NIDSコメンタリー 第352号 2024年10月8日 そして偵察・対偵察の戦いへ —— 米海兵隊による2010年代以降の現代戦認識とその適応 その1(全2回)
- 政策シミュレーション室
- 佐武 直樹
はじめに
2024年8月、米海兵隊総司令官エリック・スミスによる『第39代総司令官の計画指針』が公表された。スミスは、前任の総司令官デビッド・バーガーが推進した『フォース・デザイン2030』(2020年3月公表)を「依然として最優先し、遅らせることができない1」として、路線を踏襲する意図を明らかにした。
『フォース・デザイン2030』は、インド太平洋正面を焦点として、大国又は同等国と競争するために海兵隊が保有すべき能力を示したものである。2022年3月、同文書で示された最初の海兵沿岸連隊 (Marine Littoral Regiment, MLR) となる第3海兵沿岸連隊がハワイで編成された。続く翌2023年11月、沖縄に所在する第12海兵連隊が第12海兵沿岸連隊として改編された。同連隊は、第1列島線で編成された最初で唯一の海兵沿岸連隊でもある。最後に、沖縄の第4海兵連隊が2027年にグアムに移転後、第4海兵沿岸連隊として改編される予定である2。これらの連隊は、スタンドイン部隊 (Stand-in Forces) の一部となり、制海 (sea control)、海洋拒否 (sea denial) 等を実施する遠征前進基地作戦 (Expeditionary Advanced Base Operations, EABO) において、海軍遠征部隊の一部を担い、競争下の海洋環境の内側で機動・持久するとともに、海洋拒否作戦を行って艦隊作戦に寄与する3。スタンドイン部隊とは、「海洋防衛の縦深の最前線となり、係争地域内の継続的な競争を横断して運用することを目的とした、小規模であるが殺傷能力を有し、兆候が小さく、機動力があり、維持・持続が比較的簡素な部隊4」である。そして、海洋における「偵察及び対偵察」がスタンドイン部隊の恒久的な機能であり、この「偵察・対偵察の戦い」に勝つことが同部隊に期待されている5。
海兵隊では、近年、長距離精密火力の拡散等、接近阻止・領域拒否 (anti-access/area-denial, A2AD) の脅威に対抗するため、『フォース・デザイン2030』に基づき、編成・訓練・装備等における改革を行い、EABOコンセプトを推進している。このような中、フォース・デザイン2030、EABO、スタンドイン部隊等に関する公式文書のほか、これらを論じた各種記事、論文等において、「兆候 (signature)」に対する考慮に関心が向けられ、小さな兆候、兆候管理、兆候の低減等の言葉が使用されるとともに、「隠れる者対見つける者の競争」あるいは「偵察・対偵察の戦い」に勝つこと6が重視されている。
本稿は、米海兵隊が2010年代以降2024年9月現在まで取り組んできた「兆候の戦い」から「隠れる者対見つける者の競争」、そして「偵察・対偵察の戦い」へ至る動向に注目し、海兵隊がどのように現代戦を認識しているのか、また、その認識を踏まえて、今後の戦いに備えて、どのように適応を図っているのかを論じるものである。このため、本論考を2回に分けて、第1回の今回は、まず、米国における「兆候」に対する関心の高まりと、これを背景として、海兵隊が2010年代以降、「兆候の戦い」から「隠れる者対見つける者の競争」へと適応していく過程を述べる。次に、2020年以降現在まで、海兵隊で推進されている改革の根拠となっている『フォース・デザイン2030』に影響を及ぼした現代戦の概要について述べる。次回の第2回においては、海兵隊における現代戦の認識を踏まえた「偵察・対偵察の戦い」の推進に関する過程を述べた後、本稿の問いに対する答えとなる海兵隊による2010年代以降の現代戦認識とその適応について総括する。なお、本稿では、”signature”を「兆候」と訳し、海兵隊に従って「対象を認識可能とするか、あるいは、目立たせるようにする特徴的な指標7」と定義する。
