NIDSコメンタリー 第435号 2026年5月19日 イエメン情勢クォータリー(2025年10月~12月)——ガザ停戦を経て再駆動するイエメン内戦独自のダイナミクス
- 理論研究部社会・経済研究室 研究員
- 𠮷田 智聡
エグゼクティブ・サマリー
- フーシー派は、イラン情勢の悪化を受けて3月28日にイスラエル領への攻撃を開始した。開戦から1カ月経っての参戦であったが、これは同派が参戦を躊躇ったのではなく、イランとの戦略的な調整に基づくものであると考えられる。同派が現下の情勢で注目を集めている理由は、サウディアラビア産原油の代替路となっている紅海周辺の封鎖能力であるが、同派は紅海方面での軍事行動には踏み切らなかった。
- アリーミー政権派は、サウディアラビアの支援を受けて、南部移行会議による東部での電撃戦に対する反撃を行った。サウディアラビアが空爆を実施し、アリーミー政権派は大統領直轄部隊「祖国の盾」などによる基地掌握を進めた。さらに政権派の数少ない武器である法的措置にも踏み切り、南部移行会議やUAEに近い人物を国際承認政府内から排除した。
- 南部移行会議は、アリーミー政権派およびサウディアラビアの反撃に直面し、目立った抵抗を行うことなく敗北した。議長ズバイディーおよび副議長バフサニーは、副大統領としての地位を剥奪され、ズバイディーは(イスラエルが外交承認した)ソマリランド経由でUAEに逃亡したとみられる。リヤドに派遣された南部移行会議代表団は、サウディアラビアの圧力を受けて組織の解散を宣言した一方、アデンに残る指導部は解散を否定しており、組織内の分裂状態が生じた。
(注1)本稿のデータカットオフ日は2026年3月31日であり、以後に情勢が急変する可能性がある。
(注2)フーシー派は自身がイエメン国家を代表するとの立場をとるため、国家と同等の組織名や役職名を用いている。本稿では便宜的にこれらを直訳するが、これは同派を政府とみなすものではない。
フーシー派:イスラエル領への攻撃再開も紅海封鎖には踏み切らず
本四半期のフーシー派は、イラン情勢の悪化を受けて、2025年10月のガザ停戦以来となるイスラエル領への攻撃を再開した。同派は弾道・巡航ミサイル、UAVを用いて攻撃したものの、イスラエル側に大きな損害は生じていない。
2月28日に米国とイスラエルがイランに対する攻撃を開始すると、イランと連携するイラクの諸武装組織から成る「イラク・イスラーム抵抗」は同日に、レバノンのヒズブッラーは3月2日にそれぞれ軍事作戦を開始した1。いわゆる「抵抗の枢軸」の諸組織が早期から軍事行動に舵を切る中、同派は3月28日と開戦から1カ月経っての参戦となった。この理由については様々な見解が示されてきたが、筆者はフーシー派が参戦それ自体を躊躇ったのではなく、イランの長期戦を見据えた戦略の下での調整の結果であったという見方を支持する。前提として、内戦を戦う同派は国内において軍事的優位性を確保しているが、これはイランの軍事支援によるところが大きい。イランの体制が崩壊する、あるいはイランに非協力的とみなされて支援を打ち切られるような事態となれば、国内の現状維持が困難となるため、イランを見捨てるという選択は極めて難しい。そうした前提を踏まえると、米軍による地上侵攻やUAEの参戦の可能性が取り沙汰されるようになったタイミングで、同派が参戦したことは、イランの戦略に同派が組み込まれていることを示唆しているといえよう。
他方で、フーシー派が軍事活動を活発化させたくない要因も存在する。『ジャズィーラ』によれば、同派は①イスラエル領への攻撃、②バーブ・マンデブ海峡を通航するイスラエル関連船舶への攻撃、 ③米国が攻撃してきた場合に限定した米軍基地への攻撃という3段階の作戦を構想しているとされる。しかし本稿執筆時点(4月中旬)における同派の作戦は、第1段階に留まり、停戦後は攻撃を停止した。同派が積極的に作戦を拡大していない要因として、1つ目に2025年5月の米国との停戦合意が挙げられる。この停戦合意は、同派が紅海周辺における船舶攻撃を停止する代わりに、米国が同派への攻撃を停止することを約したとされる。仮に紅海封鎖に踏み切れば、米国との停戦合意に違反したこととなるため、同派としては積極的に実施したくない選択肢である。
