NIDSコメンタリー 第356号 2024年10月18日 イエメン情勢クォータリー(2024年7月~9月)——「9月21日革命」10周年を迎えたフーシー派の新地平

理論研究部社会・経済研究室 研究員
𠮷田 智聡

エグゼクティブ・サマリー

  • フーシー派は対イスラエル本土攻撃を強化し、初となるテルアビブ攻撃を実施した。これに伴い、イスラエルは同派支配下の港湾都市ホデイダへの戦略爆撃を行った。同派は「エスカレーションの第5局面」に移行しており、ハマースやヒズブッラーの損耗が加速する中、「抵抗の枢軸」内における戦略的価値を高めていると考えられる。また内政の面では、首都掌握10周年を前に内閣再編を完了させ、公務員への給与支払いを実施して支持獲得に努めつつ、体制に不都合な人物の排除を進めた。
  • アリーミー政権派は、前四半期に実施したフーシー派側金融セクターへの制裁を取り止めた。フーシー派の脅しを受けたサウディアラビアが、アリーミー政権派に制裁を撤回するよう圧力をかけたとされる。経済制裁が頓挫したアリーミーは、8月に故郷タイズを就任後初訪問した。
  • 南部移行会議は、「アラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)」との戦いを強化した。同組織は副議長アブー・ザラアが対テロ・治安部門を監督することを決定した。これにより、巨人旅団を率いるアブー・ザラアが治安ベルト等の他の部隊や、南部移行会議内での影響を拡大させたとみられる。
  • ロシアはイエメン各勢力との関係維持に腐心しつつも、フーシー派に対して先端的な巡航ミサイルの供与を試みたとされる。この試みは中止されたものの、ロシアは軍事顧問を同派に派遣したとみられており、紅海方面に米国の資源が投入される状況に利益を見出していると考えられる。

(注1)本稿のデータカットオフ日は2024年9月30日であり、以後に情勢が急変する可能性がある。
(注2)フーシー派は自身がイエメン国家を代表するとの立場をとるため、国家と同等の組織名や役職名を用いている。本稿では便宜的にこれらを直訳するが、これは同派を政府とみなすものではない。

【図1:イエメン内戦におけるアクターの関係】

図1イエメン内戦におけるアクターの関係

(注1)大統領指導評議会の中で、サウディアラビアの代理勢力と評される組織を(◆)、UAEの代理勢力と評される組織を(◇)とした。
(注2)代表的なアクターを記載した図であり、全てのアクターを示したわけではない。
(出所)筆者作成

フーシー派:エスカレーションの「第5局面」と内閣再編

前四半期に引き続き、フーシー派は2023年10月中旬から開始した対イスラエル本土攻撃、および同年11月中旬以降の紅海等を通航する船舶への攻撃を継続した。過去3四半期のフーシー派の軍事活動1、および1月11日の米英空爆については別稿で示したため、別途参照されたい2

本四半期中にフーシー派は45回の攻撃を実施し、特に対イスラエル本土攻撃を強化した[図2参照]。7月19日に同派はテルアビブへ向けて新型UAV「ヤーファー」を発射し、この攻撃により複数の死傷者が発生した。同派によるテルアビブ攻撃は、初めてのことである。本攻撃発生時にイスラエルの空襲警報が作動しなかった点について、フーシー派はヤーファーにレーダー等の回避能力3があると主張した一方、イスラエルは(UAVを探知していたものの)人的ミスが起きたと述べている4。またイスラエル側の説明によれば、ヤーファーは実際には既存のUAV「サンマード3(射程1,500-1,700km)」の改造版であり、ペイロードを標準の18kgから10kg以下に減らすことで、燃料積載量を増やし、射程を500km以上伸ばしているとみられる5。それまで同派が攻撃対象としていたのは南部の港湾都市エイラートや中西部のアシュドッド、北西部のハイファであったことから、テルアビブへの攻撃は大胆なエスカレーションであった。最高指導者アブドゥルマリク・フーシー(‘Abd al-Malik al-Ḥūthī)は、本攻撃を以って「エスカレーションの第5局面へ向かった6」と述べ、これは第5局面の開始を意味した7

【図2:フーシー派の攻撃回数推移(2023年10月19日~2024年9月27日)】

図2フーシー派の攻撃回数推移(2023年10月19日~2024年9月27日)

