NIDSコメンタリー 第405号 2025年10月24日 中国人民解放軍の「戦略的威嚇」の展開——「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年」記念軍事パレードの分析を中心に
- 地域研究部中国研究室主任研究官
- 杉浦 康之
はじめに
2025年9月3日、習近平・中央軍事委員会主席の隣席の下、中国人民解放軍は「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年」を記念する軍事パレードを実施した。この軍事パレードは、2015年9月、2019年10月に続く、習近平体制下での3回目となる大規模軍事パレードであった1。ロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党総書記を始め26か国の首脳が参加したこともあり、軍事パレードは国際社会の注目を集めた2。
軍事パレードは中国人民解放軍が現在保有し、実戦配備しているとされる兵器が多々登場すると事前に説明されていたことから、中国人民解放軍の能力を分析するうえでも重要なイベントになると見なされており、国内外のメディアや研究者が注目していた。実際、パレード実施の直後から各国のシンクタンクがその分析を公表した3。
本稿はこうした先行研究の成果を踏まえつつ、今回の軍事パレードの政策目的のうち安全保障政策に関わる点を明らかにしたうえで、この軍事パレードがどのような軍事力運用方針の下で行われ、どのような注目点があったのかを解明することを目的とする。このような研究目的により、本稿は先行研究の多くが言及している中国人民解放軍の戦力分析に留まることなく、軍事パレードの分析を通じて中国の安全保障政策における中国人民解放軍の役割を検討することを企図している。
一連の分析に際して、本稿は中国人民解放軍機関紙『解放軍報』と国営通信社である新華社の報道に加え、中国共産党機関紙『人民日報』系の国際情報紙である『環球時報』の英字版Global Times、香港英字紙South China Morning Postを主たる資料源として活用する。また軍事パレードの政策目的の分析に際して、中国人民解放軍の教範を分析対象とする。
台湾有事を念頭に置いた台湾、米国及びその同盟諸国への「戦略的威嚇」の展開
習近平体制がこのような大規模な軍事パレードを実施した政策目的としては、(1)中国共産党による一党独裁体制の正当化、(2)習近平による中国人民解放軍への統制の再強化、(3)台湾有事を念頭に置いた台湾、米国及びその同盟諸国への「戦略的威嚇」の展開、などがあったと考えられる。このうち中国の安全保障政策に直結するのは(3)である。
習近平政権は台湾問題の解決において、武力を背景に米国の関与を防ぎ、孤立した台湾を屈服させて統一する「強制的平和統一」を目指していると言われている。そして、そのために軍事力の強化とハイブリッド戦争への準備が進められていると指摘されている4。今回の軍事パレードも将来実施する「強制的平和統一」への布石と位置づけられよう。
中国人民解放軍国防大学が編纂した『戦略学(2020年版)』は「戦略的威嚇」を「国家と軍隊が一定の政治目的を実現するために、強大な軍事力を基礎として、巧妙な戦力の誇示と戦力使用の決心を通じて、相手をして保証し得ない損害、さらには受け入れ難い結果に直面させることで、後退、妥協、屈服させる軍事闘争の方法」であると定義する。「戦略的威嚇」は、実戦と比べ烈度が低く、コストも比較的に小さく、方向転換できる余地も多いと指摘されている。こうした「戦略的威嚇」の手段の一つとして位置づけられているのが「最新兵器の展示」であり、その具体的な手段として軍事パレードが明記されている5。
