NIDSコメンタリー 第381号 2025年6月20日 イラン・イスラエル間の交戦に関する暫定的評価——ガザ紛争で変容した軍事バランスが映し出すイスラエルの優勢

理論研究部社会・経済研究室 研究員
𠮷田 智聡

イラン・イスラエル間の交戦の推移1 (6月13日~6月18日)

イスラエル軍は6月13日、「イランがかつてないほどに核兵器保有に近付いた」との認識2の下、200機以上の戦闘機を投入してイラン国内の100カ所以上の拠点を先制攻撃した3。「立ち上がる獅子(Rising Lion)」と名付けられたこの作戦により、イラン軍統合参謀総長モハンマド・バーゲリー(Moḥammad Bāqerī)や、革命防衛隊司令官ホセイン・サラーミー(Ḥoseyn Salāmī)を筆頭とする革命防衛隊の最高位幹部多数に加え、核科学者らが死亡した4。物的損害について見ると、イラン西部に展開していた防空アセットが破壊され、6月14日にイスラエル軍はイラン西部からテヘランまでの航空優勢を確立したと宣言した5。国際原子力機関(IAEA)によれば、イラン中部ナタンズのウラン濃縮施設では1万5,000機の遠心分離機が深刻な損傷を受けたか破壊された公算が大きく、施設内では放射線・化学汚染が発生している(施設外の放射線レベルに変化はない)6。イスラエルは15日以降も航空攻撃を継続し、国防大臣イスラエル・カッツ(Israel Katz)は17日にイラン中部フォルドゥの地下濃縮施設に対処する方針を示した7

対するイランは、6月13日に最高指導者アリー・ハーメネイー(‘Alī Khāmene’ī)が「シオニスト体制(筆者註:イスラエル)は厳しい罰を予期すべきである」と述べ、報復の意思を示した8。同国は同日夜から「真の約束3(True Promise 3)」作戦を発動し、テルアビブ等に向けて無人航空機(UAV)やミサイルを発射した。イスラエル側が迎撃に失敗したミサイルの中には、国防省付近で着弾したものもあったとみられる。米国戦争研究所(ISW)の評価によれば、初期の反撃でイランがUAVのみを用いた点や、後に発射した弾道ミサイルの数が計画よりも少なかった点は、イスラエルが発射装置やサイロを破壊したことが原因である9。イスラエルと同様に、イランも航空攻撃を継続している。

総じてイランの人的・物的被害は大きく、革命防衛隊における最高位幹部陣の立て直しを迫られるとともに、以前から露呈していたイスラエルに対する情報漏洩が、いかに深刻かという点を改めて突き付けられる結果となった。他方で同国は即座に革命防衛隊の後任者を任命したほか、イスラエルとの通謀者の逮捕・処刑を進めており、可能な限りの対応を試みている。またより重要な点として、この交戦はあくまでも通常航空戦力を用いた応酬に留まっており、陸戦が行われるとは考えにくい以上、(ハーメネイーに対する斬首作戦を除けば)体制崩壊にまで至る公算は大きくない。イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)はイラン国民に対して蜂起を呼びかけているが、これは軍事的優位に立つイスラエル軍にとっても、航空攻撃のみでイランの脅威を排除しきれないことを示唆している。

2024年4月および同年10月の交戦時と異なり、今回はイラン・イスラエルともに航空攻撃の応酬を続けている。イスラエルの当局筋は作戦に2~3週間10を要すると語った一方、イランは(仲介国となり得る)カタル(カタール)とオマーンに対して、「イスラエルの先制攻撃への反撃が完了した後に、真剣な交渉を追求する」とし、現段階では停戦に応じる意思がないことを伝えた11。後述するようにイスラエルにとっては、1年半以上の中東諸国での軍事作戦を経て、イエメンの「フーシー派」を除くイランの影響下にある武装勢力が交戦の意思・能力を喪失した状態が創出されている。他方でイランは革命防衛隊の主要幹部が大量に殺害された報復を行う必要があることに加え、従来イスラエルに対する「前衛」としての役割を担ってきた武装勢力が機能しなくなったため、直接交戦を行わざるを得ない状況である。双方が報復を繰り返す中で、軍事標的以外のエネルギー関連施設やインフラへの攻撃が看取されている。仲介国としてロシア等の名前が挙がっているが、本稿執筆時点(2025年6月18日)では停戦の機運は醸成されていない。なおイランとの核協議を進めてきた米国は、現時点ではハーメネイーを殺害するつもりはないとしつつも、イランに対して「無条件降伏」など強硬な要求を突き付けている12