2つ目に、サウディアラビアとの関係が挙げられる。サウディアラビアはホルムズ海峡を用いた原油輸出が困難となる中、東西パイプラインを用いて自国西部の港湾ヤンブー経由の代替輸送路に切り替えた。ヤンブーから日量500万バレルを輸出する中、フーシー派が紅海周辺における商船攻撃を再開すれば、代替輸送路の安定性が脅かされることとなる。それは同派の視点では、和平交渉を進め、戦後賠償を求めるサウディアラビアとの関係を決定的に悪化させることを意味する。
3つ目に、内政が挙げられる。トランプ政権による「外国テロ組織(FTO)」再指定に代表されるように、近年フーシー派に対する経済制裁の強化を受け、同派支配地域では経済状況が悪化しているとされる。経済に加え、「イラン支援」は政治的大義として訴求力に欠ける側面がある。実際に同派の参戦にかかる声明文では、「イラン、レバノン、イラク、パレスチナ支援」を目的とする旨が謳われており、イラン単体の支援ではない。すなわち、フーシー派はイラン情勢と自派固有の事情の狭間に置かれながら、自派の軍事行動について意思決定を行っているといえる。
国連ホデイダ合意支援ミッション(UNMHA)は、3月31日に任務を終了させた。UNMHAは2018年のストックホルム合意成立を契機に設立され、ホデイダにおける部隊の再配置や停戦監視、地雷問題などに取り組んできた。しかし、周知の通りフーシー派はホデイダ市から部隊を撤退させることなく今日まで至っており、(ストックホルム合意の一部を成す)ホデイダ合意は事実上機能していなかった。ミッションの終了を受けて、同派とUNMHAは2月23日から同月25日にかけてサナアおよびホデイダで協議を開いた。同月24日の協議では、同派の窓口はホデイダ県再配置国家代表団代表アリー・ムーシュキー少将(‘Alī al-Mūshkī, 兼副参謀総長)であった2。同代表団はさらに、フーシー派側の外務副大臣アブドゥルワーヒド・アブー・ラアス(‘Abd al-Wāḥid Abū Ra’s)がUNMHAと会合を開き、UNMHAの任務が国連事務総長イエメン担当特使事務所(OSESGY)に引き継がれることや、今後地雷除去問題を優先することなどを求めた3。
2015年3月26日にサウディアラビア主導の有志連合軍がイエメン内戦に介入を開始してから、11年が経過した。12年目を迎えた同内戦は、2022年4月の停戦合意を契機に和平の機運が高まった一方で、2023年10月のガザ紛争勃発に伴い交渉が停滞した。これは地域の他の紛争がイエメン和平の動向に影響を与える度合いが強まったことを意味する。特にガザ紛争の最中にフーシー派と一戦を交えた米国が、サウディアラビアに対して交渉妥結を認めていないとみられることは、和平交渉の大きな障害となっている。一方で、サウディアラビアは2025年10月のガザ停戦を受けて和平交渉を再度活性化させる意向を示しており、和平交渉の機運が完全に潰えたわけではない。前述の通り同派がイラン情勢の悪化を受けてもなお、紅海周辺での攻撃や、GCC諸国領への攻撃を控えていることも重要である。当面はイラン情勢とそれに対する同派の行動がイエメン和平交渉の趨勢に影響を与えるとみられ、そうした観点からもイラン情勢の早期の鎮静化が望まれる。
アリーミー政権派:STC・UAE派閥の排除
2025年11月下旬から続いた南部・東部の騒擾は、1月上旬にアリーミー政権派・サウディアラビアの勝利という形で大勢が決した。2025年12月30日のサウディアラビア軍によるムカッラー港空爆が決定的な転換点となり、同日以降、南部移行会議は東部からの撤退を開始した。1月2日にハドラマウト県知事サーリム・ハンバシー(Sālim al-Khanbashī)は、南部移行会議によって占拠された基地の返還を行う「基地引き渡し作戦(‘Amalīya Istilām Mu‘askarāt, Camp Handover Operation: CHO)」の発動を宣言した4。これを受けて、サウディアラビアが創設したサラフ主義系部隊「祖国の盾」や、同国が創設した「イエメン緊急隊(Qūwāt al-Ṭawāri’ al-Yamanīya, Yemen Emergency Forces)」が、南部移行会議が占拠した基地に進駐を開始した。この際サウディアラビアは追加の空爆を実施した一方、STCは抵抗せずに東部から撤退した。