今回の軍事パレードもこうした「戦略的威嚇」思考に沿ったものである。習近平政権は、台湾有事を念頭に置きつつ、台湾、米国、及びインド太平洋地域における米国の同盟諸国への牽制を行うことを意図していたと考えられる。
習近平は軍事パレードの演説のなかで中国人民解放軍に対し、「世界一流の軍隊への建設を加速し、国家の主権と統一、領土の一体性を断固として守る」よう指示した6。習近平政権は軍事パレードで最新兵器を誇示することで、①中国が「独立勢力」と見なす台湾の頼清徳政権への圧力を強化しつつ、中国との関係強化を目指す台湾内の親中勢力と連携することで台湾内の分断を図る、②兵器供与・訓練提供を含む米台安全保障関係の強化を図っている米国に対し、台湾有事への介入のコストの高さを知らしめることでその動きを牽制する、③日本を含む米国のインド太平洋地域の同盟諸国に対し、米国に追随し、台湾有事に介入することのコストの高さを知らしめることで米国との関係を離間させる、ことを考えていたものと思われる。
台湾に関して、中国人民解放軍は頼清徳政権への圧力を強化するために、台湾周辺での軍事演習を強化してきた7。2025年4月、中国人民解放軍は3月の中国を「境外敵対勢力」と指摘した頼清徳の発言に反発し、台湾周辺で2日間の軍事演習を実施した8。
その後も中国国防部報道官は、頼清徳政権が米国からの兵器購入を行おうとしている動きに対し、「米国に依拠して独立を企てる」「武力によって統一を拒否」するという妄想は台湾を戦争の危険に陥らせることになると述べるなど、その動きを強く牽制した。中国人民解放軍は軍事訓練と戦備を強化し、戦闘能力を全面的に向上させ、「台湾独立」という分裂の試みや外部からの干渉の企てを断固として粉砕するとも主張した9。このように頼清徳政権への軍事的圧力をかけ続けるなかで、軍事パレードの翌日の『解放軍報』論説は習近平の演説が多くの台湾同胞を奮い立たせたとする記事を掲載し、台湾内の分断を促進することを目指した10。
米国に対して、国防部報道官は米台間の武器売却を含む安全保障協力の推進を繰り返し批判した11。軍事パレード実施後に行われた米中電話会談のなかで董軍・国防部長も、「双方は互いの核心的利益を真に尊重すべきである。中国の完全な統一は阻止できない歴史の趨勢であり、いかなる『武力による独立支援』『台湾を利用した中国牽制』の企てや干渉も挫かれるだろう」と発言した12。
日本に対しては、軍事パレードの実施以前から『解放軍報』論説が宇宙・サイバー・電磁波などの新安全保障領域の能力向上、日米同盟の強化、日米韓・日米比・QUADなどの同志国との連携強化を歴史問題と絡めて批判する姿勢を顕著にしていた13。軍事パレードの直前には中国外交部報道官が、タイフォン・中距離ミサイルシステムの日本への配備を批判し、日本には「侵略戦争の歴史への深刻な反省」をするよう注文をつけ、米国には「歴史の教訓を汲み取る」よう主張した14。軍事パレードの実施直後には、国防部報道官が日本の防衛費の増額と12式地対艦誘導弾改良型の九州への配備を批判したが、ここでも歴史問題に言及した15。
中国人民解放軍の軍事力運用方針―物理領域・情報領域・認知領域の一体化
情報戦・心理戦をベースとする認知領域での戦いはウクライナ戦争で注目され16、人民解放軍もウクライナ戦争での認知領域での戦いから教訓を得ていると指摘されている17。人民解放軍国防大学の李明海は、ウクライナ戦争の背後で行われている戦争こそ認知領域作戦であると指摘した。彼は「認知領域作戦」を、国家の安全保障戦略の目的を達成するために軍事・政治・経済・輿論・心理・法理等の方式・手段を融合するナラティブであり、また目標とする対象の認知に影響を与え、その意思決定と行動を改変させる認知対抗行動と定義し、新たな作戦形態であるとともに高度な戦争方式であると位置づける。そのうえで、ウクライナ戦争で登場した認知領域作戦の特徴として、(1)国家指導者の政治性を持った認知ナラティブ、(2)ハイブリッド戦争における認知作戦の進行、(3)国際メディアにおける平時・戦時の境目の曖昧化、(4)科学技術が付与した認知攻防の刷新性に言及した18。