イスラエルはイランの核開発能力や防空能力を低減させたとともに、米国・イラン間の交渉を妨害したという点で一定の成果を挙げたといえよう。他方でRAND研究所のミシェル・グリーズ(Michelle Grisé)が指摘するように、今般の攻撃でイランの主要核施設に損耗が生じたものの、地下施設の破壊は困難と考えられる13。前述のフォルドゥ地下濃縮施設を打撃するためには、米軍の地下貫通爆弾「GBU-57」が必要とみられており、同爆弾の投下にはイスラエルが保有していない戦略爆撃機「B-2」が必要である14。すなわち、フォルドゥの地下施設への攻撃には米軍の参戦が必要であり、ドナルド・トランプ(Donald Trump)政権は参戦の可能性を排除していない。仮に米軍が参戦すれば、イランが警告するように在中東米軍とイランの衝突など一層のエスカレーションは避けられない可能性が高くなる15

「抵抗の枢軸」諸組織の動静

軍事的に劣位にあるイランは、従来イラン国外の国家・武装組織への支援を通じて、イスラエルに対する圧力をかけてきた。代表的な国家はバッシャール・アサド(Bashshār al-Asad)政権期のシリア、武装組織はレバノンの「ヒズブッラー(ヒズボラ)」やイラクの「人民動員隊」傘下の諸組織、フーシー派などである。イランを頂点とする上記の国家・武装組織から成る反西側ネットワークは、「抵抗の枢軸(axis of resistance, Miḥwar al-Muqāwama)」と呼ばれ、イランにとっては弾道ミサイル開発と並ぶ安全保障戦略上の柱の1つであり続けてきた。

こうした伝統的な中東地域の軍事バランスを崩したのが、2023年10月以降のガザ紛争であり、今般のイラン・イスラエル間の交戦についても同紛争の延長線上に位置づけることができる。周知の通りアサド政権は2024年12月に崩壊し、イスラエルは機に乗じてゴラン高原を越えてシリア領に侵攻した。アサド政権崩壊後の暫定政権は、イスラエルと安全保障に関して直接協議を実施しているとみられる16。ヒズブッラーについては、同年9月以降のイスラエル軍との交戦を経て、最高指導者ハサン・ナスルッラー(Ḥasan Naṣr Allāh)が死亡するなど、大きな損害を受けた。「人民動員隊」傘下諸組織については、ガザ紛争以降主に在イラク・シリア米軍に対する攻撃を行ってきたが、今般は攻撃を行っていない。すなわち、イスラエルと対抗するうえで前衛となるはずのシリア、レバノン、およびイラクは、ガザ紛争を経てイランが期待する役割を果たさなくなっており、イスラエルにとってはイランへの軍事力行使のハードルが下がっていたといえる。

なお、例外的にフーシー派はイスラエルへの攻撃を行っている。イエメン情勢に詳しい『マスダル』によれば、同派軍17は6月13日20時から21時頃にかけて、マフウィート県から5発の弾道ミサイルを発射した18。同派はこの作戦について公表していない一方、同月15日の攻撃については声明を発出した19。政治面でも13日中に最高政治評議会や政府、外務省等がイスラエルによる攻撃に対して非難声明20を発出したうえで、支配地域内でデモ行進を実施した21。翌14日に最高指導者アブドゥルマリク・フーシー(‘Abd al-Malik al-Ḥūthī)がイランによる反撃を支持22し、16日に大統領マフディー・マシャート(Mahdī al-Mashāṭ)がイランの主権防衛にかかる権利や「侵略者(筆者註:イスラエル)」に対する抑止への連帯を示した23。フーシー派はイスラエルと地理的に遠く、天然の要害であるイエメン北部の山岳地帯を支配しており、米英およびイスラエルによる攻撃の被害局限に成功してきた。同派のガザ支援にかかる言説・プロパガンダは、中東・イスラーム諸国で一定の支持を集めてきたことも相まって、フーシー派は「抵抗の枢軸」内で最も好戦的な姿勢を維持してきた経緯がある。また同派はイエメン国内でサウディアラビア・UAEの支援を受ける国際承認政府と内戦状態にあるため、イランからの支援が途絶すると内戦の戦局、引いては自派の存立にも大きな影響を及ぼし得る。そのため、フーシー派によるイスラエルへの攻撃は、同国に限定的な損害しか与えないとしても、継続すると考えられる。

