NIDSコメンタリー 第388号 2025年7月15日 中国はなぜイラン・イスラエル戦争について抑制的だったのか
- 地域研究部中国研究室主任研究官
- 山口 信治
はじめに
2025年6月13日、イスラエルはライジング・ライオン作戦を開始し、イランの重要な軍事拠点ならびに要人に対する、ミサイルやUAVを用いた大規模な攻撃を加えた1。さらに6月21日には米国がナタンズやエスファハンの核関連施設に対してバンカーバスターによる空爆を実施した2。その後6月25日には停戦が成立した。このイスラエル・イラン戦争は、イランは一定の反撃を加えたとはいえ、イスラエルの奇襲の前に大きな打撃を被り、軍事力の中核を大きく傷つけられ、核開発プログラムも後退し、さらに政治指導者は斬首作戦の影におびえることとなった。
この間、「抵抗の枢軸」と呼ばれるイラン国外の親イラン勢力はほとんど沈黙していたし、またイランの友好勢力であるロシアも、言葉の上での米国やイスラエルに対する非難以外に、目立った行動をとらなかった。
さて、ロシアと同様に、イランと友好的であると目されながら、ほとんど傍観者に徹していたのが中国である。中国は、外交的立場としてはイスラエルや米国の行動を明確に非難したものの、イランを助けるような行動、たとえば外交の仲介や、米国やイスラエルに対する警告を行わなかった3。
なぜ中国は今回の戦争において抑制的な立場をとり続けたのだろうか。イランは伝統的に中国の中東外交のカギであり続けてきた。また最近では中国・ロシア・イランの関係強化が図られており、これを緊密な枢軸とみなす議論もあった4。しかしこうした見立ての限界を示したのが、今回の戦争だった。
本稿では、中国が今回の戦争において抑制的であったのは、第一に米国への刺激を避けたこと、第二に中国とイランの関係が実際のところそれほど親密ではなかったことという、二つの点に求められることを示す。ただし本稿は同時に、長期的に見れば、今後中国とイランの関係が深化する余地はあるという点も指摘する。
中国の対応
すでに述べたように中国の立場は、抑制的ではあったが中立ではなかった。イスラエルに対する非難は明確であった。イスラエルとの関係への配慮が中国の立場に影響したとは考えにくい。すでに2023年に始まるガザ戦争をめぐって中国が明確なパレスチナ支持の姿勢をとったことで、中国とイスラエルの関係は冷え込んでいた。
今回の戦争に対する中国の行動は以下の通りである。習近平国家主席は19日になってプーチン・ロシア大統領と電話会談を行い、さらなる事態のエスカレーションを避け、停戦を急ぐことの重要性を強調した5。
このほか王毅外相は6月14日にイラン、イスラエル双方の外相と電話会談を行い、イスラエルの行動を非難するとともに、事態の抑制の必要を強調した6。また王毅外相は6月18日にオマーンおよびエジプトの外相と電話会談を行い、イスラエルの行動について国際法を破るものとして批判した7。その後、王毅外相は6月24日にもアラグチ外相との電話会談を行っている8。
中国はイスラエルおよび米国の行動を非難し、戦争のエスカレーションを防ぐことを呼びかけてはいたものの、それほど目立った外交を展開したわけではないし、米国やイスラエルに明確な警告を発したわけでもなかった。
中国が抑制的であった要因
なぜ中国の対応は抑制的であったのか。
第一に、米国への刺激を避けるという配慮である。中国にとって、米国における第二次トランプ政権の誕生は、新たな不安定要素である。現在、米中関係は新たな関係の構築段階であり、ジュネーブにおける関税合意とその後の中国の対米レアアース輸出規制緩和など、中国からみてトランプ政権との関係構築には見込みがあるということになる。こうした状況において、中国の死活的利益が絡まないイランをめぐって対米関係を悪化させる理由はない。
また、米国の関心が中国から逸れることは、中国にとって望ましい展開である。米中対立が国際関係の中心的な問題となってきたにもかかわらず、米国は必ずしも対中戦略に集中できない状況が生じてきた。特に2022年に始まったロシア・ウクライナ戦争は、米国が対中戦略に集中するのを妨げてきた。2023年以来の中東での紛争と米国の関与は、中国からすれば米国の関心を分散させる意味を持つ。中国としては目立たないようにしたいという思惑が働くだろう。
第二に、中国とイランの関係がそれほど緊密でないことである。時に中ロイ連携と評価されることもあるものの、実際には中国とイランの関係はそれほど親密とは言えない。中国にとって対イラン外交は、中東戦略の柱の一つではあるが、必ずしも突出していない。中国にとって、イランと対立関係にあるサウジアラビアなど湾岸諸国との関係も重要となっており、この間の外交バランスに気を使う必要がある9。イランとサウジアラビアは2023年3月に中国の仲介で外交関係を正常化したとはいえ、外交バランスの難しさは続いている。このため、中国は仮にイランが求めたとしても、イランへの支援に大きな力を入れるのに躊躇がある。
