NIDSコメンタリー 第382号 2025年6月24日 中ロ「戦略的安定に関する共同声明」について

地域研究部中国研究室主任研究官
山口 信治

はじめに

2025年5月7日、中国の習近平国家主席はロシアを訪問した。中ロ首脳は対独戦勝80周年記念行事に出席したほか、いくつかの共同声明を発表した。中でも興味深いのが、「グローバルな戦略的安定に関する共同声明」である1。中ロが戦略的安定について共同声明を出すのは2016年2、2019年3に続いて3度目である。声明は中ロの戦略的安定に関する基本的な概念、懸念や脅威認識、アプローチ、そして政治的な立場やプロパガンダを含むものであり、注目に値する。本稿では、今回の共同声明を中心として、過去の声明とも比較しつつ、注目点を分析する。

中ロ声明にみられる「戦略的安定」とは

中国とロシアは、危機の安定性と軍備競争の安定性を重視する軍事・技術中心の米国の戦略的安定の概念とは異なる視点を提示してきた。

中国は、戦略的安定は、核兵器のみならず、より広範な二国間政治関係の安定を意味するという立場をとっている4。これは政治を重視する中国の考え方を示している。またこのアプローチは旧ソ連と共通性がある5

2016年の声明は、一般的に国際社会では「戦略的安定」を核兵器の分野における純粋に軍事的な概念として捉えるが、これは現代の戦略問題の広範かつ多次元的な性質を反映していないと批判し、より広い政治・安全保障情勢から理解すべきとの立場をとっている。

声明は、政治的領域と軍事的領域における安定について述べている。政治的な領域では、すべての国と国の集団は、「武力と強制的措置の行使に関する国際法と国際連合憲章の目的と原則」を守り、国際的問題の解決において「すべての国と国民の正当な権利と利益を尊重し、他国の政治生活への干渉に反対すべき」であるという。また軍事的領域では、「すべての国は、国家の安全保障を確保するために必要な最低水準に維持」し、「他国とのバランスを崩すような軍事力構築や軍事的・政治的同盟関係の構築・拡大を慎むべき」であるとしている。

ただし、これは中国が軍事・技術的な側面に全く関心を示していないということではない。中国は従来、確実な核報復能力(第二撃能力)の維持をその核戦略の中心にすえてきた6。これはすなわち、相手による第一撃を生き延び、相手の弾道ミサイル防衛を突破して効果的に報復できることであり、そうした能力が脅かされうるミサイル防衛のような技術的発展に対して、中国は戦略的安定を揺るがすものととらえてきた7

安全保障状況の悪化による戦略的安定の低下という認識

三つの共同声明から明らかなのは、中ロは対米関係の全体的悪化によって、戦略的安定が脅かされているという認識を共有し、それへの対抗で一致しているということである。

2016年声明は、「個別の国家及び政治・軍事同盟」が軍事・軍事技術分野で決定的な優位性を追求し、自国の利益のために武力の行使または威嚇を妨げなく行おうとしていることを、グローバルな戦略的安定に対する最大の脅威と位置づけた。この時懸念として具体的に挙げられていたのが、「一方的な戦略的ミサイル防衛システムの開発・配備」であった。

2019年声明は、脅威認識はより具体化し、「特定の国家」が自国の地政学的、さらには商業的利益のために、「既存の軍備管理及び大量破壊兵器不拡散の構造を破壊または改変していること」への警鐘を鳴らした。これらの国家が軍事分野での戦略的優位性を追求し、「絶対的な安全」を目指すことで、安定維持メカニズムを意図的に破壊していると指摘した。また、核兵器国間の冷戦思考やゼロサムゲームが依然として存在することも懸念材料とされた。

2025年になると脅威認識は一層深刻化し、「核兵器国間の緊張の高まり、直接的な軍事衝突に直面する事態」、「核衝突のリスクの上昇」といった表現が用いられた。「新旧の軍事同盟及び連合は極めて破壊的かつ拡張的」であると断じ、一部の核兵器国による他国の核心的利益を脅かす敵対行為を最も早急に排除すべき戦略的リスクの一つとした。ここでも「冷戦思考とゼロサムゲーム」が一部の核保有国によって放棄されていない点が強調された。

