NIDSコメンタリー 第367号 2025年3月6日 『中華人民共和国に関する軍事・安全保障動向』——米国防総省報告書に見る中国の核・ミサイル戦力の変化

政策研究部防衛政策研究室 研究員
前田 祐司

はじめに

中国の軍事的近代化が急速に進んでいるとの指摘は、日本でもすでに一般の耳目に届いているところだろう。その中で、公開情報ベースの議論において参照される最も重要な情報源の一つが、米国防総省の年次報告書『中華人民共和国に関する軍事・安全保障動向』(Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China)、あるいは単に『中国の軍事力に関する報告書』(China Military Power Report: CMPR)と呼ばれるものである1

CMPRは米国議会から法的に提出を義務付けられているもので2000年から毎年作成されており、機密指定されない公開版も用意される。米国のインテリジェンス・コミュニティは中国の軍事動向について様々な形で情報収集・分析を行っているが、CMPR公開版は機密情報や高度にテクニカルな内容を除き、国防総省の見解として公表できる内容をまとめた報告書という位置付けである。特に中国については軍の情報の透明性が低く、民間人が中国人民解放軍(PLA)の動きについて直接情報を得ることは容易ではない。中国が公式に発表する国防白書も2019年版を最後に途絶えてしまっている。そのため、信頼性の高い二次情報としてCMPRの影響力は非常に大きく、民間のシンクタンクなどが発表する他の軍事動向報告書も元を辿るとCMPRがソースとして利用されている場合が多い2。防衛研究所の『中国安全保障レポート』においても頻繁に参照されている3

本稿では、2024年12月公表の最新版CMPRを含む過去5年分程度の内容を中心に、中国のミサイル戦力についてキーポイントを抜き出して解説する。なおCMPRは中国の1年間の軍事動向をその翌年に取りまとめて公表する形を取るため、2024年版は基本的に2023年の動向に関する内容であるが、部分的に2024年半ば頃までの最新の動向についても反映されている。以下、まず中国の核戦力に関する動向、続いて通常戦力に関する動向について解説する。

中国の核戦力動向

近年の中国による核戦力の量的な増勢(核弾頭保有数の増加)についてCMPRで初めて明示的に言及されたのは2020年版である。当時200発強とされた中国の核弾頭保有数が、その後10年間で「少なくとも倍増」するとの予測であった4。しかし翌2021年版は、2020年版の予測を上回るペースで中国の核戦力増勢が進んでいると指摘し、「2027年までに700発」、そして「2030年までに1,000発以上」という具体的な数字を初めて公表した5。さらに翌2022年版は最も踏み込んだ内容になり、「2030年までに1,000発以上」に加えて、そのペースで増勢が続いた場合は「2035年までに約1,500発」に達するとの見通しを示した6

この1,500発という数字は、冷戦期以来の二大核大国である米ロ間の新戦略兵器削減条約(新START条約)で取り決められている1,550発に及ぶほどの規模であり、非常に大きなインパクトをもって受け入れられた7。しかし「2035年までに約1,500発」という数字は、「2030年に1,000発」を達成して以降も同じペースで弾頭の増産が続いた場合という仮定に基づくものであり、根拠は判然としていない。この数字が独り歩きしてしまうことを危惧したのか、その後2023年版および2024年版CMPRでは1,500発という数字は姿を消し、「2030年までに1,000発以上」という表現のみに戻っている。これが国防総省にとって確度の高い予測値として示すことができるベースラインということになろう。なお現在の核弾頭保有数は、2024年版では600発に達したものと推定されている8

もっとも、仮に中国の核戦力増勢が1,000発程度で止まったとしても、伝統的に「最小限抑止」を標榜してきた水準からすれば飛躍的な増勢であることに変わりはない。質的な近代化とも相まって、他の核保有国から先制核攻撃を受けても全滅することなく確実に報復攻撃を行うことができる状態、すなわち相互確証破壊を成立させるには十分な規模であると考えられる。中国の公式ドクトリンに変化はないが、実質的に「最小限抑止」から「確証報復」に変化しつつあるとも指摘される9

また中国は核戦力の質的な近代化も急速に進めており、中国版「核の三本柱」が完成しつつある。伝統的な中国の核戦力の主力である陸上配備の大陸間弾道ミサイル(ICBM)は現在では約400発にのぼり、そのすべてが米国本土に到達する能力を持っている10。液体燃料を用いる旧来型のDF-5のサイロが約50基まで増設されるほか、固体燃料型のDF-31を装填するものとみられる新たなICBMサイロも約320基の建設が完了しており、実際に一部装填済みであるという11。また、DF-31およびDF-41は移動・分散によって生存性に大きく貢献する道路移動式プラットフォームも運用されている12。2024年9月25日に実施された発射試験では、DF-31AG(DF-31を延伸した能力向上型と報じられる)が輸送起立発射機(TEL)から太平洋へ向けて発射されて注目を集めた13

