NIDSコメンタリー 第368号 2025年4月4日 深海をめぐる中国の基本的認識と最近の対外関与

地域研究部中国研究室研究員
後藤 洋平

はじめに

深海とは一般に、水深200メートル以深の海域帯を指す1。深海では、ニッケル、銅、コバルト、レアアースなど、現代のハイテク産業に不可欠な資源が埋蔵されている。また、深海は、無人潜水機の運用も含め、軍事的な価値も高まっている2

各国が深海に関心を寄せる中、中国もその関心を強めている。習近平国家主席は、2016年5月に開催された全国科学技術イノベーション大会での演説において、「深海には、未知で未開発の宝物が眠っているが、これらの宝物を得るには、深海に進出し、探査・開発する上で鍵となる技術を手に入れなければならない」3と、深海の資源開発の重要性を訴えた。また、中国は今年の2月14日、太平洋島嶼国のクック諸島との間で、深海探査をめぐる覚書に調印するなど、深海の利用をめぐり対外的な活動を活発化させている。

深海は、その環境の過酷さから、人類による利用が長年困難であった。そのため、その利用をめぐる国際的規範も発展途上な分野と言える。そうした中、中国は、国際社会において、深海の利用をめぐり優位な立場を確保しようとしていると考えられる。こうした想定を踏まえ、本稿では、深海の国際法上の位置付けを概説した上で、深海をめぐる中国の基本的認識を考察する。中国側のかかる認識を踏まえつつ、中国が深海利用をめぐり有利な立場の形成を進めるべくどのような対外関与を行っているかを分析する。

深海の国際法上の位置付け・管理制度の概要

深海には、「200メートル以深の海域」という地理上の定義のほか、国際法上の定義も存在する。国連海洋法条約(以下、「UNCLOS」)は、深海(UNCLOSの英語原文では、「The Area」と記載)及びその資源は、「人類共通の財産」(第136条)であり、いかなる国家も主権を行使できない対象と規定される(第137条)。言い換えれば、深海は、各国の管轄権の及ぶ範囲外の海底及びその下を指すと言える4。深海の探査は、UNCLOSの規定に基づき1994年に設置された国際海底機構(以下、「ISA」。本部はジャマイカに所在)が管理する。ISAには、UNCLOSに参加する168の国・団体(EUを含む)が加盟しており、加盟国が深海を探査する場合、ISAから許可を得る必要がある。なお現状では、深海資源の開発の規則については、ISAの中では交渉段階にあり、確定していない5

深海の国際制度の特徴点は、米国はUNCLOSを批准せず、従ってISAに正式加盟せずにオブザーバーとしてのみ参加していることである。その一方、中国は、1996年にUNCLOSに批准し、ISAの加盟資格を有していることから、米国不在の状況が、中国の立場強化に有利に作用しているとの見方6もある。

深海をめぐる中国の基本的認識

(1)広義の安全保障の対象に指定し、利益確保・利用の方針を立法化

中国の深海への関心は、必ずしも新しいものではない。平松茂雄は、中国が1980年代から深海鉱物資源の調査を実施していたと指摘している7。しかし、深海利用をめぐる制度構築が進んだのは、習近平政権の発足以降と言える。習政権は、深海を広義の安全保障を確保すべき分野の一つとして認識し、その考えを2015年7月に制定された国家安全法にも反映させている。同法第32条は、「国家は、外層空間(宇宙)、国際海底区(深海)及び極地の平和的探査・利用を堅持し、安全な進出、科学調査及び開発・利用を行う能力を増強し、国際的能力を強化し、我が国の外層空間、国際海底区及び極地における活動、資産及びその他の利益・安全を擁護する」と、深海を宇宙、極地とともに、中国が利益を確保するべき領域の一つとして位置付けている。これら領域の共通点は、技術の発達に伴い、人類による利用が可能になったことから、その戦略的価値が高まっている点にある。また、習国家主席が2014年4月に提唱した包括的安全保障概念・総体的国家安全観は、広範な分野を安全保障の対象としており、その範囲は拡大を続けているが、深海についても、中国共産党第19期6中全会(2021年11月)で採択された「歴史決議」において、総体的国家安全観に基づく国家安全の対象の一つとして列挙された8

