NIDSコメンタリー 第358号 2024年11月15日 米韓同盟と韓国の選択——拡大抑止と核保有に関する考察

地域研究部アジア・アフリカ研究室
浅見 明咲

はじめに

2022年の年末、韓国の尹錫悦大統領は、朝鮮日報とのインタビューにて、「韓米が米国の核戦力を『共同計画(Joint Planning)―共同演習(Joint Exercise)』コンセプトにより運用する方案を議論している1」と語った。「今はその程度(現状の拡大抑止政策2)で国民を納得させることは難しい」として、拡大抑止に対する不安感を示した。さらに後日行われた外交部および国防部の業務報告では、核武装の可能性について言及した。「より(北朝鮮の核)問題が深刻になり、大韓民国に戦術核配備をするとか我々自身が自前の核を保有する可能性もある。(中略)そうなれば、我々の科学技術でより早い時期に我々も(核を)持つことができる3」との見解を示した。米国が、韓国に拡大抑止を提供する理由は、北朝鮮に対する抑止のためであることは論を俟たない。しかし、現在の韓国は、拡大抑止を超えて、戦術核の再配備や自前の核保有に関する議論が活発になってきている。その理由として、北朝鮮の軍事的挑発の活発化が大きく影響している。2022年、北朝鮮のミサイル発射は過去最多となり、その年の9月には、新たな核ドクトリン(「朝鮮民主主義人民共和国核武力政策について」)を採択した。これらの行動は、北朝鮮の核の敷居を下げるものであり、韓国が警戒するのは当然のことである。米国が、韓国へのあらゆる手段による拡大抑止の提供を明確にしているにも関わらず、尹大統領が核武装について言及するということは、韓国における潜在的な核保有への意思を示唆しているといえる。本稿は、このような拡大抑止と核保有論の狭間で、韓国がどのような選択を行ってきたのか、しうるのかについて、ヴィピン・ナラン(Vipin Narang)の核獲得理論(Nuclear Acquisition Theory)をもとに考察する。

核獲得理論とは?

ナランは、国家がどのように核兵器の保有を追求し、なぜ特定の戦略を取るに至るのかについて、核獲得理論を提唱した4。核獲得理論によれば、国家が核兵器を保有しようとする時、大きく4つの戦略がとられる。①ヘッジング型、②短期型、③秘匿型、④保護型である。①ヘッジング型は、さらに(a)技術ヘッジング、(b)保険ヘッジング、(c)ハードヘッジングに分類される。ヘッジング型は、直ちに核兵器の保有を目指すものではないが、将来的な核保有の可能性を否定しないという戦略である。これを細分化すると、(a)技術ヘッジングは、核処理能力を軍事的にではなくエネルギー利用として重視する段階、(b)保険ヘッジングは、より核の軍事利用に重きを置いており、任意のタイミングで核兵器を開発できる状態を維持している段階、(c)ハードヘッジングは、潜在的により強い核保有の意思を持っているが、意図的に兵器化を進めないでいる状態を示している5。このようにヘッジングは、核保有の意思を明らかに否定することなく、核開発の時期や条件に曖昧性を持たせる戦略といえる。より積極的な戦略として、②短期型は、可能な限り迅速に核開発を行うものであり、主に5大核兵器国が冷戦時代にとった行動を表している。③秘匿型は、十分な抑止力を確立するまで、開発をひた隠しし、核保有を既成事実化させる戦略で、イラン(1987〜2003年)や北朝鮮(1992〜2006年)が例に挙げられる。④保護型は、大国(パトロン国家)の庇護のもと、核開発を行うものである。以上の戦略をまとめると図1のようになる。

核獲得理論

【図1】核獲得理論
Vipin Narang, “Strategic Nuclear Proliferation: How States Pursue the Bomb,” 126, Figure 2をもとに執筆者作成

