NIDSコメンタリー 第355号 2024年10月15日 中国の主張の国際法に照らした評価——領空侵犯事案と領海進入事案について
- 理論研究部政治・法制研究室 主任研究官
- 永福 誠也
はじめに
本(2024)年8月26日、自衛隊は、中国軍のY-9情報収集機が11時29分頃から11時31分頃にかけて長崎県男女群島沖のわが国領海上空を侵犯したことを確認した1。そこで、現場で航空自衛隊の戦闘機により、通告及び警告等を実施するとともに、同日17時20分頃から、岡野正敬外務事務次官が施泳在京中国大使館臨時代理大使を外務省に招致し、極めて厳重に抗議するとともに、再発防止を強く求めた2。これに対し、施臨時代理大使は本国に報告する旨反応したが、報道等によると、中国外交部の林剣副報道局長は、8月27日の記者会見で、中国当局は本件事案に関する状況を確認中である旨発言したが、当該発言に先立ち「(中国は)いかなる国の領空も侵犯する意図はない」3と述べたという。
また、当該事案から5日後の8月31日、中国海軍シュパン級測量艦が6時00分頃口永良部島南西の我が国領海に進入、1時間53分ほど領海内を航行し、7時53分頃領海を出て、南に向け航行した4。これを受け、鯰博行外務省アジア太平洋局長は、在京中国大使館公使に対し、我が国周辺海域における中国艦艇等のこれまでの動向や先般の中国軍機による領空侵犯事案を踏まえた本件事案についての我が国の強い懸念を伝え、抗議した5。これに対し、中国側からは、中国の立場についての説明があったとのことであるが、報道によれば、9月2日の記者会見で、中国外交部の毛寧報道官は「『国連海洋法条約(以下、UNCLOS)』の規定によれば、トカラ海峡は国際航行に利用(使用)される海峡で、中国船の通過は通過通航権の行使であり、完全に正当で合法だ。」6と述べたという。
このように、中国当局は、中国軍機による我が国の領空侵犯については「領空を侵犯する意図はない」旨主張したと報じられているが、領空侵犯事案に関する中国から我が国への謝罪は、本稿執筆時点(9月下旬)でも報じられていない。これを踏まえると、領空侵犯事案についてその事実の認否に言及せず、ことさら「領空を侵犯する意図はない」旨主張したのは、それを中国の政策指針として宣伝するだけでなく、領空侵犯が故意ではないことを示唆することによって、事後我が国による中国への国際違法行為に係る国際法上の責任追及をけん制するためでもあるようにも思える。しかしながら、ある行為が国際違法行為と評価される上で、当該行為が故意になされることは国際法上の要件であろうか。
また、中国軍艦の我が国領海への進入・通航に関し、口永良部島南西の我が国領海で構成される海峡にはUNCLOSの規定に基づき通過通航制度が適用される旨中国当局は主張しているが、果たしてそのようなことが言えるのだろうか。さらに、今回の中国軍艦による我が国領海通航は通過通航権の行使であることから国際法上合法である旨主張しているが、水上艦艇の通過通航と無害通航は異なるのだろうか、仮に異なるとして、通過通航であれば無害通航に該当しなくてもUNCLOS上合法と言い得るだろうか。
そこで、本稿では、UNCLOSをはじめ関係する国際法上の諸規則等に照らして上述の論点を検証し、今回の領空侵犯事案と領海進入事案に係る上述の中国当局の主張は国際法に照らすとどのように評価され得るかを紹介する。
「領空を侵犯する意図はない」旨の主張の国際法に照らした評価
国内法上、違法行為は私法上の不法行為と刑法上の犯罪の2つの範疇に区別されている7。そして、私法上の不法行為の場合、直接問題となるのは加害者と被害者という私人相互の(水平的)関係であるのに対し、犯罪の場合、加害者と法秩序の担い手たる国家との(垂直的)関係が問題とされる8。他方、国際法は、主権国家の併存する国際社会において、国家間の関係(国際関係)の規律を主たる目的とする法9、すなわち、法主体間の水平的関係を規律する法であり、国内法上の私法に類似する機能を持っていると解されることから、国際違法行為、すなわち、国際法違反は、国内法上の犯罪ではなく、私法上の不法行為に類するものと言える10。国家実行上もそのような性質のものとして取り扱われている11。