1「兆候」に対する関心の高まりとその適応
(1)米国における「兆候」に関する議論の萌芽
米国において、「兆候の戦い」や「隠れる者対見つける者の競争」に関する議論は、目新しいものではなく、また、海兵隊に限定したものでもない。成熟した精密打撃体制 (Mature Precision Strike Regime) の脅威を唱え、米海兵隊による『フォース・デザイン2030』にも影響を与えたアンドリュー・クレピネビッチは、1996年に「隠れる者と見つける者の競争」、2003年に「兆候」及び「兆候管理」の用語を既に論文で用いている8。クレピネビッチは、これらの論文において、情報科学技術の急速な発展によって、より多数の目標を広域かつ長期間、発見・識別・追尾できるようになり、情報優越を狙う将来戦が「隠れる者と見つける者の競争」の様相を呈すると述べている9。また、米軍が、敵のA2ADの内側で作戦して、A2ADの脅威を打倒するために「兆候」の低減、管理等を通じて発見される危険性を最小にする能力の必要性を述べている10。なお、精密打撃体制の概念は、旧ソビエト連邦(ソ連)における「偵察打撃複合体 (Reconnaissance-Strike Complex)」と呼ばれるISR (Intelligence, Surveillance and Reconnaissance. 情報・偵察・監視) と長距離打撃のネットワーク化によって、交戦速度を短縮する運用に遡ることができる11。この偵察打撃複合体の能力は、2000年代初頭まで米軍のみが発展させてきたが、現在及び将来の敵がこの能力を保有することが常態となると考えられたことから、米軍が対応を迫られることになった12。
戦略予算センターの2004年の『戦争における革命』には、今後30年間の戦争の変化における主要な特徴として、①全天候型精密戦の出現、②ステルス(秘匿性)の出現、③無人システムの増大、④宇宙空間の活用及び⑤ネットワーク戦と統合部隊の融合が挙げられている13。このような認識を踏まえて、米軍において、海・空プラットフォームの「兆候」の低減・秘匿及び部隊の「兆候管理」による防護と残存性の重要性が増大していると主張された14。また、「隠れる者対見つける者の競争」が強調され、既存のISRプラットフォームの他に、各種無人システム、衛星等のセンサー及びデータ処理技術によって敵部隊を発見する能力が劇的に向上すれば、その対応として、兆候を低減する技術・設計、デコイ(おとり、又は囮)、先進的な偽装材、ジャミング(妨害電波)、プラットフォームの小型化、移動と分散、電波通信の低減、施設の地下化等によって、相手の情報活動を拒否する能力も向上すると考えた15。
(2)米海兵隊による「兆候の戦い」
米国では、2012年の国防戦略指針において、戦略の重点を中東からアジア太平洋地域へリバランスすることが示された16。また、中国をはじめとする潜在的な敵のA2AD能力の高まりによって、米国の戦力投射が重大な挑戦を受け、米軍が有する作戦地域への接近能力の優位性に揺らぎが生じていた。このような情勢の中、A2AD又はG-RAMM (guide rockets artillery mortars and missiles. 誘導型ロケット・砲迫及びミサイル) の精密な間接・直接火力の発展と拡散によって、「発見されると標定され、殺される」ことが認識され、米海兵隊は、今後の戦いを「兆候の戦い (battle of signatures)」と呼んだ。以下、2010年代の海兵隊における「兆候の戦い」の変遷について述べる。
