NIDSコメンタリー 第418号 2026年2月3日 新STARTの期限失効と核軍備管理

政策研究部サイバー安全保障研究室長
一政 祐行

はじめに

2011年に発効した新戦略兵器削減条約(新START)は、2002年の対弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約と2019年の中距離核戦力(INF)全廃条約の終了後、米国とロシアの間に残された最後の核軍備管理条約である。本来であれば発効後10年目にあたる2021年2月5日が期限とされた新STARTは、米露間の合意で5年間の延長が決定し、その有効期限は2026年2月4日までとなった1。両国間の後継条約の行方が国際社会からも注目されてきたが、交渉の進展が見られないまま、ここへ至って条約失効の懸念が強まりつつある。本稿はこの新STARTを巡るこれまでの経緯を踏まえ、同条約の意義とその失効の含意について、主に軍備管理の観点で検討するものである。

新STARTとはどのような条約だったのか

新STARTは2011年の発効以来、核軍備管理を通じた戦略的安定という側面はもとより、データ交換や検証に裏打ちされた信頼醸成といった観点で、他に代わるものがない重要な合意であった2。具体的に言えば、同条約は戦略核戦力について米露両国の配備する大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、重爆撃機を700以下に、配備するICBM及びSLBMに搭載され、重爆撃機にカウントされる弾頭は1,550発を超えないものとし、かつ配備と未配備のICBM及びSLBM発射基、重爆撃機を800以下とすることを定めた3。さらに、条約の検証制度として現地査察、特定の戦略運搬手段に装填された弾頭、半年間隔のデータ交換、テレメトリー情報の交換、戦略運搬手段と発射基のステータスの通知、条約上の説明責任が問われる新型、新たな派生型及び新たな種類のシステムの申告と展示、二国間協議委員会の開催、弾道ミサイルの発射前通知、自国の検証技術手段(NTM)利用への不干渉、ICBM、SLBM及び重爆撃機に対する固有の識別子の付与を規定した4。地上発射ミサイルに注目するならば、射程5,500㎞以上のICBMを対象に含む新STARTは、射程500km以上5,500㎞以下の中距離核戦力を対象としたINF全廃条約と、本来はペアで価値を持つ検証可能な核軍備管理条約であったと言える。新STARTが交渉された背景には、冷戦後の余剰核戦力削減への米露の共通認識があった。これに加えて、米国では2002年に両国が締結した戦略攻撃力削減条約(SORT)で検証可能性や不可逆性が十分に担保されなかったことから5、法的拘束力がある検証可能な核軍備管理合意が追求されたこと、そして当時、2010年の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議に向けて核軍縮交渉に米露が関与している姿勢を示すことで、北朝鮮やイランに対する核不拡散の正当性を強調したい思惑があった6。他方、核戦力の削減とその近代化を前提に、新条約締結で米国との戦略的関係性を規定し直すことを求めたロシアには、長期的な対米関係の均衡を再確認する強い動機があったとされる7

新STARTの後継条約を巡っては、その条約締結からさほどの間を置かずして米露間で議論がなされた。当時、米国が重視したのはロシアの有する膨大な非戦略核にいかに網をかけるかという点であったが、これに対してロシアはさらなる核戦力の削減には消極的であり、寧ろミサイル防衛や通常戦力、北大西洋条約機構(NATO)の欧州加盟国の一部に配備された米国の非戦略核を新たな前提に交渉拡大を試みた8。2013年、バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領はロシアとの後継条約交渉の呼び水として、配備済み戦略核弾頭数を最大で3分の1削減することを提示したが9、これにロシアは応じなかった。2014年にロシアがクリミアを併合すると米露関係は冷え込み、また米国国内政治でも軍備管理が政策上のプライオリティを得られない状況が強まった。なお、新STARTの経緯とはやや逸れるが、クリミア併合に前後するタイミングの2013年、米国がロシアのINF条約違反を指摘し、2019年には同条約の終了へと至るが、この背景に中国が同レンジのミサイル戦力を大きく躍進させたことが、米露両国に条約維持のインセンティブを損なわせる一因となった可能性が指摘されている10。このことは、後述する新START失効後の中国を念頭に置いた米国での核戦力再構築論議を考える上で、重要な示唆を持つものである。

