NIDSコメンタリー 第409号 2025年12月12日 ウクライナ和平をめぐる繰り返しの構造
- 地域研究部 米欧ロシア研究室長
- 山添 博史
変化が見えないロシアの追求利益
2025年11月下旬、ウクライナの和平をめぐる提案の報道が目立つようになった。和平の成否を決める最大の要素は、ロシアがそれに同意するかどうかである。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2025年8月15日の米露首脳会談の際、「根本的原因」を解決するまでウクライナでの軍事作戦はやめないと述べ、米国のドナルド・トランプ大統領は平和の実現に向けて進展したと述べた1。筆者は、これを扱ったコメンタリーにて、ロシアの要求が変化して交渉が妥結する可能性についても検証したが2、その後の経緯で、ロシアの追求利益が変わらなかったことが明らかになった。ロシアは、露・宇・米の三者首脳会談の提案にも同意せず、ウクライナが守られる安全の保証の取り決めも許容しなかった3。
その後もトランプ政権は種々の試みを行ったが、ロシアはウクライナ後方を攻撃して民間人の死傷者を出し続け、両軍に損耗の高い軍事作戦でドネツク州のウクライナ側防衛拠点に対して前進してきた。ポクロウスクに向かっては2024年8月以来攻撃を続け、2025年10月から12月にかけて制圧間近あるいは制圧完了との主張をたびたび発信しており4、ドネツク州北西部の主要都市も軍事制圧する旨を述べている。これは武力行使でさらに利益を追求する姿勢を示すものであり、それ以前と違ってロシアがその軍事攻勢を断念して交渉を妥結させる動機が生じたという根拠は明らかになっていない。
このため本稿では、ロシアの追求利益が引き続き、武力行使を通じたウクライナの安全の排除であると仮定して論述する。その推定を補強するのは、11月27日のプーチン大統領の発言で、米国の和平案は基礎になるが妥結までの道は分からない、ウクライナの現政権との合意文書には意味がない、戦闘が終わるにはウクライナ軍が占領する地から撤退する必要がある、といった内容である5。これは、ウクライナが合意する条件はつくらないということを端的に表明しており、露宇双方の合意をトランプ大統領が求めているのとは全く異なる。もし本心が異なっており、このあと米国とウクライナに譲歩して交渉を妥結させることになれば、ロシア国民からは国力を大いに費やして軍事作戦を優勢に進めているにもかかわらずプーチン大統領が急に弱気になって妥協したように見えるはずなので、そのような展開になるような発言をあえてしたとは考えにくい。
トランプ大統領の選好
トランプ大統領は、双方の無益な戦争被害を終える合意を1日で実現する理想を掲げて大統領に就任した。ジョー・バイデン前大統領と違って自分であれば、ロシアとの対話によってロシアが納得する合意を見つけ、ウクライナも受け入れられるようにできるという信念で、働きかけを始めた。しかし、ウクライナが受け入れるような提案も容易には準備できず、それをロシアに持ちかけて話が進んだように見えても、ロシアは攻撃をやめず、トランプ大統領はロシアに不満を表明するようになってきた。
10月22日にトランプ大統領は、ロシアの石油大手ロスネフチとルクオイルに対する経済制裁に踏み切り、初めて直接の痛みが生じる手を打った。さらにロシアに対する圧力をかけ続ければ、ロシアが戦争継続による利益よりも損害が大きいと認識し、戦闘停止の取引を有利な道として選択する可能性がある。
しかし、ロシアに対する圧力を基調とする和平達成の道には、特にトランプ大統領の観点では、大きな問題がある。それは、いつどこまで資源を投入すれば十分になるのか測りがたく、それでも長くコミットし続けることが必要だということである。米国の痛みをともなう経済制裁や、大きな軍事支出が必要になるまでやり続けることになるなら、トランプ大統領の初心と大きく異なることになるうえ、必ず成功すると確信するのは難しいだろう。プロフェッショナルにはロシアに圧力をかけるべきことが常識であっても、トランプ氏はバイデン前政権と同じく終わりが見えない道ととらえがちだろう。
そのような道では短期の成功を確信しがたいときに、今ならロシアは和平に応じる気になっているし、ウクライナが敗北するよりましな条件を受忍すれば一気に決着しますよ、と信頼できる人から提案されれば、トランプ大統領にはプロフェッショナルの助言より魅力的であろう。このような、ロシアが受け入れやすくウクライナに圧力を多くかけることを優先した和平案をもちかけてきたのが、自らに親しい非専門家のスティーヴ・ウィトコフ氏とジャレッド・クシュナー氏である。このような、ウクライナへの圧力を基調とする和平案にも、ロシアが満足する条件であればウクライナは受忍不可能で、ウクライナが受忍できるように修正した条件であればロシアは受け入れにくいという大きな問題点がある。これをクリアしない限り、米露のビジネスに関する取引は魅力的であっても実現しない。それでも、ロシアが譲歩して受け入れる可能性がわずかでもあれば、それが可能になる方向に働きかける方が、ロシアに圧力をかけ続けるより期待しやすくなったものと推測される。しかも、ウィトコフ氏とクシュナー氏はイスラエルに圧力をかけることで20項目のガザ和平案を実現させた実績があり(10月9日署名)、ロシアに経済制裁の圧力をかけたことが効いてロシアが同様の和平案に応じられると考える余地があった。
