NIDSコメンタリー 第357号 2024年10月22日 ロシア・ウクライナ戦争における航空戦の推移(2022.2-2024.9)

地域研究部米欧ロシア研究室
相田 守輝

はじめに

本稿は、ロシア・ウクライナ戦争の2022年2月24日から2024年9月30日までの期間において、その航空戦がどのように推移していったかを検討するものである。研究にあたっては、主に米国、英国および中国の空軍関係者や専門家の見解を踏まえるとともに、ウクライナ国防大学の資料を丹念に読み込むことによって戦局全般の推移を把握することに着意した。また必要に応じて各種メディアの報道も取り入れながら考察した。

以下に具体的に見ていくように、「航空優勢(Air Superiority)1」をめぐるロシア軍とウクライナ軍の攻防は、この戦争を理解する上で極めて重要な観点と言えよう。本稿は、そのような趣旨から航空戦の推移について考察した。

戦争勃発直前の戦力分散

2022年2月、ロシア航空宇宙軍(VKS)は、Su-30戦闘機に加え、Su-34、Su-35sといった最新鋭機をも含んだ約350機を擁する航空戦力をウクライナ周辺に展開させていた。VKSは数的優位なだけでなく、作戦機が搭載するレーダーや長射程のミサイルを発射できる能力など、質的にもウクライナ空軍(UkAF)を凌駕していた2。VKSは、優れた電子戦(EW)の装備や早期警戒管制機(AWACS)なども保有していた。長距離を見渡せるAWACSのレーダーは、他のロシア機に敵機の状況を伝達できるため航空戦において常に有利な状況にあった。

VKSの戦闘機パイロットの大半は、2015年のシリア空爆にローテーションで参戦していたが、複雑な作戦や精密誘導弾(Precision Guided Munition:PGM)の投下経験は限られていた3。またロシア軍の防空部隊は、S-400と呼ばれるSA-21地対空ミサイル(SAM)を含めた大規模かつ高性能な防空網を形成でき、最新の追跡・照準レーダーと組み合わせれば、UkAFの長射程SAMに比べて3倍の射程距離を誇っていた4

対するウクライナ軍の防空部隊は、広範な防空レーダー、長射程SAM(SA-10)、中射程SAM(SA-11及びSA-8)、高射砲、数千発の携帯式防空ミサイルシステム(Man-Portable Air-Defense Systems:MANPADS)で構成されていた5

両軍の緊張が次第に高まり、ロシア軍が攻撃態勢に移ったと察知したUkAFは、戦闘機などの航空アセットを主要な航空基地から補助的な飛行場に分散、ローテーションさせながら集中配備を防ぎ、ロシア軍の攻撃による損害を局限しようとしていた。防空部隊もダミーの発射台やレーダーサイトを設置し、欺瞞信号によってミサイル攻撃を引きつけられる態勢をとっていた。そしてロシアが攻撃をはじめる数時間前になると、防空部隊は分散防護も兼ねてそれぞれが散開しながら配置についていた6

戦争の開始とロシアVKSの航空侵攻

2月24日未明、ロシア軍による軍事侵攻ははじまった。ロシアの作戦コンセプトは、侵攻部隊がウクライナ軍の陸上部隊を東部や南東部に引き付けている間に、首都キーウの政治指導部を特殊部隊によって排除することだった。その際のVKSの任務は、ウクライナの防空能力を低下させ、制空権(control of the air)を握ることであった7。ところが、VKSはUkAFのレーダーを混乱させるEW攻撃やUkAFのSAM発射台の位置を特定するためにドローンを囮として投入することを積極的にせず8、戦闘爆撃機や長距離巡航ミサイルを用いながら、約100箇所ものUkAF防空関連施設(空軍基地、レーダー、SAM発射台、対空砲台、指揮統制系統)を様々な方角から攻撃した9