また、中国は2016年2月、深海の探査・開発の規律や、研究、資源探査・利用促進などを目的に、深海海底区域資源勘探開発法(以下、「深海法」)を制定している。なお同法は、深海の定義について、「中国及びその他国家が管轄する以外の海底及びその下」(第2条)と、UNCLOSの定義を援用している。

(2)5か年計画において各種プロジェクトを推進する対象として位置付け

中国は習政権の発足以降、国家全体の社会・経済政策の大方針を示した5か年計画において、深海をめぐる各種プロジェクトを推進する方向性を示している。深海に言及したのは、2016年3月公布の第13次5か年計画(2016~2020年)であり、同5か年計画では、深海探査のプラットフォームにかかる技術開発、深海に埋蔵されている石油・天然ガスの開発、深海をめぐる国際ルールの積極的参画などがうたわれている9。さらに、2021年3月公布の第14次5か年計画(2021~2026年)では、深海関連のプロジェクトが第13次5か年計画で重大な科学技術上の成果を上げたと評価しつつ、今後も、技術開発や資源利用などの観点から注力すべき分野の一つとしている10

中国が、5か年計画の重要プロジェクトの一つとして深海を重視する背景には、深海資源の活用や、深海探査・開発に伴うハイテク産業の振興を企図していることが挙げられる。特に、深海に埋蔵されている各種レアメタルの確保は、中国にとっての経済安全保障の観点からも有意義である。具体的には、中国が今後の成長分野として重視するハイテク産業に必要な原料の安定供給に資するほか、重要鉱物のサプライチェーンにおける中国の支配的立場を一層強化することにつながるだろう11

(3)深海利用の軍事的側面をめぐる中国側の認識

中国は、深海の軍事的利用をどのように認識しているだろうか。ここでは主に、中国の軍系機関の公刊物や、同機関に属する有識者の著作を参照したい。例えば、中国国防大学の『戦略学』12は、深海における軍事行動(原文では「深海軍事闘争」。以下中国語原文を使用)を「深海の利用・コントロールをめぐり、水中の軍事力を用いる抑止、打撃、反撃及び防御などの行動」と定義する。その上で、近年の無人潜水艇、潜水艦発射型巡航ミサイル、対衛星攻撃ミサイルなどの発達を通じ、深海軍事闘争は海洋空間のみならず、陸、空、宇宙など他領域での戦闘にも影響すると指摘する。『戦略学』はその上で、中国は深海軍事闘争に備えるべく、深海部の調査、水中ロボット・潜水艇・スマート機雷等の研究開発、海洋に関連した科学技術・資源の総合的利用などを強化する必要があると主張している。また、中国軍事科学院の況腊生は、『解放軍報』に掲載した論評13で、深海における軍事作戦の特徴として、①気象の制約の受けにくさ、②作戦配置・様式の自由度の高さ、③活動の自由度の高さ、④行動の秘匿性の高さを挙げる。その上で、米国、ロシア、フランス、日本、英国、インド等が軍用の無人潜水艇や水中ロボットの開発・運用に注力しており、深海は戦略的に重要な領域となっていると指摘する。さらに、AIや通信技術等の発達により、深海での作戦は将来的には他領域とリンクすることが想定されるため、深海を制することで他領域を制することも実現し得ると主張する。

また、深海における軍備管理を主張する論調もみられる。対外経済貿易大学の梁懐新は、深海の国際的軍事化が進む中、各国は国際的な軍備管理メカニズムを構築する必要があると述べ、中国も、自国の安全、主権、発展の利益を基礎としつつ、人類運命共同体の理念に基づきこのメカニズム構築に参画できると主張する14。また、上記の況は別の論文で、米国等による深海の軍事利用強化が深海分野の軍拡を招いている15とした上で、中国は、国際的な軍備管理のメカニズム樹立を推進すべきと主張16している。