ウクライナの立場回復の努力
このような構造をプーチン大統領が正確につかんでいたとすれば、いったん不利になっても、トランプ大統領の意思を尊重して自らを変える必要はなく、トランプ政権を別の向きに動かし、ロシアに本格的な圧力をかけることをさらに遅らせることが可能で、これはサイクルの形で繰り返されている。すなわち、トランプ大統領にとって魅力的な和平案があるように働きかけ、同大統領がロシアへの圧力を控えて調整と対話に時間を用いる。そのような和平案にウクライナが応じずに和平の試みが破綻する事態になれば、トランプ大統領はウクライナのために動く意欲を失い、ウクライナを孤立無援でロシアに従うしかない状況に追い込む道がありうる。ウクライナが提案を押し戻し、ロシアが協議の末にこれを受け入れなければ、トランプ政権は不満を表明する。しかし、トランプ大統領はロシアとの取引の可能性を完全には捨てられず、ロシアが次の交渉カードを使えば、また取引への期待に戻ってくる、というサイクルである。8月から10月にもこれが見られた。
この最新のサイクルは、10月からまわっている。トランプ大統領は10月16日、ハンガリーでプーチン大統領と首脳会談を行うと表明した。しかし、準備のための20日の外相電話会談のあと、トランプ大統領は進展の見込みがないとして首脳会談を延期し、10月22日に経済制裁を発表した。ロシアにとってこれは、ウクライナに対する要求を譲らなかったための交渉の頓挫であったが、そのあとの10月24日にも非公式なメッセンジャーとして実業家のキリル・ドミトリエフ氏を米国に送り込んで、取引による決着が可能だという提案をウィトコフ氏ができるように働きかけた。
この時期は、非公式なソースから出た報道が特に多く、厳しい交渉が進行中である際には当然のことながら、内情の正確な解釈は困難である。そのなかでも、比較的依拠しやすい報道は、11月20日に米国のニュースサイト・アクシオスが伝えた28項目の和平提案全文であり、記事によれば、ウィトコフ氏がドミトリエフ氏らと話したうえで作成したものであった6。その内容はロシアでも広く報じられており、プーチン大統領も28項目の米国案と言及している。
仮にこの28項目がこのままロシアに提案されたとしても、米国がウクライナの安全を保証する、ザポリージャ州とヘルソン州の前線を固定するといった項目は、これまでのロシアの立場とは大きく異なっており、受け入れは困難である。ロシアは3年前に、ウクライナの4つの州を、統治したことのない土地も含めて全域がロシア領であると憲法に書き込んでおり、それらの不十分な領有の固定は獲得ではなく「権利回復の断念」にあたる7。ドミトリエフ氏のインプットを受けたウィトコフ案だが、プーチン大統領は受け入れない選択ができる。一方で、ウィトコフ氏は、10月22日に米国がロシアに圧力をかけたのが効いてロシアが非公式にここまで譲歩しているから、ウクライナも減少した譲歩をもって和平に合意できるとトランプ大統領を説得できる。
トランプ大統領はこの28項目で和平の合意が速やかに可能だと思ったらしく、ウクライナに27日までの同意を求めた。しかしこれは、減少したといっても深刻に多大な譲歩であり、ウクライナがドネツク州の統治地域の住民と国土を明け渡し、兵力を今より小さい60万人に制約することなどを記載している。11月21日にヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は演説で、尊厳を失うか、大切な米国という友人を失うかという厳しい選択を迫られている、ロシアがウクライナのせいにする口実を与えないように、米国案を拒絶せずに協議を進めるという趣旨を国民に訴えかけた8。そのあと、当初の11月27日の期限を越えて、ウクライナ、欧州諸国、米国が和平案の協議を進め、12月2日には米露間の協議も実施された。
この協議が進展しても、上記で述べた11月27日のプーチン大統領の公言からすれば、彼の追求利益は変わっておらず9、ウクライナの安全の排除や名目上のロシア領を断念することができず、28項目よりウクライナの主張を反映した提案を受け入れない可能性が高い。ロシアは、米国とは妥結の用意があったのに、ウクライナや他の欧州諸国が提案を変更したから合意できないと主張できる。米露の協議は続くかもしれないが、プーチン大統領が合意するつもりがないものには合意しない結果となろう。それでも、トランプ大統領が米露間で短期の取引成立の可能性を期待し続けるのであれば、プーチン大統領は米国の立場を考慮して譲歩する必要がなく、上記で述べたようなサイクルをまた動かすことが予想される。米国の政権がロシアの基盤を長期的に弱める方針に転換してロシアが米国の意思を考慮せざるを得なくなるか、ロシアが4年近くも達成できない追求利益から限定的な追求利益に転換すれば、異なる展開が現れるだろう。
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- 山添 博史
- 地域研究部 米欧ロシア研究室長
- 専門分野:
ロシア安全保障、国際関係史