ここで、保険ヘッジング型からハードヘッジング型への移行課程に着目したい。ナランは、この核獲得理論において、1975年から現在の韓国は、保険ヘッジング型戦略を取っているとしている。図1が示すように、保険ヘッジング型は、深刻な安全保障上の脅威に直面しているが、「公式的な安保上の保証が深刻な脅威を和らげている」状態であることから、保険ヘッジング型の位置に留まっている。しかし、この状態が悪化、つまり、安保上の保証が弱体化する、または脅威が保証を上回る状態となった場合、国家は、核保有へのより積極的な姿勢をとることになる。要するに、保険ヘッジング型からハードヘッジング型への移行が起きる。さらに、国内において、核保有に関する意見の一致がみられれば、国家は、さらに短期型、秘匿型へと、駒を進めることになる。

この理論に基づけば、韓国が、保険ヘッジング型戦略に留まっているのは、米韓同盟や韓国自身の国防力強化による「公式的な安保上の保証」が担保されているためであると解釈できる。同時に、同盟の弱体化や信頼性の低下が、韓国をより積極的な核保有戦略へとシフトさせる可能性を含んでいることを示している。加えて、韓国が直面する北朝鮮の軍事的脅威は、韓国がハードヘッジング型や短期型戦略へ移行する起爆剤ともなりうる。

この様に、国家はそれぞれの条件に応じて、核保有戦略を変化させる可能性を秘めている。本稿では、韓国が直面する安全保障上の課題、特に拡大抑止と核保有に関する議論について考察し、ひいては、韓国の核保有の可能性について論じたい。

1970年代の韓国の核開発と秘匿型戦略

韓国における核保有に関する議論は、1970年代に遡る。ナランは、この時期(〜1974年)の韓国を、秘匿型戦略に位置付けている6。当時の朴正煕政権は、秘密裏に核保有計画を進めていた7。その一番の理由は、米国のコミットメントに対する不信感であった。ニクソン政権は、1970年初頭に在韓米軍63,000人のうち、3分の1に当たる20,000人を削減するとした8。在韓米軍の削減は、北朝鮮に間違ったメッセージを与えるのではないかという韓国の懸念を増大させた。当時の北朝鮮の戦力は、韓国の3倍と見込まれており、米軍が撤退した場合、通常戦力による抑止体制の維持が難しくなり、韓国は北朝鮮に対抗できなくなるという懸念が、韓国内で広がっていた9。さらに、1960年代後半は、北朝鮮との衝突が頻発していたにも関わらず10、それらに対する米国側の対応が思わしくなかったことから、韓国側の不満は募る一方であった11

1970年代初頭、朴正煕政権は、「890計画」として、秘密裏に独自の核開発に舵を切り始める12。朴政権は青瓦台に兵器開発委員会を設置し、軍事、産業、学術における科学的資源を核開発に投入し始めた13。1972年、再処理施設における技術協力を求めて、科学技術部(Ministry of Science and Technology)がフランスとイギリスを訪れている。1973年には、フランスのエンジニアリング会社と再処理施設の理論的設計協力に関する契約を交わし、その翌年には、ベルギーからモックス燃料の再処理施設購入を決めた14。プルトニウム生産の核燃料処理施設の獲得計画と同時に、韓国は、地対地ミサイルの開発にも着手した15。これらの計画は、全て秘密裏に行われたが、やがて米国の知るところとなる。1974年11月、在韓国米国大使館は、韓国の核兵器開発計画が初期段階にあるとワシントンに報告したのである16。米国が、韓国の核兵器開発を疑い始めたのは、インドの核実験が発端となり、核物質に関する情報点検を行ったためである17。米国は直接的または間接的に韓国政府に働きかけることによって、核兵器技術の入手を阻止しようと奔走した。当初、韓国政府は、核開発計画について「平和目的」であると主張し、核開発については否定していた18

