NIDSコメンタリー 第417号 2026年2月3日 中国軍最高幹部粛正と統制の行方——軍事的判断と危機管理は誰が担うのか

地域研究部中国研究室 専門研究員
五十嵐 隆幸

はじめに

2026年1月24日、中華人民共和国国防部は、中国共産党中央委員会の審議を経て、張又俠(Zhang Youxia)党中央政治局委員兼中央軍事委員会副主席と、劉振立(Liu Zhenli)中央軍事委員会委員兼連合参謀部参謀長について、重大な紀律・法律違反の疑いで立件し、調査を行うことが決定したと発表した1

2012年11月に習近平(Xi Jinping)が中国共産党中央委員会総書記および中央軍事委員会主席に選出されると、その直後に開催された政治局の集団学習会で腐敗一掃に挑む姿勢が強調され2、全国で一斉に反腐敗キャンペーンが始まった3。軍も例外ではなく、2014年6月には、元制服組トップで2012年11月に中央軍事委員会副主席を退任した徐才厚(Xu Caihou)が党籍を剥奪され、贈賄容疑で最高人民検察院に送検された4。それ以後、郭伯雄(Guo Boxiong)前副主席のほか、現役最高幹部の摘発が続いた。

2022年からの習近平政権3期目以降、軍高官の摘発は加速した。2023年7月の戦略ミサイル部隊「ロケット軍」司令員らの解任を皮切りに、ロケット軍や装備調達部門の汚職事件で軍高官が相次いで失脚した。張又俠も前職で装備調達部門のトップを務めていたため、贈賄にかかわっていた可能性は否めない。

他方、張又俠らの失脚について、2025年10月に重大な紀律違反で党籍剥奪処分を受けた何衛東(He Weidong)副主席ら「福建閥」や、習近平との権力闘争の文脈で説明するきらいもある。だが、中国の権力闘争は二千年来の歴史的な必然と説明されることが多く5、今に始まった話ではない。いくら議論しようとも、真相は闇の中にあり、解き明かすことができるものではない。

最も注目すべきは、1949年の中華人民共和国成立以降、中国共産党の指導機関である中央政治局(25名前後)から初めて軍人が不在となり、中央軍事委員会のメンバーも主席の習近平と副主席1名のみとなったことである。本稿では、張又俠らの失脚によって中国人民解放軍がどのような状態に置かれているのか、中国という国家が約200万人の「暴力装置」をコントロールしきれるのかどうかを洞察していく。

軍人事を「制度化」した胡錦濤から「選好・抜擢・粛正」を進める習近平へ

2004年9月から2012年11月まで中央軍事委員会主席に就いていた胡錦濤(Hu Jintao)は、1980年代の鄧小平(Deng Xiaoping)時代に整備が進められた人事制度に基づき上将の選考・任命を行い、情実にとらわれない公正な選抜の実現を目指した。胡錦濤時代には、一つ上の階級に昇任するための年数などの条件が概ね守られるようになり、約8年間で軍人事の「制度化」が進展したと評価されている6

2012年に中央軍事委員会主席に就任した習近平は、当初は胡錦濤が整えた「制度」に基づき上将の選考・任命を行ったものの、次第に「制度」のなかで習個人の「選好」が働いたようなケースや「抜擢」が目立ってきた7。例えば、2025年に失脚した何衛東元副主席は、習近平が福建省で勤務していた際に関係が築かれたとされ、軍の人事が制度化された胡錦濤時代ではありえない異例のスピード出世をしてきた。

習近平政権が長期化するなかで、何衛東のように福建省で経験を積んだ軍人の抜擢が増えてきた。習近平と直接関係があった軍人のみならず、芋づる式に抜擢が進んだことで、こうした人脈は「福建閥」と揶揄されるようにもなっていた。一方で「台湾統一」を目指す習近平が、台湾侵攻の訓練を積み重ねている福建省の部隊経験者を中央に集め、軍全体で台湾侵攻を準備しているという分析もなされていた。だが、その後の一連の粛清によって、「福建閥」と目された軍人の多くが摘発されている。

2012年末から始まった反腐敗キャンペーンのなかで、引退した中央軍事委員会の副主席や現職の最高幹部が摘発されたことについては、習近平が歴代指導者の江沢民や胡錦濤の時代に選抜された軍人を「粛正」することで、江や胡の軍に対する影響力を排除する狙いがあったと説明されてきた。しかし、2022年の3期目以降に摘発された最高幹部は、いずれも習近平自身によって選抜された軍人である。とりわけ習近平の幼馴染とされる張又俠は、習が最も信頼する腹心であったと言われている(表1)。

習近平政権下で進められてきた一連の軍人事は、軍内で影響力を持つようになった実力者を排除し、忠誠と服従を求めることで、軍という国家にとって最大の暴力装置を直接的に掌握しようとする動きとして位置づけることができる。一方で、こうした人事運用は、指導者個人への権力集中が進む過程の一つの特徴として捉えることができ、軍事的判断において慎重論や異論が提示されにくくなる可能性を伴っている。

