NIDSコメンタリー 第362号 2025年1月28日 内戦で霞む洪水の実像:イエメン係争地域の分析 —— 衛星画像・地理情報システムと現地語報道を組み合わせたアプローチ
- 政策研究部防衛政策研究室 研究員
- 本山 功
- 理論研究部社会・経済研究室 研究員
- 𠮷田 智聡
エグゼクティブ・サマリー
- 気候変動が社会・政治に与える影響は、国際政治学等において近年「気候安全保障」という概念で注目を集めている。よりミクロな個人レベルでは、「人間の安全保障」の文脈で自然災害の影響を論じる向きもある。
- 2015年以降内戦が続くイエメンにおいても、気候変動の影響は顕著に看取される。豪雨は紛争で脆弱化したインフラを破壊し、国内避難民の増加などを招いている。また同国では200万個以上の地雷が敷設されているとみられるが、洪水により地雷が流出する事態にも至っている。
- 本稿では2024年8月6日に発生した洪水を事例として、イエメン内戦の中で最も重要性が高い前線の1つであり、フーシー派と国民抵抗軍が睨み合う西海岸前線への影響を分析した。分析では衛星画像や地理情報システム(GIS)を用いて、浸水域を特定した。さらに特定した浸水域と現地報道等で軍事衝突が報告されていたエリアとの比較を行った。
- 本分析の結果、ホデイダ県・タイズ県の総面積の約0.93%に相当する261.34㎢が浸水したことが明らかとなった。特にフーシー派の支配下にあるホデイダ県の農耕地への影響が大きかったほか、洪水によって同派が構築を進めてきた塹壕やトンネルも浸水したとみられる。またフーシー派が設置した地雷がホデイダ県ハイス地区東部から、国民抵抗軍が支配する同地区西部まで流出したとみられる。
(注)フーシー派は自身がイエメン国家を代表するとの立場をとるため、国家と同等の組織名や役職名を用いている。本稿では便宜的にこれらを直訳するが、これは同派を政府とみなすものではない。
はじめに
気候変動を要因とする紛争のリスクや、そうした脅威から国家・社会を守る取り組みは、国際政治学等において「気候安全保障(climate security)」という概念で近年注目を集めている。また非伝統的安全保障の領域では、1994年の国連開発計画報告書が示すように、(気候変動と密接に結びついた)自然災害は「人間の安全保障(human security)」の脅威とみなされてきた1。例えば洪水によって生計維持が困難となった結果、人々が武装勢力に加入する事例は、気候変動による紛争リスクとみなすことができるであろう2。さらに洪水によって耕作量が減少した場合、政府や特定の武装勢力の統治能力にも影響が生じるであろう。
2015年以降内戦が続くイエメンにおいても、干ばつや洪水による農作物への被害や国内避難民の発生が度々報告されている。またそれらに伴って生活環境が悪化した人々が戦闘員になり、内戦下での持続的なリクルートに寄与している可能性も指摘されている3。軍事面については、武装組織「フーシー派」は200万個以上の地雷を敷設したとみられているが、洪水によってこれらが流出する危険性、引いては膠着状態の戦局にも影響する可能性がある4。
本稿では8月6日に発生したホデイダ県を中心とする洪水(以下8月6日洪水)を事例として、主にフーシー派の支配地域にどのような影響があったかを分析した上で、同県や隣県タイズ県方面に展開する前線(西海岸前線)への影響を考察する。
質・量を掛け合わせたアプローチ
洪水被害の範囲や内容に関する詳細情報を得るには、2つの困難が伴う。第一に、内戦状態の継続により現地当局の行政能力が限定的であり、被害情報の集約や実態調査などによる全容把握を国や自治体に期待することが難しい。第二に、報道機関にも能力的な制約がある。仮に当局が被害情報を保有していたとしても、当局自体が内戦アクターであることから、自身の支配地域における被害を詳細に報道させなかったり、支援や復興に滞りがない印象を与えたりしようとする誘因が働き得る。特に、戦闘に直接影響しうる防御陣地や拠点の被害を秘匿するために、他の内戦アクターが支配する地域との境界付近、いわゆる「前線」等では被害情報が報道されにくいと考えられる5。
こうした制約を反映してか、イエメンにおける洪水等の災害に関する報道や国際機関の報告は、死傷者や被害戸数といった初期対応の概要を伝えるのみに留まっている6。
そこで本稿では、量的研究手法と質的研究手法を組み合わせたアプローチによって、内戦アクターや前線にどのような影響が及んでいるかについて示唆を得るための被害情報を収集する。具体的には、衛星画像分析と地理情報システム(GIS)を用いて「どこが被害を受けたか」という浸水域の特定と、「どのような土地が被害を受けたか」という土地利用との関係を把握するマクロな量的調査を行う7。そのうえで、たとえば前線に近い地区が洪水被害を受けたと判定された場合には、「どのような被害が生じたのか」といった詳細を、現地語による報道やSNSなどを活用したミクロな質的調査によって確認する。なお、本稿でのデータ収集・分析は仮説検証を目的としたものではなく、現状把握に重点を置いた探索的な取り組みであることをあらかじめ明示しておく。衛星画像・地理情報システムによる分析は本山が、現地報道等アラビア語情報の整理は𠮷田が行った。
西海岸地域の基礎情報と8月6日洪水の概要
西海岸地域