この時期、韓国の北朝鮮に対する脅威認識はさらに強まっていた。米軍のベトナム戦争撤退後、1975年4月にはサイゴンが陥落し、朴正煕政権における米国への信頼性は脅威認識と反比例するように低下していった。朴正煕大統領は、現代化された米軍がベトコンとの戦いにおいて無力であったことで、北朝鮮が、自分たちも40,000人の在韓米軍を敗退させることができると考え、米国の同盟国へのコミットメントの低下を誤判するのではないかと警戒していた19。また、朴正煕大統領は、米軍の削減に伴い、韓国に配備していた戦術核20も撤去されるのではないかと憂慮し、「もし、米国が彼らの核の傘を撤去するようなことがあれば、韓国は核兵器を開発することになるだろう」と核開発宣言ともとれる発言をした21。しかし、この発言以降も、朴正煕大統領は核兵器開発計画の存在は認めなかった22

このような韓国政府に対し、米国は、フランスとの再処理施設に関する契約の破棄を迫り、代替措置として、韓国の民間原子力産業への支援や米国の核技術の一部提供などを提案した。さらに、ドナルド・ラムズフェルド(Donald Rumsfeld)米国防長官は、1976年5月の交渉において、韓国が核兵器開発を続けるのであれば、安全保障や経済分野における「韓国との関係を全面的に再検討するころになろう」と徐鐘喆韓国国防長官に圧力をかけた23。ドナルド・グレッグ(Donald Gregg)元CIAソウル支局長(後に駐韓米国大使)は、北朝鮮からのどのような攻撃からも韓国を保護するので、核兵器は必要ないと韓国を説得したと振り返る24。グレッグ元支局長は、韓国が1977年頃に核兵器開発を中断したとしている。実際には、朴正煕政権は、秘密の核チームを解散せず、1978年には、再処理施設をめぐり再びフランスと協議を始めていた25。しかし、結局は、この取引も米国の介入によって頓挫した。米国は、引き続き韓国に対する監視の目を光らせると共に、米国による戦術核の配備を明らかにし、「核の傘」の信頼性を高めていく方向へと転換していく。

これが、朴正煕政権による秘匿型戦略の末路であった。インドの核実験後に、米国が韓国の核開発を嗅ぎつけていたことを考えると、秘匿型戦略は1974年で頓挫したといえる。朴正煕大統領が、核兵器開発に踏み切った理由として、安全保障上の不安が大きく作用していたことはすでに述べた通りであるが、それ以外にも朴政権を秘匿型戦略へと押し進めた要素がある。図1の通り、国家が深刻な安全保障上の脅威に直面している場合、ヘッジング型のうち、いずれかの戦略をとることになるが、国内でのコンセンサスが得られた場合、さらに経済的・軍事的制裁に脆弱である場合、より積極的な核獲得戦略をとることになる。大国による庇護(韓国の場合は米国)が得られない状況下で、朴正煕政権は、秘匿型の核開発戦略をとらざるを得なかったといえる。民主化以前であった朴正煕政権にとって、国内のコンセンサスの有無に関わらず、秘密裏に核兵器開発を進めるハードルが高くなかったことは想像に難くない。また、1970年代の韓国は、経済発展の初期段階であり、軍事力も北朝鮮に劣っていたことから、ヘッジング型からより積極的な戦略へと移行したのである。そして、核開発が米国に知られれば、結果は既述の通りである。いずれにせよ、安保上の脅威と米国への不信感が、開発の大きな動機であったことは明らかである26

拡大抑止の強化と保険ヘッジング型戦略

安保上の脅威認識が、韓国の核兵器開発に大きく影響していたことは、今日の韓国国内における核保有論の高まりを考えるうえで重要な示唆を示している。秘匿型戦略が失敗に終わってからの韓国は、保険ヘッジング型戦略を維持している。既述の通り、保険ヘッジング型は、安保上の保証によって脅威が和らいでいるが、任意のタイミングで核兵器を開発できる状態を維持していることを指す。したがって、韓国が保険ヘッジング型に留まっているのは、安保上の保証―大きくは米韓同盟―によって、北朝鮮の脅威(認識)が緩和されているためだといえる。

