NIDSコメンタリー 第366号 2025年3月6日 ベトナムのパートナーシップ外交と「竹外交」—— 分散投資の対外政策
- 地域研究部長
- 庄司 智孝
ニュージーランドと包括的な戦略的パートナーシップを締結
2025年2月26日、ベトナムを訪問したニュージーランドのクリストファー・ラクソン首相はカウンターパートであるファム・ミン・チン首相と会談し、両国の関係は包括的な戦略的パートナーシップに格上げされた。ベトナムとニュージーランドは両国関係の包括的な戦略的パートナーシップへの格上げに関する共同宣言を発表し、そこでは①政治、②安全保障、特に海洋での協力、③経済、貿易、投資、④気候変動対策、科学技術、⑤教育、人的交流の5つの分野で協力を推進することで合意した1。
ベトナムにとってのニュージーランドの重要性は、次の3点である。第1に、ニュージーランドは1975年から東南アジア諸国連合(ASEAN)の対話国であり、両者の協力の歴史は50年にわたる。その意味で、ASEANの一員として、ASEANの多国間外交を重視するベトナムにとって、2国間レベルでもニュージーランドとの関係は重要である。特に、2024~2027年にベトナムはニュージーランドの調整担当国となっており、ASEANに関する様々な事項に関し、両国は一対一で接する機会が多い2。安全保障面でも、両者はASEANの枠組み、特に拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)を中心に、高官の相互交流、戦略対話、教育訓練、国連平和維持活動に資する能力構築、情報共有等で協力を強化することで合意した3。
第2に、経済協力である。両国間の貿易額はこの5年間で4倍に増加しており、両国は2026年までにこれをさらに倍増させる目標を設定した。このほか、いずれも環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)と地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の加盟国であり、アジア太平洋の多国間経済協力の発展を支持している4。
第3に、両国の関係で特徴的なのが、教育交流である。ニュージーランドは、ベトナム人が英語で教育を受けるための主要な留学先の1つであり、ニュージーランドは行政官英語研修プログラム(ELTO)の一環としてベトナムからの留学生を積極的に受け入れ、奨学金を支給している5。ベトナムにとって、ASEANの共通語である英語に堪能な行政官を養成し、また経済発展に資する国際的な人材を育成するため、ニュージーランドは重要な協力相手である。
ベトナムのパートナーシップ外交――最上位パートナー国の増加
ベトナムは、経済開放を骨子とするドイモイ(刷新)政策採用以降、全方位外交を追求してきたが、2国間レベルでは、それはパートナーシップ外交の推進であった。この手法は、「特別な関係」のラオス・カンボジアを除き、最も高次の2国間関係を「包括的な戦略的パートナーシップ」と位置づけ、次に「戦略的パートナーシップ」、「包括的パートナーシップ」と続く。
ベトナムとの包括的な戦略的パートナーシップ締結10カ国
国名 | 締結年月 |
中国 | 2008年5月 |
ロシア | 2012年7月 |
インド | 2016年9月 |
韓国 | 2022年12月 |
米国 | 2023年9月 |
日本 | 2023年11月 |
オーストラリア | 2024年3月 |
フランス | 2024年10月 |
マレーシア | 2024年11月 |
ニュージーランド | 2025年2月 |
“[Infographic] 10 nước có quan hệ Đối tác chiến lược toàn diện với Việt Nam” Nhân dân, ngày 27/02/2025