1月7日に祖国の盾がアデンに入城した。同日に大統領ラシャード・アリーミー(Rashād al-‘Alīmī)は、南部移行会議最高指導者アイダルース・ズバイディー(‘Aydarūs al-Zubaydī)の副大統領資格を剥奪するとともに、大逆罪で訴追した5。さらに、アリーミーはSTC系政府幹部の排除を進め、副大統領兼南部移行会議副議長ファラジュ・バフサニー(Faraj al-Baḥsanī)や国防大臣、第2軍管区司令官、アデン県知事などを一斉に免職とした。また、UAEに近いと評されてきたビン・ブライク首相も辞表を提出した。
1月中旬、サウディアラビアは南部移行会議排除に伴う南部の力の真空を埋めるための動きを加速させた。同月10日にアリーミーはCHOの成功を発表するとともに、有志連合軍の指揮下にある最高軍事委員会の創設を宣言した6。同委員会は全部隊の編制、導入、指揮を担うとされ、端的に言えばサウディアラビアがイエメンの軍等諸部隊を統制することとなった。
2月6日にアリーミーは共和国令を発出し、新内閣を公表した[表1参照]7。35名の大臣から成るこの内閣は、これまで通り国際承認政府に参画する諸組織への権力の分配を目的としている側面が強い。「主権の諸省(Wizārāt al-Siyāda)」と呼ばれる主要4省の人事を見ると、国防大臣にはターヒル・ウカイリー(Ṭāhir al-‘Uqaylī)、財務大臣にはマルワーン・ガーニム(Marwān Ghānim)が任命されたほか、外務大臣と内務大臣は留任した。出身地域別で見ると南部2名、北部1名、東部1名、閣僚全体では南部12名(34.3%)、北部16名(45.7%)、東部7名(20.0%)という地域バランスに配慮された人事であったことが分かる。
新首相シャーイウ・ズィンダーニー(Shāyi‘ al-Zindānī)が、経済等の国内課題に適切に対処できるかは不明である。税関出身で能吏と評された前首相サーリム・ビン・ブライク(Sālim bin Burayk)は、任期中に経済問題の一定程度の改善に成功した。他方で、ズィンダーニーは外交官としてキャリアを築いてきた人物であり、経済問題の手腕については未知数であるうえ、外務大臣を続投している。
【表1:国際承認政府の新内閣】
| 役職 | 名前 | 経歴等 |
|---|---|---|
| 首相 外務・移民大臣 |
シャーイウ・ズィンダーニー | 外務・移民大臣(続投)、GPC系 |
| 情報大臣 | ムアンマル・イルヤーニー | 情報大臣(続投)、GPC系 |
| 青年・スポーツ大臣 | ナーイフ・バクリー | 青年・スポーツ大臣(続投)、イスラーハ系 |
| 農業・灌漑・水産大臣 | サーリム・スクトゥリー | 軍人、STC系 |
| 内務大臣 | イブラーヒーム・ハイダーン | 内務大臣(続投) |
| 水・環境大臣 | タウフィーク・シャルジャビー | イエメン社会党(YSP)系 |
| 産業・商業大臣 | ムハンマド・アシュワル | イスラーハ系 |
| 公衆衛生・人口大臣 | カースィム・バヒービフ | イスラーハ系 |
| 法務大臣 | バドル・アーリダ | |
| 国防大臣 | ターヒル・ウカイリー | 元参謀総長 |
| 地方管理大臣 | バドル・バーサリマ | エンジニア、ハドラマウト国民評議会系 |
| 文化・観光大臣 | ムティーウ・ダンマージュ | イエメン社会党(YSP)系 |
| 技術教育・職業訓練大臣 | アンワル・マフリー | 学者 |
| 電力・エネルギー大臣 | アドナーン・カーフ | 元アデン県副知事、STC系 |
| 財務大臣 | マルワーン・ガーニム | 元投資総局局長 |
| 計画・国際協力大臣 | アフラーフ・ズーバ | |
| 公務員制度・保険大臣 | サーリム・アウラキー | STC系 |