韓国の核兵器開発問題が収束を見せた後、米国は韓国に対する核の傘の提供を強化していく。1978年の第11回米韓安保協議会議(SCM:Security Consultative Meeting)共同声明では、初めて米国から韓国へ「核の傘(Nuclear Umbrella)」を提供することを明文化した。北朝鮮が、1回目の核実験を行った2006年には、SCM共同声明の中で初めて「拡大抑止」が言及された。ラムズフェルド国防長官は、「米国の核の傘の提供を通じた拡大抑止の持続を含み韓米相互防衛条約にしたがって米国の韓国に対する強固な公約と迅速な支援を保障する27」とした。「拡大抑止」の言及は、韓国側からの強い要望によるもので、米国による核の傘の提供に対する不安感を示していた28。さらに第41回SCM共同声明では、「米国の核の傘、通常戦力、ミサイル防衛を含む、あらゆる軍事的手段によって拡大抑止を提供29」することが盛り込まれた。しかし、北朝鮮の核実験が行われるたびに、韓国の脅威認識が高まり、拡大抑止への信頼性も揺らいだ。米韓は、信頼性向上のため、協議体の設置や戦略アセットの展開を行った。例えば、2016年、米韓は、米韓拡大抑止戦略協議体(EDSCG: Extended Deterrence Strategy & Consultation Group)を創設した。これは、国務省・外務部と国防部による次官級の協議体である。また、SCM共同声明は、戦略アセットの展開に加えて、B-52、地上配備型迎撃ミサイル、ミニットマンⅢのデモンストレーションをバンデンバーグ空軍基地で行ったことで、拡大抑止に関する理解の促進と信頼醸成に寄与したと評価した30。一方で、韓国は、このような一度きりの展開(one-off missions)では、北朝鮮の脅威に対抗するに不十分であるという認識も示している31。韓国は、米国の戦略アセットの常時展開を望んでいたのである。このような協力の強化にも関わらず、韓国は常に米国の拡大抑止に関するコミットメントに不安を抱えていたのである。

では、近年の取り組みとして、尹錫悦政権における拡大抑止の強化についてもみていきたい。2022年、EDSCGが約4年ぶりに開催された。また、第54回SCM共同声明は、初めて金正恩政権について言及した。ロイド・オースティン(Lloyd Austin)国防長官は、「米国や同盟国および友好国への非戦略核(戦術核)を含むどのような核攻撃も容認することはできず、これは金正恩政権の終末を招くことになる32」と明言したのである。また、この共同声明では、テーラード抑止戦略(TDS:Tailored Defense Strategy)33の見直しについても言及した。そして、米韓の拡大抑止政策において大きな契機となったのが、「ワシントン宣言(Washington Declaration)」であった。この宣言は、米韓の首脳レベルによる拡大抑止の公約がなされたことに意義があるといえる34。また、この宣言により、核協議グループ(NCG: Nuclear Consultative Group)が新設された。不定期な国防次官級のEDSCGと比べ、次官補級のNCGは、より核関連に特化した議論を1年に4回行うシステムとなっている。このNCGでは、米国の核作戦における韓国の通常戦力による協力を意味するCNI(U.S.-ROK conventional and nuclear integration)がワークストリームに追加された35。このCNIは、NATOの核共有とは異なる概念であり、オペレーションに関する米韓のコミュニケーションの強化、共同プランニング、情報共有、共同訓練、戦力の統合を図ることを目的としている36。2024年には、両国防部の間で、共同指針が署名された37。さらに「ワシントン宣言」は、米国の戦略アセットの展開についても言及している。これに伴い、42年ぶりに、米軍の戦略ミサイル原子力潜水艦(SSBN)「ケンタッキー」が釜山に入港、戦略爆撃機B-52Hは、初めて韓国国内に着陸した38。このように、尹政権とバイデン政権の間で、米韓の拡大抑止に関する協力の強化がみられた。

