NIDSコメンタリー 第407号 2025年11月14日 日ASEAN防衛協力の現在地——第12回ADMMプラス・第9回日ASEAN防衛担当大臣会合を振り返る
- 政策研究部防衛政策研究室 研究員
- 小熊 真也
はじめに
秋はASEANを中心とした防衛外交の季節である。例年この時期になると、ASEAN加盟10か国と域外の「プラス国」(日、米、中、印、露、韓、豪、ニュージーランド)の国防大臣が顔を揃える拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)が開催される。日本を含むインド太平洋地域の国々にとって、毎年11月ごろに開催されるこの会議は、防衛当局間でトップレベルの議論を行う重要な機会を生み出している。
ADMMプラスは、2010年に創設された防衛当局間の多国間枠組みであり、ASEAN加盟国が「プラス国」と共に信頼醸成等の防衛協力を推進することを目的としている。ADMMプラスは主に、大臣級・次官級・課長級の各会合と、非伝統的安全保障課題を中心とする7つの分野で実践的協力を行う専門家会合(EWG)から構成される1。日本は第一回以来、積極的な参加を続けてきた。
創設から15年の節目を迎えた今年のADMMプラスは、11月1日にマレーシア・クアラルンプールで実施され、日本からは小泉進次郎防衛大臣が参加した。10月21日に着任した小泉大臣にとっては初の海外出張となり、この機会に合わせて9回目となる日ASEAN防衛担当大臣会合や、各国との個別の会談も実施された。
東南アジアとの防衛協力は多国間から二国間まで複数のレベルで行われているが、本稿では日本とASEANの間で行われている多国間防衛協力に焦点を当て、その現況について考察してみたい。
ADMMプラスの硬直化
ADMMプラスはインド太平洋地域の対話枠組みとして大きな潜在的意義を秘めているものの、米中露を含む多くの国々が参加するがゆえに、合意形成の難しさを内包しているのが実態である。とりわけ近年では、南シナ海問題やロシア・ウクライナ戦争をめぐる立場の相違、米中対立によって、コンセンサスよりも利害の不一致が浮き彫りとなる傾向が顕著になっている。2024年の会合において、当時のロイド・オースティン米国防長官と中国の董軍・国防部長の間で応酬が繰り広げられたと報じられたのは、その極端な例である2。国際社会がますます競争的になる中で、ADMMプラスが実質的な成果を上げるのは一層難しくなっている。
今年も硬直化の傾向は続いているようである。そのことを象徴するのが、ADMMプラスの共同声明であろう。過去2年を振り返ると、昨年は気候変動、一昨年はWPS(女性・平和・安全保障)と、特定の分野に関する共同声明が発出されてきた。一方今年はADMMプラス創設15周年を記念する声明が採択されるに留まり、その内容も国際法の遵守やASEAN中心性、多国間主義等のごく一般的な原則を強調した上で、これまでの取組を称賛するという表面的なものとなった3。また日本の防衛省による発表でも、過去のADMMプラスでは「地域的・国際的な安全保障課題について意見交換」を実施したことが公表されてきたが、今回は「ADMMプラス15年の振り返りと将来に向けた展望について意見交換が行われた」とされており、会議のアジェンダ自体がこれまでと異なるものであった可能性がある4。
こうした内容面の希薄さは、やはり参加国の多様性に起因している可能性が高い。ADMMプラスの前日には、「プラス」のつかないADMM(ASEAN加盟10か国のみの国防相会議)が開催されている。参加国が限定されるこちらの共同声明は、南シナ海における航行・上空飛行の自由やミャンマー問題といった目下の課題に明示的に言及しており、ADMMプラスとの明らかな差異を見て取ることができる5。
ASEANに対する日本の積極姿勢
上述のような事情がありつつも、日本は地域安全保障におけるASEANの取組を積極的に支える姿勢を強く打ち出している。ADMMプラスにおいて小泉大臣は、「信頼に基づく安定的で予測可能な国家関係を支えてきた国際秩序の土台そのものが揺らいでいる」と述べた上で、ルールに基づく国際秩序、アカウンタビリティ、国際公共財への責任に対する信頼を取り戻す取組においてASEANの役割は「決定的に重要」であると強調した。そして、各国の多様な取組からなる「相互連結性の重層的な網」を形成し、相乗効果を発揮させることが安定的な地域秩序構築に繋がると呼びかけた6。
ASEANに対する日本の姿勢をより明確に示したのが、ADMMプラスのサイドラインで開催された日ASEAN防衛担当大臣会合である。この会合はASEAN加盟国の国防相と日本の防衛大臣が日ASEAN防衛協力について議論を行うもので、今回で9回目の実施となる。開催は2年ぶりだが、前回は木原稔防衛大臣(当時)がオンラインで参加したため、防衛大臣による対面参加は2022年以来3年ぶりとなった。この会合は、端的に言えば日本とASEANの防衛協力を方向づける役割を持つ。日ASEAN防衛協力の指針である「ビエンチャン・ビジョン」(2016年)、そのアップデート版である「ビエンチャン・ビジョン2.0」(2019年)、具体的な防衛協力の内容を示した「防衛協力強化のための日ASEANイニシアティヴ:ジャスミン」(2023年)はすべて日ASEAN防衛担当大臣会合で披露されている。