2010年になると、米国防長官ロバート・ゲーツは、海兵隊がイラク及びアフガニスタンにおけるテロとの戦いを遂行する間に、遠征や水陸両用に必要な技能を低下させていることや、対艦ミサイルの長射程精密化を踏まえて、仁川上陸作戦のような大規模な水陸両用強襲の実行の可能性について、疑念を表明した17。このような背景から、2012年、『21世紀の海軍水陸両用能力』という報告書が公表された。同報告書の中で、海軍・海兵隊に影響を与える新たな課題の一つに「精密な間接・直接火力の拡散が、沿海域への戦力投射の力学を変化させる兆候の戦いを強いること」が挙げられた18(下線部__筆者強調)。また、同報告書は、「兆候の戦い」について、次のように述べている。
「兆候の戦い」に関する新たな課題には、①洋上及び海岸において、発見を避けることが戦いを成功させること、②部隊とプラットフォームが管理を必要とする兆候を伴うこと、③敵の科学技術の高度化が大部隊に対して脅威を及ぼすこと、④拡散した精密兵器が、発見されたものに対して破滅的な結果をもたらすこと、⑤水平線以遠の精密打撃システムが広範に存在していること19、がある。このような精密兵器が拡散した環境では、発見された兆候が即標的となり得る20。なお、「兆候の戦い」は、米軍の通常戦力を避けるために兆候を管理してきた敵から学んだものであると言われている21。例えば、テロとの戦いにおいて、テロリスト集団は、発見・監視・捕捉が比較的容易な通常の軍隊と異なり、無定形で容易に位置を変え、小さな兆候で、秘匿して違う場所に再集結でき、追跡が難しく、捕捉が著しく困難であった22。
さらに、同報告書は、部隊防護及び機動の優位に不可欠な要素として、兆候(視覚、聴覚、電磁、熱源、ハイパースペクトル)の低減・不明瞭化を挙げ、「兆候の戦い」において、海軍・海兵隊を標定する敵の能力を拒否して、敵の兆候を識別することが海兵隊に必要な能力であるとしている23。特にA2AD又はG-RAMMの脅威下で、海軍・海兵隊は、電磁領域の規制された使用、発信統制、灯火規律、偽装、欺騙及び隠蔽を通じて、「兆候の戦い」における優位を獲得・維持することが必要とされた24。
2014年に公表された海兵隊のコンセプトである『遠征部隊21』には、「兆候管理」の重要性が述べられ、水陸両用作戦の水上機動において、「複数の進入点に対して、兆候を減少させて運用する」ことや「未発達の海岸線に進入する能力及び増大した距離・速度を有する小さな兆候の上陸用舟艇及びボートを運用する」ことが示されている25。また、内陸機動における車両と兵器システムの音響の兆候を抑制する将来的な科学技術の獲得、部隊防護における兆候管理等に考慮することも示されている26。
2016年に公表された『海兵隊作戦コンセプト』では、「兆候の戦い」を次のように説明している。
今日の戦いは、「発見されると標定され、殺される」という環境となる。敵は、常にセンサー、スパイ、無人航空システム (Unmanned Aircraft System, UAS) 及び衛星画像を活用して、高度な「ISR・打撃システム」を構築し、相手の部隊に対して標定、追尾、捕捉及び攻撃ができる。複雑な地形において、敵は耳目を通じて目標情報を収集し、ソーシャル・メディアによって、目標情報を拡散する。発見手段に関係なく、管理されない兆候は、決定的脆弱点を増大させる。我々は、領域を横断して敵の兆候を発信させ、かつ、発見する攻撃的な能力を獲得して、迅速かつ正確に観測しているものの価値を配分し、迅速に戦機を捕捉して行動を起こすことが必要である。防御的に、我の部隊は戦い方を適応させ、生存性を増大させるために発信統制及び他の兆候管理手段を重視することを必要とする。また、我々は、敵に我の行動と意図に関する不正確な印象を持たせるための欺騙能力を必要とする。さらに、対情報能力及びソーシャル・メディア規律の向上が必要である27。
以上のように、自己の兆候を統制・管理して、敵の兆候を誘発・識別する能力が重要な要素であるとし、全ての部隊が、発信統制及びデコイ・掩蔽・隠蔽・偽装・欺騙の使用を組み合わせて、兆候を理解・管理することが求められた28。