一方で、このような米韓の取り組みは、韓国の安心供与につながっていないのが現状である。韓国の統一研究院が2024年6月に発表した世論調査の結果によれば、核保有に賛成と回答したのは全体の66%にのぼった39。2023年は、「ワシントン宣言」の影響もあり、60%程度まで減少したが、2024年になると支持率は上昇傾向にあると分析している40。さらに、「我々の国防のために在韓米軍の駐留と核兵器保有のうち1つを選択するとしたらどちらを選択するか」という質問に対しては、44.6%が核兵器保有を選択し、在韓米軍駐留(40.1%)を上回る結果となった41。この結果は、米国の拡大抑止の信頼性を損なうことにつながる。さらに、安保上の保証によって、北朝鮮の脅威が緩和されることで、韓国が核獲得理論における保険ヘッジング型に留まっているという方程式を崩しかねない。その場合、韓国は、ハードヘッジング型や短期型へと移行していく可能性があるのか?次項では、この問いについて考えていきたい。

韓国国内議論とハードヘッジング型への示唆

核獲得理論における保険ヘッジング型の次の段階は、ハードヘッジング型である。ハードヘッジング型は、潜在的により強い核保有の意思を持っており、意図的に兵器化を進めないでいる状態を維持することで、すぐにではないが、永久に可能性がないわけではないという立場をとっている。このハードヘッジング型への移行には、国内のコンセンサスの有無が影響する。コンセンサスが得られた場合、国家は、短期型戦略にシフトし、可能な限り早期の核保有を目指すことになる。では、現在の韓国は核保有に関してどの程度コンセンサスが取れているといえるのか。

既述の通り、最近の世論調査では、核保有に賛成の声は、66%にまで及んでいる。しかし、この数値だけで、韓国における核保有の意思を推し量ることはできない。米国戦略国際問題研究所(CSIS)は、2024年4月に、韓国の核保有に関する世論調査のレポートを発表した42。このレポートによれば、2017〜2023年に行われた36の世論調査において、平均して61%の国民が核保有を望んでいる。しかし、CSISが独自に行なった政治エリート層への調査は、国民への世論調査とは異なる結果を示している43。核保有に関して、政治エリートの34%が賛成した一方、55%が反対を示したのである。反対の理由としては、NPTに違反することで国際社会からの非難や制裁を受ける可能性と、米韓同盟への悪影響を挙げているが、前者の理由がより強く反映されている。賛成と回答した比率は、進歩派よりも保守派の間でより高くなった。2024年10月に行われた国政調査では、保守派である与党(国民の力)が、北朝鮮の非核化が事実上失敗したことにより、韓国の核武装や米国の戦術核際配備が必要になったと主張した一方で、野党(主に共に民主党)は、NCGを通じて韓国側の声をより反映させる必要があるとの見解を示している44。このように政治イデオロギーの違いは、核保有に関する認識に大きな隔たりを生み出している。

このようなイデオロギーによる立場の違いは、国民レベルでも現れている。統一研究院の報告書によれば、核保有に賛成かという設問に対し、保守派は63.4%、進歩は55.6%が賛成と回答した45。また、米国の拡大抑止を信頼しているかという設問に対しては、保守派の85.3%が信頼していると回答した一方、進歩派は、63.4%に留まった。これは保守派の認識に関する興味深い結果を示している。保守派は、進歩派よりも米国の拡大抑止を信頼しているにも関わらず、進歩派よりも多い63.4%が核保有に賛成しているのである。さらに別の調査では、北朝鮮に対抗する望ましい手段として、保守派の45.69%が国防力強化を主張し、拡大抑止の強化については15.39%の支持に留まった(進歩派については、26.61%が国防力強化、5.08%が拡大抑止強化と回答)46。したがって保守派は、拡大抑止の強化よりも国防力の強化―核保有を含む―をより望んでいるということになる。要するに、核保有に対する国民の認識や重要な変化は、国内政治とイデオロギーの違いによる影響を大きく受けているのである47