他方、人民解放軍は認知領域での戦いを紅軍以来伝統的に重視し、2003年以降、輿論戦・心理戦・法律戦の所謂「三戦」を軍事作戦に取り入れてきた19。人民解放軍は認知領域での戦いを陸・海・空・宇宙という物理領域とサイバー空間や情報次元という情報領域と一体化して展開することを想定している20。物理領域・情報領域・認知領域での戦いの主な内容と戦力の関係を概念化したものが図-1である。
(出典)『読売新聞』2022年9月15日朝刊の報道を基に各種資料や報道を加味して筆者作成。
現実空間たる物理領域での戦いは陸海空+宇宙での破壊活動を伴う武力行使であり、主戦力は陸海空の各種アセット(ミサイル戦力も含む)による機械化戦力(火力+機動力)と無人機等の智能化戦力が担う。仮想空間は情報領域と認知領域に分けられる。情報領域は指揮(Command)、統制(Control)、通信(Communication)、コンピューター(Computer)、情報(Intelligence)、監視(Surveillance)、偵察(Reconnaissance)というC4ISR 能力や偽情報の作成と展開を主な内容とし、各種情報システムやサイバー攻撃・宇宙アセット・電磁波などの情報化戦力と、AI・無人機・量子暗号技術などの智能化戦力が主たる戦力となる。認知領域は「三戦」を主たる内容とし、メディア・SNS・情報統制などの情報化戦力に加え、情報拡散をするAIなどの智能化戦力が主たる戦力となる。
人民解放軍は物理領域・情報領域・認知領域での戦いを単独で実施することなく、成果を最大化すべく一体化することを想定している。そして、機械化戦力・情報化戦力・智能化戦力を掛け合わせて、物理領域・情報領域での相手への破壊・麻痺を行い、その効果を最大化するために情報化戦力と智能化戦力を掛け合わせて認知領域で相手を制圧することを目指している。
中国人民解放軍はこうした軍事力運用方針に基づいて近年台湾周辺で大規模演習を実施している21。今回の軍事パレードもこうした軍事力運用方針に基づいて行われたと言える。
輿論戦の強化
上記の軍事力運用方針を踏まえた軍事パレードの注目点としては、第一に中国人民解放軍が輿論戦を強化していたことが指摘できる。
中国人民解放軍は今回の軍事パレードに関する事前説明会を開催し、その内容や注目点を詳細に解説した22。また中国人民解放軍は軍事パレードのリハーサルを3回行ったが23、その際、全ての兵器ではないものの、多数の兵器を隠すこともせず、メディアやSNSに晒すようにした。その結果、中国政府と関係が深いとみなされている香港メディアであるSouth China Morning Postや『亜洲週刊』などは軍事パレードに登場するとされた兵器に関する報道を予め積極的に行った。特に『亜洲週刊』は、無人機や人工知能(AI)といった智能化戦力や極超音速ミサイルの開発などにおいて、中国人民解放軍の能力は米軍を凌駕していると喧伝した24。
2025年7月30日、中央軍事委員会の許可を経て、中央軍事委員会政治工作部は中国国内メディアと連携し、『攻堅』と題する5つのビデオ映像シリーズを配信した。これらのビデオ映像は、陸軍の水陸両用部隊を中心とした統合着上陸作戦訓練、情報支援部隊の演習、各種無人化戦力を運用した訓練、2024年9月に実施された大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射演習の様子などを伝えていた25。こうした映像の公開は、軍事パレードで登場した兵器の多くが実戦投入可能だと誇示することを目的としていたものと思われる。