西海岸地域(al-Sāḥil al-Gharbī)は、主にイエメン西部の紅海沿岸域を指す言葉である。ただし詳細な地理的範囲は使用者によってばらつきがある。例えば米国の「武力紛争発生地・事件データプロジェクト(ACLED)」は同地域にホデイダ県全域、タイズ県西部、ラヘジュ県西部、紅海島嶼を含んでいる一方、国際移住機関(IOM)はホデイダ県の7つの地区とタイズ県の4つの地区を指すと定義している8。本稿では紅海沿岸域であるということを重視しつつも、主にフーシー派支配地域への影響や、同派と反フーシー派組織「国民抵抗軍」間の前線への影響を分析対象とするため、ホデイダ県全域とタイズ県の5地区(モカ、マクバナ、マウザア、ワーズィイーヤ、ズーバーブ)を西海岸地域と定義した。そして本稿では西海岸地域を構成するホデイダ県とタイズ県を「西海岸沿岸2県」と定義した上で、両県における8月6日洪水の影響を分析する。図1は、本分析の関心領域であるホデイダ県とタイズ県を示している。
図1 関心領域:ホデイダ県(北)とタイズ県(南)9
内戦の文脈では、西海岸沿岸2県は主に3つの状態に分類することができる[図2参照10]。1つ目がフーシー派の支配地域であり、トゥハイター地区、ジャッラーヒー地区、ジャバル・ラアス地区以北のホデイダ県全域とタイズ県北部が該当する。2つ目が主にアラブ首長国連邦(UAE)の代理勢力とみなされる国民抵抗軍が支配する地域であり、ホデイダ県ハウハ地区や同県ハイス地区、タイズ県モカ地区などが該当する。3つ目は大統領ラシャード・アリーミー(Rashād al-‘Alīmī)および政党「イスラーハ」を支持する勢力の支配下にある地域であり、タイズ県中南部が該当する。またフーシー派と国民抵抗軍、およびフーシー派とアリーミー政権派の支配地域が接する一帯は、軍事衝突が起こる前線である。特にハイス地区やタイズ県マクバナ地区を中心とする、ホデイダ県南部からタイズ県北西部周辺諸地区の前線(西海岸前線)では、フーシー派と国民抵抗軍の間で度々交戦が報告されている。

図2 西海岸沿岸2県の勢力略図
(注)略図であり、詳細な戦況図はサナア戦略学研究所やACLEDなどの調査を参照されたい。
8月6日洪水の概要
西海岸沿岸2県の概要について述べたところで、次に8月6日洪水の概要を説明したい。なお、洪水後1週間における各内戦アクターの対応について、補遺にまとめてある。
7月から8月にかけて雨季を迎えるホデイダ県近辺では、数日前から雨が降り、8月2日にはタイズ県で洪水が発生していた11。そうした状況で、8月6日の夕方から夜頃にかけてホデイダ県を中心に大量に雨が降った結果、土砂が民家や農地に押し寄せる被害が生じた。8月8日時点の世界保健機関(WHO)の報告によれば、同県では30名が死亡、5名が行方不明となった12。また同報告はバージル地区、マラーウィア地区、ザイディーヤ地区、ズフラ地区といったホデイダ県中部から北部の医療機関が浸水したと指摘している。タイズ県についてはマクバナ地区で15名が死亡したほか、農地や道路に損害が生じた[図3左上参照]13。
フーシー派側『イエメン国営通信』は、洪水発生後の8月7日13時時点でホデイダ県知事ムハンマド・クハイム(Muḥammad Quḥaym)が被害地域の視察や対策指示を行った旨の記事を配信しており、発災後早期から対応したことを強調した[補遺表2参照]14。また同県の中でも大きな被害を受けた地区として、ホデイダ市、トゥハイター地区、カナーウィス地区、ザビード地区、バイト・アル=ファキーフ地区、ザイディーヤ地区、バージル地区、マラーウィア地区を挙げている。さらに同日に大統領の任命で副首相を委員長とする緊急委員会が発足し、現地チームが瓦礫撤去などの道路復旧作業や被災者保護を開始した[図3右上参照]。翌8日には大臣級の視察や県幹部のバージル地区訪問15に加えて、フーシー派最高指導者アブドゥルマリク・フーシー(‘Abd al-Malik al-Ḥūthī)が演説でホデイダ県について言及した16。アブドゥルマリクは最も被害が大きかった県として同県を挙げて政府関係者等の対応の必要性を指摘しつつも、神からの恵みの雨であるとしたうえで農業への大きな影響があることを望むと述べた。9日には副首相によるホデイダ県ドゥライヒミー地区の視察17が行われ、翌10日以降食料等援助物資の搬入報道が目立つようになった。しかし同派はホデイダ県の中でも係争地となっているハイス地区や国民抵抗軍の支配下にある同県ハウハ地区について言及していないほか、タイズ県での被害についてはマクバナ地区しか報道していない。後者については7日にザカート総局タイズ県事務所が被災者への財政支援を提供18し、12日まで5日連続での支援を行ったとされる19。
図3左上:タイズ県マクバナ地区の被害の様子 / 図3右上:ホデイダ県での復旧作業
図3左下:ホデイダ県ドゥライヒミー地区を視察する副首相 / 図3右下:バージル地区への支援物資
国民抵抗軍については8月7日、最高指導者ターリク・サーレハ(Ṭāriq Ṣāliḥ)が解放された(𠮷田註:非フーシー派支配地域の)西海岸全域において、自組織の人道支援チーム「人道行動セル」に緊急援助を行うよう命じた20。この命令に基づいて人道行動セルはマクバナ地区にて被害状況を調査21したほか、同組織の公式通信社『12月2日通信』はハイス地区およびハウハ地区において避難民のキャンプが流されたと報じた[図4左上および右上参照]22。また重要な点として、人道行動セルは国連ミッションに対して、政治的計算ではなく人道的な側面から被害を受けたホデイダ県のフーシー派支配地域にも援助を供与する用意があることを伝えており、当初の解放地区に限定した援助を拡大させる意向を示している23。なお、フーシー派はこの申し出を拒否したとみられる24。