(3)遠征前進基地作戦 (EABO) における「隠れる者対見つける者の競争」
前述した『21世紀の海軍水陸両用能力』には、後のEABOの概念に含まれる制海及びそれを実行する水陸両用部隊の運用が言及された29。その後、『遠征部隊21』及び『海兵隊作戦コンセプト』において、EABOの概要がそれぞれ明記され30、2018年には、『遠征前進基地作戦ハンドブック第1版』が公表され、EABOが具体化されていく。
同ハンドブックによるとEABOコンセプトの戦略的背景には、ロシア及び中国だけでなく、イエメンの反政府勢力フーシに見られるA2AD兵器システムの質的・量的革新によって、米国の戦力投射を可能とする固定的な前進基地のインフラ及び大型プラットフォームが危険に晒されるようになったことがある31。海兵隊において、敵に対抗するために、パラダイム・シフト(概念的枠組み・行動型式などの抜本的変革)の必要性が認識され、EABOが構想されたのである。
EABOは、海軍(海兵隊を含む)部隊が、海洋を競争・支配又は拒否するために、敵の長距離精密火力の射程圏内で持久し、前方で作戦できるようにするコンセプトである32。実行にあたっては、インサイド部隊(後のスタンドイン部隊)とアウトサイド部隊(後のスタンドオフ部隊)の2種類に区分される。前者が、小さな兆候で、広範囲に分散して、敵の射程圏内で持久する部隊であり、後者が敵の射程圏外に位置して、前方での決定的な戦いのために機動する、大型で、兆候が大きく、高価な従来型の部隊である33。インサイド部隊は、ISR活動を実施して、制海・制空又は海洋拒否・航空拒否を行い、持続的なプレゼンスを提供する34。
そして、インサイド部隊に最も要求されるのは、「隠れる者対見つける者の競争」に勝つことである。この競争において、最初に発見して最初に射撃することに大きな利点があることから、インサイド部隊には、「兆候」を発見する十分なISR能力とともに、「兆候」を最小化・管理する能力が必要とされた35。敵の精密打撃システムが、遮蔽物のない海上及び空中において、容易に識別可能な艦艇及び航空機と交戦することに最適化されている反面、小規模で集中することなく、地形、植生及び建造物に紛れることができる地上部隊に対して効果的でないこともEABOが支持される論拠となった36。これは、「砂漠の嵐作戦」と「イラクの自由作戦」において、移動式ミサイル発射機のような地上配備システムの発見が困難であったという米軍の経験に基づいている37。
2 フォース・デザイン2030に影響を及ぼした現代戦の概要
現在、海兵隊は、2020年3月の『フォース・デザイン2030』に基づき、大胆な改革を進めている。フォース・デザイン2030とその関連文書の中では、長距離精密打撃及びその関連するC4ISR (Command, Control, Communication, Computer, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance. 指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察) 技術の進化と拡散が、クレピネビッチに倣い「成熟した精密打撃体制」と呼称され、その根拠として、次の戦例が挙がっている38。1967年のエジプト軍の対艦巡航ミサイルによるイスラエル駆逐艦の撃沈に始まり、1973年の第4次中東戦争における対戦車ミサイルと対艦ミサイルの運用、1980年代におけるフォークランド戦争とペルシャ湾のタンカー戦争、2006年のヒズボラの対艦ミサイルによるイスラエル艦艇に対する攻撃、2016年のフーシによる米ミサイル駆逐艦メイソンに対する同様の攻撃、2014年のロシアによるウクライナに対するC4ISR・電子戦と組み合わせた大量の長距離火砲の運用、及び2020年の第2次ナゴルノ・カラバフ戦争における無人システムの使用である39。
