NIDSコメンタリー 第377号 2025年5月20日 インド太平洋地域におけるミニラテラル協力の行方
- 政策研究部防衛政策研究室 研究員
- 小熊 真也
はじめに
近年のインド太平洋地域における安全保障協力の特徴として、ミニラテラル協力の進展が挙げられる。ミニラテラル協力とは、三か国以上の、しかしASEAN(東南アジア諸国連合)やARF(アジア地域フォーラム)といった多国間枠組みよりは少ない国々の間で実施される連携の形態である。こうした協力の深まりは、従来進められてきた二国間・多国間の安全保障協力と組み合わさり、この地域において「格子状」(latticework)の連携とも呼ばれるネットワークを形成するに至った1。
こうした動きは以前からみられていた現象だが、米国のバイデン政権期に特に加速したものである。一方で、2025年1月に発足したトランプ政権は、同盟国・同志国に対し異なるアプローチで関与を進めている。こうした状況にあって、これまで構築されてきた安全保障協力が継続されるのか、あるいは変化の兆しが見られるのかは、厳しい安全保障環境に直面しているインド太平洋地域において重要な問いである。
本稿では、これまで発展を遂げてきたミニラテラル協力について振り返るとともに、今後の展望について考えてみたい。
ミニラテラル協力の特徴
ミニラテラル協力は、3~5か国程度で形成される国家間連携の形態である。これまで構築されてきた伝統的な同盟や多国間枠組みと比較すると、ミニラテラル協力には以下のような特徴を挙げることができる2。
第一に柔軟性の高さである。条約に基づく正式な同盟や、高度に制度化された多国間枠組みと比べると、ミニラテラルの連携はより柔軟な形で、ときにインフォーマルないしアドホックな性質を帯びた形での協力・意思疎通が可能となる3。第二に、ミニラテラル協力はより特定の課題に取り組むための連携という性質が強い。この特徴が特に際立っているのが、日英伊による次期戦闘機の共同開発プログラム(GCAP:グローバル戦闘航空プログラム)や、米英豪による原子力潜水艦・先端技術分野の協力(AUKUS)といった、特定の装備品の開発・導入を目指す連携である。第三に、メンバーの排他性である。地域大で構成される多国間フォーラムに比べると、ミニラテラル協力はより少数の、限定された参加国で形成される傾向が強い。
これらの特徴はそれぞれ独立したものではなく、相互に関連したものである。ミニラテラル協力は、その柔軟性の高さゆえに、目下生じている特定の安全保障課題に機動的に取り組む機会を生み出している。そのような連携で成果を着実に生むためには、戦略的な優先事項がより近似した「同志国」の間で協力することが重要となるため、メンバーシップを限り、焦点を絞った形で連携を深めることとなっているのである。
こうした特徴を持つミニラテラルの枠組みは、米中対立の深まりと相まって近年興隆を見せた。米中間の競争が激しさを増す中で、米国や日本を含む国々の間では、中国がもたらす課題に迅速に対処する必要性が増大した。他方、インド太平洋地域には様々な対中姿勢を持つ国が混在し、多国間枠組みにおける合意はそれぞれの加盟国が受け入れ可能な最大公約数的なものになりがちである。こうした状況下で、柔軟かつ機動的に連携を進めることのできるミニラテラルという形態は、安全保障環境への適応を急ぐ国々にとって、きわめて理にかなった選択肢だった。この地域におけるミニラテラリズムの台頭は、上で述べたミニラテラルの本来的な性質と安全保障環境の変化が合わさり生まれた現象と言えるだろう。
インド太平洋におけるミニラテラル協力と日本
これまでの展開を振り返ると、日本はインド太平洋地域で形成されてきたミニラテラル協力の主要なプレイヤーと位置付けることができる。
2000年代には、日米豪による戦略対話がそれぞれの二国間防衛協力・交流を下敷きに発展した。また、日米豪印の安全保障協力(Quad)は日本側の後押しによって2007年に実務者間の対話や共同演習「マラバール」が実施され、10年の休止を経た2017年の再始動以降、地域における代表的なミニラテラルというべき存在へと成長していった。Quadは2021年以降定期的に首脳級の会合を実施するとともに、海洋安全保障、サプライチェーン強靭化、人道支援・災害救援(HA/DR)といった分野での協力を進めてきている。こうした動きの背景として、四カ国の間で中国への警戒感が高まるとともに、Quadが気候変動による自然災害の激甚化、感染症の脅威といった地域共通の課題に効果的に対処するためのプラットフォームとして認識されるようになったことが挙げられる。加えて日米豪にとっては、安全保障・経済の双方で重要なパートナーであるインドと連携を深める機会としてQuadは有効な手段でもあった4。
