NIDSコメンタリー 第422号 2026年3月10日 トランプ関税と国家安全保障——中国に対する生産力劣後・供給依存の是正と戦略的安定の追求
- 防衛研究所米欧ロシア研究室研究員
- 相澤 李帆
「強大な敵に対しては、戦闘力においても、生産力においても、上回らなければならない。勝利は…(中略)…軍隊の兵士たち、そして我々とともに手を携えて自由のために戦う人々の勇気、技能、献身にかかっている。だが勝利はまた、戦線の後方——鉱山、製作所、農場での努力にもかかっている」
——フランクリン・D・ルーズベルト『大統領予算メッセージ』(1942年1月5日)1
要点
- 第二次トランプ政権は、生産基盤の空洞化が米軍の即応態勢を危うくし、敵対国の攻撃的行為を誘発しかねないとの認識の下、これを国家安全保障問題と位置付け、生産基盤再建の主要手段として関税を位置付けてきた。
- この認識の中核には、生産基盤の空洞化がもたらす生産力の低下と物資の対外依存への危機感がある。前者は平時の供給力・競争力の低下のみならず、有事の生産増強能力や継戦能力の低下、さらには将来の技術的優位に直結するイノベーション基盤の弱体化に及ぶものとされる。後者は、供給途絶を梃子とした威圧と、武力紛争や地政学的事象に伴う供給途絶に対する脆弱性を内包すると捉えられている。
- こうした懸念は、船舶、半導体、医薬品、鉄鋼・アルミニウム、レアアース、銅、ウランといった分野で示され、中国に対する生産力の劣後と物資の供給依存として強調されている。ただし同政権は、中国との経済関係の「断絶」を目指しているわけではない。むしろ、米国の生産基盤を再建しつつ、国家安全保障上の脆弱性となりうる依存状態を是正することで、中国との経済・貿易関係を「バランスの取れた」ものへと再調整し、競争を内包しつつも一定の安定を構築することを模索している。
はじめに
第二次トランプ政権は関税を国家安全保障と結び付け、多目的に用いてきた。不法移民の根絶、フェンタニルの流入阻止、軍事侵略の抑止、同盟国による防衛費負担の増額等の非通商課題をめぐる交渉上のレバレッジとしても関税が用いられている2 。ドナルド・トランプ大統領も、こうした文脈において、「関税は我が国の防衛、国家安全保障にとって極めて重要な手段である」と繰り返し述べてきた3 。
さらに同政権は「経済安全保障こそが国家安全保障である」との認識を改めて掲げ4 、米国内の生産基盤の空洞化が国家安全保障上の脆弱性を生み出しているとの問題意識の下、生産基盤再建の主要手段として関税政策を位置付けてきた。そこで本稿は、関税と国家安全保障とを結びつける同政権の問題意識と政策意図を、主要高官の発言および政府文書を手掛かりに検討する。あわせて、そこに示される対中懸念と、同政権が描く米中経済関係の将来像を考察する。
1.関税政策の中核的目的——空洞化した生産基盤の再建
同政権の関税政策の中核的目的が、不公正な貿易慣行により空洞化したとされる生産基盤の再建にあることは、政権高官によって繰り返し言及されてきた5 。例えば、スコット・ベッセント財務長官は、「関税の究極の目的は、大統領が常に述べているように、工場を米国に移転させることにある」と述べている6 。またジェイミソン・グリア通商代表も、同政権が発表した「相互関税」に関する各国・地域宛ての書簡に、「米国内で製品を造るか製造すると決定すれば、関税は課されない」との文言が含まれていることを明らかにし、これを「関税プログラムの目的を強調する一文」であると説明している7 。
なお、生産基盤の再建は、米国経済の「再工業化(reindustrialization)」とも表現される8 。今般公表された国家安全保障戦略においても、「再工業化」は「中間層をさらに支援するとともに、サプライチェーン及び生産能力を自ら管理・掌握する」ことを目的とする政策目標として掲げられている9 。また、その中核的な手段として「関税を戦略的に活用」する方針も明確に示されている10 。
もっとも、「再工業化」を実現するための手段は関税に限られない11 。例えば、ベッセント財務長官は、関税に加え、減税や規制緩和を「経済成長と国内製造業を促進するように設計されたエンジンを構成する、互いに連動した部品」と位置付けている12 。具体的には、減税および規制緩和によるコスト削減が家計および企業の実質所得を高める一方で、関税は「再工業化および公正な貿易へのインセンティブを創出」し、さらに規制緩和がエネルギーおよび製造業プロジェクトへの投資を容易にすることで、関税の効果を補完するとしている13 。