迎え撃つウクライナ側の陣容は、UkAFに戦闘機MiG-29を約50機、Su27を32機、並びに攻撃機Su-24、Su-25など約40機を擁するものの、はるかに小規模で能力も低かった10。それにもかかわらず、UkAFの戦闘機は即座に対応しながら高高度帯で侵攻するVKS機を迎え撃った。ウクライナの防空部隊は分散配置を急いだために、UkAFは緒戦において組織的に連携した防空戦闘を行うことができなかった11。だが、UkAFは開戦直前に分散配置していたため、飛行部隊と防空部隊の大半は、この緒戦におけるVKSからの攻撃から生き延びることができていた12。しかも、侵攻するVKSは、分散したウクライナ防空部隊の位置を速やかに特定できず、ロシア側の戦闘損耗評価(Battle Damage Assessment:BDA)能力の低さを露呈していた。とはいえ、ウクライナ軍の防空部隊も混乱していたため、しばらくUkAFの戦闘機のみで迎撃することとなった。

VKSの航空侵攻では、1日平均で約140ソーティーのペースで作戦機が出撃し、中高度帯で150海里(NM)ほどウクライナ領内を侵入していた。しかし、VKS機は1から6機の編隊規模で毎回侵入するだけで、1991年の湾岸戦争で米軍がみせたような大規模かつ多数機で侵攻するようなものではなかった。また、対地攻撃の主体はSu-25の無誘導の爆弾やロケットによるものであった13。Su-35やSu-30などのロシア戦闘機は、最初の3日間、攻撃機を掩護するために中高度帯で戦闘空中哨戒(CAP)を行いながら、UkAFのMiG-29、Su-27、Su-24、Su-25などを撃墜していった。UkAFの戦闘機は、ロシアの高性能SAMやSu-35による脅威が次第に強くなったため、これら脅威を回避するために、徐々に低高度帯に移行して戦闘せざるを得なくなっていった14

ロシア軍は、緒戦において首都キーウの北にあるアントノフ空港の制圧も試みた。ところが、ロシアの空挺部隊を乗せたVKS輸送機は複数撃墜され、一部の空挺要員は空港に降り立ったものの、ウクライナ軍の陸上部隊が滑走路を事前に破壊したことから、後続するVKS輸送機は着陸できなかった。VKSは空港に降り立った空挺部隊を上空から掩護することもなく、空港で孤立したロシア軍部隊は、ヘリコプターのみによる上空援護をうけながら空港を占拠していた。ところが、ウクライナ軍の掃討に遭い、数日後に全滅する運命となった15。また、ベラルーシから首都キーウに進軍するロシア軍は、ウクライナ軍によるダムの破壊工作によって、進軍経路の迂回を強いられた16。その結果、多くの地上部隊の車両が限られた経路に集中して渋滞することとなり、ウクライナ軍のトルコ製ドローン「バイラクタルTB-2」によって次々と攻撃を受けた17。対するロシア軍は初期段階でドローンを多用することはなかったが、徐々に偵察・攻撃型ドローン「オリオン」を戦線に投入し、ウクライナ軍に米国から供与されたM777榴弾砲を破壊していった18

このように、ウクライナ軍やロシア軍のドローンが驚くほどの戦果をあげたことは、これからの将来戦がドローン抜きでは語れないことを物語っていた。

航空優勢が獲得できなかったロシアVKS

開戦当初から圧倒的な航空戦力をもつVKSは、速やかに航空優勢を獲得するものと思われていたが、開戦から3日経過しても、VKSは航空優勢を獲得できなかった19。VKSの組織的な航空侵攻は次第に減少し、ロシア軍が首都キーウへ進軍するにつれて、VKSは孤立した航空作戦を続けていた。VKSが組織的な航空侵攻をやめるようになった背景は、斬首作戦に失敗したためであった。その後、ロシア軍の地上戦は泥沼化し、VKSは即時に上空掩護を求められたため、制空権(control of the air)を重視する方針から近接航空支援(Close Air Support:CAS)に変更せざるを得なくなった20