日米韓の三か国では、2023年8月の米キャンプ・デービッドにおける首脳会談以降、特に北朝鮮への対応に焦点を当てた協力が推進されてきた。同年12月には、北朝鮮のミサイル警戒データを三か国間でリアルタイムに共有するメカニズムが運用開始となり、2024年からは三か国共同演習「フリーダム・エッジ」も実施されるようになった5。
さらに、フィリピンを交えた協力の強化も見逃せない。南シナ海における中国とフィリピンの衝突は近年頻度・激しさを増し、フィリピンはマルコス政権のもとで積極的に防衛協力に乗り出すようになった6。こうした中で、二国間の防衛協力と並行して、2024年4月の日米比首脳会合、2023年6月・2024年5月の日米豪比防衛相会談といったハイレベルでのミニラテラル協力・交流が活発化している7。また、日米比に豪州やカナダ、ニュージーランドといった国々を交えた共同訓練も盛んに実施されるようになっている8。
ミニラテラル協力の将来
多くの枠組みに参加していることからも明らかなように、インド太平洋地域においてミニラテラル協力が盛んになった要因の一つとしてバイデン政権下における米国の積極姿勢があった。一方で、2025年1月に発足した第二次トランプ政権は、同盟国を含めた全世界的な相互関税の発表に代表されるように、これまでの政権とは異なった対外行動を取っている。ミニラテラルに関しても、今後米国の姿勢が変化する可能性は否定できない。
とはいえ、第二次トランプ政権発足以降も米国を含むミニラテラルの枠組みには一定の継続性が見て取れる。Quadはトランプ大統領の就任式翌日となる2025年1月21日に外相会合を実施し、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けたコミットメントを再確認した。また、四カ国は今後インドが主催する首脳会合に向けた準備を進めるとともに、定期的な外相会合の実施でも一致した9。日米韓の枠組みでは、外相会合が2月と4月に実施され、北朝鮮問題を中心とする連携姿勢を発信している10。日米豪比の間では、2月に南シナ海において共同訓練が実施された11。
以上の動きを踏まえると、閣僚級や自衛隊・各国軍の協力は引き続き行われており、今後は首脳級でのコミットメントが継続されるかが焦点となる。ただ、トランプ大統領が外交において二国間での交渉を好むことはしばしば指摘されるところであり12、今後ミニラテラル枠組みにおける首脳レベルでの会合やイニシアティブが停滞する可能性も排除できない。また首脳レベルのコミットメントという点に関しては、新たな大統領を選ぶことになる韓国の動向も注目される。
協力の持続性という点では、各枠組みによるイニシアティブの制度化も重要な要素である。例えば日米韓によるミサイル情報の共有メカニズムは、仮に三カ国の協力が低調になったとしても、北朝鮮が脅威をもたらす限り制度化された取り組みとして残り続ける可能性が高い。また、Quadが中心となって設置した、海洋安全保障に関するデータを地域のパートナー国と共有する「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ(IPMDA)」もすでに運用が開始されており、地域の透明性を向上させる取り組みとして引き続き協力が進められることになるだろう13。
また、地域における多くのミニラテラルに参画してきた日本が果たすべき役割は今後も大きい。インド太平洋地域の情勢はいっそう不透明かつ流動的なものとなっているが、日本が目指すべき「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」の実現という目標は不変である。そして、その目標を達成するには同盟国・同志国の力を掛け合わせることが欠かせない。混迷の時代ともいえる今こそ、日本がリーダーシップを発揮し、一貫した姿勢で安全保障協力を牽引していくことが求められている。
Profile
- 小熊 真也
- 政策研究部防衛政策研究室 研究員
- 専門分野:
日本の政治と安全保障、インド太平洋地域の安全保障、外交政策分析