| 法務問題大臣 | イシュラーク・マクトゥリー | イエメン社会党(YSP)系 |
| 教育大臣 | アーディル・アバーディー | 学者、アデン大学副学長(学術担当) |
| 高等教育・科学研究大臣 | アミーン・クドゥスィー | ナセル統一主義人民機構系 |
| 通信・情報技術大臣 | シャーディー・バースィラ | 学者、ハドラマウト国民評議会系 |
| 石油・鉱物大臣 | ムハンマド・バーマカー | 学者、南部国民連合系 |
| 運輸大臣 | ムフスィン・アムリー | イエメニア航空幹部 |
| 公共事業・道路大臣 | フサイン・アクラビー | エンジニア |
| 社会問題・労働大臣 | ムフタール・ヤーフィイー | STC系 |
| 人権大臣 | ミシュダル・アフマド | |
| 寄進・教導大臣 | トゥルキー・ワーディイー | サラフ主義者、サアダ県出身 |
| 国務大臣(議会担当) | アブドゥッラー・アブー・フーリヤ | 国民抵抗軍系 |
| 国務大臣 | アクラム・アーミリー | ハドラマウト包括会議 |
| 国務大臣 | アブドゥルガニー・ジャミール | 兼首都特別区長、GPC系 |
| 国務大臣 | アブドゥッラフマーン・ヤーフィイー | 兼アデン県知事、STC系 |
| 国務大臣 | アフマド・アウラキー | 南部運動系 |
| 国務大臣(女性担当) | アハド・ジャアスース | |
| 国務大臣 | ワリード・カディーミー | GPC系 |
| 国務大臣 | ワリード・イバーラ |
(出所)Wikāla al-Anbā’ al-Yamanīya を基に筆者作成
南部移行会議やUAEの排除にかかる一連の措置からは、南部およびイエメン情勢を管理しようとするサウディアラビアの強い意思が窺われる。サウディアラビアとUAEは、フーシー派と戦って国際承認政府の支配を回復することで一致しているはずが、実態としてイエメンにおいて地政学的競争を進めてきた。近年この競争はUAE優位で推移してきたが、サウディアラビアにとって南部問題を南部独立という手段で解決しようとする南部移行会議の東部掌握は、許容できないものであった。今般の騒擾以降、サウディアラビアやアリーミー政権派は、南部問題が「公正な問題」である点や、問題の解決に取り組む予定である点を強調している。これは南部問題が独立問題と同義となることを防ぎ、統一イエメンの中で解決を目指すという2014年国民対話会議の原則に立ち返るという姿勢を意味する。南部移行会議系部隊が解体されることに伴って生じる力の真空を、サウディアラビアが埋めることができるかという能力面の問題は大いにあるものの、少なくとも同国は南部問題に関与する強い意思を有しているといえよう。
南部移行会議:解散宣言後も南部実地で残る影響力
前節で述べた通り、1月上旬にはアリーミー政権派が南部移行会議に対する勝利を収めつつあった。ズバイディーはリヤド行きの飛行機搭乗を拒否したうえで、UAE軍将校の手助けを得て、ソマリランド経由でUAEに逃亡したとみられている。南部移行会議は50名の代表団をリヤドへ派遣したが、代表団が一時音信不通となった後、1月9日に代表団の1人である事務局長アブドゥッラフマーン・スバイヒー(‘Abd al-Raḥmān al-Ṣubayḥī)が組織の解散を宣言した。また、南部移行会議系の治安部隊「治安ベルト」は「国家治安隊」へと改称された。しかし、アデンに残った指導部などは解散宣言が無効であるとの見方を示しており、在リヤド代表団とイエメン南部実地の指導部は分裂状態に陥った。実際にイエメン南部の実地では、南部移行会議は依然として一定程度の影響力を保持しているとみられ、同組織を支持する民衆のデモや、同組織傘下の部隊司令官がアデンを歩き回る様子がソーシャル・メディア上で出回っている。
南部移行会議とUAEは、サウディアラビアがこれほどに強固な対応を行うと予期していなかった可能性が高い。2019年のアデン占拠や2022年のシャブワ県占拠のように、これまでサウディアラビアは南部移行会議による現状変更に妥協してきた。前四半期のクォータリーでも述べた通り、ズバイディーは12月上旬のサウディアラビアによる交渉を拒絶していたため、今般も過去と同様に強硬姿勢を貫くことでサウディアラビア側の譲歩を引き出そうとしていたと考えられる。しかし、サウディアラビアはハドラマウト県を国境安全保障や国内の同県出身財閥の観点からレッドラインと判断し、従来の妥協ではなく対決を選択したと考えられる。