しかし現在の大国間対立の深まりを米国の政策にのみ還元するのはフェアではない。2014年のロシアのクリミア併合や2022年に始まるウクライナ侵攻、中国の2010年代以降の海洋における強硬な政策などを無視することはできないだろう。

第二撃能力の毀損による戦略的安定の低下という認識

次に、中ロは、技術の発展が第二撃能力に対して与える影響について懸念を持っており、それに対する反対を表明している。

ミサイル防衛は、中ロが戦略的安定に関する共同声明を出すに至った直接的・具体的問題である。2016年声明は、世界規模での戦略的弾道ミサイル防衛(BMD)システム配備を一方的なものとして批判した。特に欧州の「イージス・アショア」とアジア太平洋のTHAAD配備に反対し、これらが中ロを含む地域の国家の戦略的安全保障上の利益を著しく損なうと主張した。

2019年声明は、米国のABM条約離脱を、グローバルなミサイル防衛システム強化の序章と見て、米国の戦略的BMDが、国際的及び地域的な戦略的バランスと安全保障の安定に深刻な悪影響を与え続けていると指摘した。

2025年声明は、米国が「対等な敵対者」を含むあらゆる種類のミサイル脅威に対抗するためのBMDシステム「ゴールデンドーム」計画を進めていることを強く非難し、この計画は戦略的攻撃兵器と戦略的防御兵器の「不可分性」を否定し、「能動的な発射阻止」を促進するものと見なしている。

2016年の時点では、ならずもの国家などのミサイルを対象としたミサイル防衛が、中ロにとってネガティブな影響を持ちうることへの懸念が主であったのが、2025年では大国間対立の深まりの中で、対等な敵対者となりうる中ロを対象としたものという認識をはっきりと示すようになった。

また通常兵器による精密打撃については、2016年白書は、即時全地球規模攻撃システムやその他の長距離精密打撃兵器が「戦略的バランスと安定を深刻に損ない、新たな軍拡競争を引き起こす可能性がある」と批判していた。

2025年白書は、一部の軍事同盟が「深層精密打撃」、「キルチェーン」、「反撃能力の向上」などを口実に長距離ミサイル開発を加速していると批判している。また白書は、通常兵器による精密攻撃兵器と核・非核兵器複合システムによる「予防的」及び「先制的」攻撃任務への指向を指摘し、警戒感を示している。これらが示すのは、中国の核反撃能力が新技術によって相殺される、あるいはその確実性が低減することへの懸念である。

しかし、中国自身の核戦力の大幅な増強がもたらす不安定性は極めて大きいが、これについて中国は説明していない。特に中国の戦域核兵器の役割は不明なままであり、このことが周辺諸国の懸念を招いている。また中国自身も極超音速滑空飛翔体の開発をはじめとして、先端兵器開発や精密打撃能力の向上を進めてきたことも付言しておく必要があるだろう。とくに中国は核・通常兵器両用のDF-26中距離弾道ミサイルなどを発展させており、そのことがエスカレーションリスクを増大させる通常兵器と核兵器の絡み合い(entanglement)も大きな懸念となっている8

そのほかのイシュー

(1)宇宙空間の軍事化

2016年声明は、宇宙空間の兵器化と軍事対決の場となる脅威の高まりを指摘している。中ロ共同提案の「宇宙空間における兵器の配備、宇宙物体に対する武力による威嚇または武力の行使の防止に関する条約」(PPWT)案に基づく法的拘束力のある外宇宙における軍拡抑制(the prevention of an arms race in outer space: PAROS)交渉の開始を呼びかけていた。2019年声明は、PAROSに関する国連政府専門家会合(GGE)の作業を歓迎しつつ、米国がこれを妨害しているとして非難している。

2025年声明は、アメリカの「ゴールデンドーム」計画が宇宙配備型迎撃システムを含み、宇宙を「兵器の配置環境および武力衝突の場」に変えようとしていると批判している。PPWT案に基づく条約交渉と「宇宙空間への兵器の不先制配備」の国際的イニシアチブ/政治的コミットメントの推進を改めて主張し、商業宇宙システムの主権国家内政干渉や武力紛争介入への利用を非難している。

しかし声明が懸念を表明する「宇宙空間の軍事化」は、中国が大きな原因となってきたことも事実である。中国は2007年にミサイルによる衛星破壊実験を行い、大量の宇宙デブリを発生させた。また宇宙の軍事的価値を明確に認識し、その開発を進めている。