この項では、海兵隊の「偵察・対偵察の戦い」に影響を与えている直近の3つの戦例に焦点をあて、それぞれの概要を述べる。イエメンの反政府武装勢力フーシの戦い、第2次ナゴルノ・カラバフ戦争及びロシア・ウクライナ戦争(筆者による呼称)である。これらの戦例は、海兵隊における『フォース・デザイン2030』に基づく改革を肯定する論拠あるいは改革に反映すべき教訓ともなっている。
(1)イエメンの反政府武装勢力フーシの戦例(2016~2018年)
イエメンの反政府武装勢力フーシは、イランの支援を受け、2004~2010年にゲリラ戦術を駆使して断続的に戦闘を行い、2014年に首都サヌアを占領し、2015年以降、北部・中部を実効支配して、イエメン政府軍を支援するサウジアラビア主導の連合軍と内戦を続けている。海兵隊は、2016~2018年の南部紅海で作戦するフーシの手法を、競争地域の内側における効果的な偵察・対偵察及び海洋拒否作戦の事例として採り上げている40。
フーシは、偵察において、人員による観測から高性能レーダーまでを組み合わせて情報収集を行った。この際、30カ所の沿岸監視所、スパイ用ダウ船(帆船)、漁船及び商船における携帯電話と無線機を携行した人員による観測、イエメン沿岸警備隊・海軍から奪ったものやイラン革命防衛隊から提供された商用・軍事レーダー、ドローンと自動識別システムの位置サービスを統合させている41。
対偵察では、目視・電磁・サイバーにおける兆候を効果的に管理して、捕捉されにくい行動に努めた42。部隊は、小隊・中隊規模の編成から、民間車両の乗車人数を超えない3~5名よりも少ない人数に分割するとともに、山岳バイクを使用する等民間人の移動パターンに紛れて、民間人との区別及び空中からの目標捕捉を困難とした43。駐車場、武器庫及び通信所を偽装し、空中観測・標定に対してデコイと発煙筒を使用する等頭上を視覚的に秘匿した44。戦闘員は、隠れ家において、高い規律を維持して、長期間、その場に留まり、移動を極限するため、弾薬・水を過剰に集積して、食糧を前哨(警戒・監視所)に運搬するために特製ロケットに付いた筒を用いた45。また、発信統制を行い、無線通信及びインターネット接続機器の使用を制限する代わりに低出力の携帯電話を使用した46。
先進兵器について、フーシは、2015年以降、イランの直接的な支援を得て、長射程兵器システムの導入に努め、2016年に沿岸防御用巡航ミサイルによって、アラブ首長国連邦がチャーターしていた高速輸送船スウィフトを破壊し、同年、米ミサイル駆逐艦メイソンを攻撃(被害なし)、さらに2017年に中距離弾道ミサイルで約960km離隔するサウジアラビアの首都リヤドを攻撃した47。無人機の導入も進められ、2017年、自爆ドローン型無人艇によって、サウジアラビアのフリゲート艦が攻撃され、同年4月以降、湾岸の有志連合のパトリオット・ミサイル部隊が自爆型無人航空機 (Unmanned Aerial Vehicle, UAV) によって狙われた48。フーシによる海洋拒否は、当初、沿岸防御用巡航ミサイルのみであったが、相手の対抗策を考慮して、自爆型UAV、自爆型無人艇、機雷、多種のロケットを組み合わせて、航行する船舶を攻撃するように進化したのである49。
(2)第2次ナゴルノ・カラバフ戦争の戦例(2020年)
第2次ナゴルノ・カラバフ戦争は、コーカサス地方のアゼルバイジャンとアルメニアの間で2020年9月~11月に行われた、アルメニアが占拠するナゴルノ・カラバフを巡る戦争であり、この戦争の結果、アゼルバイジャンが事実上勝利して、同国に対しアルメニアから領土の相当部分が返還された。同戦争に勝利したアゼルバイジャンによって、UAVと徘徊弾薬 (loitering munitions) が効果的に運用されたことが『フォース・デザイン2030』の年度更新版で言及されている50。