(注)「未確認事象(uncorroborated events)」を除き、「阻止された攻撃(intercepted attacks)」および「イスラエルへの攻撃(attacks on Israel)」を含めて集計。
(出所)ACLEDを基に筆者作成

テルアビブ攻撃を受けて、イスラエル軍は7月20日に報復として港湾都市ホデイダへの空爆を行った[図3左参照]。約1,700km離れたホデイダへの空爆は、ガザ戦争以降イスラエルによる初のイエメン攻撃であったとみられるとともに、イスラエル空軍史上最も長距離の作戦であった8。そしてイスラエル軍の空爆は、米英のそれとは性質が異なると考えられる。米英はフーシー派の無人航空システム(UAS)や発射サイト、およびミサイル・ドローン本体を対象とした戦術爆撃を行ってきたのに対し、イスラエルの空爆対象はホデイダ港の民間基盤(発電所と石油貯蔵施設)であったため、戦略爆撃の色合いが強い。イスラエルの報復による影響もあるとみられるが、同派は7月21日にエイラートおよび紅海方面への攻撃を行った後、8月4日まで2週間ほど攻撃を実施しなかった9。この休止期間は、フーシー派がイスラエルとのエスカレーション競争の激化によって生じ得るデメリットと、支配地域住民の支持獲得などの継戦によって得られるメリットを考量し、再度方針を固めるためのものであったと考えられる。

後述するように8月に内閣再編等の内政関連の動きが高まった後、9月に再びイスラエル本土方面での軍事的緊張が高まった。9月15日にフーシー派は、テルアビブへ向けて新型極超音速ミサイル「パレスチナ2(同派主張射程2,150km)」を用いて攻撃を行ったと主張した10。このミサイルは空中分解したとみられるものの、破片によりテルアビブから約20km~30km南東にある町ロッドでは火災が発生した。その後9月27日11、28日12にもイスラエル方面への攻撃が行われたことを受けて、イスラエルは2度目のホデイダ空爆を実施した。この空爆も発電所や燃料施設、ドックを標的とした戦略爆撃であったとみられる。以上のように、本四半期はフーシー派とイスラエルの対立が激化したといえる。

海洋面では8月21日にギリシャ船「Sounion」号が攻撃を受け、航行不能状態に陥った。同船の乗組員は、EUの枠組みである「アスピデス」作戦で展開していたフランス海軍の駆逐艦に救助された。その後フーシー派の戦闘員が「Sounion」号に乗り込み、爆薬を設置して遠隔爆破した[図3右参照]。このほかに、国際赤十字委員会(ICRC)が9月下旬に日本郵船運航船「Galaxy Leader」号の乗組員(2023年11月以降拘束状態)を訪問した。フーシー派としては、対外的に乗組員の安全をアピールしつつ、米英等に対して牽制をかけている可能性がある。

【図3:イスラエル軍の攻撃により炎上するホデイダ(左)/「Sounion」号への爆薬設置(右)】

図3イスラエル軍の攻撃により炎上するホデイダ(左)/「Sounion」号への爆薬設置(右)

(出所)al-Masīra, al-I‘lām al-Ḥarbī より引用

上述の攻撃を行う上で、フーシー派がイランの支援を受けていることは周知の事実である。そしてマスウード・ペゼシュキヤーン(Mas‘ūd Pezeshkiyān)政権発足後も、フーシー派はイランと良好な関係を保持しているとみられる。7月29日にフーシー派の交渉団代表ムハンマド・アブドゥッサラーム(Muḥammad ‘Abd al-Salām)は駐イラン・イエメン大使とともに、ペゼシュキヤーンと会談した。さらに8月27日には、駐イエメン・イラン大使にアリー・モハンマド・レザーイー(‘Alī Moḥammad Rez̤ ā’ī13)が任命されたことが明らかになった14。前任のハサン・イールルー(Ḥasan Īrlū)が2021年12月に新型コロナウィルス感染によって死亡して以来、駐イエメン大使のポストは空席であったため、今般の大使任命は注目を集めた。イールルーは革命防衛隊防空部隊の出身であり、フーシー派に対する軍事的な助言などを行っていたとみられるのに対し、レザーイーの経歴については公開情報では全く明らかにされていない。筆者は9月上旬から中旬にかけてカタルに渡航し、現地研究機関等と意見交換を実施したが、レザーイーに関する情報は得られなかった。こうした状況で任命の背景を推察することは難しいものの、大使受入等の外交行為は、国家を僭称するフーシー派にとって利得となろう。