こうした輿論戦は軍事パレード当日にも実施された。新華社通信の特設ページは、軍事パレードに登場したそれぞれの兵器に関してその能力を誇示するような説明文を発表した26。またそれまで殆ど報じられたことがなく、リハーサルを基にした香港報道でも言及されていなかったICBMであるDF-61が当日に突然登場したことは、西側メディアで大きな注目を集めた27。翌日の『解放軍報』も登場した兵器の運用を解説する記事に多くの紙面を割いた28。
最新の軍事動向の教訓の反映した兵器の誇示
軍事パレードの第二の注目点としては、中国人民解放軍がウクライナ戦争やイスラエルの軍事行動といった最新の軍事動向の教訓を反映させたうえで、その戦力の誇示を図ったことが挙げられる29。そうした点を踏まえて、今回登場した最新兵器を分析するならば、以下の六つの点が重要であったと思われる。
(1)核戦力
ウクライナ戦争では、ロシアの核戦力が抑止力となり、米国・NATO諸国が直接参戦することを妨げていると指摘されている。そのため中国が台湾有事で米国の介入を阻止するために、ロシアと同様の対応を取る可能性が提起されている。中国の研究者にもロシアの核の恫喝の有効性を認めるものが存在している30。
こうした状況を踏まえ、中国人民解放軍は今回の軍事パレードで積極的に核戦力を公開した。今回の軍事パレードでは、DF-41の発展型とされる最新ICBMであり、射程距離12,000から15,000kmと予想されるDF-61、射程距離10,000kmと指摘されている潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)であるJL-3、射程距離3,000km以上とされる空中発射型弾道ミサイル(ALBM)であるJL-1が初めて公開された。新華社はこれらの兵器により、陸・海・空の三位一体の戦略核戦力能力が構築されたと喧伝した31。
軍事パレードにはさらにDF-5CとDF-31BJも初めて登場した。前者は1980年代から配備されているICBMであるDF-5シリーズの最新型であり、発射まで時間を要する液体燃料型ミサイルであるものの、その射程範囲は「全世界に達する」と紹介され、20,000kmとも指摘されている。また発射時間の問題も解決されているとの指摘もある。後者に関してはDF-31シリーズの最新型であり、サイロ固定型ミサイルと目されている32。
中国人民解放軍がこのように多くの核戦力を誇示したことは、米国の安全保障コミュニティにも衝撃を与えた。米国戦略問題研究所(CSIS)の研究者は今回の軍事パレードで展開された中国の核戦力の多様性を踏まえ、米国は核軍備競争で負けつつあると指摘している33。
(2)長距離精密打撃能力
ウクライナ戦争では極超音速兵器を含む巡航ミサイル、弾道ミサイルを活用した長射程のスタンドオフ能力の重要性が注目され、この分野の優劣が台湾有事の勝敗の帰趨に影響を与えると見なされている34。2025年7月、『解放軍報』軍事論壇に掲載された論説も、「長距離精密飽和打撃はますます未来戦場を制する重要な打撃様式となっている」と主張し、具体的に活用する兵器として、極超音速兵器、無人機、弾道ミサイル、巡航ミサイルなどに言及した35。こうした状況を踏まえ、中国人民解放軍は今回の軍事パレードで様々なミサイルを展開することで、その長距離精密打撃能力の高さを誇示した。
第一に対艦ミサイルとして、YJ-15、YJ-17、YJ-19, YJ-20が公開された。このうちYJ-17は超音速兵器、残りの三つは極超音速兵器だと指摘され、艦載機、水上艦艇、潜水艦に配備可能であるのみならず、H-6爆撃機への搭載の可能性もあると言及されている。また艦艇への攻撃のみならず、地上目標への攻撃にも用いられると見られている。これらの兵器は中国人民解放軍が台湾有事における米国の空母打撃群の介入を阻止し得る能力があることを誇示するために公開されたものと考えられる36。