2.生産基盤の空洞化と国家安全保障14
同政権は生産基盤の空洞化が、生産力の低下と物資の対外依存を招き、米国の防衛力と抑止力を揺るがしているとして、これを国家安全保障問題と位置付けている。
(1)防衛力と抑止力を揺るがす国家安全保障問題
同政権は、生産基盤の空洞化が米軍の即応態勢を損ない、敵対国の攻撃的行為を招きかねない状態をもたらしている国家安全保障問題であると主張してきた。例えば、相互関税に関する大統領令においては、「産業能力の喪失が、軍の即応態勢を危うくしている」との懸念が明確に示されている15 。またグリア通商代表は、「米国が強固な製造基盤とイノベーション経済を有していなければ、紛争を抑止し、米国民を守るためのハードパワーをほとんど持ちえない」と述べている16 。さらにピーター・ナヴァロ貿易・製造業担当上級顧問も、「産業基盤の弱体化が、我々の戦略的地位を強めた例は無く、むしろ攻撃的行為(aggression)を招いてきた」と指摘している17 。加えて、ハワード・ラトニック商務長官も、戦略的に重要な物資を国内で生産できない現状に言及し、「もし戦争が生じて、船を造ることができず、飛行機も飛ばすことができなくなったらどうなるか」と問いかけた上で、「これは国家安全保障上の問題だということを認識しなければならない」と強調している18 。
(2)生産基盤の空洞化がもたらす脆弱性
この認識の中核には、生産基盤の空洞化が招く生産力の低下と物資の対外依存への懸念がある19 。これらの懸念は、多くの場合、中国に対する生産力の劣後と物資の供給依存として語られている。
生産力の低下
まず同政権は、生産基盤の空洞化が生産力の低下をもたらし、平時における供給力や競争力の低下にとどまらず、有事における生産増強能力や長期的な継戦能力の低下、さらには将来の技術的優位に直結するイノベーション基盤の弱体化を通じて、国家安全保障を損なうと捉えている。
第一に、平時における供給力と競争力の低下である。まず同政権は、生産力の低下が平時における装備品の供給力を制約していると認識している。各国による米国製装備品の調達需要が増大する中で、米国がこうした需要に対応できるのかという指摘もなされ始めている20 。さらに、対外供給の拡大は国内の備蓄水準にも影響を及ぼし、「米国の軍事物資の備蓄量が、国防利益と両立するには少なすぎる」状態にあるとの懸念も示されている21。また、こうした供給力の制約は、対中競争力の低下としても捉えられている。特に造船分野では、「中国との造船競争に敗れつつある」とされ、「米国の海洋における優位性が急速に失われている」との指摘がなされている22。
第二に、有事における生産増強能力および継戦能力の低下である。同政権は、生産力の低下が危機時の生産増強を困難にし、長期的な戦争を遂行する能力を損なうことで、特に中国の脅威に追随できないリスクを高めていると捉えている。グリア通商代表は、「活気のある産業基盤が、危機時に生産を増強するために必要な『サージ能力』を提供することで、国防を支えている」として、有事の生産増強能力は、産業基盤の活力に依拠するとの考え方を示している23。またピート・へグセス国防長官は、中国が爆発的な生産力の成長を享受していることに言及し、米国は「特に長期化する紛争において、現代の、あるいは同等級の競争相手の脅威に対して歩調を合わせられないリスクにさらされている」と指摘している24。
第三に、将来の技術的優位に直結するイノベーション基盤の弱体化である。同政権は、生産力の低下がイノベーション基盤の弱体化をもたらし、将来の技術的優位を損なうと捉えている。相互関税に関する大統領令では、生産基盤の空洞化が「高度な国内生産能力の拡大を阻害してきた」との見方が示されているほか、「製造業とイノベーションの強い結びつきを証明」する例として、2003年から2017年にかけて、米国多国籍企業による中国での研究開発支出が年平均13.6%増加した一方、米国内における研究開発支出の増加率は年平均5%にとどまったとのデータが示されている25。またグリア通商代表も、「イノベーションは製造業に伴って生まれる」ものであり、「生産できなければ、即座に設計する能力も失う」と述べ26、生産基盤とイノベーションは不可分の関係にあると強調している。
