に与えた影響を理解する上で重要である。
情報収集(ISR)の自動化等
(1)ISRの高度な自動化
IDFのAI-DSSによるターゲティングの基盤には、ISRの高度な自動化が存在する。AI-DSSが標的を生成し攻撃計画を立案するためには、膨大なデータが継続的に収集され、統合され、分析される必要がある。ガザ地区はIDFによって世界でも稀に見る高密度監視空間として構築されており、AI-DSSはこの膨大なデータ処理を担うことで、ターゲティング・サイクル全体を支える中核的役割を果たしていた。
ISRの自動化において特に重要なのが、データ収集である。The Lieber Instituteによれば、IDFはガザ地区内の各地の検問所において、大規模な顔認識プログラムを導入したと報じられており、フォレンジック・アーキテクチャー(Forensic Architecture)18は、イスラエルがガザ地区で顔認識監視の使用を拡大していることを記録している。2023年11月23日、国連人道問題調整事務所(OCHA)は、「国内避難民のパレスチナ人がイスラエル当局から身分証明書の提示と、顔認識スキャンと思われる検査を受けるよう命じられた」と報告した。ガザ地区の検問所は、パレスチナ人が通過せざるを得ない強制的な生体認証情報の収集場所となっている。+972 Magazineの調査報道に対する内部告発者の証言によると、生体認証システムは特定された民間人をハマスの指名手配犯としてマークし、パレスチナ人の不当な逮捕や尋問につながったという19。またRIACは、IDFのターゲティング用AI-DSSは、通常、課金データ、傍受された音声およびメールなどのテキストメッセージ、CCTV映像、ドローンおよび衛星映像、個人および大規模グループの動きと行動パターンの監視から取得されたデータ等、さまざまなデータソースからの大規模なデータセットを分析しているとし、また、ある推定では「ガザは地球上で最も写真が撮られる場所であり、1平方メートルごとに10分ごとに写真が撮影されている。」20とも指摘する。このようなデータがIDFによって使用され、AI-DSSによって個人の行動パターンを分析し、Lavenderや Where’s Daddyに必要なデータを供給するための重要な情報源となったものと推測できる。
(2)ISRデータの統合による情報のリアルタイム処理
IDFが実施するAI-DSSによるデータ統合は、膨大な情報をリアルタイムで処理し、個人の行動パターンや交友関係を推定するために用いられたが、一方で、HRWにはこのプロセスはデータの偏りや誤認のリスクを内包していた可能性を指摘する。HRWはLavenderについて、「半教師あり学習21の一種であるポジティブ・アンラベル・ラーニングを用いると説明している。これは、武装勢力関与が疑われる人物の特徴を監視データから抽出し、それを基に一般集団から追加の疑わしい個人を特定する方法である。しかし大規模適用では多くのデータが未確認となり、推測に大きく依存する22」と指摘し、AI-DSSが不完全なデータに基づいて人物を戦闘員と分類する構造的問題を強調している。すなわち、ISR段階で生じたデータの偏りや誤認は、AI-DSSによる推論過程を通じて拡大され、後続の標的生成や攻撃判断に連鎖的に影響し得る構造が存在するとし、こうした問題は、AIモデルが入力データの偏りをそのまま学習し、誤った推論を体系的に拡大する「データバイアス(data bias)」の典型例と位置づけられる。
さらにISRの自動化は、AI-DSSによるターゲティングの速度と規模を支える一方で、民間人の安全に深刻な影響を及ぼす可能性もある。例えばWhere’s Daddyのような位置追跡システムは、個人が自宅に戻った瞬間を攻撃の好機とみなす構造を持っており、ISRの自動化がコラテラルダメージに結びついている可能性は否定できない。