翌8月8日には、国民抵抗軍の政治部門「政治事務局」の第1副局長らがハイス地区を視察した25。国民抵抗軍側も10日以降に援助物資の搬入報道が目立つようになり、クウェートやUAE、サウディアラビアなど海外からの支援も行われたことが確認できる26。13日にターリクは緊急委員会に対して、支援の継続と遅滞なく対応するメカニズムの構築を指示した27。なお、この緊急委員会には人道行動セルのほかに、UAEのエミレーツ赤新月社が参加していたことが明らかになっている28。このほかにハウハ地区については教育施設や医療施設の視察が行われた一方、これらの記事では洪水被害について触れられておらず、ハイス地区よりも被害が軽微であった可能性が示唆される。タイズ県については8月12日に政治事務局第1副局長がマクバナ地区の井戸復旧作業を視察しており、フーシー派だけでなく国民抵抗軍も同地区に対する支援を提供したことが分かる29。
フーシー派と国民抵抗軍以外の動きについて述べておくと、アリーミーは8月7日時点でターリクと電話会談30を行ったほか、同月13日にもターリクら西海岸地域関係者から状況を聴取した31。さらにターリクの従兄弟32にあたり、元大統領アリー・アブドゥッラー・サーレハ(‘Alī ‘Abd Allāh Ṣāliḥ)の息子であるアフマド・サーレハ(Aḥmad ‘Alī Ṣāliḥ)は、自身の財団「開発のためのサーレハ社会基金(Mu’assasa al-Ṣāliḥ al-Ijtimā‘īya li al-Tanmiya)」を通じて、ハイス地区への支援を提供している33。𠮷田が指摘する通り、アフマドはフーシー派と共闘関係にあるサナア拠点の政党「国民全体会議(GPC)」に肩書を残している一方、国民抵抗軍の支援国であるUAEで居住しており、本稿執筆時点では彼の政治的立場は必ずしも明確ではない34。しかし人道行動セルの支援が確認され、かつフーシー派の支援が確認されなかったハイス地区でサーレハ社会基金が支援を行ったことや、同基金が国際承認政府側の県幹部と支援にかかる調整35を行ったことに鑑みれば、アフマドは本事案に際して国民抵抗軍と歩調を合わせたと考えられる36。
図4左上:マクバナ地区で被害調査を行う人道行動セル / 図4右上:被害を受けたハイス地区の家屋
図4左下:サウディアラビアのハイス地区支援 / 図4右下:サーレハ社会基金のハイス地区支援
洪水後の内戦の推移
サナア戦略学研究所は、沿岸部におけるフーシー派のトンネルや塹壕が被害を受けたと述べたうえで、9月初旬にホデイダ県での衝突が停止したと指摘している37。こうして西海岸地域の衝突は9月初旬に停止したとみられる一方、10月中旬からは同前線の再活発化が見られた。10月12日にマクバナ地区周辺のバルフ前線38で、同月19日にはハイス地区東部で衝突が発生した39。さらにフーシー派が12月以降対イスラエル攻撃を再拡大させるまでの約1カ月、バルフ前線カドハでの衝突が頻繁に報告されていた。なお、8月6日洪水前後も米国によるホデイダ県、タイズ県のフーシー派拠点に対する攻撃は行われていた。
衛星画像・地理情報システムを用いた分析
本節では、衛星画像と地理情報システムを用いて洪水による浸水域を特定し、内戦へ影響し得る被害について分析する。可読性を考慮し、本文では浸水検出戦略や使用データを示しながら分析の概要と結果を報告することに注力し、詳細な分析手法については補遺で説明する。
1.浸水域の検出戦略
イエメン西海岸沿岸2県を広く襲ったとされる8月6日洪水により浸水した地点を、衛星画像の分析により特定する。これは「はじめに」での議論の通り、当局発表や報道などに依拠して被害の全容を把握することが困難なためである。図5に、本節での議論の概要を示した。
図5 衛星画像選定と浸水域検出の方法
人工衛星を用いたリモートセンシングの特徴として、広域性・均質性・周期性が挙げられ40、これらはいずれも上記の困難を克服するのに寄与する。一度に数十kmからの幅を撮影できる広域性は、複数県にまたがる大規模洪水を観測するのに適している。また、この広範囲を比較的近い時点や条件で観測できる均質性は、広域データをまとめて処理する洪水観測と相性がよい。さらに、衛星の回帰軌道による周期性は、災害前後の一貫した比較を可能にする。
2.衛星画像の選定
本分析では、広範囲観測の必要性と学術研究における再現性を考慮し、オープンデータの無償衛星画像を使用する。社会に流通する衛星画像には、私企業が販売する商用の有償データと公的機関が頒布する無償データがある。前者には、例えば米Maxar社が販売するWorldViewシリーズや米Planet Labs社が販売するPlanetシリーズなどが含まれる。後者には、例えば米航空宇宙局(NASA)や米地質調査所(USGS)が公開するLandsatシリーズ、MODISシリーズや、欧州宇宙機関(ESA)が公開するSentinelシリーズが含まれる。なお、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)も、ALOSシリーズの画像等を公開している。一般に商用画像は高い空間分解能や撮影頻度を持つ一方で、費用面や資格面での障壁が高い。そのため、特定施設の観測や物体数の計測などには適しているが、広域観測や同一手法を他地域へ援用する分析再現には向かない。
