NIDSコメンタリー 第370号 2025年4月15日 ロシア・ウクライナの2022年停戦協議文書

地域研究部 米欧ロシア研究室長
山添 博史

2022年2月~4月の停戦協議における「コミュニケ」同意と条約案不成立

2025年に入って米国のドナルド・トランプ政権がウクライナでの戦闘停止をめぐる協議を進めている。ロシアとの協議に関わっているスティーブ・ウィトコフ中東担当特使は、2月23日のインタビューにて、2022年のイスタンブル議定書合意と呼ばれるものが今後の交渉の道しるべになると述べた1。この発言に対して戦争研究所(ISW)のレポートは、2022年4月15日の条約草案を参照し、ここに書き込まれているロシアの主張は2022年初めのウクライナの戦力を大きく下回る水準に制約し事実上の降伏を迫るもので、根本的に異なる現在の状況にも適用しがたいと指摘した2。この2022年の協議をめぐっては、合意に近づいていたのにウクライナあるいは協力国が武力行使を優先したという主張もあれば、ロシアは最初から合意を成立させる意思もなく協議だけしていたという主張3もあり、いつ何が交渉担当者の間で同意されたのかも混乱しやすい。そこで本稿は、2022年の協議において作成された文書のうち、「イスタンブル・コミュニケ」として当時からよく知られていた3月29日の「コミュニケ」、および4月15日の条約草案の本文を参照して文書の性質を確認する。あらかじめ基本的な整理の一つを述べるならば、3月の「コミュニケ」の内容には双方の同意があり、それ以降に条約草案についての合意は成立しなかった。ウラジーミル・プーチン大統領は、イスタンブルでウクライナが軍備制限を含む条約案に合意したかのように述べているが4、実際には、同意があった「コミュニケ」と、立場の違いを残したままだった条約草案は異なる。

2022年の当時にも、両側当事者の公表や、報道が伝える概要も知られていたが、外交活動が新たな段階に入った2024年に、協議当時の文書がより詳しく知られるようになった。4月16日にサミュエル・チャラプとセルゲイ・ラドチェンコは、2022年3月29日「コミュニケ」、4月12日条約草案、4月15日条約草案を入手して参照し、当時の協議過程を分析する論文を発表した(以下、CRと略して参照)5。続いて、2024年6月15日に『ニューヨーク・タイムズ』紙は、当時の記録や証言にあたって経緯を記述した記事において、入手した3つの文書(3月17日条約草案、3月29日「コミュニケ」、4月15日条約草案)の全文を公開した(以下、NYTと略して参照)6。この2つの論説は、協議の当事者に文書の真正さを確認しており、3月29日と4月15日の文書は同一のものを扱っている。


3月29日「コミュニケ」
ウクライナの安全の保証に関する条約の基本規定
4月15日 ウクライナの永世中立と安全保証に関する
条約草案
1.国際的な保証のもとでウクライナが永世中立国に。 国際的な保証のもとでウクライナが永世中立国に。
2. 保証国:英国、中国、ロシア、米国、フランス、トルコ、ドイツ、カナダ、イタリア、ポーランド+追加国 保証国:英国、中国、ロシア、米国、フランス+追加国
3. 安全の保証はクリミア半島と、ドネツク州・ルハンスク州の一部地域に適用しない(一部地域の解釈は宇露それぞれが記載する)。 安全の保証はクリミア半島と附属地図の地域に適用しない。
4. 軍事同盟、外国軍駐留なし。保証国が合意する国際軍事演習のみ可能。EU加盟は可能。 軍事同盟、外国軍駐留なし。すべての保証国が合意する国際軍事演習のみ可能。EU加盟は可能。外国軍は附属地図の線から50km以内で軍事演習なし。軍備を制限:軍85,000人以下、戦車342両以下、多連装ロケットシステム(MLRS)射程距離40km以下で96両以下、他
5. 侵略が起きれば、保証国各自が中立回復のため、軍事援助措置:空域閉鎖、兵器供給、兵力運用。 侵略が起きれば、全保証国の同意のもとで、保証国各自が中立回復のため、附属地図の領域内で軍事援助措置:空域閉鎖、兵器供給、兵力運用。
6. 条約は関係国による実施の日から暫定的に適用。 条約は関係国による実施の日から暫定的に適用。
7. 条約は国民投票、憲法修正、批准のあとに発効。 ウクライナが国民投票、憲法修正を経て批准し、ロシア含む多数国も批准すれば発効。
8. クリミア半島の地位は10年間で協議。
9. クリミア半島の問題解決に軍事力を用いない。 紛争は平和的手段で解決する措置をとる。
10. ウクライナ安全保証条約の規定、停戦、撤退、人道回廊、遺体交換、拘束者解放について継続協議。 暫定的な適用の開始から停戦、撤退、捕虜交換を行う時程・手続きは附属書に定める:ウクライナ部隊はロシアと合意した場所に撤退、ロシア部隊は今後協議する時程で附属地図の領域から撤退、他
11. 両国大統領が会談して、合意に署名し、未解決問題の政治的決定を行うことが可能。 2022年4月< >日 署名
制裁解除。国際裁判中止。
ロシア語の制約解除。民族主義を規制。