第二に極超音速ミサイルとして、YJ-21、DF-17、DF-26Dが公開された。DF-17は2019年の中華人民共和国建国70周年記念の軍事パレードで登場しており、第一列島線内での使用を想定しているとみられる。DF-26シリーズは核弾頭と通常弾頭のどちらも搭載可能であり、第二列島線内での使用を想定していることから「グアムキラー」と呼ばれている。DF-26Dは今回初めて登場したDF-26シリーズの最新モデルであるが、対艦弾道ミサイルとしても使用されると見られている。YJ-21はH-6K爆撃機に搭載可能なALBMであり、YJ-20の空中発射モデルと見られている。これらの兵器は米国の空母打撃群や第一列島線・第二列島線内の米軍基地を標的にしているものと見られている37。
第三に巡航ミサイルとして、CJ-20A、YJ-18C、CJ-1000が初めて公開された。CJ-20AはCJ-20空中発射型巡航ミサイルのアップグレード版であり、地下に置かれた敵の司令部などの戦略的要所を攻撃する兵器だと説明された。YJ-18CはYJ-18対艦巡航ミサイルシリーズの一つであり、ステルス性が向上しているとされ、敵のミサイル基地、空港、港湾、補給処などの地上施設を攻撃することに使用されると目されている。CJ-1000はCJ-100地上発射型巡航ミサイルのアップグレード版であり、極超音速ミサイルだと見られている38。これらの兵器は米軍のみならず、台湾への攻撃を念頭においたものだと考えられる。
(3)無人化戦力及び対無人機システム
ウクライナ戦争やイスラエルの中東地域での軍事行動では、軍用及び商用無人機の活躍が注目されている。中国人民解放軍も、現在の軍事ドクトリンである情報化局地戦争、さらに次代の軍事ドクトリンとなると思われる智能化戦争の下で、無人機の開発・運用を重視している。そして、中国の軍用無人機開発製造企業は珠海航空ショーや天津でのヘリコプター展示会などで無人機や対無人機防空システム体系などを積極的に公開してきた39。
今回の軍事パレードでもこうした傾向は踏襲された。軍事パレードには無人航空機(UAV)のみならず、海上・海中で使用される無人水上艇(USV)・無人潜水艇(UUV)や陸上兵器としての無人機が多数登場した40。
このなかで特に注目を集めたのがUAVである。新華社の説明によれば、軍事パレードには5つの型の7種類のUAVが登場したが、これらは新型の偵察・攻撃一体型無人機、母機となる有人機と連携する「ロイヤル・ウイングマン」として機能する無人機、艦載無人ヘリコプターであると説明された。翌日の『解放軍報』は、登場したUAVには制空作戦用無人機があると説明した。『亜洲週刊』は「ロイヤル・ウイングマン」として運用されるのはGJ-21攻撃型ステルスUAVであると指摘し、精密打撃と電子戦が可能であると評価している。そして米国では「ロイヤル・ウイングマン」構想はなお実験段階であるところ、UAVをめぐる米中両国の差は一目瞭然であると喧伝した。他方、米国の軍事情報サイトWar ZoneはこれらのUAVが全て実戦配備されているは定かではないと評価している41。また2024年11月の珠海航空ショーに登場し、中国メディアが今年初飛行を行うと報じていた無人機母機「九天」は登場しなかった42。
同時に今回注目するべきは、中国人民解放軍が対無人機装備を公開したことである。中国人民解放軍は現在、無人機への対抗手段の構築を重視している。軍事パレード前日に掲載された『解放軍報』軍事論壇の論説は、対無人機装備の発展の方向性について、①サイバー・電磁波・指向性エネルギー技術を利用し、ソフトキルとハードキルを兼備した新たな領域・新たな質の装備の発展、②智能化された指揮統制システムの発展、③高射砲などの伝統的装備の技術革新の重視、を上げていた43。