地域・国際情勢への影響

今般の交戦を受けて、米国・イラン間で進められてきた核交渉の機運は大幅に削がれた。イランはイスラエルの「蛮行が続く限り、米国との間接協議を継続することは正当化できない」との立場24を示しており、仲介役を担ってきたオマーンは6月15日に予定されていた協議が実施されなくなったことを明らかにした25。イスラエルの目線では交渉の妨害に成功した一方、イラン・イスラエル間の暗黙の交戦規定は新たな次元に突入したうえ、中東全体の緊張は一層高まった。

国際レベルでの影響に視線を移すと、原油価格のベンチマークであるWTI原油価格の6月18日終値は、前週比で9.3%上昇した。当然ながら原油価格上昇の背景には、軍事衝突の激化を受けて、石油や天然ガス等の資源における供給途絶懸念が高まっていることがある。イランはこれまで軍事的緊張が高まると、ホルムズ海峡封鎖の脅しをかけてきた。今般の情勢においても、革命防衛隊出身で国会議員のエスマーイール・コヴサリー(Esmā‘īl Kovs̱arī)が「イランはホルムズ海峡封鎖を検討している」と発言しており、世界の原油供給量の2割が通る同海峡封鎖を示唆することで、国際社会への圧力をかける狙いがある26

「実際にイランが海峡を封鎖するか/できるか」という点に関して、この問いは単なる地域の軍事情勢や近隣諸国の関係のみならず、米中露等を含む全世界規模での国際政治・経済の観点も含めた分析が必要であり、一朝一夕に答えられるものではないであろう。筆者は現代イエメン政治、特にフーシー派の政治・軍事戦略を専門としているため、イラン研究者ではない。しかしイラン製兵器を用いたフーシー派による紅海・アデン湾の通航妨害は、ホルムズ海峡封鎖シナリオの戦訓となり得る側面があると考えられるため、以下に略述する。

意思の面で多くの障壁があることは言うに及ばないが、仮にイランがホルムズ海峡封鎖を実行すると決心した場合、イランの通航妨害にかかる能力は決して軽視されるべきではない。フーシー派はイランから密輸されたUAV、水上無人機(USV)、対艦ミサイルなどを用いて、狭隘なバーブ・マンデブ海峡や紅海、アデン湾において民間商船や艦艇を攻撃してきた。なお、同派の海軍要員には革命防衛隊の海軍教育機関「イマーム・ハーメネイー海洋科学技術大学」で教育27を受けた者がいるとされており、戦術面でもフーシー派海軍はイランの影響を受けている28。攻撃によりスエズ運河の通航船舶数は減少し、各国海運企業は喜望峰への迂回を余儀なくされた。米英はフーシー派に対する空爆を1年以上実施したが、航空攻撃だけでは山岳地帯を支配する同派の抑止には至らなかった。イランも同様に山岳部に恵まれた国であり、航空攻撃のみでイランの海洋攻撃能力を喪失させることは困難と考えられる。以上を踏まえると、イランとフーシー派が置かれた状況には似通った側面が多くあり、同派が1年以上にわたり海洋攻撃を継続した点は、イランの能力を推し量るうえで示唆的であろう。

Profile

  • 𠮷田 智聡
  • 理論研究部社会・経済研究室 研究員
  • 専門分野:
    中東地域研究(湾岸諸国およびイエメンの国際関係・安全保障)、現代イエメン政治