ベトナムはこれまで、中国、ロシア、インド、韓国、米国、日本、オーストラリア、フランス、マレーシアの9カ国と包括的な戦略的パートナーシップを締結したが、今回のニュージーランドで最上位パートナーは10カ国となった。ASEAN対話国のうち東アジア首脳会議やADMMプラスの参加国である8カ国をすべて網羅し、かつ旧宗主国のフランス、2025年にASEAN議長国を務めているマレーシアといったベトナムにとって重要な国々との関係を戦略的に強化している。
「竹外交」――分散投資の対外政策
こうしてベトナムは外交の多角化を追求し続けているが、大国間競争の時代にあって、ベトナムはそうした手法を「竹外交」と形容している。竹外交とは、竹が風にしなやかにその身をなびかせる様子にたとえ、国内外の状況に応じて柔軟な対外政策をとることにより、特定の国に与することなく戦略的自律性を維持し、戦略的利益の増進を図るバランス外交を意味する。
竹外交は、東南アジア諸国も採用する対外関係におけるヘッジ政策のバリエーションである。「ヘッジ」は金融用語で「両掛け」であるが、外交安全保障におけるヘッジは、対外関係への両掛けを意味し、特に対米・対中関係については、中国のみならず米国を中心とする様々な国と協力関係を構築し、中国と経済協力を進める一方、米国とは主として安全保障での協力関係を深めるという、戦略の両面性と柔軟性を含意する。東南アジアの国々は、専らヘッジ政策をとっているが、その態様はさまざまである。ベトナムの場合、米中他の主要国すべてと安定的な協力関係を構築し、経済的利益を最大化し、戦略的な不確実性に対処しようとしている。
米中との関係の新局面
バイデン政権期、ベトナムと米国の関係は、包括的な戦略的パートナーシップに格上げされるなど、大きな進展を見た。しかし、第2次トランプ政権の発足により、その関係はリスク含みになっている。最大の懸念材料は、ベトナムの対米貿易黒字である。2024年の黒字額は過去最大の1,230億ドルに上っており、これは対米貿易黒字額で中国、欧州連合、メキシコに続き第4位となっている6。
第1次トランプ政権期、米中間で貿易戦争が勃発し、米国が中国からの輸入品に課す関税を回避するため、中国企業や中国に製造拠点を置いていた多国籍企業はベトナムをはじめとするASEAN諸国に次々と移転した。そのためASEANと米国の貿易額は拡大の一途をたどった。特に中国に隣接するベトナムでは中国企業による活発な投資が続いており、第2次トランプ政権の発足と対中関税の発動を受け、その流れは一層強まっている。2025年1月の対ベトナム投資額で、中国は第1位となった7。外国からの投資の拡大や輸出増加はベトナムの経済成長に確実に資するものであるが、ベトナムはトランプ政権に「目を付けられる」ことを恐れている。
米国との関係におけるリスクが増大しているため、ベトナムは中国との関係の安定化に一層の注意を払っている。竹外交の展開では、ベトナムの中国に対する恭順姿勢は一層強まっており、ベトナムは対外関係の重要な節目において、他のいかなる国よりも中国を重視していることを、明確な態度で示すようにしている。例えば、2024年7月、グエン・フー・チョン書記長の死去にともない就任したトー・ラム新書記長は、就任2週間で早くも中国を訪問し、習近平国家主席と会談した。そこでラム書記長は「ベトナムは常に中国との友好善隣関係、包括的な戦略的パートナーシップ、戦略的意義を有する未来を共有する共同体を重視し、最優先にしている」と強調した8。
経済開発の面でも、ベトナムは中国と歩調を合わせている。従来、戦略的考慮からベトナムは中国による大型インフラ投資を回避してきたが、その傾向に変化がみられる。2月19日、ベトナム国会は中国との国境の町ラオカイと首都ハノイ、ベトナム北部の主要な貿易港であるハイフォンを結ぶ全長390kmに及ぶ鉄道建設計画を可決した9。これは中国南部とつながる一大鉄道網の一部となる。総工費は80億ドルと見積もられているが、資金の一部は中国政府からの借り入れによってこれに充当する予定となっている10。
不透明な対米・対中関係の今後を乗り切るため、ベトナムは一層多くのパートナーを必要としている。今回のニュージーランドとの包括的な戦略的パートナーシップの締結はその一環と位置付けられるだろう。
Profile
- 庄司 智孝
- 地域研究部長
- 専門分野:
東南アジアの安全保障