そのようななかでも、VKSはウクライナの統合防空システム(Integrated Air Defence System:IADS)能力を突破すべく、UkAFのレーダー、基地、インフラなどにミサイル攻撃を繰り返した21。仮に、このままVKSが攻勢対航空(Offensive Counter Air: OCA)作戦を継続していれば、ロシアは航空優勢を獲得していたかもしれなかったが、そもそもVKSの敵防空網制圧(Suppression Enemy Air Defense: SEAD)作戦は効果的ではなかった。しかもロシア軍のBDAも迅速にできない状態にあった。そして何よりも、VKSパイロットの飛行訓練不足から多数機編隊による航空侵攻の訓練さえほとんどしていなかったため、大規模な航空侵攻によるSEAD作戦が行える能力をもっていなかった22

開戦から3カ月の間、ロシアの全軍種をあわせれば、1日平均約24発のミサイルを発射するペースで巡航ミサイル約2,000発、弾道ミサイル約240発が消費されていった23。それにもかかわらず、急速な戦闘空間の変化に対応できなかったVKSは、ウクライナのIADS能力を低下させることもできず、またロシア軍の地上侵攻に勢いづけることもできなかった。その結果、ウクライナ軍の防空網を回避するため、VKS機やロシア軍ヘリコプターは低高度帯での活動を余儀なくされ、無誘導のロケット弾をひたすら発射する日々が続いていった。だが、これらの航空攻撃は推測されやすい飛行ルートで連日行われたため24、ウクライナ軍の膨大なMANPADSの餌食にもなっていった25

高密度な防空網の形成と航空優勢獲得の困難性

2022年3月下旬になると、ロシア軍による首都キーウ攻略は失敗に終わり、ウクライナ軍はキーウ北部とハルキウの領土を奪還していった。しかし、ロシア軍はウクライナ東部や南東部に戦力を集中するようになり、その後、これらの地域で大きく攻勢をかけていくことになる。VKSは、ウクライナのIADS能力を弱体化させるためにドローンを囮として利用し、航空攻撃を継続していた。このドローンに対して反応したUkAFがレーダーを起動すると、Su-30やSu-35戦闘機が対レーダーミサイル(ARM)を発射するというSEAD作戦上の連携が、VKSにおいてもようやく見られるようになった。その結果、ウクライナ軍の防空部隊は次第に戦闘力を失い、前線からの撤退を余儀なくされ、対するVKS機は高高度での航空作戦を遂行する能力を徐々に高めていくこととなった26。VKSはSEAD作戦において課題を抱えながらも、徐々に成果を上げている一方で、UkAFの防勢対航空(DCA)作戦は次第に不利な状況に陥っていた。

ウクライナ軍は、6月に供与された米国製の高機動ロケット砲システム(HIMARS)を駆使して南東部の戦線に対して攻撃を行っていた。すると、精密に攻撃されるロシアの地上部隊は次第に厳しい状況に直面することとなった。この状況を受けて、VKSはロシア軍を上空からCASによって掩護するようになった。このように、VKSの任務はロシア軍陸上部隊の事情に影響されながら、一貫性を欠いた航空作戦を展開していた。そして7月に入ると、全体的にVKSはウクライナの空域に戦闘爆撃機を深く侵入させることを停止し、代わりにスタンドオフ兵器や長距離ミサイルを用いた攻撃に移行するようになった。2022年秋、地上戦が激化すると、両者の強力な防空網が、地上で密集する状態となっていた。その結果、VKSとUkAFの航空機は容易に空域に進入することが難しくなった。またレーダーの感知が難しい低高度帯においても、ロシアとウクライナの双方が保有する多数のMANPADSが、侵入してくる航空機に対して致命的な脅威をもたらしていた27