アゼルバイジャンが同戦争で運用した代表的なドローンには、再利用が可能なトルコ製のバイラクタルTB2、自爆型の徘徊弾薬であるイスラエル製のオービターとハロップがある(図1参照)。バイラクタルの搭載能力は、徘徊弾薬よりも大きく、効率性が高いが、他方、徘徊弾薬の小さな機体は、レーダー反射断面積を減少させ、アルメニアの防空部隊による発見・追尾・迎撃を困難にした51。同戦争におけるドローンの第一波において、アゼルバイジャンは、遠隔操作用に改良したソ連時代の複葉機アントノフ2を前線へ囮として飛行させ、アルメニアの防空システムの位置を暴露させて、後続の徘徊弾薬及びUAVによって、これらを破壊する戦術を採った52。
徘徊弾薬が防空レーダーと対空ミサイル発射機に突入して自爆し、UAVが発射するミサイルによって、防空機器と野戦砲を攻撃した53。アルメニアの防空システムが機能不全になると、アゼルバイジャンのドローンは、「武装偵察」として、自由に標的を探して、野戦砲、多連装ロケット、戦車、歩兵戦闘車、トラック等の車両のほか、紛争以前から標定していた弾薬庫と指揮所を攻撃するとともに、ドローンに搭載するカメラが損害の映像を記録した54。
偵察について、最大の特色は、大量の無人機の使用によって、戦車や他の移動の遅い高価値目標が、容易に標的となったことである55。アゼルバイジャンが、技術上、投資してきたISRプラットフォームがアルメニアに対するターゲティング・サイクル上の大きな優位をもたらし、固定されたアルメニアの防御部隊と防空部隊が、アゼルバイジャン軍のドローンと砲兵によって、容易に識別・標定された56。また、アゼルバイジャン軍のUAV及び徘徊弾薬が、T-72主力戦車、装甲戦闘車、砲兵、S-300のような先進的な防空システムを成功裡に破壊した57。例えば、アルメニア軍の多連装ロケット発射機がアゼルバイジャン軍のバイラクタルによって撮影された後、徘徊弾薬及び武装したUAVによって標定・攻撃された58。さらに、戦争の当初から、アゼルバイジャンは、UAVと徘徊弾薬が撮影したリアルタイムの動画を活用して、ソーシャル・メディアを通じた情報戦も行った59。
対偵察においては、兆候管理と部隊防護に関する次の示唆がある。アルメニア軍は、従来の物理的な偽装材を使用する一方で、熱源と電子的兆候用のセンサーに対して脆弱であり、適切な兆候管理が為されず、対UAS (counter-UAS) 能力を含む多層的な防空能力の欠如と相まって、重要なシステムと人員が多大な損害を受けた60。他方、アゼルバイジャン軍は、ISRと射撃部隊によって、アルメニア軍の重要な能力を探知・捕捉することによって、兆候管理と部隊防護における脆弱性につけ込み、体系的に同軍の部隊防護及び機動力を無力化した61。以上のように、同戦争によって、『フォース・デザイン2030』で繰り返し言及されている小さな兆候の部隊の重要性が実証されたのである。
(3)ロシア・ウクライナ戦争の戦例(2014年~)
ロシア・ウクライナ戦争は、2014年3月のロシアによるウクライナ領クリミア併合、同年4月に勃発したウクライナ東部における武力衝突、及び2022年2月以降のロシアによるウクライナ侵攻の各段階に区分でき、現在も戦争が継続中である。2014年のクリミア併合とウクライナ東部戦争では、ロシアがいわゆる「ハイブリッド戦」を行い、それが奏功した。他方、その後の2022年のロシアによるウクライナ侵攻では、西側諸国に支援されたウクライナの強力な抵抗もあり、ロシアが企図していたと考えられる短期間での戦略目的達成に失敗し、戦況は、ウクライナ東部と南部及び一部ロシア領において一進一退の消耗戦が続いている。同戦争について、フォース・デザイン2030及び関連文書において、2014年のロシア軍によるC4ISRと電子戦能力に連携した大量の長距離火砲の運用、2022年以降に見られる対UAS・対空・対ミサイル防御、精密火力を伴う分散した作戦と機動の支援、及びUASと徘徊弾薬をもって行うトップ・アタック(頭上からの攻撃)による装甲車両と戦闘陣地の撃破などが注目されている62。