物資の対外依存
また同政権は、生産力の低下と表裏一体の関係にある物資の対外依存が、国家安全保障上の脆弱性を生み出していると認識している。とりわけ、供給途絶を梃子とした意図的な威圧への脆弱性と、武力衝突や地政学的事象といった不測の事態によって生じうる供給途絶への脆弱性の二側面が懸念されている。
第一に、供給途絶を梃子とした威圧への脆弱性である。ルビオ国務長官は、供給途絶を利用した脅迫に対して米国が「極めて脆弱な状態」にあるとの認識を示している27。特に中国への依存が、中国に「交渉上のレバレッジを与えている」とベッセント財務長官は指摘している28。さらにグリア通商代表も、中国が供給源となっている物資に依存する産業に従事する米国の労働者が「経済的威圧の被害者」になりうると指摘し29、中国による供給途絶に対する脆弱性を強調している。
第二に、武力紛争や地政学的事象といった不測の事態に伴う供給途絶への脆弱性である。例えばグリア通商代表は、対外依存の問題は中国に限った話ではないとした上で、新型コロナウイルス感染症の流行時に台湾から半導体を調達できなかった事例に言及し、「同盟的な存在であり、多くのつながりを持つ場所」であっても、特定地域への依存は脆弱性として顕在化しうるとの認識を示している30。特に台湾への供給依存については、武力衝突や地政学的事象による供給途絶の可能性が指摘されている。ベッセント財務長官は、世界の半導体生産が台湾に集中している状況について、「かつて例を見ない水準の国家安全保障上のリスク」であると評価し31、「武力衝突(kinetic war)」や「地政学的事象(geopolitical things)」が引き起こしうる事態について不安を抱いていると述べている32。またラトニック商務長官も、米国と台湾との距離と、中国と台湾との距離を比較し、その地理的条件を踏まえ、「最先端半導体の99%を台湾で製造するという状況はあり得ない」と述べている33。
3.生産力の低下と物資の対外依存をめぐる具体的懸念
生産力の低下と物資の対外依存をめぐる国家安全保障上の懸念は、特に船舶、半導体、医薬品、鉄鋼・アルミニウム、そしてレアアース、銅、ウランなどの重要鉱物に関して示されてきた。
(1)船舶
中でも造船能力の低下は、米国の軍事的優位にも影響しうる深刻な国家安全保障問題として語られている。例えばグリア通商代表は、「第二次世界大戦中、(米国は)約9,000隻の船を建造していた。昨年、米国が建造した外洋船はわずか3隻だった」(括弧内筆者)と述べ34、米国の造船能力が著しく低下している現状を指摘している。さらに関連する大統領令は、中国が世界の商船の約半分を建造しているのに対し、米国は1%に満たず、造船能力の低下は敵対勢力を利し、米国の国家安全保障を損なっていると指摘している35。へグセス国防長官はより率直に、「中国の造船能力は米国の230倍以上」に達しており、「建造能力と保有隻数の両面で、米国は中国との造船競争に敗れている」と評価している36。
(2)半導体
半導体をめぐる生産能力の不足と供給源の集中も重大な国家安全保障問題であるとされている。半導体関連の大統領布告は、「米国が世界の半導体の約4分の1を消費」しているものの、「必要な半導体の約10%しか国内で生産していない」と指摘している37。そして国内需要を満たすために、米国は「外国のサプライチェーンに大きく依存」しており、こうした依存は「経済及び国家安全保障にとって重大なリスクである」と明言されている38。特に台湾への供給依存について、既述の通り、ラトニック商務長官は「米国から9,500マイルも離れ、中国からはわずか80マイルしか離れていない台湾に依存することはできない」と述べ39、地政学的脆弱性への強い懸念を示している。さらにベッセント財務長官も、「世界の先端半導体の99%が台湾という島で製造されている」状況を「世界経済にとっての単一障害点」であり、「アラブ石油禁輸以来の、かつて例を見ない水準の国家安全保障上のリスク」であると評価している40。
(3)医薬品
