NIDSコメンタリー 第428号 2026年4月17日 防衛省・自衛隊でのWPS履行の現状と課題——NATOとの比較を踏まえて

特別研究官(国際交流・図書担当)
岩田 英子

はじめに

日本は2015年以降、国連安全保障理事会決議1325号に基づく女性・平和・安全保障(Women, Peace and Security: WPS、以下、WPS)アジェンダの履行を国家レベルで進めてきた。現在は第3次WPS行動計画の下で取り組みが継続されており、防衛省・自衛隊においても2024年4月に「防衛省WPS推進計画(2024–2028)」が策定されたことにより、組織的な履行体制が整備されつつあると考えられる。

本稿は、2026年時点における防衛省・自衛隊のWPS履行状況を整理し、その進展を評価するとともに、今後の課題を明らかにすることを目的とする。特に、制度的整備の進展と現場レベルでの実装との間に存在するギャップに焦点を当てる。また、NATOとの比較を通じて、WPSの運用化に向けた構造的課題を明確化する。

制度的整備の進展:WPSの組織化

防衛省・自衛隊におけるWPS履行は、推進本部の設置、専従組織の整備、ジェンダー・アドバイザー(Gender Advisor:GENAD、以下、GENAD)の配置などにより、制度面では着実に進展している。

この点はNATOの取り組みとも共通しており、同機構においてもGENADを中心とする体制整備が進められている。制度設計の観点から見れば、防衛省・自衛隊は国際的枠組みと一定の整合性を有していると評価することができる。

もっとも、制度の整備がそのまま実効性の確保につながるわけではない点についても、両者は共通の課題を抱えていると考えられる。すなわち、制度としてのWPSが、どの程度実際の意思決定や任務遂行に組み込まれているかが問われている。

教育・訓練の進展と共通課題

教育・訓練分野において、防衛省・自衛隊ではジェンダー・フォーカル・ポイント(Gender Focal Point: GFP)研修やGENAD教育を中心に、専門人材の育成が進められている。

一方、NATOにおいては、スウェーデン軍の下に設置された教育・訓練施設、軍事オペレーションにおけるジェンダーに関するノルディックセンター(Nordic Centre for Gender in Military Operations:NCGM)において、軍事オペレーションにおけるジェンダーに関する体系的な教育が提供されている。これらの機関では、初級教育から上級教育に至るまで一貫したカリキュラムが整備されており、WPSを組織全体の共通能力として位置づける上で重要な役割を果たしていると考えられる。

しかしながら、ここで留意すべき点は、NATOにおいてもすべての軍人および文官が基礎的なWPS教育を受けているわけではないということである。すなわち、教育体系そのものは高度に整備されているものの、その受講対象や浸透の度合いにはなお限定性が存在している。

この点は、防衛省・自衛隊における状況と一定の類似性を有しているといえる。防衛省・自衛隊においても、教育は主として専門要員や幹部層に集中しており、全隊員への体系的教育としては十分に展開されているとはいいがたい。

したがって、WPS教育に関する本質的な課題は、「制度やカリキュラムの有無」ではなく、「それが組織全体にどの程度浸透しているか」という点にあると考えられる。この観点からすれば、防衛省・自衛隊においては、専門教育に加えて、全隊員を対象とした基礎教育の体系化を進めることが重要である。この取り組みは、結果としてNATOが直面している課題を先取りするものとなる可能性もある。

任務の作戦計画への反映:部分的実装段階

防衛省・自衛隊においては、災害派遣や国際活動においてWPSの視点が取り入れられつつあり、個別事例としての成果が確認されている。

しかしながら、これらの取り組みは依然として個別的・試行的な段階にあると考えられる。作戦計画全体に体系的に組み込まれているとはいいがたく、標準的要素としての定着には至っていない。

この点についても、NATOとの間に本質的な共通性が見られる。すなわち、作戦レベルでの統合は進展しているものの、その適用にはばらつきがあり、必ずしもすべての任務において一貫して実施されているわけではない。このため、WPSを「適用され得る要素」から「標準的に適用される要素」へと移行させることが、両者に共通する課題であると考えられる。

国際連携の進展と国内還元の課題

防衛省・自衛隊は、日ASEAN WPS協力や多国間訓練を通じて、国際連携の分野で顕著な進展を示している。WPSは、こうした連携における共通言語として機能している。

この点はNATOとも共通しているが、他方で、国際的に得られた知見の国内還元という課題も共有されている。NATOにおいては教訓学習の制度が整備されているものの、その実効性や均質性については加盟国間で差が存在する。

防衛省・自衛隊においても、同様に知見の組織内共有は発展途上にあると考えられる。このため、国際経験を組織全体の能力向上に結びつける仕組みの構築が求められる。

組織文化と認識の課題

WPS履行における課題は、制度や教育にとどまらず、組織文化および認識の問題にも及んでいる。

防衛省・自衛隊においては、WPSが任務遂行と直接結びつくものとして十分に認識されていない場合があると考えられる。他方、NATOにおいても、加盟国間でWPSの理解や優先度に差が見られることが指摘されている。

このように、WPSを「付加的施策」と捉える傾向は、程度の差こそあれ、両者に共通する構造的課題であるといえる。

したがって、WPSを任務遂行に資する実務的要素として再位置づけ、その認識を組織全体で共有することが重要であると考えられる。

今後の方向性

以上の分析を踏まえると、防衛省・自衛隊におけるWPS履行は、制度整備の段階から運用定着の段階へと移行しつつあると位置づけられる。

今後の方向性としては、第一に、全隊員を対象とした基礎教育の体系化が挙げられる。これはNATOにおいても完全には達成されていない課題であり、日本にとっては先行的に取り組む意義があると考えられる。第二に、作戦計画および訓練への体系的組み込みが求められる。第三に、GENAD機能の実質的活用の強化が必要である。第四に、国際知見の組織内共有の制度化が重要となる。

これらの取り組みを通じて、WPSを組織全体の能力として定着させることが期待される。

おわりに

防衛省・自衛隊におけるWPS履行は、制度面では着実な進展が見られる一方で、運用および組織文化の面ではなお課題が残されていると考えられる。

本稿の比較から明らかとなるのは、防衛省・自衛隊とNATOが、WPSの運用化に関して共通課題を抱えているという点である。特に、全隊員への教育の浸透という課題は、両者にとって本質的な論点である。

したがって、防衛省・自衛隊においては、WPSを専門家に限定された機能としてではなく、組織全体の基盤的能力として位置づける取り組みを進めることが重要である。その際、NATOの先行事例を参照しつつも、その限界も踏まえた上で独自の発展を図ることが望ましいと考えられる。

Profile

  • 岩田 英子
  • 特別研究官(国際交流・図書担当)付
  • 専門分野:
    安全保障セクターにおけるジェンダー主流化、WPS履行の国際比較、等