そもそも旧ソ連軍にとって「防空任務」は極めて重要な役割と捉えられていた。このため、ロシア軍とウクライナ軍は共に大規模な防空部隊を伝統的に編成してきた。その両者が航空戦を行うとなれば、必然的に高密度の防空網が密集し合いながら形成されていくこととなった28。従って、このようなパリティの状況下では、互いにキルゾーンを拒否し合う結果となり29、両者が航空優勢を獲得できない状態となった30

そのため、ロシア軍はイラン製自爆ドローン「シャヘド131/136」を使ってウクライナを攻撃し始めるようになった31。約115ノット(kt)の低速で低空を飛行し、30~50ポンド(lbs)の爆薬を運搬する「シャヘド」は、約30,000ドルと比較的安価でありながら航続距離は700~800NMと長いため、ウクライナにとって発射地点の特定や迎撃は容易ではなかった32。ロシア軍が「シャヘド」を用いる戦術は、時間の経過とともに変化してきた。時には、「シャヘド」を公然と集団で飛行させることでウクライナ軍の注意を引き、その隙を突いて長距離ミサイルの攻撃経路を確保する戦術をとるなど33、戦局をロシア有利に変えようと作為した34。ロシアからの自爆ドローンによる攻撃を受け続けたウクライナも、10月になると、国境から約200km離れたロシアのシャイコフカ飛行場に駐機されているTu-22M3「バックファイヤー」を自爆ドローンで攻撃し、2機を損傷させた35

このように、両者の防空システムが非常に強固であるため、航空優勢を確保できない状況が続き、その結果として互いに自爆ドローンを用いた攻撃を行いながら、相手の航空戦力を排除するOCA作戦が展開されることとなった。

繰り広げられる長距離ミサイル攻撃と防空部隊の迎撃

2023年に入ると、ウクライナは延べ100,000機以上の多種多様なドローンを前線投入するだけでなく36、自爆ドローンを使用してモスクワや航空基地への攻撃を行うようになった37

一方、VKSはウクライナ領内を深く侵入する作戦には、有人機を極力飛ばさず、ドローン、巡航ミサイル、弾道ミサイルが多く投入されるようになった38。というのも、2023年5月の段階で、ウクライナは全国でロシアの巡航ミサイルと無人機の約90%、空と地上から発射された弾道ミサイルのほぼ80%を撃墜していたのである。米国製長距離SAM「パトリオットⅢ」で防衛された地域に至っては、ロシアからの弾道ミサイルをほぼ100%撃墜していた39。であるが故に、VKSはこの強固なウクライナ軍の防空網を有人機で突破することに消極的になっていた。

その5月には、ウクライナ東部のバフムートでは地上戦が激化する一方で、首都キーウの上空ではUkAFの「ペトリオット」と、VKSのMiG-31が発射する空中発射巡航ミサイル「キンジャール(Kh-47M2)」との戦いが繰り広げられていた。

UkAFの防空部隊は、第一波で飛翔する「キンジャール」の迎撃に成功したが、その後の第二波ではMiG-31から発射される「キンジャール」に加え、黒海艦隊からの巡航ミサイル「カリブル」、陸上部隊からの「イスカンデル-M」や「S-400」、更には複数の「シャヘド」が同時に異なる方向から襲い掛かることになった40。その結果、UkAFの防空部隊は迎撃に追われ、SAMの在庫を次第に減らしていく結果となっていったのである41。ロシア軍の作戦は、まず第1段階として低コストの「シャヘド」を使用し、広範囲にわたって空爆を行うことで、キエフに配備されている通常の防空システムを作動させ、迎撃を誘発する。次に第2段階では、この陽動によって明らかになった防空システムの位置を狙い、海上から「カリブル」や地上から「イスカンデルM」を用いて攻撃し、これらの防空システムを破壊する。最後の第3段階では、温存されていた「ペトリオット」が作動した瞬間に、上空で待機しているMiG-31が「キンジャール」を複数発射し、「ペトリオット」を排除しようとするものであった42