医薬品の生産能力の低下と対外供給依存も深刻な国家安全保障課題として位置づけられている。例えばグリア通商代表は、米国内で生産されている抗生物質が「必要量の約8%に過ぎない」ことを指摘し、こうした状況を「非常に厳しい状況であり、安全とは言い難い立場にある」と評価している41。またルビオ国務長官も、生産能力を失った結果、「医薬品に必要な有効成分の供給を海外のサプライチェーンに大きく依存するようになった」と述べ、これを「国家安全保障にも関わる問題」と位置付けている42。
特に中国との関係において、グリア通商代表は「医薬品の原材料の多くは、中国、あるいはおそらくインドから調達されている」と指摘している43。こうした中国に対する供給依存について、ラトニック商務長官は、「戦争をしながら、中国にペニシリンを送ってもらうことなどあり得ない」と述べた上で、「米国で医薬品を生産する必要がある。もしそれが国家安全保障ではないと考えるなら、それはよく考えていないということだ」と強調している44。
(4)鉄鋼・アルミニウム
鉄鋼・アルミニウムは、防衛産業基盤を支える中核的な素材として、その国内生産能力の低下と対外供給依存が国家安全保障問題であると認識されている。国内生産能力について、関連する大統領布告は、鉄鋼の設備稼働率が目標の80%を下回る状態が続いていることを指摘している45。またアルミニウムの生産量も2020年から2024年にかけて30%減少し、設備稼働率は52%にとどまっているとされる46。
特に中国から大量に安価な鉄鋼・アルミニウムが米国に流入していることが、米国の生産能力の低下を引き起こしたと考えられている47。例えば、ラトニック商務長官は、鉄鋼やアルミニウムを含む複数の産業において、「中国政府が中国企業を支援し、その企業が米国企業を切り崩し、廃業に追い込み、製造を中国に移転させていくというやり方によって、中国は実質的に米国を攻撃し、我々を食い物にしてきた」と述べている48。また、ケビン・ハセット国家経済会議委員長も、「戦争に勝つための準備」として中国は過剰な鉄鋼生産能力を背景としたダンピングを行っているとの見方を示している49。
(5)重要鉱物(特にレアアース、銅、ウラン)50
重要鉱物は、「防衛産業基盤、そして軍の技術的優位性と作戦即応性にとって不可欠」であるとされ、生産能力、特に精製・加工能力の欠如と特定国への供給依存が深刻な国家安全保障上の脆弱性を生み出していると認識されている51。関連する大統領布告では、2024年時点で米国は「12種類の重要鉱物について純輸入に100%依存」しており、さらに「29種類の重要鉱物については50%以上の純輸入依存度」となっていることが指摘されている52。
こうした状況は「外国勢力に悪用される可能性のある重大な国家安全保障上の脆弱性」であるとされ、特に中国を念頭に懸念が示されている53。例えばグリア通商代表は、中国が世界の重要鉱物の精製・加工(processing)の90%を担っていることを指摘し、中国が「締め付ける能力(stranglehold)」を握っていると述べ、これを「非常に危険な状況」であると評価している54。またナヴァロ貿易・製造業担当上級顧問も、中国自身が過去の五カ年計画で「世界の競争を叩き潰す」、「世界中の鉱山や鉱物資源をすべて掌握する」と記していることを指摘し、中国が「その地位を得た後には、それを経済的な理由だけでなく、戦略的理由のためにも用いる——事実上、武器化する」ことになるとの見方を示している55。
① レアアース
特にレアアースについては、精製・加工工程の対外依存の脆弱性が懸念されてきた。関連の大統領布告は、米国が精製・加工されたレアアース永久磁石を完全に輸入に依存していると指摘している56。米国は世界第2位のレアアース酸化物の産出国であるものの、精製・加工能力が限られているため、レアアース酸化物を輸出し、他国で精製・加工してから、米国へ再輸入する必要がある57。こうしたレアアース永久磁石への精製・加工能力の構築は、中国によって阻害されてきたとの見方も示されており、ナヴァロ貿易・製造業担当上級顧問は「米国が生産能力を構築しようとするたびに、中国は市場に参入し、製品をダンピングし、そうした取り組みを排除してきた」と述べている58。
② 銅