表:2つの文書の対照(4月15日の下線部はロシア提案でウクライナ不同意)

ウクライナの軍事的抵抗と3月29日の「コミュニケ」

2022年2月24日にロシアがウクライナの「非軍事化」「非ナチ化」を目的に掲げて首都キーウを狙う軍事作戦を開始し、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は首都に留まり防衛戦争を指揮すると表明する動画を公開した。西側諸国に戦闘の意思を伝えて支援の約束を取り付ける一方で、ロシアと話すことを恐れないと述べて停戦のための対話を推進した7。首都キーウは陥落の危機に瀕していた。28日にウクライナ(議会与党会派長のダヴィド・アラハミヤ氏ら)とロシア(大統領顧問のウラジーミル・メジンスキー氏ら)の協議担当者はベラルーシ領内で会見し、協議を続けることに合意した。

続いてベラルーシ領内で3月3日に会合があり、次の3月7日の会合ではロシアが提案するウクライナ中立の条約草案について議論が始まった8。この3月7日の「ウクライナでの状況解決と中立に関する条約」草案の本文は、ロシア語調査報道グループ「システマ」が入手し2024年11月4日に公表した9。ここでロシアはウクライナに、永世中立国となって外国との同盟を放棄すること、現状より大幅に小さい軍備に制限すること、クリミア半島10のロシア領有と2つの「人民共和国」11の独立を承認すること、ロシアへの制裁や裁判を中止すること、ロシア語を公用語化すること、民族主義の支持にあたる法律を廃止し規制することなどを要求し、履行が完了するまでロシア軍がウクライナ領内に留まるとしている。これらは、当時ロシアが交渉で望んでいた最大の要求を反映していると考えられる。

このあとも、両国の協議担当者は、対面の機会の間にもオンラインで通信や協議を継続し、条約草案へのそれぞれの立場を交換した。3月10日にはトルコのアンタルヤでウクライナのドミトロ・クレバ外相とロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相が協議を行った。3月17日の条約草案(NYT公表)は、「ウクライナでの状況解決、中立、および安全の保証に関する条約」となっており、条約草案に対するウクライナの立場の主張や、ロシア側の主張が書き込まれている。ウクライナは、中立国としての安全を保つための国際的な保証を定める多国間条約にすることを提案し、中立以外のロシアの要求の多くに反対した。また、ウクライナが1994年のブダペスト覚書を書き込んだ部分にロシアが反対した。ウクライナは、ロシアの中核的な要求を中立化ととらえ、それを満たして合意を狙いつつ、その中立を維持するための安全の保証を追求したが、ロシアの協議担当者は中立ウクライナの地理的範囲やウクライナの軍事・政治の権利について強い要求を持ち、へだたりは大きかった。

この時期の3月の戦闘では、ロシアの部隊がウクライナの反撃で大きな損害を被り、キーウを制圧する切迫した見込みは遠のいた。25日にロシア軍は、ウクライナ全土で敵戦力を打撃することができたので東部ドンバス地方の進軍に集中すると発表した12。これは実際にはキーウを狙う作戦を中止することを意味し、月末には撤退した。