以上の中国側有識者の言説からは、2つの方向性が見て取れる。第一の方向性は、深海の軍事行動は、他領域の軍事行動の成否に影響を与え得ると認識されており、中国も深海分野での軍事力の充実を図る必要性が主張するものである。第二の方向性は、各国が深海における軍事力強化を図る中、中国は軍備管理をめぐる国際的なルール形成で主導的な立場を確保すべきであると主張するものである。ただし、ここでも、中国の深海における軍事利用の強化を否定しているとは言えない点には留意が必要であろう。

(4)深海をめぐる中国の認識の特徴点:「海洋権益」概念とは異なる位置付け

中国側の認識では、深海は、いわゆる海洋権益とは若干異なる文脈に位置付けられているとみられる。海洋権益も、必ずしも明確に定義されているとは言い難いものの、中国では、UNCLOS等の国際法に基づき規定された海洋利用の権利と利益を指す17。しかし、例えば国家安全法では、海洋権益は「国家は、(中略)防衛・コントロールにおける必要なあらゆる措置を採り、(中略)国家の領土主権と海洋権益を守る」(第17条)と、国家主権と隣接する概念18として規定される一方、深海は近年になり人類のアクセスが可能になった新領域に位置付けているのは上記のとおりである。

かかる差異はなぜ生起しているのか。それは、国際法の文脈で深海を捉えた場合、国家の管轄権が行使できない領域であることが挙げられよう。そうした領域にも中国の利益が存在することを主張するためには、深海は国家主権と紐付けられがちな海洋権益とはやや異なる文脈に位置付ける必要があったのかもしれない。深海と海洋権益が差別化された概念であることは、国家安全法や深海法における「深海」の定義にUNCLOSのそれが援用されていることからも見て取れるだろう。

もっとも、中国が管轄権を有する(と中国が認識する)海域にも、地理的な意味での深海は存在する。その海域の経済的・軍事的利用を中国が志向しているのは間違いなく、その点で、中国が国家主権と紐付けて言及することの多い海洋権益の対象でもあると考えられる。実際、深海をめぐる当局者の発言、公式文書及び中国側有識者の言説において、その定義は必ずしも厳密はなく、両義的であるとみられる。

国際的機関への浸透・国家間協力の推進

上記のとおり、中国は、深海利用に向けた国際ルール策定に関与する方針を示しているが、その中味について、本節では、①ISAへの関与、②二国間の協力推進、の2つから分析する。

(1)ISAへの関与

中国はISAに対し、財政、技術、人事など、様々な側面から関与を図っている。例えば、2021年以降、中国はISAへの最大の分担金拠出国となっている19。また、中国の自然資源部は2019年、ISAと共同で「中国-国際海底管理局聯合培訓和研究中心」(日本語:中国-ISA共同訓練・研究センター)を山東省青島市に設立し、深海探査のノウハウの面で発展途上国等の人材育成を担っている20。さらに、ISAは、事務局長をトップに、その事務局に属する各部門が日常業務を取り仕切っているが、法務部(Office of Legal Affairs)のトップ(Acting Director)に中国外交部にも勤務したことがある蔡永勝21(Yongsheng Cai)が就任するなど、複数の幹部ポストに中国人が任命されている22

また、ISAは、世界の海域で31の探査エリアを管理しているが、このうち、5エリアは、中国の3つの団体・国有企業(それぞれ、自然資源部の下部団体・中国大洋鉱産資源開発協会、国有企業・中国五鉱集団、国有企業・北京先駆高技術開発公司)が探査権を取得しており、一国当たりの取得件数として世界最多である23。このほか、中国は2023年7月に開催されたISAの総会で、海洋環境保護に関する議論を中止させたり、深海の開発に関する規則が制定されるまで深海探査を停止させるとする決議案に反対(決議案は採択されず)したりするなど24、ISA内での議事進行にも影響力を有している。