ドローンによって膠着状態を解消しようとする試み

2023年8月になると、両軍の攻防は膠着しはじめていた。地上での反抗作戦に苦戦するウクライナ軍は、ロシア軍で価値の高い軍事目標を狙い撃ちしようとする戦術に変更し、その手段としてドローンを活用するようになった。西側諸国から供与される兵器、弾薬が枯渇しはじめていたウクライナ軍は長距離ドローンを用いて、同時期の8月、国境から約350Km離れたロシアの飛行場に駐機していたIL-76輸送機などを破壊し43、また国境から約400NM離れたソルツキー飛行場に駐機されていた超音速爆撃機Tu-22をも破壊した44。また9月に入っても、クリミア半島に配備されているSAM(S-400やS-300)を攻撃するようになった45

このように、ウクライナは2023年9月までの間に、延べ190回もドローンによる長距離攻撃を繰り返し、燃料施設や飛行場、更には首都モスクワのクレムリンなど46、VKSを支える重要な機能の破壊を目指していった47。しかしながら、長距離ドローンによる華々しい戦果とは裏腹に、依然として前線のウクライナ軍は窮地に立たされていた。しかも、2023年夏から秋にかけて行われていた反転攻勢は失敗に終わり、また西側諸国からの軍事援助物資の到着も遅れていた。これらが影響し、ウクライナ軍は、兵員、弾薬、防空部隊のSAMなどの余力を急速に失っていくのであった48

そのようななかであっても、10月17日、ウクライナ軍は米国から供与されたATACMS(Army Tactical Missile System)を初めて実戦に投入し、ロシアのブリャンスク州やルハンスクに駐留するロシア軍部隊に対して攻撃を行い、ヘリコプターや弾薬庫、防空システムなどを破壊していった49。一方のロシア軍は、引き続き、高価な「キンジャール」や「カリブル」などを投入して、ウクライナ軍の防空網を制圧しようとしていた50。しかしながら、それら在庫が減少するにつれて戦術を変更せざるを得ず、安価な「シャヘド」やロシア製徘徊型自爆ドローン「ランセット」を投入するようになった51。これら自爆ドローンを多数投入するロシア軍の戦術には、ウクライナのインフラ施設を攻撃する狙いがあった52

11月になっても、地上戦は第一次世界大戦のような「塹壕戦」の様相を呈していたが、ロシア軍とウクライナ軍のドローンが上空を徘徊する新たな局面が見られるようになった53。2023年末には、ロシア軍がドローン44機を投入してオデッサを空爆し、34機は迎撃されたものの、生き残った10機のドローンがウクライナの発電施設に命中し、約150万人分の電力供給を奪っていった54

両軍は軍事ドローンだけでなく、大小さまざまな商用ドローンをも活用しながら、多様な用途に活用している55。特に、ウクライナ軍に至っては顕著であり、2024年2月、陸、海、空のドローン開発におけるイノベーションを加速させながら、「ドローン軍」までも設立するようになった56。これらのドローンを活用する「発想」は実に豊かであり、対ドローン対策の電磁パルスガンもますます進化していった57。また戦場の監視や直接攻撃にとどまらず、ドローンに小型爆薬を搭載して一人称視点(First Person View:FPV)カメラを装備したオペレーターが、ロシア軍の装甲車両や掩体壕、塹壕に直接ドローンを突入させるなど、ドローンをめぐる戦闘の形態が急速に進化していった58

依存度が高まりつつあるスタンドオフ兵器

反転攻勢に失敗し、弾薬も枯渇していくウクライナ軍とは対照的に、ロシア軍はこの機に乗じて、2024年初めから、ウクライナ東部で一連の攻勢作戦を展開し、重要地点の確保を進めてきた59。2月になると、VKSの最新鋭ステルス戦闘機であるSu-57「フェロン」が初めて実戦に投入され60、新型の空中発射型巡航ミサイル(ALCM)「Kh69」の発射母機として運用されるようにもなった61