この戦場の趨勢に伴い、交渉にてロシアがウクライナに要求を強いる力が減ったと考えられ、より妥協的な内容で協議が進む結果となった。イスタンブルの協議において作成された3月29日付の「コミュニケ」(NYTが全文公開)は、ウクライナ側協議担当者が合意に向けた内容をまとめ、「ウクライナの安全の保証に関する条約の基本規定」と題した2ページの文書である。3月29日当日、メジンスキーはウクライナ側の書面の提案として中立、EU加盟可能性、クリミア半島と東部ドンバス地域の適用除外が記載されていたと述べた13。さらに同日、ジャーナリストのファリダ・ルスタモヴァ氏が10項目の「コミュニケ」を取得したとしてブログに各項目の概要を掲載した14。2024年にNYTが公開した全文は11項目だがルスタモヴァ氏が公開していた内容とおおむね合致する。

この「コミュニケ」の案によれば、ウクライナに諸外国が安全を保証することと併せてウクライナが中立となり、軍事同盟や外国軍の駐留をしないことになる。この保証国にはロシアや中国も加わる。ウクライナが侵略を受ければ保証国が中立を回復するために軍事支援を行うが、クリミア半島およびドネツク州・ルハンスク州の一部には適用しない。クリミア半島の地位は10年かけて協議する。戦闘停止、軍の撤退、人道回廊などの問題は継続して協議し、両国の大統領が会談して合意に署名することを目指す。この段階で、ロシアはウクライナにクリミア半島と「人民共和国」の地位を認めさせる要求を落とし、ウクライナのEU加盟を認めている。

この「コミュニケ」は、外交交渉の経過としてウクライナ担当者が発したもので、ロシアが署名した合意文書ではないが、おおむね同意した内容として取り扱われてきた。現に、その後の条約草案に内容が継承されている(表)。しかしこれは両側が署名して履行可能になる合意文書ではないため、条約の形で合意文書をつくるべく協議を継続し、他の問題の協議を含む首脳会談において両国大統領が署名することが想定された。

ロシアのウクライナ北部撤収と4月15日の条約草案

3月末にロシア軍がキーウ州から撤退したあと、占領下のブチャで民間人が集団的に殺害された旨をウクライナが発表した。4月4日にゼレンスキー大統領はブチャを視察して、この事件についてロシアを非難したが、交渉を続けると表明した。4月7日にロシアのラヴロフ外相は、ウクライナは3月29日の条項から逸脱する条約草案を提案しており受け入れられないが、ウクライナ側の挑発にもかかわらずロシアは交渉プロセスを継続すると述べた15。4月9日に英国のボリス・ジョンソン首相がキーウを訪問し、ウクライナの防衛への支援を表明した。4月12日、プーチン大統領は、ウクライナが虐殺事件を捏造してイスタンブルでの合意から離れて行き詰まりの状況になったと述べた16

しかし両者の協議はなおも続いていた。4月5日のウクライナ政府内会議でアラハミヤら主要幹部は協議の停止を提案したが、ゼレンスキー大統領は、悲惨な犠牲者がこれからも明らかになるが戦争を終えるチャンスが残っているなら逃してはならないと述べ、「コミュニケ」の線にそってロシア側とのビデオ協議を続けることになったと、アラハミヤは回想している17。4月9日にロマン・アブラモヴィチ(両国の対話に関わったロシアの実業家)がプーチン大統領と話し、翌10日にウクライナのアラハミヤと電話した(NYT)。プーチン大統領は何度か交渉担当者に電話をかけ、主要問題に集中して早期に決めるようにうながしていたという(NYT)。

4月15日の条約草案は、そのように次に向けての準備が行われる中でつくられた。NYTが公開した全文16ページは、全18条、附属書5点(附属書6の地図は欠落)で、ロシアの担当者からロシア大統領宛であり、赤字立体(ロシアが同意しない部分)、赤字斜体(ウクライナが同意しない部分)、黒字斜体(「コミュニケ」の範囲外のためウクライナが議論に応じていない部分)がそれぞれマークされている。