その後、新STARTの2021年の失効が近づくなか、ロシアが5年間の期限延長を米国に提案すると、米国の第1期目のトランプ(Trump)政権は単純な延長ではなく米中露の3者間軍備管理協定を追求する考えを示し、これにロシアも同意した11。しかし、中国外交部は最大の核保有国である米露の核軍縮こそが先決であり、両国と核戦力規模が異なる中国にとって交渉参加には適切な時期ではないとして12、米露提案を拒絶した。そして2021年1月、米国バイデン(Biden)政権の船出から間もなく、新STARTの5年間の期限延長が米露間で合意に至った。

新STARTの期限延長後の経緯

続いて、5年間の延長決定以降の新START条約を巡る動向を振り返ってみたい。2021年9月の米露協議で戦略的安定対話の立ち上げと、将来の軍備管理・リスク低減の基礎を築くこと合意され13、一旦は後継条約交渉が進むかに見えた。しかし、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻すると米露関係の冷え込みとともに交渉が頓挫し、これにより、条約失効後の新条約締結は事実上困難だと見られるようになった14。そればかりか、新STARTの運用や米露が関与するその他の核軍備管理・軍縮の枠組みにおいても問題が表出した。2022年8月、ロシアは新STARTにおける現地査察の一時停止を宣言し、続いて同条約が定める二国間諮問委員会への参加も延期すると表明した。2023年1月に米国国務省がロシアは条約を遵守していないと批判すると、同年2月にロシアは新STARTの履行停止を発表した15。これに前後して、ロシアは包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を撤回し、米国と同様にCTBTの発効要件国でありながら、署名済み未批准の立ち位置をとって見せるとともに、米国が核実験を再開しない限りロシアも核実験は行わないと表明した16

その後、第二期トランプ政権が発足して間もない2025年1月、ドナルド・トランプ(Donald Trump)米国大統領がダボス会議を契機として核軍縮に前向きな姿勢を示し17、これに対してロシアのドミトリー・ペスコフ(Dmitry Peskov)報道官は、できるだけ早く軍縮交渉を再開したいと表明した18。2025年7月25日、報道でトランプ大統領は新STARTの定めた戦略核配備にかかる数的制限を維持したい、との意向を示したことが明らかにされた19。9月22日には、ロシア側から2026年2月の条約失効後も、新STARTで合意した戦略兵器の上限を一方的に1年間だけ遵守するとの提案があった。この一方的な1年延長措置について、ウラディミル・プーチン(Vladimir Putin)ロシア大統領は、米露交渉の遺産である新STARTの終了は多くの点で致命的かつ近視眼的な間違いであり、NPTの目的に相反する含意を持つこと、また米国による宇宙空間へのミサイル迎撃機の配備準備を例示し、米国がこうした抑止の均衡を不安定化させる措置を取る場合には1年延長は不可能だとしたが、他方、1年延長措置を米国との相互主義的な履行とするかについては言及しなかった20。これに対して、2025年10月5日にトランプ大統領は「良いアイデアだ」とコメントした21。なお、この一方的な1年延長案は、2025年夏の米露首脳会談でのウクライナ停戦協議後、ロシア軍によるウクライナへの攻撃が激化し、トランプ大統領の停戦への仲介が思うように効果を挙げられないなか、ウクライナへの長射程兵器供与にロシアが釘を刺すタイミングで提案されたものであった22。10月10日、プーチン大統領はロシアが新型の戦略核兵器を開発中であり、仮に1年延長が行われずともモスクワにとって致命的ではないとしつつも、世界最大の核兵器国である米露の軍備管理の枠組みが失われてしまうのは残念だ、と述べた23。12月10日にロシア側から1年延長提案への米国からの正式な回答を待っているとのコメントが出されたが24、2026年1月8日にメディア取材で新STARTについて問われたトランプ米大統領は、「失効することになるのなら、失効するのだろう」、「我々はより良い合意をするだけだ」と述べたとされる25。本稿執筆の時点で条約失効まで残すところ数日となるが、合意の行方は未だ明らかにはなっていない。

