NIDSコメンタリー 第376号 2025年5月16日 ロシア・ウクライナ戦況メモ 2025年1~3月
- 地域研究部 米欧ロシア研究室長
- 山添 博史
ロシア軍がドネツク州、クルスク州で前進
本稿は2022年2月以来のロシア・ウクライナ戦争において2025年1月~3月の期間の主な推移を扱う1。ロシア軍は引き続き主要な攻撃の場所を選び、ウクライナ軍に防衛を強いることで、主要なイニシアチブを保持し、ウクライナ軍は部分的な反撃を行った。ロシア軍は、クピャンスク、チャシウ・ヤル、トレツク、ポクロウスクなどのウクライナ軍の防衛拠点を崩してドネツク州全土を制圧することを目指してきたと見られる。前年11月頃からロシア軍はクラホヴェの攻撃を強化し、1月前半にその中心部に進軍し、やがて制圧した。ウクライナのジャーナリストのユーリー・ブトゥソフ氏は、バフムトやアウディイウカなどと同様に防衛が不利になってきてからも撤退せずに戦闘を長引かせ、戦力損耗を大きくしたと批判した2。その後1月下旬に、ヴェリカ・ノヴォシルカをロシア軍が制圧し、ウクライナは2023年夏の南下攻勢の拠点ともなった街を喪失した3。
引き続きロシア軍はポクロウスクの制圧を狙って周辺を含めて前進を試み、トレツクでも激戦をしかけた。これらをめぐっては、ウクライナ軍もたびたび反撃を加えており、戦力を投入して防衛する意図を示しており、その分の戦力の損耗も想定される。トレツクは市街にロシア軍が入っているのに対してウクライナ軍が戦闘を仕掛けて激戦となってきた。チャシウ・ヤルにもロシアが進軍しているが、ウクライナは標高が比較的高い地帯を明け渡さないように反撃を続けた。
ウクライナは2024年8月からロシア領クルスク州に占領地を形成してきたが、ロシアが北朝鮮部隊とともに攻撃して奪還を進めた。1月には北朝鮮兵2人がウクライナの捕虜となった。西側当局者の見積もりでは、戦闘参加11,000人のうち4,000人が被害に遭い1,000人が死亡したと報じられた4。その後、しばらくウクライナとの前線から北朝鮮兵は遠ざかったが、2月に入ってまた遭遇するようになった5。ロシア軍は優勢な兵力を用いて前進しつつも、ウクライナ軍も2月6日にはウクライナ軍が戦車旅団を用いてスジャの南東で前進しコルマコフおよびファナセエフカを占拠した6。ウラジーミル・プーチン大統領は、2月5日にはクルスク州の状況の難しさを述べつつ空挺軍など前線部隊の働きを称えた7。この6か月ほど、ウクライナ軍はクルスク州に戦場を移してロシアの戦闘力を割かせ、ドネツク州の精鋭部隊の一部の移動も強いて、ロシアによるスムィ州侵入やドネツク州への戦力集中を妨害してきた8。
しかしロシア軍の戦力投入が、2月後半からクルスク州での前進の成果につながってきた。また、3月上旬には、米国のトランプ政権が、ウクライナは即時停戦に積極的ではないとみなして戦闘に必要な軍事情報の提供を停止したと表明した。実際にどの部署が何の情報を停止したのかは不明確で、この停止がウクライナの敗北をもたらしたという説明をウクライナも否定しているが、ウクライナの作戦行動が米軍の情報停止によって大きく制約されることは指摘された。3月13日には主要な占領拠点のスジャをウクライナ部隊は放棄し、包囲殲滅の大損害を受ける前に撤退した。
ロシア軍は前進し、ウクライナ領スムィ州の一部にも入った。ウクライナ部隊はこの方面で増加してきたロシア軍の戦力と対抗するため、前進するロシア部隊を押しとどめ、クルスク州の一部を維持しつつ、近傍のベルゴロド州内への進軍を行った。この結果、ロシア軍はスムィ市への前進も、ドネツク州前線への集中もできなかったが、ウクライナ軍も戦力分散による困難を抱えた。また、ウクライナは、ロシア領内の戦略拠点への長距離攻撃を継続しており、その一例としては、1月8日、1月14日、3月20日にサラトフ州エンゲルス空軍基地の燃料補給施設や弾薬庫をドローンで攻撃した9。