今回の会合においては、既存のイニシアティヴのもとで、今後の日ASEAN防衛協力強化に向けた3つの方向性が示されることとなった7。第一はHA/DR分野の協力である。この点については、OSA(政府安全保障能力強化支援)等を活用した資機材供与やWPSに係る取組推進と併せ、ADMMプラスのHA/DR EWG次期共同議長に立候補する意思を示したことが重要である。現在、日本はフィリピンとともに海洋安全保障EWGの共同議長を務めており(任期は2024年から2027年まで)、今回の立候補表明はASEANを中心とする実践的な防衛協力に引き続きコミットする意思を明確にしたものと評価できよう。また、EWGの共同議長はASEAN加盟国と域外の「プラス国」がペアを組んで務めることになる。日本がどの国と共に立候補するかは現時点で明らかではないが、もし共同議長を務めることとなれば、ペアとなるASEAN加盟国との更なる関係強化も期待される。
第二の協力分野は海洋における協力である。特に注目されるのが、日本がホスト国として太平洋島嶼国の国防大臣を招く日・太平洋島嶼国国防大臣会合(JPIDD)に、東南アジア諸国を招待することを明らかにしたことである。JPIDDは2024年3月に第2回目が開催され、この際は太平洋島嶼国以外からは7か国のパートナー国を招待していたものの、東南アジアの国々は招かれていなかった8。日本が2023年以来推進してきた「防衛協力強化のための日ASEANイニシアティヴ:ジャスミン」ではASEAN・日本・太平洋島嶼国の連携が謳われており、JPIDDへの東南アジア諸国の招待は地域間連携を強化するこの方針を具体化させるものといえる9。
加えて、海洋安全保障EWGの枠組みを活用した海上での「共同協力活動」(JCA: Joint Cooperative Activity)の実施についても言及された。具体的な内容は今後明らかになっていくと思われるが、海洋安全保障EWGではこれまでも実働演習(FTX)が実施されてきたことを踏まえると、同EWGで共同議長を務めるフィリピン、他のADMMプラス参加国と共に海上におけるFTXを行うことが考えられよう10。
第三は非伝統的課題への対処である。この側面では、ASEAN・CBR防衛専門家ネットワーク(化学・生物・放射線脅威に関する能力構築や知見の共有を目指すASEANの取組)との連携について言及がなされた。
依然として重要なASEAN――さらなる協力に向けて
東南アジアにはマラッカ海峡に代表される主要なシーレーンが位置しており、日本、そしてインド太平洋地域全体にとって戦略上重要な地域である。ASEANが自律性を高め、自然災害も含めた安全保障上の課題に対応する強靭性(レジリエンス)を持つことは、地域全体の安定に資する。大国間のパワーポリティクスによってASEANを中心とする防衛協力枠組みが難しい局面を迎えているとしても、この地域にコミットし続ける重要性は依然として大きいといえよう。日本が協力を強化している動きからも、国家間の対立が厳しさを増す今こそASEANの中心性・一体性を強化し、地域の強靭性を底上げすることが必要であるという問題意識が見て取れる。
今回マレーシアで行われた2つの会合において、日本は具体的なアイテムを通じて引き続きASEANとの防衛協力を強化する姿勢を明確に示した。今後はこれらの案件を着実に実行していくことはもちろん、安全保障環境を踏まえたさらなる連携のあり方について引き続き議論を進めていくことが重要である。
ポテンシャルのある分野の一つが防衛装備品に関する協力である。小泉大臣は今回の海外出張における記者会見で、各国との会談を通じて潜水艦等の日本の装備品に対するニーズを感じた旨に言及している11。日本国内の動きを見ても、自民党・日本維新の会の「連立政権合意書」において、2026年の通常国会における防衛装備移転三原則の5類型撤廃が明記されており、仮に実現すれば制約が緩和されることとなる12。これらを総合して考えれば、東南アジア諸国に対する装備移転は機会の窓が開きつつあるといえるだろう。もちろん、海外への装備移転を実現させるには様々な政治的・制度的ハードル、生産キャパシティの問題等を乗り越える必要がある13。これは決して容易なことではないが、少なくとも装備移転を推進していくという日本政府の方針はこれまで以上にはっきりとしたものとなっている。今後どのような政策の展開がみられるか注目される。
Profile
- 小熊 真也
- 政策研究部防衛政策研究室 研究員
- 専門分野:
日本の政治と安全保障、インド太平洋地域の安全保障、外交政策分析