銅についても、特に供給の対外依存が国家安全保障上のリスクをはらんでいると指摘されている。関連する大統領布告では、銅が「航空機、地上車両、船舶、潜水艦、ミサイル、弾薬等、様々な防衛システムに不可欠な材料」であり「国防総省で二番目に広く使用されている素材」であるにもかかわらず59、米国は外国の銅製品に対して「持続不可能なほどの依存状態にある」との認識が示されている60。さらに中国の名指しは避けつつも、「世界の銅製錬・精錬が一つの外国によって独占されており、世界の精錬能力の50%以上を支配し、上位5位の精錬施設のうち4つを保有している」との指摘もなされている61。こうした対外依存は、「外国に悪用される可能性のある国家安全保障上の脆弱性」であるとして懸念されている62。
③ ウラン
ウラン及び核燃料についても米国内の能力の衰退と対外依存が国家安全保障問題として位置づけられている。例えば、関連する大統領令では、「米国の核燃料サイクルのインフラは著しく衰退し、米国はウラン源のみならず、ウラン濃縮・転換サービスも外国に大きく依存」していることが示され、こうした「外国ソースへの依存を減らす」必要性が強調されている63。また特に、先進原子炉技術については、「敵対国がこうした技術を世界中に急速に輸出・配備している」一方で、米国においては「緊急の国家安全保障の要件を満たすのに必要な規模と速度では活用されていない」として、敵対国に対する劣後についても懸念が示されている64。
4.米中経済関係の将来像と不確実性
生産力の低下と物資の対外依存は、中国に対する生産力の劣後と物資の供給依存という脆弱性として強調される傾向にある。しかし同政権は中国との経済・貿易関係の「断絶(decoupling)」を志向しているわけではない。同政権は、生産基盤を再建しつつ、国家安全保障上の脆弱性となりうる依存を是正することで、中国との経済・貿易関係を「バランスの取れた(balanced)」ものへ再調整し、競争関係に一定の安定を築こうとしている。
(1)「断絶」ではなく「バランスの取れた」経済・貿易関係
もっとも、同政権が中国との全面的な「断絶」を志向していないことは、大統領や政権高官の発言からも明らかである。例えばトランプ大統領は、米中関係が非常に競争の厳しい関係であることを認めつつも、「彼らをただ打ち負かそうとするよりも、共に取り組むことで、我々はより大きく、より良く、より強くなれると考えている」と述べ65、中国との協働の余地に言及してきた。またベッセント財務長官も繰り返し、中国との「断絶(decouple)を望んでいるわけではない。しかし脆弱性の是正(de-risk)は必要である」と明言している66。さらにグリア通商代表も、重要な品目については脆弱性の是正を図る一方で、多くの製品については中国に依存する状態が継続することを認め、「何らかの武力衝突や戦争といった事態——もちろん望まないが——が生じない限り、我々は常に中国と貿易を行う。そして、その継続を望んでいる」と述べている67。
同政権が米中経済・貿易関係の将来像として掲げているのは、「断絶」ではなく「バランスの取れた」関係である。例えば、国家安全保障戦略においては、「米国の経済的独立を回復」し、最終的には「長期的な経済的活力の基盤を築く」ために、「中国との経済関係を再調整(rebalance(リバランス))していく」方針が示されている68。さらには、「中国との貿易はバランスの取れたものとし、機微でない分野に重点を置くべきである」とも明記されている69。
この「リバランス」は、政権高官らによって、生産と依存の両側面から語られてきた。第一に、米国経済における生産と消費の構造を再調整することを通じた「リバランス」である。例えばベッセント財務長官は、米中間の軍事的・経済的な敵対関係は今後も継続するとしつつ、中国が「より多く消費し、製造の比重を下げる」一方、米国は「(経済に占める)消費(の比重)を抑え、より多く製造する」(括弧内筆者)という方向へと、双方が協力して再調整を図ることを理想的なシナリオとして示している70。
第二に、国家安全保障上の脆弱性となりうる依存状態を是正することを通じた「リバランス」である。例えばグリア通商代表は「一方が過大なレバレッジを持つ状態は、どちらの側にとっても危険である」と指摘した上で71、「国家安全保障上の依存が生じないよう、常にコントロール」しながら、「互いに『売ってもかまわない』、『買ってもかまわない』と考えられる品目を見つけ出し、それらをやり取りする」関係を構築する必要性を説いている。同氏はこうした再調整を通じて、「より相互的でバランスの取れた関係」へと移行できれば、「米中関係ははるかに健全なものになる」との見解を示している72。