分析グループDeepStateUAによると、ロシア軍が前進した面積は1月から3月に約650km2(1月に325 km2、2月に192 km2、3月に133 km2)で、10月から12月に1,627km2の占領地を拡大したペースからは低下している10 (それぞれ、ドネツク州26,520km2の約4%、約6%にあたる)。またDeepStateUAは、1月26日にドネツク州主要部を担当するホルティツィア作戦・戦略グループの司令官をミハイロ・ドラパティ陸軍司令官が兼任することになって以降、ロシアによる攻撃回数が少し減少し、攻撃回数に対する前進面積が約40%に減少したと指摘する11。前線を視察した研究者のマイケル・コフマン氏は、司令官の交代後、指揮系統が効率化し、ドローン利用による攻撃能力も向上しており、前年末に米国から供給された物資が前線の状況を改善し、しばらくは戦える状態にあったと指摘している12。
米国トランプ政権によるウクライナでの戦闘停止をめぐる行動
1月20日に就任したトランプ大統領は、2月12日にウラジーミル・プーチン大統領と電話会談を行い、外交交渉で戦争の様相を大きく変える姿勢を示した。2月13日のミュンヘン安全保障会議におけるJ.D.ヴァンス副大統領の発言など、米国がウクライナのみならず欧州のNATO加盟国への防衛コミットメントを確実に履行するとは限らない姿勢を示したことで、欧州諸国は米国の役割にこれまでと同様には依拠できないという切迫感を持ち、欧州諸国の役割を増加させる計画の表明を急いだ。3月5日にフランスのマクロン大統領が核兵器を他の欧州諸国の防衛のために運用する検討の意図を表明し、英国やフランスなどがウクライナでの停戦成立後の現状維持のために部隊を派遣する考えを表明した。
トランプ大統領は、ロシアとウクライナの間の武力行使に対し、それを説得によって双方が停止し平和を創出できるという信念のもと、双方に働きかけを進めた。2月28日に、米国とウクライナの間での和平交渉スタンスの調整とウクライナ地下資源の開発計画の合意を意図した首脳会談が不調に終わった。トランプ政権はその後、ウクライナが和平に積極的でないとみなして戦闘のための作戦情報の共有を一時的に停止し、3月11日にウクライナは無条件の陸海空の30日間停戦という米国の提案に同意した。なお、3月14~16日の米国での世論調査では、プーチン大統領に戦争の責任があると考える人が86%、トランプ大統領が中立よりもロシアに寄っていると考える人が53%、ウクライナに軍事支援を実施すべきと考える人が52%、ロシアが停戦に違反すれば米軍派遣に賛同すると考える人が56%だった13。
3月18日にトランプ大統領はプーチン大統領と電話会談を行い、プーチン大統領は30日間の停戦には、根本的な問題の解決が必要だと述べた。またプーチン大統領は、トランプ大統領が提案したというエネルギーインフラ攻撃の相互攻撃停止というアイディアに賛同の意を示し、軍に該当する攻撃停止を指令した14。3月19日にゼレンスキー大統領は、エネルギーインフラ攻撃の停止のトランプ大統領の考え方に賛同した。しかしその後もウクライナのエネルギーインフラはロシアからの攻撃を受け、双方が停止を履行できる手順は進まなかった。
3月25日にサウジアラビアのリヤドで米国はウクライナおよびロシアと個別に会談し、黒海における戦闘停止やエネルギーインフラ攻撃停止の履行方法に関する協議を行った15。しかし3月末の時点で、二者あるいは三者間で戦闘の一部停止を履行できる合意は成立しておらず、意図の発言はあるものの、エネルギー施設、民間施設、前線での攻撃は継続した。3月30日、トランプ大統領はプーチン氏が履行していないと不満を述べた。米国が、戦闘を終わらせる効果のある行動をとるのか、ウクライナの現状の生存のために支援を追加するのか、方向は明らかにならなかった。一方、分析グループのオープン・ソース・センターとロイター通信による調査分析によれば、2023年9月から2025年3月までに北朝鮮が共有した砲弾は400~600万発以上と見積もられ、これは年間200~300万発と言われるロシアの砲弾生産能力を大きく補ってきたことになる16。ウクライナが米国の支援に依存してきたのみならず、ロシアのこれまでの戦闘ペースも北朝鮮からの供給に依存してきており、今後の趨勢は明白にはならなかった。
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- 山添 博史
- 地域研究部 米欧ロシア研究室長
- 専門分野:
ロシア安全保障、国際関係史