ロシアは、2008年のジョージア紛争において、ジョージアの防空システムを電子戦で十分に制圧できず、航空機を多数損失した教訓から、電子戦の近代化に努めた63。ロシアの電子戦装備のボリソグレブスク2は、移動型衛星通信や電波航法の部隊を妨害する能力を有し、GPS (Global Positioning System. 全地球測位システム) 信号の受信を阻止することによってドローンの使用を妨害できる64。また、モスカ1は、400km内の全ての周波数の電波を監視して、常時、情報収集、妨害及び電子制圧が可能であり、グラスハ2は、信号の種類を分析して、レーダーを妨害する能力だけでなく、妨害されたシステムに対して、受信者に偽の位置情報を送信するというGPSスプーフィング(なりすまし)の能力があった65。2014年から続くウクライナ東部の戦争において、ロシア軍の強化された電子戦活動は、UAVと地上システムを使用して、ウクライナ軍のUAVに対するGPSスプーフィング及び電子戦攻撃とともに、衛星、携帯電話及び無線通信システムに対する電磁偵察・妨害を実施した66。
ロシア軍は、ウクライナ軍の電子的兆候から、位置を特定することに長けており、2014年に始まったウクライナ東部戦争において、電子戦に支援された狙撃手や火砲の射撃によって、ウクライナ軍に損害を与え続けた67。この際、ロシア軍は、ウクライナ兵の携帯電話への偽メッセージを伴う位置標定と火砲の射撃を連携させる斬新な戦術を使用した。戦場に所在するウクライナ兵と彼らの家族の双方に偽メッセージを送信し、家族が安否確認のため、身内の兵士にすぐに電話又はメッセージで連絡を取るように仕向けて、数分後に兵士達が撤退を指示される偽メールを受信した後、多数の携帯電話の使用によって、暴露した位置をロシア軍が標定して砲撃を行った68。ロシア軍は、電子戦、サイバー戦、情報戦及び砲撃を組み合わせて、ウクライナ軍に心理的・物理的効果をもたらすことに成功した。現代における将兵による個人用携帯電話の規律の欠いた使用は、個人と部隊を特定させ、兆候の戦いにおいて、携帯電話が潜在的な情報作戦の標的となり得る脆弱性をもたらすことが指摘されている69。
2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻で観察された海兵隊への示唆には、次のようなものがある。第一は、ウクライナ軍が、小さく、広範囲に分散した歩兵部隊をもって、航空優勢なしに、ジャベリン等の携帯肩撃ち式対装甲兵器、ヒーロー120、スイッチブレード600等の徘徊弾薬、バイラクタル等の武装ドローンを用いて、装甲・機械化部隊に対して効果的に作戦できることを示したことである70。装甲・機械化車両は、精密な直接・間接火力の格好の標的となり、12万ドルのミサイルが、1,000万ドルの戦車を破壊するという費用対効果の高さを示したと評されている71。この事例は、現代戦における分散した小部隊と無人機の有用性及び装甲車両の脆弱性を裏付けるものとなり、『フォース・デザイン2030』におけるスタンドイン部隊の創設及び戦車の廃止を肯定する論拠を強化した。示唆の第二は、徘徊弾薬への対抗手段である。多数の徘徊弾薬に対する防御において、防空部隊の高価な地対空及び空対空の誘導ミサイルの使用は、非経済的であると認識された72。このため、徘徊弾薬への対抗手段として、①電子的手段による徘徊弾薬の指令又は運用を撃退する妨害電波の使用、②弾薬又は指向性エネルギーによる物理的・能動的防護システム、③分散と兆候の低減が提言されている73。
〈その2に続く〉
Profile
- 佐武 直樹
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現代米海兵隊史