このような背景を踏まえて、中国の官製メディアは今回の軍事パレードに対無人機ミサイル・砲兵システム、高エネルギーレーザー兵器、高出力電磁波兵器が登場し、ハードキルとソフトキルを兼ね備えた「鉄の三角形」が構築されたと紹介した44。2022年11月の珠海航空ショーでは防空兵器、AI、対ミサイル技術を結びつけ、敵のスウォーム攻撃にも対応可能とされる対無人機防空システム体系の宣伝が行われていたが45、今回こうした対無人機装備が公開されたことは、中国人民解放軍が対無人機防空システム体系を既に実戦配備していることを示唆している。
(4)航空戦力
ウクライナ戦争での航空戦は中国人民解放軍の航空戦力の運用にも多大な影響を与えたと言われている。中国空軍はこれまでの「空天一体、攻防兼備」という空軍戦略を踏襲しつつ、長距離スタンドオフ攻撃の重視、有人機・無人機の一体化した運用、敵の防空網の突破を目指す貫通型対航空(PCA)作戦の追求を目指していると指摘されている46。
軍事パレード後の『解放軍報』軍事論壇の論説も、ウクライナ戦争、イスラエルの軍事行動を踏まえて、今後の趨勢として情報化・智能化に言及したうえで、①有人機・無人機の協同作戦、②ステルス兵器、極超音速ミサイル、視程外射程ミサイルによる攻撃、③自律型兵器を用いたネットワーク化した集群航空戦、④物理領域を基礎とし、情報領域を鍵として、認知領域にも及ぶ領域横断型空戦、が航空作戦の発展の方向性であると論じた47。こうした背景の下、軍事パレードには中国人民解放軍が保有する戦闘機、早期警戒機、対潜哨戒機、偵察機、電子戦機、輸送機、爆撃機、空中給油機、ヘリコプター、訓練機という、多種多様な作戦機が参加し、飛行する様子を世界に発信した48。
こうした兵器のなかで第一に注目されたのがJ-20S戦闘機である。J-20Sは2024年11月の珠海航空ショーで初めて紹介された世界初の複座式第5世代戦闘機である。同機は「ロイヤル・ウイングマン」を運用するために複座式になっていると言われていることから、中国はこれにより各国に対してこの分野での優位性を誇示することを意図していると考えられる49。
第二に注目されたのが、数多く登場した空母艦載機である。J-35は中国初の第5世代の空母艦載戦闘機として紹介された。KJ-600は中国人民解放軍のとして初の空母艦載用の早期警戒機であり、これにより中国の空母機動艦隊は「パズルの最後のピースを埋めることができた」と説明された。また空母艦載用の電子戦機としてJ-15DH、J15DTが登場したが、『環球時報』に登場した中国の軍事専門家は、前者は遼寧、山東というスキージャンプ式空母で、後者は福建に代表される電磁カタパルト式空母で運用されると解説した50。
第三に注目に値するのが、H-6爆撃機シリーズである。今回の軍事パレードには、H-6N、H-6K、H-6Jが参加した。これらの爆撃機は既に登場しているものであるが、前述のALBM、対艦ミサイル、極超音速巡航ミサイルなどを搭載可能と考えられるため、その運用が注目されている。他方、米国空軍の中国航空宇宙研究所の報告書はH-6爆撃機とJL-1の行動半径や射程の限界をその戦役範囲の限界として指摘している51。
同時に、今回の軍事パレードに登場しなかった作戦機にも注目する必要がある。KJ3000早期警戒管制機、KJ-700早期警戒機はいずれも既に初飛行に成功していると見られているが、なお実験段階のためなのか、今回の軍事パレードには登場しなかった52。2024年3月の全国人民代表大会の際、王偉・中国空軍副司令員が香港商報からのインタビューで間もなく初飛行すると発言していたH-20ステルス戦略爆撃機は今回も姿を現すことはなかった53。米国国防省はH-20の登場は2030年代になるかもしれないと指摘している54。
(5)防空能力