また、本分析には、光学センサによって撮影された画像を用いる。衛星画像を撮影するセンサは、可視光・赤外線を用いる光学センサと、電波を用いるマイクロ波センサに大別できる。安全保障分野では、主に受動型光学センサを用いた「光学画像」や能動型マイクロ波センサを用いた「合成開口レーダー(SAR)画像」が活用される41。SARは電波の反射率の違いから地上物体を識別し、雲を透過できるため豪雨洪水の浸水域特定などに有効である42。しかし、その有効活用には洪水直後の画像の存在や撮影前の地表が滑らかな状態であることが求められる43。ESAによるSentinel-1やUSGSによるLandsatシリーズ等のオープンデータには、分析に適した時期に撮影されたSAR画像が存在しなかった。また、関心領域には農地や道路のほかに荒地や灌木地が含まれるため、SARによる解析は適さないと判断した。
そこで本分析では、ESAが公開するSentinel-2の光学画像を用いた44。Sentinel-2の地上分解能は、可視光(バンド2~4)では10m、分析で用いた近赤外・短波長赤外(バンド8a、11、12)では20mである。雲量を考慮のうえ、洪水前は7月23日撮影、洪水後は8月7日撮影の画像を選定した(洪水は8月6日深夜)45。なお、7月23日以前の1週間におけるホデイダ、タイズの天気は晴れ又は曇りであり46、洪水前後の土壌水分量比較に適している。
3.浸水域の検出
洪水による浸水域の特定には、①マルチバンドカラー画像を用いた判読と、②指数の二時期間画像演算による解析を用いた。ここでは、人が目視で浸水域を判定する方法を「判読」、指数計算によって機械的に抽出する方法を「解析」と呼ぶ47。解析の方がやや客観性に優れる一方、現地調査がほぼ不可能な本分析において誤検出を避けるため、判読によって機械的な解析を補助した。図6はその分析イメージを示している。
図6 判読と解析による分析のイメージ
3-1.マルチバンドカラー画像による判読
マルチバンドカラー画像を用いた判読は次のように行った。
はじめに、洪水前後の画像の可視光バンドをカラー合成し、人間の肉眼で見た場合に近い画像(A:洪水前、B:洪水後)を作成した48。しかし、可視光画像のみでは浸水域の判読が困難であった。図7は、可視光画像を洪水前と後で比較したものである。これは沿岸域を撮影しているため、河口付近に土砂が流出していることが視認できる。また、洪水前の画像で河川のように見える箇所が、洪水後に増幅している様子も確認できる。
図7 洪水前後を比較した可視光画像(河口付近)49
他方で、図8に示すような内陸部や河川から離れた地域では、洪水後の画像で水たまりが点在している様子が見られても、一見して洪水前との違いが見分けづらい。
図8 洪水前後を比較した可視光画像(内陸部)50
これは、砂漠や乾燥地帯に特有のワーディー(ワジ、涸れ川)地形に起因する可能性がある。これにより、普段は流水のない窪地であっても、降雨後には突発的な鉄砲水が生じるケースがあり、図8でも東部(右側、山側)から西部(左側、海側)へ水が流れたような痕跡を確認できる51。
そこで次に、近赤外と短波長赤外バンドの合成を行った52。洪水前(C)と洪水後(D)の2枚を作成し、洪水後から洪水前の画素値を差し引く演算を行うことで(D-C)、二時期差分赤外画像(E)を作成した。この差分赤外画像(E)において浸水域がどのように写るかを、洪水前後の可視光画像(A, B)と対比しながら判読した結果が図9と表1である。
図9 洪水前後の可視光画像(A, B)と二時期差分赤外画像(E)53
表1 判読の結果
これらから、差分赤外画像(E)において赤や青で表示される部分を浸水域(赤は土⇒泥水、青は植生⇒泥水)、その他の水色やオレンジで示された部分は非浸水域とみなせる54。
このようなカラー合成による人力での判読には精度の高い抽出が期待できる一方で、複数県にまたがる関心領域の全体を分析することは困難である。そこで本分析では、次に述べる機械的解析も併用した。
3-2.指数の二時期間画像演算による解析
機械的な解析では、正規化湿潤指数(NDMI)または地表水指数(LSWI)と呼ばれる正規化指数を用い、洪水前後の差分を算出して浸水域を抽出した。これらの指数は植生や土壌の湿潤を表すもので、光学画像を用いた洪水検出において一般的に用いられる55。正規化指数は、ある地点の反射率が他地点より高い・低い場合を自動抽出するのに有効とされる56。NDMIは、近赤外(R_NIR)と短波長赤外(R_SWIR1)バンドの反射率を用いた以下の式で定義される57。
NDMIの値が大きいほど、土壌の湿潤度合いが高いとみなせる。関心領域には森林などの密な植生がほとんどないことからNDMIが土壌水分の測定に有効と判断した。 浸水域の検出には、洪水前後それぞれのNDMIを算出し、画像演算によって二時期の差分(洪水後-洪水前)をとったNDMI差分画像を作成した。これは、関心領域に農地が広く含まれるためである。農地では、洪水後画像でNDMIが高くなっていても、単なる灌水による可能性があるため、洪水前後の差分をとることで浸水の影響を特定した。二時期の画像演算分析イメージを図10に示す。
図10二時期の画像演算分析のイメージ
洪水前後の可視光画像にNDMI差分画像を加えた比較図が、図11および図12である。赤く表示された箇所は洪水後に土壌湿潤度が増加しており、可視光画像では判読しにくい内陸部の浸水域も可視化できている。
図11 洪水前後の可視光画像とNDMI差分画像(河口付近)58
図12 洪水前後の可視光画像とNDMI差分画像(内陸部)59
NDMIの差分値が一定以上である地点を浸水域と判定する。先述のマルチバンドカラー画像(二時期差分赤外画像)による判読結果と比較したうえで、その閾値を原則0.25に設定した60。