このように、IDFによるISRの自動化はAI-DSSによるターゲティングの基盤となり、標的生成と攻撃実行を支える情報環境を形成した。AI-DSSは分析段階にとどまらず情報収集から深く組み込まれ、ガザ地区における戦争構造の一部となっていた。次項では、こうしたAI-DSSによるターゲティングが従来型とどのように異なるのかを検討する。
従来型のターゲティングとの比較:AI-DSSは何を変えたのか
(1)AI-DSSと従来型のターゲティングとの比較
IDFのガザ攻撃におけるAI-DSSによるターゲティングの特徴を理解するためには、従来型のターゲティングとの比較が不可欠である。従来型のターゲティング・プロセスは、人間の分析官が情報を収集し、状況を理解し、複数の情報源を照合しながら標的を選定するという、人間中心の判断構造を前提としていた。Opinio Jurisは、以前は数週間かけて多数のアナリストが作業を要していた作業であった23と説明しており、人間が情報の統合と判断の主体であったと指摘する。このプロセスは時間を要する一方で、判断の背景にある意図や根拠が比較的明確であり、責任の所在も把握しやすい構造を持っていた。
これに対して、IDFによるAI-DSS導入後のターゲティングは、情報の統合と標的の推奨の生成の大部分をAI-DSSが担い、人間は最終承認者として形式的に関与する構造へと変化した。The Lieber Instituteは、IDFはAI-DSSを人間の意思決定を代替するものではなく、補完するツールを活用することを目指しており、IDF司令官が標的の最終決定権を握っている24と述べ、AI-DSSが意思決定支援の役割を果たしていると紹介している。もっとも、IDFはAI-DSSをあくまで意思決定支援として位置づけ、人間が最終判断者であると強調しているものの、実際、AI-DSSによる標的生成の急速なスピードと、司令官による包括的な審査の時間が限られていることから、この状況下にコラテラルダメージを防ぐための「実現可能な」手段をすべて尽くす義務を果たせず、常に注意を払う義務にも合致しないのではないかという懸念を生んでいる25。つまり、AI-DSSが生成する標的の量と速度は人間の判断能力を構造的に圧倒しており、包括的な審査の実施という前提が実質的に機能していないことが考えられることから、AI-DSSの速度と量は人間の認知能力を超過し、AIの推奨を追認せざるを得ない「自動化バイアス(automation bias)」を構造的に生み出していた可能性がある。AI-DSSが生成する標的の推奨量と速度は人間の判断能力を圧倒し、実質的にAI-DSSによる判断を追認するだけの状況を生み出しており、AI-DSSが提示する標的リストが膨大であるほど、人間の関与は形式化し判断の主体性は弱まる傾向にあると考えられる。
また、IDFによるAI-DSS導入後のターゲティングが従来型と大きく異なる点として、建物攻撃が挙げられる。従来のターゲティングでは、標的の所在や周囲の状況を慎重に確認し、コラテラルダメージを最小化するための配慮がIDFの内規でも定められている。しかし、AI-DSSが生成する標的は、個人の行動パターンを統計的に推定し、特定の時間帯や場所を攻撃の好機として自動的に提示する構造を持つ。TIME誌は、Where’s Daddyの運用について「携帯電話の位置情報を追跡して標的を特定し、多くの場合、標的は自宅へと向かう。さらに自宅にいるということが、彼らの身元確認であるとみなされるからだ26。」と指摘し、個人が自宅に戻った瞬間を攻撃のタイミングとして扱う仕組みを明らかにしている。このように、個人の行動履歴や移動傾向を統計的に推定して攻撃機会を特定する手法は、学術的には「パターン・オブ・ライフ分析(pattern-of-life analysis)」と呼ばれる。こうした分析に基づく攻撃は、コラテラルダメージの拡大リスクに悪影響を与える可能性が考えられる。
(2)AI-DSSによるターゲティングのリスク