海においても、中国は094型(晋級)戦略原子力潜水艦(SSBN)を6隻運用する態勢となっており、訓練やメンテナンスで稼働できない分を除いても、「常続的な海洋抑止プレゼンスを維持する能力」を獲得している14。これらのSSBNが搭載する潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)は、射程7,200km程度だった旧来型JL-2から、射程10,000km以上の新型JL-3に置き換わったものとみられており、中国近海からでも米国本土に到達しうることになる15。SSBNは核戦力の中でも特に生存性が高いプラットフォームだが、中国にとっては米国や日本などの対潜戦の脅威を退けてSSBNをより安全に運用するスペースとして南シナ海と渤海湾が有力である16。中国が強硬に南シナ海を内海化しようとする背景には、こうした動機も働いているのかもしれない。

核の三本柱の空の部分としては、2019年にお披露目された戦略爆撃機H-6Nが運用中である。H-6Nは核運用任務に合わせてベースのH-6K爆撃機の機体を改造したもので、空中給油により長距離ミッションに対応するだけでなく、核弾頭を搭載した空中発射弾道ミサイル(ALBM)を運搬する能力を持つ17。また、新型のステルス長距離爆撃機としてH-20(仮称)も開発中である18。これらの戦略爆撃機の運用ドクトリンは定かではないものの、アセットとしては米国のB-52やB-2などに相当する位置付けといえ、戦略レベルの核の三本柱を模倣しようとする中国の方向性を伺うことができる。

最後に、中国は伝統的に「最小限抑止」および「先行不使用(NFU)」といった核ドクトリンに則り、対価値報復攻撃を行うための戦略核戦力しか保有してこなかったが、より低出力の戦術核についても獲得を急いでいるようである。これについてCMPRでは、仮に米国が戦術核を先行使用した場合に「比例的な対応」を行うために戦術核が必要であるという中国側の考え方も紹介されているが、もし中国の核ドクトリンが変化すれば積極的な核威嚇にも用いられうると危惧されている19。低出力核の運搬手段と目されるのが精度の高い中距離弾道ミサイルDF-26であり、西太平洋の戦域レベルでの核戦力として核の三本柱を補完するものとなる。2016年から配備が始まったDF-26の増強にともない、旧来型のDF-21は核運用任務から外されたものとみられている20

中国の通常戦力動向

例年、CMPRでは中国ロケット軍のおおよその戦力規模がまとめられており、その過去5年分の推移をまとめたのが表1である21。なお、これには海上発射型や空中発射型のミサイルは含まれていない点に留意されたい。まずICBMの着実な増加が確認できる。なおICBMは基本的に核弾頭を搭載するが、CMPRは中国が通常弾頭搭載型のICBM開発を検討しているのではないかという懸念を継続的に示しており、もし実際に配備・運用されれば「戦略的安定性に重大なリスクをもたらす」と警告する22


表1:中国ロケット軍の戦力推移
2020 2021 2022 2023 2024
大陸間弾道ミサイル 100 150 300 350 400
中距離弾道ミサイル 350 900 750 1500 1800
短距離弾道ミサイル 600 1000 600 1000 900
陸上発射巡航ミサイル 300 300 300 300 400
※CMPR2020~2024を元に筆者作成。大陸間は射程5,500km以上、中距離は射程3,000km~5,500km、準中距離は射程1,000km~3,000km、短距離は射程1,000km未満の区分となる。なおここでは中距離と準中距離をまとめて中距離としている。

さらに目を引くのは中距離弾道ミサイルが大幅に増加している点であろう。このカテゴリに含まれるのがDF-26、DF-21、DF-17であり、西太平洋における中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力の根幹を成している。最大射程4,000kmにも達するDF-26は、西太平洋における米軍の重要な拠点であるグアムをも射程に収め、核・通常両用で、かつ精密誘導に優れるため対地・対艦いずれにも使用可能な、多目的に運用される万能高性能ミサイルといえる23。旧式化しつつあるDF-21は核運用任務からは外されたようであるが、誘導性能等を向上させたDF-21Dは対艦弾道ミサイルとして引き続き運用され、有事の際に東シナ海や南シナ海に進入しようとする米軍の空母打撃群などにとって重大な脅威であり続ける。

