NIDSコメンタリー 第402号 2025年10月10日 ロシア・ウクライナ戦況メモ 2025年7~9月
- 地域研究部 米欧ロシア研究室長
- 山添 博史
ロシア軍がドネツク州で前進、ペースは減少傾向
本稿は2022年2月以来のロシア・ウクライナ戦争において2025年7月~9月の期間の主な推移を扱う1。ロシア軍は引き続き主要な攻撃の場所を選び、ウクライナ軍に防衛を強いることで、主要なイニシアチブを保持し、ウクライナ軍は部分的な反撃を行った。ロシア軍はクルスク州からスムィ州に侵入して攻撃しており、ウクライナ軍はその前進を阻んでいるが戦力投入を強いられている。ハルキウ州東部のクピャンスクは、2022年9月にウクライナ軍が奪回して以来、ロシアの攻勢に抗する主要な拠点となってきたが、2025年8月にロシア軍がオスキル川を西に渡ったところからクピャンスク市街北部に進軍し、9月には中心部も戦闘地域となった。
ロシア軍は、東部でウクライナ軍の防衛拠点を崩してドネツク州全土を制圧することを目指してきたと見られる。ウクライナはドネツク州北部のリマンなど、この地域で2022年9月に押し返した形勢の多くをなおも保持しているが、リマンの北東の地域ではロシア軍が前進した。ロシア軍はその南のチャシウ・ヤル(2023年前半の激戦地バフムトの西)の市街から、主要都市の一つコスチャンチニウカに向かって攻撃を続けたが、この時期に大きくは変化しなかった。この地域を確保すればロシア軍に有利な高低差となり、リマン方面でも前進すれば、ウクライナ側の主要都市クラマトルスクやスロヴャンスクは危うくなる。
ポクロウスクはウクライナ軍の防衛拠点として長らく機能し、ロシア軍は2024年8月頃から攻撃を本格化したが、正面で突破するには至っていない。代わりに周囲で占領地を広げ、ウクライナ軍の補給ルートや撤退ルートを脅かす形勢を強めてきた。ポクロウスクの南西にあたるドニプロペトロウスク州ノヴォパヴリウカに向かって、ロシア軍は占領地を広げており、ウクライナは対応を強いられている。
ロシア軍はポクロウスクの北東で前進を続けてきて、8月半ばにはロディンスケ付近で幹線道路に沿う形で北に急激に進軍した。ウクライナ軍は、これが幹線道路の失陥に至ることを阻止し、ロシア軍の背後に反撃を加えて北向きの突出部を崩した。9月26日、ウクライナ軍のオレクサンドル・シルスキー総司令官は、約70万人のロシア兵力がウクライナの2倍の砲弾を用いて攻勢を試みたが、それは失敗したと述べた2。
分析グループDeepStateUAによると、ロシア制圧地域の拡大は7月に564 km2、8月に464 km2だったが、9月に259 km2 となり3、4か月間の月400 km2以上の占領地拡大の時期は過ぎた。また、7月2日に、北朝鮮部隊が次の前線参加の準備をしているとの報道があったが、9月までに実際の動きは確認されなかった。ポクロウスクが危険になってから1年以上を持ちこたえて防衛し、ウクライナが急速に敗北に向かうという見方は減少したように思われるが、ロシアの前進を止めるには至らなかった。ただしその前進はわずかなペースであり、ロシアも前線で勝利の趨勢を確実にするには遠い状態が続いている。そのような動向は、今後もウクライナとロシアの戦力投入と戦術的適応のペースが左右するだろう。
米国トランプ政権の働きかけと認識の変化
戦時中のウクライナが政治危機を経験した。7月22日にゼレンスキー政権がロシアによる影響を理由に国家汚職対策局(NABU)と特別汚職対策検察(SAPO)を政府の統制下に置く法改正を通したところ、直ちに反対デモが全国で発生し、政権は急遽これを撤回し両機関の独立を回復させた4。デモ参加者は、2014年のマイダン革命が打ち倒した汚職体制に戻ってしまうとの危機感を示していた5。ウクライナ国民は、兵役や攻撃被害など戦争継続に伴う問題に不満を抱えながらも、それゆえに方針転換を迫るよりは、汚職体制など統治の根本の問題で方針転換を求めて主張し行動した。現時点では、戦闘を停止するがためにロシアの要求を受け入れて腐敗政権の時代に戻るようなシナリオは拒否する国民が多いだろう。