また、国内法上、犯罪が成立するには原則故意が12、私法上の不法行為が成立するには過失以上(故意又は過失)が原則必要とされる13。上述のとおり、国際法は、国内法上の私法に類似する機能を持っていることから、国際法違反が成立するには過失以上(故意又は過失)が原則必要にも思われる。実際、かつては、国家に国際法違反の責任(国家責任)が生じるには、国家に故意又は過失があったことが必要であるという「過失責任主義」が主張され、多くの学者によって支持されていた14。しかしながら、今日では、国家に過失があったか否かにかかわらず、国家は国際法(国際義務)違反に基づいて責任を負うという「客観責任主義」が通説となっている15。20世紀以降の国際裁判の判例等でも「客観責任主義」に立ったと見られるものが多数確認されており16、国家責任条文も「客観責任主義」に立っている17。したがって、今日、国際違法行為は故意・過失にかかわらず、①行為が国際法上当該国に帰属し、かつ、②当該行為が当該国の国際義務の違反を構成する場合、成立するとされており(国家責任条文2条)18、遭難等の違法性阻却事由が存在しなければ、国際違法行為の帰結として国際義務違反国に賠償(被害の救済)(repatriation)の国際責任が生じる(国家責任条文28条)19。賠償(被害の救済)方式としては、原状回復、金銭賠償以外に(精神的)満足(satisfaction)があり、(精神的)満足の態様としては、公式の謝罪、違反の自認、遺憾の意の表明(expression of regret)などがある(国家責任条文37条)20。また、国家責任条文では規定されていないが、違反国による関係者の処罰も(精神的)満足になり得ると解されている21。中国軍用機による我が国領空への無断侵入は、我が国の(領域)主権を侵害するものであり、現行国際法上、故意・過失にかかわらず国際違法行為となり、遭難等の違法性阻却事由が存在しなければ、中国に賠償(被害の救済)の国際責任が生じる。
当該中国軍用機による領空侵犯事案に関し、中国当局は「領空を侵犯する意図はない」旨の、すなわち、領空侵犯は故意ではないという趣旨と解される主張を行ったが、上述のとおり、現行国際法上、国際違法行為の成立に故意・過失は不要であり、領空侵犯に故意・過失のなかったことが中国の国際責任を阻却するわけではない。よって、故意ではなかったとしても、当該領空侵犯に関する賠償(被害の救済)措置として、少なくとも中国は当該侵犯を認め、関係者を処罰する等の措置をとる国際責任があると言える。それゆえ、「領空を侵犯する意図はない」という中国当局の主張は、公式の謝罪や遺憾の意の表明のような国際違法行為に係る賠償(被害の救済)としての(精神的)満足に該当しないだけではなく、国際違法行為に係る責任阻却事由の存在を示唆し得るものでもなく、国際法上は何らかの意義があるものと解されない。
「トカラ海峡は国際海峡」である旨の主張等の国際法に照らした評価
我が国領海が含まれている海峡で国際航行に使用されているのは、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡の5つであり、口永良部島南西の我が国領海で構成される海峡は国際航行に使用されている海峡ではないというのが我が国の立場である22。他方、中国当局は、口永良部島南西の当該海峡は国際航行に使用されている海峡である旨主張しており、当該趣旨の主張は2016年の中国軍艦による当該海峡通航に関してもなされたが、既述のとおり、今回はその根拠がUNCLOSの規定であるとしている。すなわち、中国当局は、UNCLOSの規定によれば当該海峡は国際航行に使用される海峡であると、UNCLOSに国際航行に使用される海峡の定義があるかのような主張をしているが、UNCLOSにそのような定義に関する規定は存在しない。通過通航制度の適用要件としてUNCLOSが国際航行に使用されている海峡について規定しているのは、通過通航制度の適用される海峡の要件の1つ(機能的要件)が国際航行に使用されているということのみである(37条)。よって、UNCLOSの規定に照らしても、ある海峡が国際航行に使用される海峡か否かを判断することはできない。それゆえ、中国当局が主張しているようなUNCLOSの規定によれば当該海峡は国際航行に使用される海峡であるということは、UNCLOSの規定上導き出され得ず、この点において当該中国の主張は不正確と言わざるを得ない。