UAEは(外交上の応酬を除いて)目立った軍事的抵抗を示さなかったが、これは同国がサウディアラビアの南部運営にかかる能力上の限界を見越して、将来の巻き返しを図るうえで当座の対立激化を避けた可能性がある。UAEは2015年の内戦介入以来、政治・経済・軍事的資源をイエメンに投資し、イエメン南部および同国島嶼部における拠点を確保した。とりわけ島嶼部に建設された軍事基地は、UAEの紅海周辺における影響力確立にかかる中心的な役割を果たしてきた側面があるため、同国がそれらを即座に手放すとは考えにくい。
上述の通り、南部移行会議は勢力を大幅に削がれた形となり、国際承認政府における立場を失った。しかし、イエメン南部の実地では依然として影響力を保持している側面も見受けられる。そのため、次四半期以降の「イエメン情勢クォータリー」では、国民抵抗軍の節と順番を入れ替えるものの、今後も同組織および南部全体の動向に注意を払っていきたい。
国民抵抗軍:南部移行会議の「退場」の影響
国民抵抗軍最高指導者ターリク・サーレハ(Ṭāriq Muḥammad Ṣāliḥ)は、UAE系勢力の排除の対象とはならず、副大統領の地位を維持することに成功した。しかし、本四半期のサーレハや国民抵抗軍については、主だった動きを報道などで確認することは難しい。サーレハはリヤドでサウディ要人との会合を続けていたとみられ、これらには非公開のものも含まれるためである。
南部実地での影響力は一定程度保持しているものの、南部移行会議が国際承認政府から「退場」したことは、国民抵抗軍にとってどのような意味を持つのであろうか。まず、大統領指導評議会内においてUAE系勢力が排除されたことで、国民抵抗軍はサウディアラビアとの関係を今まで以上に考慮しなくてはならなくなったであろう。同組織は「フーシー派やイランこそが真の敵であり、反フーシー派諸勢力は足並みを揃えるべきである」という主張を掲げてきた経緯があり、表向きの論調に変更はないと考えられる。他方で、今回の南部移行会議の急速な衰退は、サウディアラビアこそが反フーシー派勢力の趨勢を決定する力を持つことや、軍事・経済支援に秀でながらもUAEが外交において大敗したことを印象付けた。そうした状況下において、国民抵抗軍がサウディアラビアの意向に背くような行動をとることは難しくなろう。
もう1つの影響は、大統領指導評議会内での相対的な立場の上昇が起き得る点である。南部移行会議は、軍内に忠誠を誓う部隊(通称「南部軍」)を抱えるとともに、「治安ベルト」などの治安部隊にも命令を下してきた。これらが解体・再編成されたことに加え、同じくUAE系勢力である巨人旅団も制約を受けている。南部再編において、サウディアラビアは祖国の盾やイエメン緊急隊のようなサラフ主義部隊を用いた。特に主力部隊となった祖国の盾は、サウディアラビアがUAEの巨人旅団に対抗することを目的として設立したとも言われる通り、今後はサラフ主義系諸部隊の間での募兵等の競争が進むと考えられる。さらに、ズバイディーやバフサニーの後任となったスバイヒーやハンバシーは、独自の武装組織を有しておらず、特定地域を支配していない。これらの点を踏まえると、重要地域である西海岸地域南部を支配し、精強と目される独自の部隊を有するサーレハは、サウディアラビアの意向に反しない振る舞いを続けるかぎり大統領指導評議会内で影響力を高める可能性がある。
「イエメン情勢クォータリー」の趣旨とバックナンバー
アラビア半島南端に位置するイエメンでは、2015年3月からサウディアラビア主導の有志連合軍や有志連合軍が支援する国際承認政府と、武装組織「フーシー派」の武力紛争が続いてきた。イエメンは紅海・アデン湾の要衝バーブ・マンデブ海峡と接しており、海洋安全保障上の重要性を有している。しかしながら、イエメン内戦は「忘れられた内戦」と形容され、とりわけ日本語での情勢分析は不足している。そのため本「イエメン情勢クォータリー」シリーズを通して、イエメン情勢に関する定期的な情報発信を試みる。