さらに中国とイランは「隔たりのある戦略的パートナーシップ」とよばれるように、相互に不信感を持っており、信頼できるパートナーという位置づけとなっていない10。イラン側では、過度な対中依存への警戒が強い。中国とイランは2021年に25年包括協定を締結したものの、必ずしも協定の履行は順調に進んでおらず、イラン国民の中には中国への強い反発もある。
中国では、イランがどれほどあてになるパートナーなのかについて疑いを持っている。中国国内の議論には、イランが中国を十分に尊敬せず、中国からの兵器購入に積極的でないことを批判する声が上がっていたという11。また中国国内では、イランは米国への抵抗の先駆者とは見なされていないという。イランは中国を選択することはなく、西側諸国の側に立っている、あるいは西側に屈服している、イランは結局のところ米国と取引したいだけであるという見方が中国国内には強くある12。
金燦栄(人民大学教授)は中国とイランの関係は「唇歯の関係」ではなく、中国は外交的解決を支持するものの、軍事介入はありえないと述べている。中国にとってイランは地政学的に重要である一方で、地理的な隔たりや未実現の投資契約のため、その重要性は限定的となっているというのが金の評価である13。
中国・イラン関係の深化はありえるか
今回の戦争は、2023年以来の「抵抗の枢軸」への打撃と相まって、イランの地域における影響力に深刻な打撃を与え、中東秩序は新たな段階に入りつつある。こうした中で、中国はどのように中東戦略を調整するのだろうか。
中国にとって、中東の急激なパワーバランスの変化は決して望ましいものではない。とくにイスラエルの軍事力に基づく優越が確立されることは、中国の戦略的利益とならないだろう。なぜならば、米国と親密なイスラエルの地域における優越は、中国がこの地域において影響力を伸ばし、利益を保護するうえで脅威となりうる。また米国がアジアに集中できるような状況は中国にとって望ましくない。
王林総(社会科学院西アジアアフリカ研究所副所長)は、中東において「抵抗の枢軸」が崩壊し、イスラエルの優越が確立することで、米国はこの地域への関与を限定的とすることができると論じている14。このことが意味するのは、米国の戦略的フォーカスはついにアジアに集中するということなのかもしれない。
さらに中国にとって、今回イスラエルが見せた斬首作戦を通じた体制転換の可能性は、好ましくないものであることは間違いない。中国は、1990年代から2000年代にかけて、米国が敵対国に軍事介入と体制転換を強いることを強く警戒していた。その脅威が再び生じうることを今回の紛争は示したともいえる。田文林(人民大学国際関係学院教授)は「イランが第二のシリアとなれば、アラブ世界は米国に従い、イスラエルとの関係を徐々に正常化していくかもしれない。その時、イスラエル主導の中東情勢の下では、この地域は中国とほとんど関係がなくなるかもしれない」と述べた15。
よって、中国が、米国の関心を引き付けないレベルにおいて、静かにイラン関与を深める戦略的インセンティブはある。朱兆一(対外貿易経済大学)は、中国の取るべき立場として、第一に外部からの軍事介入によるイランの政権交代を決して支持しない、第二に、イランに対して「無条件の保護」や軍事同盟を提供するつもりはない、という点を主張している16。
ではどういった形の協力が考えられるだろうか。
一つは、経済分野において、2021年に締結された25年包括協定を着実に実施することである。これはすでに締結された協定であり、それを実行に移すことへのハードルは低いだろう。
第二に、軍事分野で注目されるのは、防空システムの再建である17。ライジング・ライオン作戦において、イランの防空システムは、ほとんど破壊され、大きな損害を受けた。イランは主にロシアのS-300PMU2を中心としたシステムを用いてきたが、今回の戦争ではイスラエルのドローンによる奇襲を受けるなどして破壊された。ロシアがウクライナにおける戦争に没入し、他国を援助する力がない現状では、中国以外に頼る相手はいないだろう。すでにイランが中国から地対空ミサイルを購入したとの報道も一部で出ているが、これは確度の低い情報である18。ただし、今後の動向に注目が必要なのは間違いない。
第三に、情報システムの再構築である。今回の戦争で、イランはイスラエルによる広範な浸透を受け、サイバー攻撃も繰り返された。情報システムの脆弱性は明らかであった。イランの情報システムは、初期の西側からの導入とその後の中国からの導入のパッチワークであったと考えられるが、これを再建するなかで、全面的に中国に依存することは起こりうるだろう。
このように、今回の戦争は中国・イラン関係の弱さを象徴する出来事となった。それと同時に、今後の中国の中東戦略の見直しを迫る戦争となったとも言えるだろう。
(2025年7月8日脱稿)
Profile
- 山口 信治
- 地域研究部中国研究室主任研究官
- 専門分野:
中国の安全保障・政治、現代中国史