4.浸水域の判定結果
こうした手順で特定した浸水域を図13に示す。総浸水面積は261.34㎢に及び、これはホデイダ県・タイズ県の総面積の約0.93%、日本の東京23区の4割ほどに相当する。浸水域は、ホデイダ県北部、中部、南部に分かれて分布する一方、タイズ県にはほとんど無いことがわかる。図14は、両県に属する各地区の総面積に占める浸水面積の割合を示したグラフであり、赤字で示すホデイダ県内の地区では最大で約6.8%が浸水していたことがわかる。
図13 特定された浸水域の分布61
図14 地区ごとの総面積に占める浸水域の割合62
フーシー派支配地域への影響
特定した浸水域はホデイダ県を中心に広がっており、これは概ねフーシー派の支配地域と重なっている。そこで本節と次節では、この洪水がフーシー派の統治や主要拠点、さらには前線地域にどのような影響を及ぼしているかを検討する。
農耕地への大きな被害
まず、土地被覆図を用いてフーシー派支配地域で「どのような土地が被害を受けたのか」を分析した結果、農耕地の被害が大きいことが確認された。土地被覆図とは、地表面の状態や利用状況を分類した図である。先述の通り砂漠や乾燥地が多いイエメンでは、ワーディーや荒地が広範に分布している。降雨後にワーディーが「浸水」したとしても、それを一般的な洪水被害と同一視することはできないため、どのような土地が浸水したのかを把握することで被害の性質を探索する。
図15は、ESAのワールドカバープロジェクトが作成した土地被覆図を関心領域に合わせて抽出したものである63。荒地(灰)や農耕地(ピンク)、灌木地(オレンジ)が多いことがわかる。また、人工物(赤)が密集しているのは都市や道路である。
図15 関心領域の土地被覆64
浸水域全体に占める土地被覆の割合を示したグラフが図16である。洪水被害の約6割を農地が占め、次いで荒地が浸水したことがわかる。
図16 浸水域全体に占める土地被覆の割合65
また、各土地被覆全体に対してどの程度が浸水したかを示した図17によると、草原性湿地の2割以上が浸水しており、もともと低地や河口付近に存在する地形が洪水の影響を受けやすい点が再確認できる。一方、全農耕地の2%程度が浸水していることは特筆に値する。その面積は約149㎢に及び、日本における山手線の内側面積の2倍以上、または大阪市の3分の2程度に相当する。
図17 土地被覆ごとの浸水割合66
フーシー派拠点への影響
次に、フーシー派の拠点と推定される2か所を取り上げ、洪水がもたらした影響を概観する。なお、フーシー派拠点の位置や分布、施設の具体的な機能に関する情報は限られており、本節の考察は網羅的な分析を目的とするものではない。また、衛星情報のみを用いた分析で施設への被害を正確に特定するには限界があり、特に軍事施設への影響については公開情報の不足から詳細な検討が難しい。そこで、分析の最後に関連する現地報道等を参照する。ただし本節で示すのは、あくまでこうした制約を踏まえた概観的かつ示唆的な分析である。
拠点A:Kilo 16交差点付近
ドゥライヒミー地区にあるKilo16交差点は、イエメンの主要港湾都市であるホデイダ市と首都サナアを結ぶ幹線道路上にあり、要衝とされている67。この地点には、軍か治安組織の拠点とみられる施設が内戦開始前から存在する。図18は2010年当時の施設写真である。写真下部に写るのが交差点であり、その真上にあるゲート付近には車両用障害物が確認できる。また、敷地の四方には監視塔が置かれ、敷地外には何らかの陣地が確認できる68。
図18 Kilo16交差点付近の拠点(2010年)
Google Earthをもとに作成。Image Ⓒ 2024 Maxar Technologies.
この拠点は2015年には一部、2016年には大半が破壊されているが、フーシー派の制圧後に再利用されているとみられる。ACLEDデータによれば、2020年1月には親フーシー派勢力が付近にトンネルや塹壕を構築し、同年10月にはフーシー派の増援を受け入れている69。さらに2023年2月には拠点周辺約400㎡がフーシー派に徴発され、2024年2月の米軍による空爆では、自爆型ドローンの発射拠点とみなされて攻撃対象となった70。図19は、2020年春頃以降の敷地外の陣地化の様子である。
図19 2020年春頃以降の陣地化(画像は2023年)
Google Earth; Image Ⓒ 2024 Airbus
同拠点の周辺には、図20のような被害が見られた。図20の左側は洪水前の可視光画像、右側は浸水域画像(視認性向上のためNDMI差分の画像を用いている)を示しており、緑色の点は便宜的に交差点を表している。交差点北側の窪地が広く浸水していることから、同拠点周辺に構築されたトンネル等の陣地が浸水した可能性が指摘できる。
図20 Kilo16交差点付近の拠点への被害概況71
Kilo16交差点付近の拠点に対しては、イエメン内戦のアクターや分析者によって、興味深い言説が展開されている。国民抵抗軍は本洪水が甚大化した要因として、フーシー派が軍事拠点の構築を進めていたことを挙げ、同派を糾弾している。その具体例としてKilo 16交差点一帯を指摘し、同派が土塁や塹壕を構築したためにKilo 16から海までの水流が変わり、ホデイダ市に雨水が流れ込んだ点を例示している72。
拠点B:海軍部隊司令部とドローン基地