本四半期にハマース最高指導者イスマーイール・ハニーヤ(Ismā‘īl Hanīya)、ヒズブッラー最高指導者ハサン・ナスルッラー(Ḥasan Naṣr Allāh)が死亡したほか、イスラエル側発表ではハマース軍事部門最高指導者のムハンマド・デイフ(Muḥammad al-Ḍayf)も死亡したとされるなど、「抵抗の枢軸」の指導部は大きな打撃を受けた。またイスラエルがヒズブッラーとの陸戦に突入したため、ヒズブッラーの軍事力低下は避けがたい状況にある。なお、ヒズブッラーの駐イエメン代表とも言われるムハンマド・サルール(Muḥammad Sarūr)は、イスラエル軍によるベイルート南部ダーヒヤへの空爆で死亡した15。そうした中、7月にフーシー派のイラク事務所16が開設されたほか、8月に同派がイラクにドローンの専門家を派遣していたことが明らかになった17。イランから見れば、余力を残しているフーシー派の戦略的価値は相対的に上昇していると考えられる。またフーシー派は、継戦によって得られる国内外からの政治的支持、イランからの兵器供与などの利益享受を目的として、攻撃を継続すると考えられる。

内政の面では、フーシー派は8月12日に新内閣「変革建設内閣」の閣僚を公表した18[表1]。同派は2023年9月下旬に内閣を解散しており、1年近く暫定政権が続いていたが、9月21日革命を前に課題を解決した形である。首相にはアブヤン県出身のアフマド・ラフウィー(Aḥmad al-Rahwī)が選出され、前任のアブドゥルアズィーズ・ビン・ハブトゥール(‘Abd al-‘Azīz bin Ḥabtūr)同様に南部出身者があてがわれた。南部出身者を任命する理由としては、南北融和や挙国一致といった統一主義者的なイメージを打ち出すことのほか、実権を有さない「弱い首相」に留める狙いがあるとみられる。第1副首相にはフーシー派最古参のウラマーであるムハンマド・ミフターフ(Muḥammad Miftāḥ)が指名され、副首相(国防・治安)や国防大臣、内務大臣は留任した。他方で国民全体会議(GPC)の重鎮ヒシャーム・シャラフ(Hishām Sharaf)が外務大臣職から外され、新たにジャーナリスト出身のジャマール・アーミル(Jamāl ‘Āmir)が任命された。同派は内閣再編に加えて、2018年11月上半期分の公務員に対する給料支払いを完了させたとみられるなど、行政改革をアピールすることで、内政面からも支持拡大を図ったと考えられる19

【表1:変革建設内閣の新閣僚(大臣級)一覧】

役職 名前 経歴等
首相 アフマド・ラフウィー 最高政治評議会メンバー、アブヤン県知事
第1副首相 ムハンマド・ミフターフ 最高政治評議会議長顧問、アクサー・パレスチナ支援最高委員会委員長
副首相(国防・治安) ジャラール・ルワイシャーン 中将、政治治安局長、内務大臣
副首相
地域農村行政・開発大臣
ムハンマド・マダーニー 第5軍管区司令官ユースフ・マダーニーの兄弟
国防大臣 ムハンマド・アーティフィー 少将、旧軍出身
内務大臣 アブドゥルカリーム・フーシー フーシー一族
司法・人権大臣 ムジャーヒド・アリー 反汚職国家最高院長
公務員制度・行政開発大臣 ハーリド・ハワーリー アムラーン大学総長
運輸・公共事業大臣 ムハンマド・クハイム 少将、ホデイダ県知事
財務大臣 アブドゥルジャッバール・ムハンマド 税務局長
経済・産業・投資大臣 マイーン・マハーキリー サナア商工会議所顧問
農業・水産・水資源大臣 ラドワーン・ルバーイー ハッジャ大学総長
教育・科学研究大臣 ハサン・サアディー 教育・メディア・文化局長
外務・移民大臣 ジャマール・アーミル ジャーナリスト、『ワサト』紙創設者
石油・鉱物大臣 アブドゥッラー・アミール 不明、マアリブ県出身
電力・エネルギー・水大臣 アリー・ハサン アムラーン大学高等研究院長
健康・環境大臣 アリー・シャイバーン サナア大学内科・腎臓学准教授
文化・観光大臣 アリー・ヤーフィイー 南部運動系
社会問題・労働大臣 サミール・バージャアーラ 南部運動系
情報大臣 ハーシム・シャラフッディーン 情報副大臣
青年・スポーツ大臣 ムハンマド・マウリド バイダー大学事務局長
通信・情報技術大臣 ムハンマド・マフディー 通信公社理事長