さらに、ガザ攻撃におけるAI-DSSによるターゲティングは、戦闘員と非戦闘員の区別を曖昧にする構造を持つ。AI-DSSは膨大なデータを統計的に処理することで人物の属性を推定するが、その推定はデータの偏りや不完全性に左右される。Opinio Jurisは、AI-DSS搭載のターゲティング・システムは、たとえ人間が関与している場合でも、重大な道徳的課題を生み出す可能性を指摘する。このようなシステムは設計上、膨大な量のデータを利用し、ほぼ自動的にターゲットを生み出す能力から、従来をはるかに凌駕する速度で、ほぼ自動的にターゲットを生成できる能力が高く評価されてきた。しかし、人間のオペレーターにとって、戦闘員の特定と標的の精度にどのような影響を与えるのかを明確に把握することが難しい27と述べ、AI-DSSが人間の判断に伴う倫理的負荷を軽減する一方で、対象者を抽象的に数値化されたスコアとして扱うため、標的特定の判断に対するオペレーターの倫理性が希薄化するという懸念もある。
AI-DSSによるターゲティングが従来型と決定的に異なる点として、効率性が人道・倫理的配慮に優先される構造が挙げられる。SETAの分析では、GospelやLavenderのようなAIベースの攻撃システムは、ターゲット探知や攻撃計画に人間の関与を排除することで自律的な機能を提供する。しかし、これらの技術が民間地域で使用されたことでコラテラルダメージに影響が出ている28と述べ、効率性の追求が人道的配慮を後景化させる危険性を強調している。従来型のターゲティングでは、判断の遅さが民間人保護のための安全弁として機能する側面があったが、AI-DSSはその安全弁を取り除き、速度と量を優先する構造を形成していることについて、現時点では否定できない。
おわりに
本稿では、ガザ攻撃におけるイスラエル国防軍(IDF)のAI-DSS運用によるターゲティング・システムを分析し、AI-DSSが標的生成から攻撃計画に至るプロセスを高度に自動化することで、従来の人間中心のターゲティング構造を大幅に再編していたことで、IDFのAI-DSSは、単なる補助技術ではなく、新たな戦争形態を支える構造的基盤として機能していた。
その最も顕著な特徴は作戦テンポの劇的な高速化である。タル・ミムラン氏が「200〜250の標的収集に約20人で250日必要だったが、AIは1週間で達成した29」と述べるように、AI-DSSは従来とは質的に異なる速度をもたらした。この高速化は攻撃頻度と規模を拡大させる一方、人間の関与を形式化し主体性を弱めた。International Centre of Justice for Palestinians は Amnesty International の報告を引用し、Lavenderが指定した標的の性別確認に平均20秒しかかけられず、選定理由の検証も求められなかった30と指摘する。この「20秒チェック」は、人間がAIの判断を追認する構造を象徴しており、自動化バイアスの典型例といえる。
総じて、AI-DSSの安全な作戦運用はヒューマン-マシン・インタラクションの質に依存する。そのための要件は、運用側の人間の関与が形式的ではなく「実質的な意思決定者である必要がある」こと、AI判断によるターゲティング推奨に対し「説明可能性を備え、判断の根拠や不確実性が理解可能であること」、さらに「自動化バイアスを抑制するための訓練が不可欠」である点が挙げられる。加えて、AIと人間の役割分担を明確化し、「責任の所在を曖昧にしない制度設計」が求められる。適切なヒューマン-マシン・インタラクション設計と運用要件が満たされる場合、むしろ目標識別の精度向上や判断の一貫性を通じて、軍事行動に伴うコラテラルダメージを最小限に抑制し得る可能性があると結論づけられる。
そのためにも、国連総会報告書A/RES/80/58 が指摘する31ように、人工知能の責任ある利用、すなわち、国際法を遵守して使用される、人間中心で、説明責任があり、安全で、確実で、信頼できるためのヒューマン-マシン・インタラクションの基本原則を早急に整備し、AI-DSSの軍事利用に関する国際規範形成が求められるのではないだろうか。
Profile
- 寺内 真寿
- 政策研究部軍事戦略研究室長
- 専門分野:
軍事政策等