ホデイダ県南部トゥハイター地区の沿岸域にはフーシー派の海軍系拠点が存在する。ACLEDデータによれば、フーシー派は2019年夏頃から紅海より約10km内陸の村々に勢力を展開させ、トンネルや重火器の配置により拠点化を進めていた73。住民の退去やNGOキャンプへの強制移動も報じられ74、民家が拠点として使われている可能性もある。さらに2022年10月には沿岸の漁業施設を襲撃して海軍部隊の司令部を設置、2024年1月には水上自爆ドローンを配備したとされる75。
図21は拠点周辺の被害を示しており、緑色の2点は内陸部の駐屯村(南東側)と沿岸部の海軍拠点(北西側)を示す。内陸部の村一帯に多少の被害が見られるほか、沿岸のドローン拠点周辺にも浸水域が広がっている。
図21 フーシー派海軍系拠点周辺への被害概況76
前線付近への影響
ここからは、イエメン内戦の「前線」周辺への洪水の影響を考察する。図22は、各内戦アクターの支配地域を概ね地区ごとに色分けし、ACLEDが収集・公開した紛争事案(洪水以前の1年間)の発生地点を重ねたものである。
図22 内戦アクターの支配地域と紛争事案の分布77
タイズ県東部(右下)では、アリーミー政権派とフーシー派の支配地域の境目近くに紛争事案が集中し、「前線」が形成されている。また、ホデイダ県南部(中央下)では、フーシー派と国民抵抗軍の支配地域が接触し、紛争事案が集中している一帯がある。本分析ではタイズ県にほとんど浸水域が見られなかったため、以下ではホデイダ県南部の「前線」に着目する。
図23左側は、紛争事案が集中する地区と、フーシー派の根拠地となりうる近隣地区を併せて「前線地区」と名付けオレンジ色に着色したものである。このうち、紛争事案が特に集中している南東の地区がハイス地区である。
図23 前線地区(左側)と周辺の地形(右側)78
図23右側は関心領域の地形を示している79。ホデイダ・タイズ両県は、東に2,000~3,000m級の山岳地帯を抱え、西の紅海にかけてなだらかな平地が広がる穀倉地帯である。そしてハイス地区は、このような山岳と平地の境界に位置する隘路ともいえる地形をもち、フーシー派と国民抵抗軍の間で前線が形成されている。
実際、このハイス地区から紅海沿岸にかけて、両陣営の支配境界線沿いに塹壕や土塁が築かれている。図24はその土塁線を地図上に示したものである80。
図24「前線」付近での陣地の分布81
これらの構築時期は定かでないが、その大半は2021年夏頃にはほとんど見られず、2022年夏頃には建設に着手されている82。図25はその一部の変化を示す衛星写真である。
図25 陣地構築の変化の様子
Google Earth; Image Ⓒ 2024 Maxar Technologies(上中段) Image Ⓒ 2024 Airbus(下段)
ハイス地区
図26はハイス地区の洪水前後の様子を示した画像である。左側は洪水前の様子を撮影した可視光画像である。東西に流れるようにワーディーが走り、その周辺に農耕地が広がっているのが読み取れる。図23に示した地形を見ると、水流は東から西(右から左)へ流れると考えられる。また、図の中央左下には中心市街がある。図26右側は洪水被害の様相を表したNDMI差分画像である。ワーディーに沿って地区を東西に貫くように洪水被害があったとみられる。
図26 ハイス地区の洪水前(左)と洪水被害(右)83
ハイス地区では洪水後、東部から西部へ地雷が流出したとの現地報道がある(後述)。図27は、目視で確認できた陣地の分布を洪水被害図に重ねたものである。地区の東側北部・中部・南部から流れるワーディーの上流側いずれにも陣地が形成されており、これらの地雷はその周辺から流出した可能性がある。(補遺に本段落での解釈を助ける図を示す。)
図27 ハイス地区の洪水被害の分布と陣地の分布84
また、図25の中段に示した写真では、土塁や塹壕がワーディーを横断して設けられているのが確認できる。大雨で鉄砲水が発生すれば、これらの陣地は損壊する恐れがある。ホデイダ県南部一帯には複数のワーディーがあり、洪水によって前線陣地の一部が機能停止に陥った可能性が指摘できる。
この分析は、現地の公開情報を裏付けるものとなっている。例えば、国民抵抗軍は、洪水によってフーシー派が設置した地雷や即席爆発装置(IED)等の爆発物が流出したと主張した[図28左参照]。ハイス地区について、例えば『12月2日通信』は地区東部のワーディー・ナハラで多数の爆発物が発見85されたと報道したほか、ハイス市北部でも流出した地雷による負傷者が発生したとしている86。なお、こうした事態を受けてサウディアラビア主導の地雷除去枠組み「マサーム・プロジェクト」は、ハイス地区とマクバナ地区において緊急の地雷除去作業を実施した87[図28右参照]。また本洪水より以前に発生した洪水によって、ハイス地区東部から同地区中南部ワーディー・ザミーにフーシー派の爆発物が流出したとする映像が8月4日に公開されており、同地区では東から西へ雨水が流れたと推察され88、衛星画像分析の結果と合致している。
図28左:ハイス地区で発見された地雷 / 図28右:緊急地雷除去を行うマサーム・プロジェクト隊員
バイト・アル=ファキーフ地区
ハイス地区周辺から北に30~50km程度離れたバイト・アル=ファキーフ地区は、2021年秋頃までその支配を巡って争われ、2021年冬頃にフーシー派支配が確立した89。しかし、旧前線には爆発物や地雷が残置されており、今回の洪水でそれらが流出したとみられる。図29は、流出した残置地雷により住民が1名死亡したとの報道地点をACLEDデータに基づきプロットしたものである。残置地雷による事故は稀に発生するが、大雨後にはそのリスクの増大が懸念される。
図29 バイト・アル=ファキーフ地区周辺の被害と残置地雷の流出90