(出所)Wikāla al-Anbā’ al-Yamanīya, al-Thawra Netを基に筆者作成

フーシー派が2014年9月21日に首都サナアを掌握してから、10年が経過した。9月21日はフーシー派にとっての「革命記念日」であり、例年この日の前から大規模な祝賀行事が開かれてきた。他方で1962年の北イエメン共和制革命は、「9月21日革命記念日」の5日後の9月26日に祝われるため、同派は「9月26日革命記念日」が反体制運動に繋がることを恐れ、体制の脅威とみなされる人物の排除を進めてきた。今年もGPC関連人物が逮捕・誘拐されたほか、8月に国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のオフィスに押し入り、書類等を押収した20。さらにフーシー派は前四半期に検挙した外国政府機関、国際機関等での勤務経験を持つ者たちに関して、米国・イスラエル等のスパイとしての活動実態の詳細を報じた。9月に起きたヒズブッラーのポケベルや無線機の爆発事件、幹部の一斉殺害により、同組織へのイスラエルの浸透が明らかになったことを受けて、フーシー派は「セルの浸透」ないし「見えない脅威」への警戒を強めているとみられ、「スパイ摘発」を強化するおそれがある。真偽は定かではないが、国民抵抗軍系メディア『共和国TV』は在イエメン・ヒズブッラー要員がフーシー派指導部との面会を禁止されていると報じている21。仮に事実であれば、フーシー派はヒズブッラー経由でイスラエルに情報漏洩が起きることを危惧していると考えられる。

アリーミー政権派:中央銀行の制裁措置撤回とアリーミーのタイズ県訪問

大統領指導評議会は7月12日、前四半期に推し進めていたフーシー派側への金融セクターへの制裁措置撤回を承認した22。この制裁では、フーシー派側の銀行が国際銀行間通信協会(SWIFT)の決裁システムから排除されることとなっており、同派は強い反発を示していた。撤回に関しては国連事務総長イエメン担当特使事務所からの働きかけがあったほか、フーシー派の脅しを受けたサウディアラビアが、大統領指導評議会に圧力をかけたとされる23。その結果同月22日に国際承認政府とフーシー派は、両者の銀行に対する直近全ての決定・措置を撤回することで合意した24。サナア戦略学研究所25が指摘するように、金融制裁は軍事的に劣位な大統領指導評議会がフーシー派に対して持つ、数少ない「切り札」としての側面があっただけに、大統領指導評議会内でも制裁撤回には強い反発があったとみられる26。合意前には諸政党が制裁支持の合同声明を発出したほか、民衆規模でも制裁支持のデモが行われていたため、撤回によるアリーミー政権派への失望感は大きかったと考えられる。

8月27日に大統領ラシャード・アリーミー(Rashād al-‘Alīmī)は、出身地であるタイズ県を就任後初めて訪問した27。この訪問には副大統領2名や大臣複数名が随行しており、現地機関との会合や内務大臣による前線視察などが行われた28。タイズ県はフーシー派、アリーミー政権派(イスラーハ)、国民抵抗軍の3勢力によって分断されており、県都タイズ市は国内有数の戦略都市である。アリーミーは同県の経済・治安状況改善を目指す姿勢を打ち出すことで、前述の金融制裁失敗などで傷付いた政権の再浮揚を図った可能性がある。

イエメン政府は8月6日、スペースX社が提供する衛星通信サービス「スターリンク」の導入を決定した29。同社は9月18日にイエメンでスターリンクの利用が可能30になったと述べている一方、(サービス提供前の)2024年3月時点でも同サービスが利用されているとの報道31が見られ、スターリンクのデバイスが密輸されていたとみられる32。フーシー派側の情報・通信技術省は、スターリンクのイエメン参入を国家主権侵害であるとともに、国家安全保障上の脅威とする声明を発出した33。同派は衛星インターネットサービス等の国内唯一のプロバイダーであるテレイエメン社を通して、イエメン国内の通信を監視しており、スターリンクの導入によってその優位が揺らぐことを懸念しているとみられる。

