NIDSコメンタリー 第372号 2025年4月25日 米中対立の中の東南アジア——習近平国家主席東南アジア歴訪の意味

地域研究部長
庄司 智孝

4月14日から18日にかけて中国の習近平国家主席がベトナム、マレーシア、カンボジアの東南アジア3カ国を歴訪した。折しも米国のトランプ政権による高関税政策によって中国と東南アジアを含む世界各国が大きな影響を受ける中、3カ国訪問は実施された。訪問に先立ち外交部報道官は今回の訪問の目的について「中国は周辺外交を重視しており、中国と東南アジアは運命を共にする良き隣人、良き友、良きパートナーである」と述べ、中越国交樹立75周年の節目、マレーシアとカンボジアについては習主席の訪問はそれぞれ12年ぶり、9年ぶりであることを強調し、3カ国それぞれと「運命共同体」の構築を強化するとの意向を明らかにした1。今回この3カ国を選択した「真の理由」は定かではないが、東南アジアの中でも特に中国が関係強化を重視する3つの国々、ということであろう。

中国とカンボジア、マレーシアとの関係の蜜月ぶりは長年にわたる盤石なものであるが、注目すべきはベトナムである。2010年ころから南シナ海の領有権をめぐって緊張関係にあったベトナムと中国であるが、近年は関係の緊密ぶりが目立っている。南シナ海での緊張は脇に置き、経済協力を強力に推進する両国は、最近では両国をつなぐ鉄道網の建設で合意に至った。ベトナムは米国とも良好な関係を保ってきたが、トランプ政権により46%もの高関税を課される可能性があり、こうした米国の動向もベトナムの中国接近を促しうるものである。中国側としても、むしろこの機会を利用し、ベトナムを中国側に取り込んでおこうとする意図がうかがえる。

ベトナム――対中配慮を強めつつもバランス重視

習近平国家主席は2023年12月にベトナムを訪問したばかりであり、その際にもベトナム側から熱烈な歓迎を受けたが、今回もベトナム政治指導部の「4本柱」(共産党書記長、国家主席、首相、国会議長)が総動員で習主席をもてなした。ハノイの空港にはルオン・クオン国家主席が出迎え、大統領府ではトー・ラム共産党書記長が迎え、盛大な歓迎式典が挙行された。その後政治指導部それぞれと4つの会談が行われ、ハノイからクアラルンプールに向かう際には空港でファム・ミン・チン首相が見送った。

ラム書記長と習主席のトップ会談の内容に関し、中国外交部は習主席による「中国とベトナムはともに経済のグローバル化の恩恵を受けている。戦略的決意を強化し、一方的な圧力に共同で反対し、世界の自由貿易体制と産業チェーン、サプライチェーンの安定を維持すべきである」とのトランプ政権批判ととらえられる発言を紹介したが、ベトナム共産党機関紙『ニャンザン』は習主席の当該発言を報じることはなかった2

一方、共同声明では対米姿勢を示唆するような文言に齟齬はなく、ベトナム語版においても「双方は覇権主義と強権政治、いかなる形式の一国行動主義、地域の平和と安定を害する行動にも反対する」との文言があった3。このようにきわめて婉曲的な表現であれば、ベトナム側にも許容範囲であったのだろう。双方の調整段階のすり合わせでこうした表現に落ち着いたものと推測される。

中国としては、対米批判勢力の拡大を目的としてベトナムの取り込みに動いたのに対し、ベトナム側としては中国との協力姿勢を維持しつつも、あからさまな対米批判は控えるスタンスを貫いたといえる。実際ベトナムは米国と関税の問題で鋭意交渉中であり、ベトナムの多額の貿易黒字を稼ぎ出す米国との経済関係をいかに維持するかという至上命題を抱えているのである。