また、UNCLOSの規定によれば当該海峡は国際航行に使用されている海峡であり、中国軍艦の通航は通過通航権の行使である旨の中国当局の主張から、UNCLOSは国際航行に使用されている海峡を通航する船舶にはすべて通過通航制度が適用されると規定しているかのような印象を受ける。しかし、そのようなことをUNCLOSは規定していない。国際航行に使用されている海峡であっても「海峡内に航行上及び水路上の特性において同様に便利な公海又は排他的経済水域(以下、EEZ)の航路が存在するもの」には通過通航制度は適用されない(36条)。また、公海又はEEZの2つの部分の間にあり沿岸国の領海で構成されている国際航行に使用される海峡であっても、「特にある海峡について定める国際条約であって長い間存在し現に効力を有しているものがその海峡の通航を全面的又は部分的に規制している」場合(例、ダーダネルス・ボスポラス海峡)、また、海峡沿岸国の島と本土の間にある海峡であって「その島の海側に航行上及び水路上の特性において同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路が存在するとき」(例、メッシナ海峡)は、通過通航制度は適用されない(35条(c)、38条1項但書)。さらに、沿岸国の領海で構成され国際航行に使用されている海峡であっても、公海又はEEZと他の国の領海との間にあるものには、通過通航制度は適用されない(45条1項(b))。したがって、国際航行に使用されている海峡であればUNCLOSの規定上通過通航権が認められるかのような中国当局の主張も、UNCLOSの規定に照らせば不正確と言える。
また、中国当局は、口永良部島南西の我が国領海で構成される海峡にUNCLOS上通過通航制度が適用される旨主張しているが、通過通航制度が適用される海峡についてUNCLOSはどのように規定しているのだろうか。また、当該規定に照らせば、口永良部島南西の当該海峡に通過通航制度が適用されるのだろうか。
通過通航制度が適用される海峡の要件として、当該海峡が沿岸国の領海として構成されていることを前提に、UNCLOSは地理的要件と機能的要件の2つを規定している。地理的要件は、当該海峡が公海又はEEZの2つの部分の間にあること、機能的要件は、既述のとおり国際航行に使用されていることである(37条)。地理的要件についてはその当否を客観的かつ明確に判断できるが、国際航行に使用されているか否かについては明確に判断し難い。しかしながら、その判断基準についてUNCLOSは定めていない。国際司法裁判所も、コルフ海峡事件における判決(1947年)において、沿岸国の領海で構成されている海峡であっても国際航行に使用されていれば無害であることを条件に軍艦の通航が慣習国際法上認められていること、また、当該通航が認められるための決定的な基準は、地理的条件と国際航行に使用されているという事実であるということを述べているが23、国際航行に使用されていると判断し得る要件・基準については述べていない24。それゆえ、海峡が国際航行に使用されているという要件についてはこれを文理的に解釈する他なく、文理上は当該海峡を挟んで位置している国の港湾間の海上交通路として使用されていることと解される。よって、口永良部島南西の我が国領海で構成される当該海峡に通過通航制度という領海通航に関するUNCLOS上の特別な制度が適用されることを中国当局が主張するのであれば、自己に有利な法的効果の発生を主張する者は当該効果の要件となる事実の証明責任を負うという法の一般原則25、及び上述のUNCLOSの規定並びにコルフ海峡事件判決に照らし、当該海峡がこれを挟んで位置している国の港湾間の海上交通路として使用されている事実を中国当局が証明すべきであろう。しかし、中国当局はそれを証明していない。よって、少なくとも、通過通航制度が適用されるために必要な要件である当該海峡が国際航行に使用されているという事実の存在が証明されていないと言い得る以上、当該海峡において、外国船舶が通過通航権を行使し得るとはUNCLOS上言えないだろう。
また、無害通航権の行使として認められない航空機の上空飛行や潜水艦(船)の潜没航行が、UNCLOS上、通過通航権の行使としては認められることから26、航空機による我が国領海の上空飛行や潜水艦(船)による領海内潜没航行について通過通航権の行使を主張することにUNCLOS上の意義はあろうが、中国当局の様に水上艦艇による航行を無害通航と区別して通過通航と主張することにUNCLOS上の意義はあるのだろうか。すなわち、航空機の上空飛行や潜水艦(船)の潜没航行以外で無害通航としては認められない航行形態であっても、通過通航としてはUNCLOS上認められ得るのであろうか。