新START失効の影響

前節までは、軍備管理の観点で新STARTの特徴や後継条約を巡る議論を検討し、また新START条約の交渉経緯から今日に至る経緯を概観してきた。そこで、ここからは2026年2月4日に同条約が失効した場合に生じる影響について考えてみたいが、米露2カ国には新START失効によって戦略核戦力を現状のまま維持し、相手国の出方を静観しつつ条約交渉を模索するというオプションに加えて、従来の規制が取り払われるのに伴う核兵器政策上の新たな選択肢が浮上する。この選択肢とは、新START下で米露両国が予備、或いはヘッジのために核弾頭を取り外して保管(ダウンロード)してきたものを、再び戦略運搬手段に搭載(アップロード)することで戦略核戦力の配備数増強を図ること26、さらには追加的な戦略運搬手段を配備することである27。そして、この選択肢がとられる場合、米国としては保有核弾頭数の大幅な増強が見積もられている中国への抑止と、従来のロシアに対する抑止を両立させることがアップロードの対象や規模にかかる焦点となり得よう。この論点については、米国議会が設置した戦略体制委員会の2023年の報告書が参考になる。同報告書は、米国がロシアと中国という2つの核大国を同時に抑止し、かつ対処せねばならないものの、従来の核戦力近代化計画のみでは中露を十分に抑止・対処できないとして、ヘッジ用の核弾頭の一部または全部のアップロードや、各種の戦略運搬手段の増強などを含む戦略核戦力態勢の変更に加えて、新START下で核弾頭の発射能力を失っていたSLBM発射装置や爆撃機の再転換を含む、核戦力全体にわたる包括的なリスク軽減措置の導入、さらには中露による戦域内での限定核使用の阻止・対処のための有効な核オプションの追求を含む、戦域核戦力態勢の修正を提言している28。こうした背景には、中国が2030年までに1,000発を超える配備済み核弾頭を保有する見通しのなか29、核弾頭数と戦略運搬手段に上限を設けてきた新STARTが、中露という二つの地政学上の競争相手を抑止せねばならない米国にとって足枷になりかねないと見る向きがあることを30、改めて認識されねばならないであろう。このため今後の条約交渉の方向性についても、米国議会では新STARTレベルの削減すら受け入れ困難とされる可能性があり、それが新条約に向けた交渉であろうと、何らかの非公式な核軍備管理合意であろうと、その将来は2026年初頭の交渉当事者の善意と、米露関係そのものに依存するとも指摘されている31

ただし、米国がこうしたアップロードに舵を切れば、ロシアも直ちに同様の対応をとり、結果的に米露間の緊張は高まり、交渉の機会が縮小するリスクを招く恐れがある32。先行研究では、これまで核戦力近代化に注力してきたロシアは、長距離弾道ミサイル戦力が既に米国を十分抑止できる水準にあると考え、特にアップロードを行わない可能性がある一方で、新STARTの制限を超えて既存の長距離弾道ミサイルに追加の核弾頭をアップロードする、或いはより大規模な核戦力の再構築にシフトする想定も論じられてきた33。また、純粋に能力ベースで言えば、新START失効後にロシアが数百発規模の核弾頭をアップロードすることは十分可能であり、これは配備済み核戦力数を最大で60%増強させるのに相当すると考えられている34

軍備管理・軍縮不拡散への影響

次に、新START失効が軍備管理・軍縮不拡散の取り組みに及ぼす影響を考えてみたい。前節でも言及したNPTは核軍縮・核不拡散・原子力平和利用の三本柱からなり、米露英仏中からなる5核兵器国を規定するとともに、核不拡散の国際規範を支える重要な多国間条約と位置付けられる。2026年に5年に一度の運用検討会議が開催されるNPTだが、一部の非核兵器国の間で昨今の軍備管理の後退と世界的な核戦力近代化競争を受けて、同条約に対する信頼感が著しく低下しているとの懸念が指摘されている35。NPTは第6条で核兵器国による核軍縮誠実交渉義務を規定するが、これを重視する非核兵器国の立場からすれば、新STARTの失効は核兵器国による第6条義務の不履行だと映りかねず36、これは前述したロシアのプーチン大統領による2025年10月の発言(「NPTの目的に相反する含意を持つ」)にも見て取れる、明らかな懸念事項である。NPT加盟の非核兵器国は第6条義務の前提のもとに核不拡散に同意し、原子力の平和利用に徹する「グランドバーゲン(大きな取引)」の構造を受容してきたが37、この「グランドバーゲン」が蔑ろにされるのならば、50年以上にわたる核不拡散の歯止めも失われかねないことは、改めて理解される必要があるだろう。