ウクライナ戦争では防空能力の重要性も注目された55。中国は現在防空兵器の開発を強化し、その能力を誇示している。2024年11月の珠海航空ショーでは、HQ-19地対空ミサイルが初めて公開された。香港メディアはHQ-19を米国の終末高高度防衛ミサイル(Terminal High Altitude Area Defense missile, THAAD)に匹敵するものとだと紹介したほか、これにより中国の核攻撃能力と核反撃能力の戦略的な信頼度は向上するとの識者コメントを掲載した56。
今回の軍事パレードでも中国人民解放軍は保有している防空兵器を多数公開した57。第一に空軍、陸軍が保有する防空ミサイルとして、HQ-11、HQ-20、HQ-22A、HQ-9C、HQ-19、HQ-29の6種類が登場した58。中国の官製メディアはこれらの兵器により中国は長距離・中距離・短距離の防空作戦と多方向・多層ミサイル防衛体制を構築すると紹介した。HQ-11は中層から低層、短距離の終末段階を担当し、HQ-22は中層から高層の中距離段階を担当すると説明された。HQ-22AはHQ-22のアップデート版と考えられるが、今回初めて登場した。同じく初めて登場したHQ-20はHQ-11、HQ-22Aとともに主として固定翼、無人機、通常弾頭型巡航ミサイル、短距離弾道ミサイルの迎撃に当たると説明された。HQ-9Cは大気圏内の防空作戦に加え、終末期低層ミサイル防衛も可能であり、中距離・短距離弾道ミサイルを防げると紹介された。HQ-29は今回初めて登場したが、大気圏外で敵のミサイルを迎撃できるため、ハイバリューターゲットの弾道ミサイルを対象としていると指摘された59。HQ-29は衛星攻撃兵器(Anti-Satellite Weapon, ASAT)としても使用されるとも報じられている60。
第二に海軍が使用する艦載防空兵器としてHHQ-9、HHQ-16C、HHQ-10という3種類のミサイルとレーザー兵器であるLY-1が公開された。HHQ-9は弾道ミサイルなどの高高度・遠距離目標に対処し、HHQ-16Cは巡航ミサイルなどの中距離目標に対処し、HHQ-10は近距離目標に対処すると説明された。初めて登場したLY-1は無人機や対艦ミサイルに対処すると紹介された。そしてこれらの兵器により中国の水上艦艇は遠・中・近の全ての距離で防空対処が可能であると喧伝された61。
(6)新興安全保障領域戦力
今回の軍事パレードでは2024年4月の組織改編で戦略支援部隊を解体して創設されたサイバー空間部隊、軍事宇宙部隊、情報支援部隊の三部隊とその装備品が登場した62。この三部隊の創設の要因の一つとして、ウクライナ戦争の影響を踏まえた「新興領域戦略能力」と「新質戦闘力」の重視がある63。これら三部隊に関する報道は限られているため、軍事パレードでの紹介報道は貴重な情報であった64。
軍事パレードをめぐる中国の官製メディアの報道は、「サイバー空間部隊はサイバーセキュリティ防御手段を大いに発展させ、国家のサイバー国境を強化し、ネットワーク侵入を迅速に発見・防御し、国家のサイバー主権と情報セキュリティを守るうえで重要な意義を持つ」として、その防御的な性格を強調した65。しかし、米国の研究者はサイバー空間部隊をシギントによる情報収集に加え、サイバースパイ活動、サイバー攻撃、電子戦、心理戦などに従事する組織だと分析し、その攻撃的な性格に注目している66。台湾の研究者はサイバー空間部隊をサイバー空間での支援と防護を担当し、大量のハッカー集団を多数抱える「攻防兼備」の部隊だとし、サイバー攻撃、衛星画像処理やシギントによる情報収集、311基地を中心とした台湾への「三戦」の展開を行っていると指摘している67。
中国メディアは軍事パレードにサイバー空間部隊が保有する4種類の兵器が登場したと紹介し、詳細は報じなかったものの、これらは指揮統制、偵察感知、サイバー・電磁波対抗に使用されると説明した68。他方、台湾の研究者は、①新型のUAVへのデータリレーシステム、②データスペクトラム監視車両、③信号妨害車両、④電磁波偵察・妨害車両、⑤ネットワーク通信ノード車両、⑥情報妨害車両、の6種類が登場しており、中国は外部観察者を誤認させるために意図的にメディアでの発表内容と実際の登場兵器を不一致にさせていると指摘している69。