開戦から3年が経過しても、両軍とも相手の防空システムを突破できず、航空優勢が獲得できないままでいた。戦争全般で見れば、長距離砲やミサイル、ドローンといったスタンドオフ兵器への依存度が次第に高まっている傾向にあった。3月に入ると、VKSは航空機から滑空爆弾を大量に投下しながら62、戦場で優勢を確立しようとする新たな展開がはじまっていた63。更に、ロシアは改良した「シャヘド」と長距離ミサイルとを組み合わせてウクライナを空爆し64、発電所などのインフラを破壊することによってウクライナ国民の戦意を喪失させようとした65

一方のウクライナ軍では、商用ドローンにおいて積極的に導入したクラウド・ソーシングによってリアルタイムに改善点をフィードバックし、ドローンの改造、改修に努めながら、ロシア軍陸上部隊が構築する対ドローン防空網を突破しようとする取り組みがはじまっていた66。4月になると、UkAFの長距離ドローンがロシアの「シャヘド」製造工場や石油精製施設を攻撃するようになり67、またロシアのモロゾフスク、クルスク、イェイスクの各飛行場に対して、推定50機の長距離ドローンが発射され、6機の戦闘機が破壊されていった68

しかしながら、ロシア軍の物量に基づく優位性は、依然として強力であった。5月にはハルキウで新たな戦線が展開され、ロシア軍はウクライナの第2の都市であるハルキウに迫る勢いを見せていた69。ところが、ロシア軍の人員や装備は急速に損失しはじめ、5月には人員、砲兵システム、輸送車両において記録的な損害を被っていった。戦車と装甲車の損失は開戦以来2番目に多く70、更にこの時期にはKa-52ヘリコプター1機とSu-25戦闘機7機を一気に失うこととなった71

6月頃になると、ようやくウクライナに西側諸国からの軍事援助物資が届くようになった。スウェーデンから供与された340AEW&C早期警戒機72、フランスから供与されたミラージュ2000戦闘機73やSCALP-EG/Storm Shadow74といったALCM、欧州各国から供与されたF-16戦闘機75などが、今後の航空戦におけるUkAFの新たな航空戦力として準備段階に入っていった。これら兵器を供給している欧州の国々は、ロシア国内の軍事目標に対する使用を承認したが、米国が供与した300km射程のATACMS76弾道ミサイルの使用に関しては、米国による使用制限が残っていた77

米国は、提供した兵器の使用について、「国境地帯でウクライナを攻撃、或いは攻撃準備をしている」ロシア軍に対してのみ使用を許可するというスタンスをとったため、ウクライナ軍にとっては決定打となる兵器を使用できないままとなっている78。そのような問題があるなかであっても、ウクライナ軍はこれまで供給された兵器も使いながら、ロシア領内の軍事目標を攻撃し、またウクライナ領内でも戦闘を継続していった79。だが、ウクライナにとっては、西側諸国から供与された兵器とソ連時代からの旧式な兵器を組み合わせながら戦わざるを得ない実情があった。多くの通常兵器はソ連製のままであったが、ウクライナ国内で生産調達が可能ではあるものの、いつまで持ち堪えるかは分からなかった。ウクライナ軍は西側諸国の兵器を多用していくことになったが、当然のことながら、それら弾薬の供給も西側諸国に大きく依存せざるを得なくなっていった80

このような戦時中に使用する兵器を変更せねばならない問題は、IADSの分野でも生起していた。ウクライナ軍の防空部隊は対空砲弾やSAMの在庫をすでに消耗しつつあった。この弾薬枯渇の問題は、スティンガーのようなMANPADSからパトリオットのような長距離SAMに至るまで、多くのシステムにおいて影響を及ぼしていくのであった81