◆ バックナンバー
- 𠮷田智聡「8年目を迎えるイエメン内戦-リヤド合意と連合抵抗軍台頭の内戦への影響-」『NIDSコメンタリー』第209号、防衛研究所(2022年3月15日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2023 年 1 月~3 月)-イラン・サウディアラビア国交正常化合意の焦点としてのイエメン内戦?-」『NIDSコメンタリー』第258号、防衛研究所(2023年4月20日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2023 年 4 月~6 月)-南部分離主義勢力の憤懣と「南部国民憲章」の採択-」『NIDSコメンタリー』第266号、防衛研究所(2023年7月18日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2023年7月~9月)-和平交渉の再開とマアリブ県で高まる軍事的緊張を読み解く-」『NIDSコメンタリー』第281号、防衛研究所(2023年10月19日).
- ———、清岡克吉「イエメン情勢クォータリー(2023年10月~12月)-国際社会に拡大するフーシー派の脅威と海洋軍事活動の活発化-」『NIDSコメンタリー』第295号、防衛研究所(2024年1月26日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024年1月~3月-10年目を迎えたイエメン内戦とフーシー派の支持拡大-」『NIDSコメンタリー』第308号、防衛研究所(2024年4月12日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024年4月~6月)-フーシー派による軍事的エスカレーションの継続と国内統制の強化-」『NIDSコメンタリー』第341号、防衛研究所(2024年7月23日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024年7月~9月)-「9月21日革命」10周年を迎えたフーシー派の新地平-」『NIDSコメンタリー』第356号、防衛研究所(2024年10月18日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024 年10 月~12 月)-フーシー派の対外攻撃再拡大と中東情勢の変化による同派への影響-」『NIDSコメンタリー』第361号、防衛研究所(2025年1月24日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2025年1月~3月)-第2次トランプ政権の発足で変貌するイエメン情勢の景観-」『NIDSコメンタリー』第373号、防衛研究所(2025年4月28日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2025年4月~6月)-米国・フーシー派間の停戦とイラン・イスラエル間の停戦は何を変えるか-」『NIDSコメンタリー』第390号、防衛研究所(2025年7月25日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2025年7月~9月)-イスラエルの斬首作戦で猜疑心を強めるフーシー派-」『NIDSコメンタリー』第404号、防衛研究所(2025年10月21日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2025年10月~12月)-ガザ停戦を経て再駆動するイエメン内戦独自のダイナミクス-」『NIDSコメンタリー』第413号、防衛研究所(2026年1月16日).
Profile
- 𠮷田 智聡
- 理論研究部社会・経済研究室 研究員
- 専門分野:
中東地域研究(湾岸諸国およびイエメンの国際関係・安全保障)、現代イエメン政治