このような爆発物流出は、洪水との因果関係について明言はされていないものの、各地で報告されている。例えば、国民抵抗軍は8月7日にフーシー派の地雷によってドゥライヒミー地区91にて、フーシー派は8月13日に「米沙侵略者の残置物の爆発」によってバイト・アル=ファキーフ地区にて青年がそれぞれ死亡したと主張した92。後者の事案は、衛星画像分析の図29にてプロットされた事案と同一と考えられる。
おわりに
ここまで見てきたように、質・量を掛け合わせたアプローチによって興味深い示唆が得られた。第一に、フーシー派が言及したホデイダ県の「大きな被害を受けた地区」と、図14で示した浸水域の割合が高い地区には差異が見られる。具体的には最も浸水域の割合が高かったムニーラ地区、同5位のハワク地区、同6位のカマラーン地区は、フーシー派によって言及されなかった。これらの地区に共通するのは、浸水した土地に占める荒地の割合が高く、農耕地の割合が低いことである[図31参照]。すなわち、フーシー派は農耕地など土地の有用性を加味したうえで「被害の大きさ」を判断しているといえる。
第二に、フーシー派と国民抵抗軍の洪水を巡る報道にも明確な差異が見られた。フーシー派は自派の迅速な対応をアピールしつつも、ハイス地区の被害や軍事面への影響について報道しなかった。これはハイス地区が主に国民抵抗軍の支配下にあることや、同派が軍事関連の情報を秘匿しようとした姿勢を反映していると窺われる。他方で国民抵抗軍は、ハイス地区の被害や海外からの支援を中心に報道し、軍事面でも地雷の流出を積極的に主張した。衛星画像の分析でも述べた通り、ハイス地区では東から西に水が流れた(補遺も参照)。これは東側にあったフーシー派の地雷等爆発物が西側の国民抵抗軍の支配地域へ流れたことを意味しており、国民抵抗軍としては同派を非難する材料として用いたい思惑があったと考えられる。
第三に、西海岸沿岸2県という広域の調査を可能とするマクロのアプローチと、現地語の報道整理を基にした各地区の対応などを明らかにするミクロのアプローチを組み合わせたことで、8月6日洪水の影響を丹念に描出することができた。ミクロ・アプローチでは西海岸沿岸2県における被害の全体像を把握することができないのは言うに及ばない一方、マクロ・アプローチでは発災後にどのようなアクターが災害対応にあたったかという点や、その災害を各アクターがどのように認識しているかを明らかにすることはできない。すなわち、両アプローチの組み合わせによって、より解像度の高い分析が可能となるため、今後もそれぞれのアプローチに長けた研究者間の協働が求められよう。
補遺
1.イエメン内戦
アラビア半島南端に位置するイエメンでは、2015年3月からサウディアラビア主導の有志連合軍や有志連合軍が支援する国際承認政府と、武装組織「フーシー派」の武力紛争が続いてきた。イエメンは紅海・アデン湾の要衝バーブ・マンデブ海峡と接しており、海洋安全保障上の重要性を有している。しかしながら、イエメン内戦は「忘れられた内戦」と形容され、とりわけ日本語での情勢分析は不足している。そのため、執筆者の一人である𠮷田は「イエメン情勢クォータリー」シリーズを通して、イエメン情勢に関する定期的な情報発信を試みている。下記に、イエメン内戦の主要なアクター間の関係の概要図(図26)を示すとともに、クォータリーのバックナンバーを記載する。
- 𠮷田智聡「8年目を迎えるイエメン内戦-リヤド合意と連合抵抗軍台頭の内戦への影響-」『NIDSコメンタリー』第209号、防衛研究所(2022年3月15日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2023 年 1 月~3 月)-イラン・サウディアラビア国交正常化合意の焦点としてのイエメン内戦?-」『NIDSコメンタリー』第258号、防衛研究所(2023年4月20日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2023 年 4 月~6 月)-南部分離主義勢力の憤懣と「南部国民憲章」の採択-」『NIDSコメンタリー』第266号、防衛研究所(2023年7月18日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2023年7月~9月)-和平交渉の再開とマアリブ県で高まる軍事的緊張を読み解く-」『NIDSコメンタリー』第281号、防衛研究所(2023年10月19日).
- ———、清岡克吉「イエメン情勢クォータリー(2023年10月~12月)-国際社会に拡大するフーシー派の脅威と海洋軍事活動の活発化-」『NIDSコメンタリー』第295号、防衛研究所(2024年1月26日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024年1月~3月-10年目を迎えたイエメン内戦とフーシー派の支持拡大-」『NIDSコメンタリー』第308号、防衛研究所(2024年4月12日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024年4月~6月)-フーシー派による軍事的エスカレーションの継続と国内統制の強化-」『NIDSコメンタリー』第341号、防衛研究所(2024年7月23日).
- ———「イエメン情勢クォータリー(2024年7月~9月)-「9月21日革命」10周年を迎えたフーシー派の新地平-」『NIDSコメンタリー』第356号、防衛研究所(2024年10月18日).