マレーシアとカンボジア――ベトナムよりは中国寄り

習近平国家主席はベトナムを発ってマレーシアを訪問したが、クアラルンプールの空港にはアンワル・イブラヒム首相が直々に習近平国家主席を出迎え、彼は帰りも空港まで同行し、習主席を見送った。マレーシアがいかに中国との関係を重視しているかを象徴する行動であった。実は2024年のマレーシア・中国外交関係樹立50周年に際し、アンワル首相は習主席のマレーシア訪問を切望したが、50周年式典には習主席ではなく李強首相が出席した。今回は、アンワル首相の念願かなって中国の最高指導者がマレーシアを訪問した。アンワル首相の熱烈なもてなしぶりには、こうした背景もあった。

習主席の歓迎晩さん会でのアンワル首相のスピーチは、注目すべき内容を含んでいた。アンワル首相は「今日、多国間主義が大きな圧力にさらされ、一部の国が責任共有の原則を放棄し、他の国が長年の約束に疑問を呈している」「中国のグローバルな取り組みは新たな希望の光を投げかけており、それは内向きではなく外向きであり、競争ではなく刷新を語っている」「一部の方面では、ルールに基づく秩序が覆されてしまい、対話は要求に屈し、関税は抑制なく課され、協力の言葉は脅迫と強制の雑音にかき消されている」「貿易は勝者と敗者の競争ではなく、共同の努力であり、中国の目的は支配ではなく、すべての人々の発展である。強者がルールを曲げたり破ったりすれば、繁栄が揺らぐだけではなく、実際、世界平和の基盤そのものが揺らぎ始める可能性がある」「この困難な時代に、世界は堅実さ、信頼性、そして目的意識を切望しているが、我々は中国の行動にそれを見ている」と、かなりはっきりとした調子でトランプ政権の関税政策を批判し、中国を自由貿易体制の守護者として称賛した4

マレーシアにとって経済と安全保障の観点から米国の存在は非常に重要であるものの、外交関係はガザ問題をめぐり、バイデン政権の後半から停滞している。トランプ大統領によるパレスチナ人のガザ外移住の提案にマレーシアは憤激し、ASEAN議長国として同提案反対に関するASEANの共同声明をとりまとめると息巻いた5。今回トランプ政権のマレーシアに対する関税率は24%の設定であり、実際に課された場合経済は大打撃を被るであろうが、マレーシア政府の対応の方向性は、中国との一層の協力強化であることが今回明確となった。

カンボジア訪問に際し、習主席をプノンペンの空港で出迎えたのは、ノロドム・シハモニ国王とフン・セン前首相(現上院議長)であった。カンボジアも最高レベルの外交儀礼でもって中国の最高指導者を迎えた。カンボジアの外務国際協力省のプレスリリースによると、習主席とフン・マネット首相の首脳会談で両国は「WTOルールの継続的な発展、貿易・投資の自由化・円滑化を共同で推進しつつ、開放的、透明、包摂的、かつ差別のないルールに基づく多角的貿易体制を維持することを強く約束した」6。アンワル首相のかなり明確なトランプ政権批判よりは批判色の薄いものであるが、ベトナムよりは中国の意向を汲んだ文言となっている。

トランプ政権がカンボジアに通告した関税率は49%に上り、同国も米国との通商交渉を始めたばかりである。そのため、いたずらに米国を刺激するような表現は回避したものと思われる。「中国寄り」ともっぱら範疇分けされるカンボジアであり、実際中国は同国にとって最も重要な国であるが、さりとて米国との貿易関係はカンボジア経済の生命線であり、対米関係にも目配りが必要である。

ベトナム、マレーシア、カンボジアいずれの国も対中関係は最も重要な2国間関係であり、政治トップ総動員で習近平国家主席の訪問を歓迎する姿勢を見せた。ただ対米関係における国益の優先順位は各国で微妙に異なっており、こうした対米姿勢の差が中国への同調ぶりの差として現れたといえよう。

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  • 庄司 智孝
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    東南アジアの安全保障