消耗戦へ変換したロシアと抗うウクライナ

イランや北朝鮮から大量の兵器弾薬の供与を受けたロシアは、対空砲弾やSAMの在庫を豊富に備えていた82。ウクライナ軍が砲弾1発を撃ちこめば、ロシア軍は砲弾10発を撃ち返してくるような圧倒的ロシア有利の状況が続き、またロシア軍のSAMを地対地ミサイル(SSM)のように対地攻撃に代用することさえもあった83。更には、「シャヘド」による攻撃を、様々なタイプの長距離ミサイルと組み合わせながら、ウクライナを定期的に攻撃していた84。これらスタンドオフ兵器を空、陸、海の各プラットフォームから同時に発射する戦術は、ウクライナ国民を恐怖に陥れるだけでなく85、ウクライナ軍のSAMの在庫を確実に消耗させていく結果となっていったのである86

そこでウクライナ軍は、戦闘を続けるためのあらゆる資源が不足しはじめたため、現在の前線を維持しつつも弾薬の使用を抑えるようになった87。そのため、地上のウクライナ軍は、せっかく占領したロシア軍陣地であっても、即座に退却せざるを得ないケースもあった88。言うまでもなく、これらすべてが航空戦にも影響を及ぼしていった89

この戦争を「消耗戦」にうまく転換したロシアは、ウクライナ陣地に対してVKSのSu-34「フルバック」からUMPB D-30SN滑空爆弾を投下するようにもなった90。ウクライナ軍の防空部隊が弱体化するにつれ、ロシア軍は情報・監視・偵察(ISR)活動を強化し、前線周辺でドローンを徘徊させるようにもなった。そして、ウクライナ軍の榴弾砲、ドローン、対空ミサイルの位置を特定し次第、次々と破壊していったのである91。VKSは、2024年9月現在、行動の自由を得るようになりつつある。Su-25は公然と標的を直接攻撃できるようになり、Mi-28「ハボック」やKa-52「ホーカム」などの攻撃ヘリも、最新鋭のKh-39/LMURヘリコプター発射式空対地ミサイルを発射するようにもなった92

一方、SAMが極端に不足していたUkAFでは、ロシアから飛翔するドローンに対し、CAP中の戦闘機を向かわせて迎撃させなければならなかった。しかしながら、高速で飛行する戦闘機を低速で飛翔するドローンに会敵させるのは、あまりにも非効率であった。そのため、プロペラの練習機にスナイパーを同乗させてドローンと平行に飛行しながら狙撃して撃墜する戦術が採用された。またFPVドローンによって、ロシア軍のドローンに体当たりする戦術も試されるようにもなった93。しかしながら、いずれの戦術を用いても、ロシアから発射される大量のドローンを効果的に迎撃することは難しく、ドローンによるウクライナの被害はますます拡大していくのであった。

おわりに

本稿では、ロシア・ウクライナ戦争の2022年2月24日から2024年9月30日までの期間において、その航空戦がどのように推移していったかについて議論した。開戦から2年半が経過しようとしているなか、両軍の航空戦力は相手の防空システムを突破できず、航空優勢を獲得できていない。その一方で、戦争の全体において、航空優勢が確保できない状況でも、ミサイル、ドローン、滑空爆弾といったスタンドオフ兵器への依存が増加していることに注意が必要である。これらの兵器は、敵の防空システムを突破し、IADS能力を低下させる試みが見られる。

これまでの航空戦を見る限り、防空システムを突破しようとする側は、スタンドオフ兵器の使用をますます増加させている。これに対抗するために、防空システムを維持したい側は、SAM弾薬の安定した供給が不可欠であると言える。この戦争から得られる重要な教訓の一つは、航空優勢の獲得が戦局全般において極めて重要な要素になるということであろう。航空優勢を獲得できなければ、地上戦は膠着状態のまま、第一次世界大戦の「塹壕戦」のような状況が続く可能性が高い。

いずれにせよ、両軍とも航空優勢の環境下において行動の自由が得られない現状では、両軍の「消耗戦」が続く限り、最終的な勝者はより多くの戦力や兵員を投入できる側になるものと考えられる。

Profile

  • 相田 守輝
  • 地域研究部米欧ロシア研究室所員
  • 専門分野:
    中国をめぐる安全保障