また、極超音速滑空体(HGV)を搭載するDF-17は、ミサイル防衛を突破して基地や艦艇などの高価値ターゲットを破壊する能力を持つとされる24。極超音速分野では、米国も新たに「長距離極超音速兵器(Long-Range Hypersonic Weapon: LRHW)」と呼ばれるHGVを開発しており、近い将来に実戦配備される見通しである25。これは射程約2,700kmとされており、かつての中距離核戦力全廃条約(INF条約)で禁止されていたために米国のミサイル能力の穴となっていた地上発射型中距離ミサイルとなる。2019年に米国がINF条約を離脱したのはあくまでロシアによる条約不履行が理由とされているが、なぜ新型の中距離弾道ミサイルにHGVを搭載しているかといえば、中国が2020年にDF-17を配備したことが一つの刺激となり競争を牽引したのは間違いないだろう。

短距離弾道ミサイルについても、中国は1,000発程度保有しているというのが大方の見立てとなっている。このカテゴリにはDF-15、DF-11、DF-16などが含まれるが、射程は物によって600kmから850km程度であり、台湾および日本の南西諸島などが射程に含まれる26。また、中国は米国のトマホークに相当するような対地攻撃用巡航ミサイルも保有しており、CJ-10とCJ-100はそれぞれ射程1,500km、射程2,000kmと推定されている27。CMPRにおいては詳細な言及がないが、米戦略国際問題研究所(CSIS)によれば半数必中界(CEP)5m程度の精度を達成しているとされる28

おわりに

以上見てきたように、中国は大量かつ多様なミサイル戦力を保有しており、現在も増強が続いている。この精密打撃力に裏打ちされた中国のA2/AD能力は今や西太平洋の戦略環境を分析する上での前提条件となっており、急速な状況の変化を理解することなくして日本の安全保障もまた適切に論じることはできないであろう。日本の防衛力強化においても必要とされる能力の規模や容態を考える上で、こうした理解は必要不可欠である。その意味で、広く公開情報として利用可能なCMPRは貴重な情報源といえる。

もっとも、CMPRに記載されている内容もその多くは推定であって、すべてが真であるとは限らないことを念頭に置いておくべきである。例えば中国の核弾頭保有数の推定値は100発単位のざっくりとしたものであり、「2035年までに1,500発」という数字が消えたことからも分かるように、将来にわたっての推定は多分に誤差を含みうるものである。その点では、中国がロシアの支援を得て建設中の高速増殖炉と再処理施設を核弾頭用プルトニウム生産に利用するのではないかというCMPRの懸念が的中すれば、むしろさらに生産ペースが上がり、将来的に1500発を超えるような規模となる可能性もある29

また軍事インテリジェンスにおいては、定量比較が容易な軍事アセットに偏重した分析になりがちであったり、軍事予算を正当化するため敵の能力を過大評価しがちであったりというバイアスも一般的に指摘される30。例えば冷戦期には、長年にわたって中央情報局(CIA)と国防情報局(DIA)の間でソ連の軍事力について見解の相違があり、DIAの報告内容はCIAのそれと比べてソ連軍の質・量ともにより大きく評価する傾向にあったという31。CMPRはPLAでの腐敗の組織的影響や人員の能力不足などのトピックも扱う包括的な報告書ではあるが32、あくまで「一つの重要な情報源」として、絶対視すべきではない。

とはいえ、西太平洋における中国のミサイル戦力が強大であることは疑いようのない事実である。米国や日本も比較的長射程のミサイルを開発・配備しつつあるが、この「ミサイル・ギャップ」を埋めるにはまだ時間を要するであろう。中国による戦力投射と領土的現状変更を拒否し、その戦略目標達成を挫くという拒否的抑止の観点からは、必ずしも中国に対して1:1で均衡する戦力を保持する必要はないが、先制攻撃によって壊滅することなく拒否任務を達成する戦力態勢とするには、ある程度の規模とバラエティがどうしても必要になってくる。第二次トランプ政権で国防総省の要職に就くエルブリッジ・コルビーが(かねてからの持論通り)日本の防衛支出をGDP比3%以上に上げるよう求めてきているように、米国政府当局者も危機感を募らせている33。しかし、東アジアで台頭する中国の軍事力拡張が他人事ではない以上、対米(対トランプ)関係という文脈を超えて、日本が主体的に考え取り組むべき課題である。

Profile

  • 前田 祐司
  • 政策研究部防衛政策研究室 研究員
  • 専門分野:
    国際政治理論、アジア太平洋地域の安全保障、米中関係