南部移行会議:AQAPとの戦闘激化に伴う治安部門再編

8月16日に「アラビア半島のアル=カーイダ(以下、AQAP)」による自動車爆弾攻撃がアブヤン県で発生し、南部移行会議系部隊である第3救援・支援旅団の要員16名が死亡した34。これに対して同じく南部移行会議系部隊である治安ベルトは、同月18日にAQAP幹部であるシャーキル・シャトラ(Shākir Shaṭra)とファールーク・リシュアブ(Fārūq Lish‘ab)の殺害に成功した35。南部移行会議側の声明によれば、この作戦では偵察用ドローンを用いてAQAP幹部らの潜伏先からの移動を追尾した上で伏撃が行われた。AQAP幹部らは軍用車両に乗っていたとみられ、南部情勢に詳しい『South 24』はAQAPが現地部族民兵になりすまして、軍用車両を通行に用いているとみる情報筋の証言を報道している36。拙稿でも述べたように、2024年3月にAQAPは最高指導者が代わり、中長期的に交戦主体が南部移行会議からフーシー派に移る可能性が指摘されているが、足元では南部移行会議との戦闘が激化している。また南部移行会議の目線では、2022年8月以降対テロ作戦「東の矢」作戦を継続しているものの、依然としてAQAPが作戦遂行能力を保持していると映ろう。

こうした状況を受けて、南部移行会議最高指導者アイダルース・ズバイディー(‘Aydarūs al-Zubaydī)は、8月29日に同副議長アブドゥッラフマーン・ムハッラミー(‘Abd al-Raḥmān al-Muḥarramī, 通称アブー・ザラア)が治安・対テロ部門を全面的に監督することを決定した37。アブー・ザラアはサラフ主義系組織「巨人旅団」の最高指導者でもあり、同組織は2018年の西海岸地域戦や2022年1月のシャブワ県奪還など、対フーシー派戦闘で大きな成果を挙げてきた。今般の決定は、アブー・ザラアが治安ベルトなど他部隊への影響力を大幅に拡大させることを意味する。

南部移行会議の副議長職には現在、アブー・ザラアのほかにファラジュ・バフサニー(Faraj al-Baḥsanī)とハーニー・ビン・ブライク(Hānī bin Burayk)が就いている。バフサニーはハドラマウト県を司令部とする第2軍管区の元司令官であり、南部移行会議が東部での支持拡大を企図して2023年5月に任命したとみられる人物である。もっとも、本稿執筆時点でバフサニーの直接の指揮下にある部隊はないとみられ、ハドラマウト県以外での影響力は限定的である。他方でビン・ブライクは2017年の南部移行会議設立時から副議長職を務めてきたサラフ主義者であり、治安ベルトの創設者の1人とみられてきた。しかし2022年にUAEがビン・ブライクへの支援を停止したというリーク情報が出たように、近年その動静はほとんど伝わっておらず、実態として権力を有しているかは疑わしい38。以上を踏まえると、アブー・ザラアが副議長の中でも抜きん出た実権を有しているといえよう。

国民抵抗軍:アフマド・サーレハの制裁解除

国民抵抗軍はホデイダ県を襲った洪水被害に対応しつつ、最高指導者ターリク・サーレハ(Ṭāriq Ṣāliḥ)が国内外の政治勢力との会談に臨んだ。ターリクはズバイディーと組織間の協力について討議39した後、モスクワにて9月19日にロシア外務大臣セルゲイ・ラブロフ(Sergey Lavrov)と会談した40。国民抵抗軍の公式メディア『12月2日通信社』では、この会談にてターリクがロシア大使館のアデンでの再開決定を歓迎したことが記述41されているが、ロシア大使館側はこの件について触れておらず、ロシアのフーシー派を含むイエメン全勢力との全方位的な外交が影響していると考えられる42