(2)核共有と拡大抑止

核共有や拡大抑止について2016年声明は言及していなかった。2019年白書は、関係国は「核共有」政策を放棄し、核兵器国の国境外に配備された全ての核兵器を自国領土内に返還すべきであると指摘している。

2025年白書では、一部の核兵器国による軍事同盟の枠内での「拡大抑止」及び「核共有」の取り決めが、非核兵器国の同盟国との共同行動や前方配備核兵器の使用を含み、他の核兵器国に安全保障上の脅威を与える挑発的行為として強調されている。米国の拡大抑止や核共有の取り決めに対する批判が、特に2025年の声明でより明確になっている。

(3)人工知能(AI)

2025年白書は、それまでなかった人工知能について指摘を行っている。「致死性自律兵器システム(LAWS)」に関する政府専門家グループ(GGE)などにおいて、AI技術の軍事利用問題についてさらに協力する必要性を指摘している。

この立場の取り方は、中ロの妥協といえるだろう。中国はLAWSを非常に狭く定義し9、その開発を規制するという立場をとったうえで、定義などについてのコンセンサスを前提として法的拘束力のある文書への支持を表明している。これは自国のAI技術の軍事利用における開発を守りつつ、軍備管理に前向きであるような国際的イメージを広めようとするものである。この点において中国は、法的拘束に反対の米ロ、広範な規制を推進したい欧州との折衷的立場を示している。

軍備管理・不拡散に対する姿勢

共同声明は、軍備管理等について、これを重視する姿勢を示し、既存の枠組みが弱まることへの懸念を示しているものの、中国自身が軍備管理の対象となることについてなんら積極的な姿勢を見せていない。

2016年声明は、軍備管理を「国際の安全と安定を強化するための重要な手段」と位置づけ、その措置は「公平かつ均衡がとれたもの」であるべきとした。2019年声明は、核不拡散条約(NPT)を不拡散の礎石と強調する一方で、米国のINF条約離脱と新START条約への影響を懸念する姿勢を見せている。

2025年声明は、NPTを不拡散体制の「礎石」として再確認しつつAUKUS(米英豪安全保障パートナーシップ)が不拡散体制と地域の軍拡競争に悪影響を与えうるという懸念を表明している。さらに生物兵器禁止条約(BTWC)の遵守と検証メカニズムを含む法的拘束力のある議定書の締結を要求するとともに、化学兵器禁止条約(CWC)締約国に対し、化学兵器のない世界の実現を求め、日本に対して中国に遺棄された化学兵器の完全廃棄を促した。

しかし、中国は自国の核戦力を対象とする軍備管理には消極的姿勢をとり続けている10。三国間軍備管理交渉に抵抗しており、その核戦力は現在、大幅な近代化と増強の途上にある。こうした核戦力の増強について中国は米国などと議論する姿勢すらみせていない。

かつての米ソあるいは米ロ関係は、核の相互確証破壊に基づく抑止が成り立ち、相対的に安定していたがゆえに、核軍備管理も可能となった。これに対して、米中ロの核大国の三極体制が出現した場合、二極体制に比べて抑止も不安定であり、また核軍備管理への道も見通すことが難しい。このことは、大国間競争が安定しない要因となるだろう11

おわりに

中ロの戦略的安定に関する声明は、米国に対する批判の声明であり、戦略的安定を損なうような行動をとっているのは、米国であるという立場に立っている。そして戦略的安定を低下させる米国に対して中ロが共同戦線をとる、という姿勢を見せている。

米中ないしは米中ロの戦略的安定の問題は、我が国にとっても重要な意味を持つ。核レベルでの米中の相互脆弱性が、直接的な核交換の可能性を低下させる一方で、限定的な通常戦争の可能性を逆説的に高めるいわゆる「安定-不安定パラドックス」が懸念される12。すなわち、米国が中国との相互脆弱性を認めることが、中国に対する全体的な抑止力を侵食し、日本を防衛するという米国のコミットメントを弱める事態が起こりうる。米中や米中ロの戦略的安定の議論に、地域の視点を組み込んでいく必要があり、そのためにも戦略的安定をめぐる議論の動向を注視していく必要がある。

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  • 山口 信治
  • 地域研究部中国研究室主任研究官
  • 専門分野:
    中国の安全保障・政治、現代中国史