上記のことを踏まえると、核保有に関する世論は、時の政権の政策に大きく影響を受けると考えられるが、既述の通り、政治エリート層の核保有に対する支持は、34%に留まっている。したがって、「世論」が示すほど、韓国の核保有論は一枚岩ではない。また、尹政権の支持率は、最新の世論調査で19%に低下した48。2024年4月の国会議員選挙では、野党側(共に民主党・共に民主連合)が175議席を獲得し、与党側(国民の力・国民の未来)に勝利した。これにより、尹政権における国会でのねじれ状態は継続することとなった49。このような観点からも、尹政権が、核保有に関する国内のコンセンサスを取るのは困難であることがうかがえる。したがって、尹政権においては、国内の核保有論がこれ以上高まったとしても、国内のコンセンサスが取れないことから、ハードヘッジング型に留まり、その先の短期型へのシフトの可能性は低い。そもそも短期型戦略は、5大核兵器国が冷戦期にとった戦略であり、非常に稀なケースである50。また、韓国は、米国との原子力協定に基づき、核燃料再処理とウラン濃縮に関する制約を受けていることから、技術的にも短期型戦略をとることは難しいといえる51。したがって、韓国が保険ヘッジング型からハードヘッジング型に移行することで、核兵器開発に向けた潜在的な能力や意思を強めることは考えられるが、それ以上の段階への発展は考えづらいと結論付けられよう。

おわりに

核獲得理論にもとづき、1970年代の韓国の核兵器開発計画、その後の拡大抑止強化に関する米韓の取り組み、最近の韓国国内における核保有論について考察を行なった。結論としては、韓国が、ハードヘッジング型よりも積極的かつ具体的な行動にでる可能性は低く、韓国の核保有の可能性は、高くないといえる。現状では、米韓同盟として、特にEDSCGやNCGの枠組みを通して、拡大抑止の信頼性を高めていくことが最善であり、CNIなどの有用な手段を模索していくことが肝要である。また、韓国が進める通常戦力の強化、とりわけ3軸体系52の構築は、北朝鮮に対する抑止につながるとともに、CNIの強化にもつながるだろう。加えて、脅威そのものを和らげる努力も必要である。現在、南北朝鮮の対話は途絶えたままであり、北朝鮮は、朝鮮半島における「2国論」まで主張している53。尹錫悦大統領が2024年8月に発表した「8.15統一ドクトリン54」についても、北朝鮮は沈黙を貫いている。このような状況で、対話による雪解けは困難とみえる。一方で、韓国が本格的に核保有を目指す可能性が、ゼロではないことも指摘しておかなければならない。米韓同盟の強化によって、拡大抑止が強化されたとしても、北朝鮮に対し通常戦力において優位に立ったとしても、韓国が、実質的な「核保有国」と対峙しているという状況は変わらない。その脅威に対する認識の乖離が米韓間でより広がった場合、韓国国内の核保有論は激化するだろう。また、韓国国内において、核保有に積極的な大統領の就任や、保守派が多数派となるようなことになれば、急激に核武装へと邁進する可能性もある。それは、朝鮮半島において2つの「核保有国」が対峙するという新たな緊張状態を招き、東アジアのみならず、世界の安全保障環境に影響を及ぼすことになる。あくまで仮定の議論ではあるが、これらの可能性を排除することなく、引き続き議論していく必要があるだろう。

Profile

  • 浅見 明咲
  • 地域研究部アジア・アフリカ研究室 研究員
  • 専門分野:
    朝鮮半島の安全保障問題