国連安保理制裁委員会は7月30日、安保理決議2140号に基づく制裁リストからアリー・アブドゥッラー・サーレハ(‘Alī ‘Abd Allāh Ṣāliḥ)およびアフマド・サーレハ(Aḥmad ‘Alī Ṣāliḥ)父子を除外した43。国民抵抗軍は制裁解除を歓迎した。解除の理由については明らかにされていないものの、既に他界したアリーに加え、UAEで居住するアフマドも実在的な脅威ではないためという指摘がある44。8月3日にアフマドも声明を発出して関係者に謝意を述べるとともに、サウディアラビアが制裁解除のための支援において最も大きな影響力を有していたことを明らかにした45

遅きに失した感は否めないものの、2011年反政府運動まではアリーの後継者とも目され、精鋭である共和国防衛隊の司令官を務めたアフマドがイエメン政界に復帰すれば、イエメンの政治情勢は新たな様相を呈する可能性がある46。2015年に国連の専門家が行った調査によれば、父アリーが集めた資産は約300億~600億ドルにも上ると言われる47。世界銀行が発表したイエメンのGDP(2018年)が約216億ドルであることを踏まえると、大規模な資産の凍結が解除されたと予想される。実際にアフマドは本四半期のホデイダ県での洪水発生を受け、「開発のためのサーレハ社会基金(Mu’assasa al-Ṣāliḥ al-Ijtimā‘īya li al-Tanmiya)」に被災者への緊急支援を命じている48。そうした資金力や潜在的な影響力を勘案してかは不明であるが、駐イエメン米国大使スティーブン・ファーギン49(Steven Fagin)は8月5日に、駐イエメン・ロシア代理大使エフゲニー・クドロフ(Evgeny Kudrov)は8月28日にアフマドと対話した。

そうした可能性を有しつつも、アフマドの政治的立場は判然としない。前述した8月3日にアフマドが発出した声明では、フーシー派について一切言及されなかった。現地報道ではアフマドの肩書は「GPC副党首」と記されるものが多いが、彼を副党首として扱っているのは、分裂状態のGPCの中でもフーシー派支配下のサナアに残留し、同派と(表面上)協力関係にある派閥である50。すなわち、アフマドは有志連合軍側のUAEに居住し、サウディアラビアの助力で制裁解除に至ったとみられる一方、イエメン国内ではフーシー派側に職位が残っている状況にある。なお、フーシー派はGPC党首サーディク・アミーン(Ṣādiq Amīn, 通称アブー・ラアス)に対して、アフマドを役職から追放するよう求めているとみられる。以上を踏まえると、元来政治的野心に欠けるとみられてきたアフマド自身よりも、彼の今後の政治的立場は、制裁解除を働きかけたとみられるサウディアラビアや滞在先のUAE、在サナアGPC、および同党に圧力をかけられるフーシー派間のゲームに影響を受けると考えられる。

中露:中国を拠点とするフーシー派ネットワークの存在

米国財務省外国資産管理室(OFAC)は、フーシー派への経済制裁を複数回にわたり強化した。その過程で、中国人や中国・香港拠点の企業が同派のネットワークに関係していることが明らかになった。同室の7月18日発表によれば、中国人Zhuang Liangは、イランを拠点として同派への密輸や送金を担ってきたイエメン人サイード・ジャマル(Sa‘īd al-Jamal)に協力し、違法輸送や資金洗浄に関与した51。さらに同月31日に同室は、中国からのミサイルやUAV製造にかかる部品輸送を幇助したとして、サナア拠点のシャハーリー・ユナイテッド社に制裁を科した52。同社は広州支部(広州シャハーリー・ユナイテッド社)と、広州支部を保有する香港シャハーリー・ユナイテッド社を中国で展開しており、これらが中国拠点のフーシー派工作員と協力しているとみられる。フーシー派にとって中国は兵器サプライチェーンの一部であるとすれば、同派が中国に対して紅海の無害通航を約束した一因と考えられよう。

駐イエメン・中国代理大使邵峥は、7月24日にサナア戦略学研究所のウェビナーに登壇した。邵峥はイエメン情勢および地域安全保障に対する中国の立場を述べるとともに、質疑応答にも臨んだ。さらに本四半期には、中国・イエメン国交樹立68周年53を祝う記念行事がリヤドで催された54。イエメン側からは国際承認政府の教育大臣ターリク・アクバリー(Ṭāriq al-‘Akbarī)が出席し、邵峥は中国が国交樹立以来100以上の協力プロジェクトをイエメンで実施してきたことなどに触れた。