中国メディアは軍事宇宙部隊について、2024年4月に新型戦略兵種として創設され、宇宙の平和利用をより良くするために、使命と任務を遂行できる能力を全面的に向上させていると説明したものの、詳細な役割には触れなかった。軍事宇宙部隊は北部戦区陸軍とともに5種類16車両の電子対抗部隊に関する兵器を公開した。これらの兵器は全周波数帯域の偵察・監視が可能で、精密な制圧能力を備え、航空宇宙防御・妨害能力、ネットワーク破壊・通信遮断作戦能力を有すると紹介され、「偵察・攻撃・防御」の三位一体の電子戦能力を形成していると喧伝された70。
情報支援部隊は新たに創設された戦略的兵種であり、ネットワーク情報システム体系の構築と運用を統括する重要な支えであると説明された。さらに創設から1年余り、情報支援部隊は情報主導と統合作戦による勝利を堅持し、情報リンクの円滑化、情報資源の融合、情報防護の強化を図り、全軍の統合作戦体系に深く組み込まれ、精密かつ効率的な情報支援を実施し、各方面・各分野の作戦任務を支援・保障していると紹介された71。こうした説明を踏まえ、情報支援部隊は統合作戦体制を支える情報リンクを構築していると分析されている72。
情報支援部隊の保有する装備としては、戦場ネットワーククラウド車両、デジタルインテリジェンス搭載車両、宇宙・地上間ネットワーク車両、情報融合車両の4種類が公開された。これらの装備は統合作戦遂行のうえで重要な支えとなると指摘され、中国人民解放軍の特色あるネットワーク情報体系を備え、システム体系作戦能力の加速的な向上を高品質で推進していると説明された73。
(7)注意点
中国人民解放軍はこの軍事パレードで上記以外にも多種多様な装備を公開し、スペックこそ明らかにしないものの、それらの兵器の能力を誇示するような報道を多々展開した。ここで注意するべきは、これらの報道が輿論戦の一環として実施されたものだと考えられることである。
そのため中国側の報道内容を全て鵜吞みにすることは中国人民解放軍の能力を過大評価することになり、認知領域で相手を圧倒するとの中国側の思惑に嵌まることを意味する。他方、一連の報道を全てフェイクニュースと断定することは中国人民解放軍の能力の過小評価につながる危険性もある。この点にこそ、中国人民解放軍の戦力分析の難しさがあると言えよう。
結びに代えて
中国は軍事パレードの実施に際し、台湾問題を見据えて、台湾、米国及びその同盟諸国への「戦略的威嚇」を展開することを政策目的の一つとして設定した。こうした政策目的を達成するために、中国人民解放軍は保有する最新兵器を惜しげもなく公開した。
軍事パレードは機械化戦力・情報化戦力・智能化戦力を掛け合わせて物理領域・情報領域での相手への破壊・麻痺を行い、その効果を最大化するために情報化戦力と智能化戦力を掛け合わせて認知領域で相手を制圧するという中国人民解放軍の軍事力運用方針に沿うものであった。こうした方針の下、今回の軍事パレードでは輿論戦の強化が図られた。また中国人民解放軍は軍事パレードでその戦力を誇示するうえで、ウクライナ戦争やイスラエルの軍事行動といった最新の軍事動向の教訓を反映させた。その結果、核戦力、長距離精密打撃能力、無人化戦力及び対無人機システム、航空戦力、防空能力、新興安全保障領域戦力において最新装備が紹介された。但し、軍事パレードにおいて輿論戦が強化されていたことを踏まえれば、これらの戦力誇示がどこまで実際の中国人民解放軍の戦闘能力を示しているかに関しては、慎重な分析が求められる。
Profile
- 杉浦 康之
- 地域研究部中国研究室主任研究官
- 専門分野:
現代中国政治外交史、戦後東アジア国際政治史