表1 習政権で摘発された主要な軍幹部
1期目(2012年11月~2017年10月)
徐才厚 前中央軍事委員会副主席(引退後に摘発)
郭伯雄 前中央軍事委員会副主席(引退後に摘発)
張陽 政治工作部主任
房峰輝 連合参謀部参謀長
3期目(2022年10月~)
魏鳳和 前国防部長(引退後に摘発)
李尚福 国防部長
苗華 政治工作部主任
何衛東 中央軍事委員会副主席
張又俠 中央軍事委員会副主席
劉振立 連合参謀部参謀長
出所:『朝日新聞』2026年1月25日(第7面)のほか、『人民日報』に基づき筆者作成。

空洞化する中央軍事委員会――軍事的判断は誰が担うのか

2026年1月の張又俠および劉振立の失脚によって、中央軍事委員会は、主席である習近平と副主席1名のみという極めて簡素な体制となった(表2)。また、中国共産党の最高指導機関である政治局からも軍人が姿を消し、1949年の中華人民共和国成立以降、党軍関係の制度的安定を支えてきた枠組みが、ここにきて大きく様変わりしたと言える。

この変化の意味は、単なる人数の減少や権限集中にとどまらない。張又俠は、政治局に参加する唯一の軍人として、党指導部に対して軍事専門家の知見で直接助言できる立場にあった。また、中央軍事委員会副主席という地位に加え、実戦部隊の指揮経験を持つ軍人として、作戦遂行能力や軍の実力に関する現実的な評価を提示し得る存在であった。

表2 中央軍事委員会(2022年の発足時)
役職 氏名 失脚公表時期
主席 習近平
副主席 張又俠 2026年1月
副主席 何衛東 2025年10月
委員 李尚福 2023年10月
委員 劉振立 2026年1月
委員 苗華 2024年11月
委員 張昇民 (何の失脚で副主席昇格)
出所:『朝日新聞』2026年1月25日(第7面)のほか、『人民日報』に基づき筆者作成。

現在、中央軍事委員会に残っている張昇民(Zhang Shengmin)は、2017年の習近平政権第2期発足時に紀律検査委員会書記として中央軍事委員会メンバー入りし、その直後に中将歴わずか1年で上将へ昇任、2025年10月の何衛東失脚によって副主席に昇格した。だが、中央軍事委員会メンバーで唯一の軍人となった張昇民は、政治将校として党の統制を軍に貫徹させる役割を担うキャリアを積んできたため、軍事作戦の成否やリスクを現場感覚に基づいて補正する役割を果たすことには限界があると思われる。習近平にとっては、軍内の反腐敗をつかさどり、信頼できる政治将校が軍を抑えているという意味で、統治上の安心感は高まったと言えるが、そのことが軍事的合理性や危機管理能力の向上につながるとは言えない。

とりわけ注目すべきは、作戦将校の張又俠と劉振立が1979年の中越戦争を経験した最後の世代ということである。彼らは、戦争がもたらす損耗や混乱を実体験として知る軍人であり、軍事行動に伴う不確実性や限界を踏まえた慎重な判断を行い得る存在であった。張又俠が、現時点の中国人民解放軍の能力では台湾をめぐる大規模軍事行動を遂行するにはなお時間を要するとの認識を持っていたとささやかれていることも、こうした世代的背景を考えれば不自然ではない。

その張又俠と劉振立が同時に失脚した結果、中央軍事委員会からは、軍事的判断に対して慎重論や異論を提示し得る層がほぼ消滅した。これは、習近平が軍という国家にとって最大の暴力装置を直接的に掌握するという点では合理的である一方、意思決定過程における抑制や修正の機能が弱まることを意味する。特定の方向性に基づく判断が加速されやすくなる反面、過信や誤算を食い止める仕組みが脆弱化するリスクが高まっている。

おわりに

軍最高幹部の粛清は、腐敗問題としてだけでなく、習近平が何を最優先しているのかを示す判断として捉える必要がある。台湾正面で訓練を積んできた福建省の部隊経験者や、中越戦争を経験した世代を含め、軍内で独自の影響力と人的ネットワークを有する層が一挙に排除された事実は、短期的な作戦遂行能力の低下を容認してでも、軍という暴力装置を完全に統制下に置くことを選択した可能性を示唆している。

この判断の背景には、台湾に対する武力行使以上に、政権の安定、すなわちクーデターや権力内部からの挑戦を回避することを最優先する発想があったと考えられる。毛沢東が「銃口から政権が生まれる」と語ったように、潜在的なリスクとなり得る軍の実力者の排除に踏み切ったというのも不自然ではない。

もっとも、実戦経験者の排除は必ずしも単純な弱体化を意味しない。中越戦争は結果として敗北に終わった戦争であり、その経験が現代のハイテク戦争に直結するとは限らない。習近平が、実戦経験を誇示する老兵よりも、自らの時代に厳しい訓練を受け、ハイテク装備を使いこなす若手に期待している可能性もある。短期的な戦力低下と引き換えに、中長期的な軍の再編を見据えているとの読み方も成り立つ。

ただし、その場合に新たなリスクが生じる。実戦を経験していない世代が中枢を占めることで、戦争の現実に対する恐怖や慎重さが希薄化し、政治的スローガンや勇ましい掛け声が判断を押し流す可能性である。抑制的な判断を下し得た世代を排除した結果、軍事行動に踏み切る際の心理的ハードルが下がるのであれば、それは統制の強化と引き換えに、中国の危機管理が不安定なものへと転じていくことを意味する。

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  • 五十嵐 隆幸
  • 地域研究部 中国研究室 専門研究員
  • 専門分野:
    中国近現代史、東アジア国際政治史、両岸関係史