前述したターリク・サーレハとの会談のように、ロシアは本四半期もイエメンの主要4大勢力との接触を継続した。7月2日に外務次官ミハイル・ボグダノフ(Mikhail Bogdanov)は、フーシー派の代表団をモスクワで出迎えた。他方でクドロフは、8月25日に外務大臣シャーイウ・ズィンダーニー(Shā’i‘ al-Zindānī)、9月15日に南部移行会議副議長バフサニー、9月17日に首相アフマド・ビン・ムバーラク(Aḥmad bin Mubārak)と会談した。

こうしたロシアのイエメンにおける全方位的なアプローチは、ウクライナ戦争とガザ戦争のリンケージによって徐々に変化しつつある。7月下旬にロシアはフーシー派に先端的な巡航ミサイル供与55を試みたが、米国『CNN』によれば、サウディアラビアおよび米国の圧力を受けて断念した56。同局は兵器供与の代わりに、ロシアがフーシー派に軍事顧問を3日間派遣したと指摘している。また英国拠点の『Middle East Eye』は自社特報として、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の要員が数カ月にわたり、フーシー派支配地域にて同派の商船ターゲティングにかかる支援を行っていると報じた57。ロシアは従来の対イエメン全方位アプローチを維持する姿勢を見せつつも、紅海方面に米国の資源が投入される状況に利益を見出し、またイエメン政府を僭称するフーシー派は軍事支援(軍事的利益)に限らず、ロシア政府との準外交行為に政治的利益を見出していると考えられる。

その他:日本・イエメン関係の発展

7月5日公開の「在留外国人統計」によれば、2023年12月末時点での在日イエメン人の総数は過去最多の196名であった[図4参照]58。内訳上位3分類は、「特定活動」が最多の62名、第3国定住難民などが含まれる「定住者」が53名、在留外国人が扶養する配偶者・子などが該当する「家族滞在」が26名であった。上位3分類の該当者が在日イエメン人の増加に寄与してきた一方で、例えば「留学」の分類では横ばい傾向が見られ、青年交流や教育交流の分野での発展には余地があろう。

在日イエメン人たちを中心として、7月13日には東京ジャーミイにてイエメンの文化紹介やチャリティー・バザーを含むイベント「イエメン・デー in 東京」が開かれた。同イベントの様子はカタル資本の『ジャズィーラ』など中東大手メディアにも報じられた59。このほかに、日本イエメン友好協会は9月28日から29日にかけて、国内最大級の国際協力イベント「グローバルフェスタ2024」に出展し、イエメン関連の展示を行った。

【図4:在日イエメン人の推移(2012年12月~2023年12月)】

図4在日イエメン人の推移(2012年12月~2023年12月)

出所)在留外国人統計を基に筆者作成

民間レベルでの関係深化に加え、官界においても二国間関係は発展を続けている。前四半期であるが、6月11日に日イエメン友好議連(会長:衆議院議員西銘恒三郎)が設立された60。さらに海上保安庁は6月24日から8月2日まで、国際協力機構(JICA)の枠組みの下で、イエメンからの参加者1名を含む形で海上法執行体制強化のための研修を実施した61。我が国の海上保安庁はソマリア沖海賊対処爾来、イエメン沿岸警備隊との関係を構築してきた背景があり、2008年に海上保安官がイエメンに派遣された際に会談に臨んだのは、今日の大統領アリーミー(当時副首相(国防・治安))であった。イエメンの戦略的重要性が広く認識されている今、日本・イエメン関係の多層的な発展が望まれよう。

「イエメン情勢クォータリー」の趣旨とバックナンバー

アラビア半島南端に位置するイエメンでは、2015年3月からサウディアラビア主導の有志連合軍や有志連合軍が支援する国際承認政府と、武装組織「フーシー派」の武力紛争が続いてきた。イエメンは紅海・アデン湾の要衝バーブ・マンデブ海峡と接しており、海洋安全保障上の重要性を有している。しかしながら、イエメン内戦は「忘れられた内戦」と形容され、とりわけ日本語での情勢分析は不足している。そのため本「イエメン情勢クォータリー」シリーズを通して、イエメン情勢に関する定期的な情報発信を試みる。

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Profile

  • 𠮷田 智聡
  • 理論研究部社会・経済研究室 研究員
  • 専門分野:
    中東地域研究(湾岸諸国およびイエメンの国際関係・安全保障)、現代イエメン政治