こうした状況の生起を懸念してか、先行研究では新STARTの1年延長措置をトランプ大統領が受け入れて、査察とデータ交換に復帰するようロシアに促しつつ、1年間の猶予期間を生かして、中国やその他の潜在的な大国に新たな核軍備管理合意がどのように受け止められるかを試すべきだ、との指摘がある38。しかし、1年延長は根本的な解決策ではなく、あくまでも新たな合意を検討し、交渉する時間を双方が確保するという意味合いが大きいことに留意すべきであろう。大国間競争の最中での核軍備管理条約交渉の歴史を振り返れば、例えば第一次戦略兵器制限交渉(SALTⅠ)がおよそ2年6ヶ月、INF全廃条約の場合はおよそ6年、さらに第一次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)ではおよそ9年と、それぞれ途中の交渉中断の期間も含めて、多大な時間とエネルギーが交渉にかけられてきた。NPTの文脈では、交渉の先に米露両国がどのような核戦力の削減合意を目指すかが重要となろうが、2026年1月の現時点ではそれが締約国の拡大なのか、核以外の新興技術への規制を含むのか、あるいはリスク管理や緩やかな戦略的安定に向けた措置となるのか、その先行きを見通すことは困難だと言わざるを得ない。

ここで余談ながら、NPT第6条義務に関連して、新START以外の軍備管理・軍縮不拡散条約が置かれた状況にも触れておきたい。一例としては、本稿冒頭で述べた米露二国間のABM条約やINF全廃条約の帰結に加えて、東西両陣営間の信頼醸成措置としての機能が期待されてきた欧州通常戦力(CFE)条約やオープンスカイズ条約のいずれも、今世紀に入って以降、米露双方の履行停止から脱退へと至っている39。未発効条約ではあるものの、CTBTでは前述のとおりロシアが2023年に批准を撤回した結果、条約未批准の発効要件国数が増加するという、従来想定されてこなかった事態となったほか、2025年11月にはトランプ大統領が核実験の再開を戦争省(国防省)に指示したことを受けて、他の核兵器国での核実験モラトリアムの存続にも懸念が生じてきた40。これらのいずれも、核兵器国によるNPT第6条義務という観点からは憂慮されるべき状況であることは否めない。

他方、核の軍備管理・軍縮不拡散の視点とは対照的に、前節で概観してきたような核弾頭のアップロードを論じる立場からは、米国にとって新STARTも後継条約の交渉も自国の抑止にかかる戦略的根拠を持たねばならず、それはNPT体制の維持・強化とは明確に区別されるべきものだ、との見方があることは認識しておく必要があるだろう41。こうした核抑止、さらに言えば核の優勢によって安全保障を強化せんとする議論の存在は、新START後の核を巡る国際秩序や戦略的安定が一筋縄ではいかない厳しい現実を示唆するとともに、NPTをはじめ、これまでの核軍備管理・軍縮不拡散の取り組みで生み出された信頼醸成や予測可能性の先行きを不透明にするものだと言わざるを得ない。そして、この重い問題に対する万能の解は未だに見出されていないのが実情である。

むすびにかえて

本稿で触れてきたように、相次ぐ軍備管理条約の終焉と大国間競争の下で、既存の軍備管理条約を維持するインセンティブが一部で後退する兆しがある。新STARTの失効後に後継条約交渉がスムーズに進まなければ、米露間で戦略核戦力を検証可能な形で規制するものは消失し、双方が核弾頭のアップロードへと進み、核戦力分布の透明性が大きく低下する可能性も否定できない。そうなれば、核を巡る国際秩序が大きく揺らぐことへの懸念が現実のものとなりかねない。核軍縮の停滞に加えて、核不拡散の国際規範が弱体化し、核を巡る国際社会の取り組みに分断がもたらされる懸念をどう払拭するかは、世界の核兵器の90%以上を保有する米露とその同盟国やパートナー国にとっても重要な課題である。

核兵器ばかりでなく、抑止の安定性に影響を及ぼしかねない新興技術が世界的に拡散し、戦略的安定の意味も大きく変化するなかで、「よりよい合意を作る」としたトランプ大統領の発言が実を結ぶことを願うばかりだが、取引に長けた同大統領のイニシアティブで、今後ポスト新START合意に向けて急転直下に交渉が始まることも予想される。このとき、それまでの軍備管理条約とは大きく異なる合意が追求される可能性も想定しておく必要がある一方で、同盟国やパートナー国としてはいかに戦略的安定に対する認識をトランプ政権と共有できるかが、新START後の核の国際秩序をより望ましいものに近づける鍵になるのではないだろうか42

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  • 一政 祐行
  • 政策研究部サイバー安全保障研究室長
  • 専門分野:
    軍備管理・軍縮・不拡散、安全保障論