草案の黒字立体の部分は、「コミュニケ」を受けてロシア側交渉担当者も合意した部分と考えることができる。それによれば、ウクライナが中立国となり、侵略が起きれば保証国が協議し協力し、戦闘停止・部隊撤収・捕虜交換を行う手順を定める、などで署名欄に2022年4月と書いて早期に合意する方向であったことになる。「コミュニケ」を受けて、クリミア半島と「人民共和国」のロシアが主張する地位をウクライナが承認する項目は除かれている。

しかし、ロシア側は制裁の解除、国際裁判の中止、ロシア語の制約解除、民族主義の規制など、3月17日条約草案にもあった項目を維持し、ウクライナは「コミュニケ」にある中立条約の条項の範囲外であるため取り扱わないという立場をとった。このうち、ロシア語の制約解除、民族主義の規制は、「ウクライナ民族主義者がロシア民族を攻撃している」とロシアが主張する状態の除去、すなわち「非ナチ化」を実現する趣旨だと考えられる(CR)。

NYTが公開した条約草案には附属地図が欠けており、ロシアの主張にウクライナが同意していないことが見えるのみである。これが定める地域からロシアが撤退する時程も合意できていない。中立化を通じて外国軍たるロシア軍がウクライナから撤収する方向ではあるが、それがいつどこからの撤収なのかが未決着であった。

中立化として、ウクライナは軍備の制限を受諾したが、ロシアの要求する上限は低く、ウクライナはもっと高い上限を記載している。ロシアは独立を保つのに十分な水準より低い制限を課して「非軍事化」の趣旨を果たす姿勢に見える。

重大な相違点は、第5条が記載する侵略時の保証国の行動にある。ウクライナ案の「領空の閉鎖、軍備の供給」の文言にロシアは同意せず削除を求めた。さらには、ロシア案により、保証国の行動はすべての保証国の一致を要するという文言が書き込まれた。これは、ロシアが同意しないことで保証国が行動できないようにする効果があり、ロシアの主張しだいで中立の保証は実行できなくなる。CRは、この文言は4月12日の草案にはなく、15日の草案でロシアが出してきたものと指摘する。それが事実であれば、ロシアが途中まで受け入れてきた内容に新たな要求を足して、中立の維持を不可能にするよう試みたことになる。ただ、4月12日や15日の前後に何が起きてどのような動機が働いたのか、なおも明らかではない。

中立条約による合意形成の選択肢と、選択の意図

もし、3月29日「コミュニケ」に基づく方向で、作業を進めて履行可能な文書の合意を通じて和平に至るのであれば、次のようなステップが必要だったはずである。4月15日の条約草案に対する双方の相違点(安全の保証の要件、軍備上限、対象地域など)が解消できるまで協議と調整を行い、保証国が条約草案の履行に同意し、関係国が中立条約以外の問題(領域の取り扱いや民族主義など)も並行して協議し、中立条約が署名され、その履行として外国軍であるロシア軍が中立条約適用地域への攻撃を中止し撤退する、というステップを経てはじめて、ウクライナへの武力行使が停止されることになる。そのうえで中立条約以外の問題の協議を継続する必要があっただろう。

そのような選択肢は、両国の交渉担当者が用意してきた。しかし武力行使を優先するという選択肢もあり、どの選択肢を実行するかは権力を握る者の利害計算に基づく意図が決める。もし合意の成立を選択する意図がなければ、合意形成が難しくなる要求を出すだけでよく、相手が拒否したことをもって非難することができる。両国の意図はなおも明らかではないが、実際に4月に起きたことは、マリウポリでの戦闘、クラマトルスクへの砲撃、ポパスナへの前進などのロシア軍が進めた戦闘行為であり、戦闘停止に向かう協議は報じられなくなった。協議担当者のレベルでは、3月29日「コミュニケ」の内容を通じ、ウクライナの安全の保証と中立をもって、双方が安全を得るという点で受け入れ可能な合意案を形成する選択肢を用意していたが、4月15日の条約草案に見られるロシアの要求は、プーチン大統領のレベルでは「非軍事化」「非ナチ化」の目的をより一方的に要求するという意図を示唆するものである18。双方が受け入れ可能な合意を目指すのか、一方的な要求を続けるのか、交渉における根本的な前提が問われる事例ともいえよう。

Profile

  • 山添 博史
  • 地域研究部 米欧ロシア研究室長
  • 専門分野:
    ロシア安全保障、国際関係史