(2)二国間の協力推進を模索

中国とクック諸島は2月14日、深海をめぐる了解覚書(MOU)に調印した。MOUには、海底土(seabed)資源の探査や、それに関連する能力構築・技術移転などの推進が盛り込まれており、その方法として、人材育成、学術交流、共同研究及び研究成果の共有などが挙げられている25。MOU内で探査の対象となる深海が、ISAの管轄区域のものか、クック諸島のEEZ内の深海なのかは判然としない。クック諸島は、ISAが管轄する1つのエリア(太平洋に所在)の探査権を取得26しているため、クック諸島による探査を中国が支援するという可能性もある。いずれにせよ、太平洋の深海に関するデータが中国に共有されることは、中国海軍の太平洋における活動にも資すると考えられる。

他方、今回のMOUの締結は、中国が太平洋の深海データを得る以外にも、2つの点で中国の利益になり得る。第一に、深海をめぐる外交上の影響力拡大である。太平洋島嶼国の間では、深海資源の探査・開発の規則の在り方をめぐり意見が割れており、ナウル等はISAで開発に関する規則が制定されるまでの探査停止に賛成である一方、クック諸島は消極的とされる27。そのため、中国は、今後も積極的な深海探査を進めるべく、自国の立場に理解を示し得るクック諸島を取り込もうとしたとも考えられる。また、キリバスが3月に、中国との間で深海探査に関する協力をめぐる交渉を行ったとの報道28もある。この動きが、中国主導か否かは不明であるが、中国は深海探査をめぐる外交的影響力拡大の機会と認識しているものとみられる。

第二の利益は、中国の国内法制度の充実に役立てるということである。中国の有識者の中には、クック諸島を含む南太平洋(原文ママ)諸国の深海関連立法は、深海での活動に関する申請手続、財務、能力構築、紛争解決、法的責任などを包括的に規定しているほか、クック諸島は特に、海底資源の管理に特化した政府機関を世界で初めて設立したと評価する論者29もいる。同論者はその上で、中国は、深海関連法規を自国の深海関連産業の更なる発展の支えにすることを念頭に、南太平洋諸国の立法を参照しつつ、自国法の充実を図っていくべきであると主張している30。また、翟勇・全人代環境・資源保護委員会法案室主任(当時)は、中国で深海法が成立(2016年2月)した直後に、深海立法をめぐる各国の動向を紹介する論評を発表しており、その中でクック諸島の立法状況にも言及していた31。このように中国では、太平洋島嶼国特にクック諸島の立法にはかねてより注目されていたとみられる。そのため、中国は今後、今回のMOUに基づくクック諸島との交流を通じ、同諸島の制度をモデルに立法面での充実を図り、深海をめぐる国内外の活動を正当化する根拠作りを進めていく可能性もある。

おわりに

国際法上定義された意味での深海は、いわゆる海洋権益とは異なり、国家主権に紐付けられたものではなく、その利益をめぐり、目立つ形での国家間紛争が惹起されにくい。そのため、深海をめぐる国際関係の焦点は、国際機関や二国間を舞台とした外交活動が中心となる。中国はその点を利用し、「静かな」形で深海をめぐる国際的影響力を強化してきたと言える。米国が深海利用の国際的枠組の埒外にいることも、中国の活動に有利に作用している側面もある。中国は今後、こうした外交的影響力をテコに、更なる深海探査を強化しつつ、その成果を軍事的にも活用していくと考えられる。

また、今後、一部中国の有識者が主張しているとおり、深海をめぐる軍備管理に関する独自の主張を国際社会で展開することも想定される。これは例えば、深海同様新領域の一つである宇宙の軍事利用について、独自の規制プランを国連等の場で提出している動き32とも類似する。

深海は、「現代のフロンティア」と言える領域であり、中国が影響力を拡大する余地が大きい。今後中国が深海をめぐり、いかなる技術の開発を進めるかについてのみならず、外交面でどのような行動を採るかについても注視が必要であろう。

Profile

  • 後藤 洋平
  • 地域研究部中国研究室研究員
  • 専門分野:
    中国をめぐる安全保障など