通過通航についてUNCLOSは「航行及び上空飛行の自由が継続的かつ迅速な通航のためのみに行使されることをいう」(38条2項)と定義した上で、通過通航中の船舶及び航空機の義務に関する規定を置き(39条)、当該義務規定の中で(不可抗力や遭難により必要とされる場合を除き)「継続的かつ迅速な通過の通常の形態に付随する活動以外のいかなる活動も差し控えること」(1項(c))を明示している。しかしながら、通航の無害性については言及していない。これらの点を踏まえ、通過通航権の行使に関し無害性は要件とされていないとする説もある27。もっとも、UNCLOSには「通過通航権の行使に該当しないいかなる活動も、この条約の他の適用される規定に従うものとする」(38条2項)という規定もあり、ロビン・チャーチル(Robin Churchill)、ヴォーン・ロウ(Vaughan Lowe)及び エイミー・サンダー(Amy Sander)は、当該規定により、通過通航制度が適用される海峡で沿岸国に脅威を与える活動を行う船舶又は航空機は、無害性の欠落により通航が否定され得る一般的無害通航制度の下に置かれることになる旨指摘している28。以上を踏まえると、UNCLOSの規定上、航空機の上空飛行や潜水艦(船)の潜没航行以外で無害通航として認められない航行形態が通過通航としては認められ得るとは解し難く、それゆえ、水上艦艇の外国領海内航行に関し、無害通航権の行使ではなく、通過通航権の行使と主張することに法的意義は見出し難い。したがって、仮に中国当局が、当該中国軍艦の通航は(例えば、情報収集活動等を伴っていたため)無害通航には該当しないものの通過通航権の行使としては合法であるという趣旨で上述の主張を行ったのであれば、通過通航の要件に関するその理解・認識は不十分と言えよう。
なお、中国は自国領海における外国軍艦の通航に事前許可が必要であるとの立場をとっており、このこととの整合性から我が国当該領海の航行を無害通航権の行使ではなく通過通航権の行使と主張するものと思われるとする分析もある29。しかし、仮にそうであったとしても、今回の中国軍艦の我が国領海内通航に関して事前に我が国の同意を中国当局が得ようとしたという事実は認められず、そうである以上、今回の事案は、中国が自国領海における外国軍艦の通航に事前許可が必要であるとの立場をとっていることとの関係では、軍艦の領海内通航に関する中国の実行が自国領海の外国軍艦通航に関するものと自国軍艦の外国領海内通航について一致していないことを示すものであり、信義に基づき誠実に義務を履行し、濫用にならないように権利を行使するというUNCLOSで示されている原則・理念(300条)にそぐわないと言えよう。
おわりに
既述のとおり、中国軍用機による領空侵犯事案に関し、中国当局は「領空を侵犯する意図はない」旨の、すなわち、領空侵犯は故意ではないという趣旨と解される主張を行ったが、現行国際法上国際違法行為の成立に故意・過失は不要であり、領空侵犯が故意でなかったことが中国の国際責任、すなわち、我が国に対する賠償(被害の救済)の責任を阻却するわけではない。よって、「領空を侵犯する意図はない」旨の中国当局の主張は、公式の謝罪や遺憾の意の表明のような国際違法行為に係る賠償(被害の救済)としての(精神的)満足に該当しないだけではなく、国際違法行為に係る責任阻却事由の存在を示唆し得るものでもなく、国際法上は何らかの意義があるものとはされない。したがって、日本側としては、「領空を侵犯する意図はない」旨の中国当局の主張に幻惑されず、中国には当該領空侵犯に関する我が国への賠償(被害の救済)という国際法上の責任(国際責任)があることを認識し、当該責任が未だ解除されていないことに留意する必要があろう。
また、既述のとおり、UNCLOSの規定によれば、口永良部島南西の我が国領海で構成されている海峡は国際航行に使用される海峡であるという中国当局の主張、及び、当該海峡の中国水上艦の通航は通過通航権の行使であるといった水上艦の無害でない通航でも通過通航としては合法であるかのような中国当局の主張にはUNCLOS上根拠がなく、その意味で、中国当局の当該主張は一種の偽情報発信とも言えよう。よって、日本側としては、このような主張に対し中国当局に直接抗議・反論するだけではなく、偽情報への対応という観点から、当該主張の内容はUNCLOSに照らし正しいと言えないことを、日本国民及び第3国の国民並びに政府が認識し得るよう、情報発信等を実施することも肝要であることに留意する必要があろう。
Profile
- 永福 誠也
- 理論研究部政治・法制研究室主任研究官
- 専門分野:
国際法(武力紛争法、海洋法、国際刑事法)、刑法