図30 イエメン内戦におけるアクターの関係
(注1)大統領指導評議会の中で、サウディアラビアの代理勢力と評される組織を(◆)、UAEの代理勢力と評される組織を(◇)とした。
(注2)代表的なアクターを記載した図であり、全てのアクターを示したわけではない。
(出所)𠮷田作成
2.内戦アクターの洪水への対応
表2は、フーシー派と国民抵抗軍が、8月6日洪水にどのように対応したかをまとめたものである。
表2 8月6日洪水後1週間のフーシー派と国民抵抗軍の対応
日付 | フーシー派 | 国民抵抗軍 |
---|---|---|
8月7日 | ホデイダ県知事による被災地視察 | マクバナ地区の被害調査 |
ホデイダ県被害にかかる緊急委員会発足 | ||
ホデイダ県にて道路復旧作業や被災者保護を開始 | 人道行動セルが国連にフーシー派支配地域への援助意思を伝達 | |
タイズ県マクバナ地区に財政援助 | ||
8月8日 | 最高指導者が演説の中で被災者へ慰藉 | 政治事務局第1副局長がハイス地区を視察 |
電力・エネルギー大臣がホデイダ県の電力状況を視察 | ||
青年大臣がホデイダ県の被害施設を視察 | ホデイダ県幹部とサーレハ社会基金が支援の調整協議実施 | |
県幹部によるホデイダ県バージル地区視察 | ||
8月9日 | 副首相(兼緊急委員会委員長)によるホデイダ県ドゥライヒミー地区視察/パレスチナ連帯デモ開催 | フーシー派支配地域から国民抵抗軍支配地域へ地雷等が流出と報道 |
8月10日 | ホデイダ県ザイディーヤ地区に300個の食料バスケットを配布 | クウェートによる食糧支援 |
バージル地区に救援物資を配布 | UAEの支援によりハイス地区とホデイダ県ハウハ地区でコミュニティ保護作業開始 | |
8月11日 | ホデイダ市に1,000個の食料バスケットを配布 | UAEの支援でハウハ、ハイス、マクバナ地区向けの食糧トラックが到着 |
アリーミーへの状況報告 | ||
タイズ県モカ地区で排水路拡幅作業を開始 | ||
8月12日 | マクバナ地区で5日連続の支援提供 | 政治事務局第1副局長がマクバナ地区の井戸復旧作業を視察 |
県幹部によるホデイダ県ミグラーフ地区視察 | ||
ホデイダ県ズフラ地区に救援物資を配布 | ||
ホデイダ県ザビード地区に救援物資を配布 | ||
サアダ県からの食糧支援トラックがホデイダ県に到着 | ||
8月13日 | ズフラ地区およびホデイダ県ルハイヤ地区への財政支援提供 | 最高指導者が援助継続を指示 |
サウディアラビアによる食糧支援 | ||
8月14日 | ホデイダ県の被害を受けた2,335世帯へ救援物資配布 | 人道行動セルがハイス地区での支援継続 |
3.マルチバンドカラー画像による判読
二時期差分赤外画像において、図9のような表示がされる理由は、近赤外と短波長赤外のもつ反射特性に求められる。まず、差分画像において赤色に表示される箇所では、洪水後に近赤外は反射率が増加し、短波長赤外は変化が小さかったと考えられる。洪水により明るい土砂やシルトといった堆積物が露出したり運ばれたりした地点では、近赤外の反射率が相対的に増加すると考えられる。次に、差分画像において青色に表示される箇所は、短波長赤外(SWIR2: 2190nm)の変化が相対的に顕著、又は緑植生において特に高い反射率をもつ近赤外や多少の反射率を持つ短波長赤外(SWIR1: 1610nm)の反射が洪水後に著しく減少した領域と考えられる。したがって、作物の育っていた農地が被害を受けた場合には、差分画像において青色で表示される。最後に、差分画像においてオレンジ色で表示される箇所では、近赤外や短波長赤外が正方向に増加していると考えられる。洪水前後で植生が維持されている農地は、植生による高い近赤外反射が引き続き得られ、降雨による水分供給によりわずかに短波長赤外(SWIR1)の増加がみられたため、オレンジで表示されたと考えられる。
4.指数の二時期間画像演算による解析
NDMI差分のみによる解析では、洪水前に緑植生(作物)があった場所が洪水後に泥水で覆われたケース(本文中の二時期差分赤外画像で青色に表示)を浸水域として確定しにくい場面が見られた。これは、そのような地点では近赤外(NIR)と短波長赤外(SWIR1)の反射が双方とも減少し、NDMIの差が顕在化しづらいためとみられる。そこで、追加的に正規化植生指数(NDVI)による抽出も併用する分析も行った。NDVIは、近赤外(R_NIR)と可視光の赤(R_RED)バンドの反射率を用いた以下の式で定義され、植生の検出にしばしば用いられる93。
植生地の農地が被害を受けた場合には、緑植生である作物の急激な減少がNDVIの低下として検出できる。そこでNDVIについても二時期差分画像を作成し、差分値が-0.07以下となった地点を判定に加えた。この場合には、当然ながら浸水域にわずかな拡大がみられた。ただし、洪水以外の理由によってNDVI反射が減少した可能性が否定できないことや94、本分析の考察において農地への被害が強調されていることを踏まえて、農地への被害をより強調するNDVIの使用を本文中では避けることとした。
5.地区別の浸水域における土地被覆割合
図31は、地区ごとの浸水域について、各土地被覆がどの程度の割合を占めるかを表したグラフである。本文中の図14に地区毎の総面積に占める浸水域の割合を示したが、それらの浸水域のなかでの、各土地被覆の割合を示したのが図31である。例えば、総面積に占める浸水域割合が最も大きかったムニーラ地区(al-Munīrah)は、その被害面積のうち半分以上が荒地の被害であることが読み取れる。これは、フーシー派指導者が同地区の被害にほとんど言及しない事実の背景にある可能性がある。
図31 地区別の浸水域における土地被覆割合95
6.ハイス地区における洪水被害の解釈
図32 ハイス地区における洪水被害の解釈図(図27の補遺)
図32は、本文中の図27の解釈を助けるために作成された図である。周辺地形やワーディーの判読より、ハイス地区へ水が流入するルートには、東側(図の右側)北部、中部、南部からの3種類が考えられる。図32の青い矢印は、想定される水の流れを表している。それら全てのルート上に、陣地が構成されているのがわかる。これを示したのが赤丸である。図中右上の略図に示した通り、これらのルートの上流側はフーシー派の支配地域とされ、逆に下流側は国民抵抗軍の支配地域とされる。これは、ハイス地区における流出爆発物が、フーシー派陣地から国民抵抗軍の支配領域にある市街へ流れたものであることを示唆する。そして、このようなパターンは「おわりに」でも触れたような、ハイス地区における爆発物流出について、国民抵抗軍側が積極的に報道しフーシー派を非難している一方で、フーシー派側はハイス地区における洪水報道をほとんど行っていないという事実の、背景にあるのではないかと考えらえる。
Profile
- 本山 功
- 政策研究部防衛政策研究室 研究員
- 専門分野:
数理政治学、安全保障論、危機交渉
Profile
- 𠮷田 智聡
- 理論研究部社会・経済研究室 研究員
- 専門分野:
中東地域研究(湾岸諸国およびイエメンの国際関係・安全保障)、現代イエメン政治