米国のドナルド・トランプ大統領は、早期の戦闘停止を期待し、ウクライナとロシアに呼びかけてきたが、ロシアがウクライナへの攻撃を激化させ、早期の戦闘停止をする意向ではないことに繰り返し直面してきた。同大統領は、仲介を断念する可能性もたびたび示唆したが、引き続き関与を継続し、ロシアが止まることを考えるまでは力の行使が必要であるとの認識を強めた。7月14日にはトランプ大統領がウクライナへの軍需品の引き渡しに応じ、さらに50日後までにロシアがウクライナと停戦に合意しなければ制裁を発動すると述べるに至った6。同日に『コメルサント』紙は「トランプ、おまえもか」の表題で、トランプ大統領が平和仲介者から戦争党に転じたと記述した7。さらに7月28日、トランプ大統領は停戦合意の期限を10日後か12日後に短縮すると述べ、その後8月8日に設定された8。
ただし、トランプ大統領はなおも、自身とロシアのウラジーミル・プーチン大統領の個人関係で事態を打開することを期待し続けた。同大統領はスティーヴ・ウィトコフ特使をモスクワに派遣し、8月7日にプーチン大統領と協議させ、米露の首脳会談を設定した。8月15日、プーチン大統領が米国アラスカ州アンカレッジのエルメンドルフ・リチャードソン統合基地に到着し、トランプ大統領が迎えて首脳会談を行った。ロシアは米露関係の正常化やビジネスの発展を含む幅広い関心があったようだが、米国はウクライナでの戦闘停止を主な関心事とした。会談後、プーチン大統領は「根本的原因」を解決するまでウクライナでの軍事作戦はやめないと述べ、トランプ大統領は平和の実現に向けて進展したと述べた9。
この会談の結果を受けて、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は16日と17日にもトランプ大統領および欧州各国首脳と電話協議などを重ねた。そして18日にトランプ大統領が迎えるホワイトハウスに、ゼレンスキー大統領が来訪して二国間会談を行い、続いて英国、フランス、イタリア、ドイツ、フィンランド、北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)の首脳が参加して協議した。ロシアはウクライナに対する安全の保証がなされることを容認していると、トランプ大統領やウィトコフ特使は解釈しており10、それを前提として、欧州諸国がウクライナの安全の保証で協力し、そこに米国も関わることを表明した。
しかし、ロシアはウクライナとの首脳級協議を先送りし、ウクライナの安全の保証について独自の立場を維持した。8月18日、ロシア外務省のザハロヴァ報道官は、ウクライナ領内にNATO加盟国の部隊を認めないという立場を述べた11。8月20日、セルゲイ・ラヴロフ外相は、ウクライナの安全の保証は、米露中英仏を含む全保証国が一致しなければ機能しないので受け入れないと述べた12。6月2日のロシアの覚書は、ウクライナの軍備の制限と国際軍事協力の放棄を記載しており、これらを含むロシアの要求を受け入れた場合、ウクライナは十分な防衛ができず、侵略を受けてもロシアが拒否すれば誰も支援しないことになる。これは現在より危険になる状況であり、ウクライナはこれを選択肢にはできない。
ロシアはドローンの生産力を上げ、ウクライナ後方の民間人居住地への攻撃を高頻度で繰り返し、ウクライナはロシアの石油精製設備等を攻撃してガソリン不足などの経済問題をつきつけている。また、9月10日にロシアのドローンがポーランド領に侵入し、19日にMiG-31戦闘機がエストニア領空を侵犯するなど、緊張を広げる動きも見られる。トランプ大統領は、ウクライナがEUの支援を受けて全国土を奪回し、ロシアは勝利する能力を持たずに無益な戦いを続けて経済トラブルを抱えていると述べた13。これは、ロシアがすぐに勝つからウクライナが受忍して和平すべきというかつての認識から大きく変化したものである。現状ではロシアはまだウクライナ攻撃を続けると見られるが、もし米国がさらに大きな行動を実行に移して働きかけ、ロシアが勝利を断念するほどに戦争遂行能力の認識を変えるならば、情勢は大きく変化するだろう。
Profile
- 山添 博史
- 地域研究部 米欧ロシア研究室長
- 専門分野:
ロシア安全保障、国際関係史