同政権は、こうした「バランスの取れた」経済・貿易関係を、米中双方の協力を通じて構築することを中国側に呼びかけている。ルビオ国務長官も、中国との交渉について「一定の戦略的安定(strategic stability)を達成し、双方が協力できる分野を特定するとともに、より良好なコミュニケーションと実務上の信頼関係を構築する機会が存在する」との認識を中国側に伝えていることを明らかにしている73。
(2)「バランスの取れた」経済・貿易関係の実現に横たわる不確実性
同政権が描く「バランスの取れた」経済・貿易関係の実現には、少なくとも二つの不確実性が存在する。まず、「バランス」が取れていると評価する基準は、今後さらに拡張しうる。例えばグリア通商代表は、「世界がより厳しく、より困難になるにつれて、より多くの製品が戦略的に必要となる」と述べた上で、最先端の半導体のみならず、繊維、肥料、工具、医療用品といった「かつては『ローテク』製品として海外に輸出されていた製品こそが、危機の時に最も重要になるかもしれない」との認識を示している74。このように、国家安全保障上重要とされる品目の範囲が拡大しうる以上、「バランス」は固定化された基準ではなく、状況に応じて再定義されうるものとなる。そのため、「バランスの取れた」経済・貿易関係の実現は、米中双方による緊密かつ継続的な調整を要するものとなっている。
しかし、この再調整の構想に対して、中国側がどのように対応するかは不透明である。グリア通商代表は、現在の米中協議が「基本的には建設的であり、かなり友好的な雰囲気で進んでいる」と述べる一方で、「いわゆる『戦狼外交』と呼ばれるスタイル——外務に相当する部門が示す非常に攻撃的な姿勢——が確立されてきた」と指摘している75。そして、「その『戦狼』的な気質の一部が、経済・通商分野にもにじみ出てきている」とし、「中国が以前に比べ、やや自信を強めている」との見方を示している76。結局のところ「バランスの取れた」経済・貿易関係の実現は、同氏が指摘する通り「最終的には中国側の対応次第」であるいえる77。
おわりにかえて——同盟国への政策的含意
同政権は、生産基盤の空洞化を、米国の防衛力と抑止力を揺るがす国家安全保障上の問題と位置付けてきた。その認識の根底には、生産基盤の空洞化が、生産力の低下を通じて米国の「強さ」を損ない、物資の対外依存を通じて米国の「脆弱さ」を生み出してきたことへの危機感がある。こうした問題意識の下で、同政権は関税を主要な手段として、生産基盤の再建を進めてきた。
同政権は、この「強さ」の再建と「脆弱さ」の是正が同盟国・パートナーの利益にも資すると説明し、製造業の米国内回帰への協力や、米国の生産力の不足を補う取組、安全なサプライチェーン構築への関与を求めている78。さらには軍事同盟を経済安全保障の領域へと拡張しようとする意図も繰り返し示されてきた79。
もっとも、同盟国・パートナーの受け止め方は一様ではない。関税は生産基盤の再建手段であると同時に、外交交渉上の圧力手段でもある。その二面性の下で、同盟国・パートナーが再建への協調と圧力への対抗との間で揺れ動くことは、ある意味で避けがたいといえる。
しかし、より根源的な課題として横たわっているのは、米国の防衛コミットメントに対する不安である。同盟国・パートナーは、米国の「強さ」の再建と「脆弱さ」の是正への協力が、将来にわたりどのような米国の防衛コミットメントとして具体化されるのかについて、かならずしも明確な見通しを得ていない。その上、同政権の国家安全保障戦略は、中国との経済関係の再調整を掲げると同時に、「インド太平洋における戦争を防ぐための、強力かつ継続的な抑止努力」を強調している80。しかし、同地域で進行しているのは、戦争未満の行為や累積的な威圧による現状変更である。
米国が大国間戦争の回避に終始せず、こうした戦争未満の局面にどこまで実効的に関与し続けるのかが明確でない中、同盟国・パートナーは、経済から軍事に至る幅広い射程の中で、自らの利益を再定義しつつ、第二次トランプ政権の国家安全保障のための関税をめぐる交渉に向き合っている。
Profile
- 相澤 李帆
- 地域研究部米欧ロシア研究室研究員
- 専門分野:
米国外交政策、米中関係、インド太平洋地域