NIDSコメンタリー 第350号 2024年9月3日 ワシントンNATO首脳会合の成果と課題 —— 抑止と防衛、ウクライナ支援、パートナーシップの観点から

地域研究部 米欧ロシア研究室 研究員
田中 亮佑

はじめに

2024年7月9日から11日にかけて、米国のワシントンDC(以下、ワシントン)においてNATO首脳会合(以下、本稿における「首脳会合」はNATO首脳会合を意味する)が開催された。本年の首脳会合はNATO創設から75周年を迎えた節目の年の開催であるとともに、2014年のロシアによる一方的なクリミア併合とそれに続くウクライナ東部における紛争(以下、ウクライナ危機)が発生してから10年目の首脳会合でもあった。冷戦後、NATOの任務は集団防衛のみならず危機管理や協調的安全保障にまで拡大したが、2014年のウクライナ危機以降、NATOは実質的には集団防衛に回帰し、その抑止・防衛態勢の向上をはかるべく多くの改革を推進してきた。その意味で、2024年のワシントン首脳会合は、同盟の歴史的な結束を確認するという象徴的な意味のみならず、2014年以降のNATOの改革の現状を確認するという実態的な意味もあったと言えるだろう。また、NATOは2022年2月以降続くロシアによるウクライナ侵略への対応と、共通の安全保障課題に対するグローバル・パートナーとの協力も続けており、ワシントン首脳会合ではそれらに関する言及も注目されていた。かかる背景から、NATOはワシントン首脳会合での重要な決定ついて、①抑止と防衛、②ウクライナ支援、③パートナーシップという3点に分類して公表している1。そこで、本稿ではNATOの最重要任務である抑止と防衛に重点を置きつつ、上記の3つの観点から、2014年以降のNATOの改革を簡潔に踏まえたうえで2024年のワシントン首脳会合の宣言の内容を概観し、今後のNATOの発展について含意を得る。

抑止と防衛:態勢の発展と課題

ワシントン首脳会合において、抑止と防衛に関して特に注目されたのは、その態勢を支えるNATO加盟国の国防費の増加である。2014年のウェールズ首脳会合の宣言では、NATO加盟各国が2024年までに国防費をGDP比の2%とする目標(以下、2%目標)が掲げられた2。当時、2%目標を達成していたのは米・英・ギリシャの3カ国のみであり、それ以降増加が期待されていたものの、2021年でも2%目標を達成していた加盟国は10カ国以下という状況であった3。しかし、ロシアによるウクライナ侵略が始まって以降、2022年のマドリード首脳会合では2024年までの2%目標へのコミットメントが再確認され、さらに2023年のヴィリニュス首脳会合では2%目標を恒久的なものとすることが定められており、加盟国は国防費を増額させている傾向にある4

このような流れもあり、ワシントン首脳会合の前には既に、予測値ではあるものの2024年には加盟国のうち23カ国が2%目標を達成する見込みが公表されていた5。そして、ワシントン首脳会合の宣言では「同盟国の3分の2以上が年間の国防支出をGDPの2%以上とするコミットメントを果たしたことを歓迎する6」と言及された。また、NATOによれば、2024年には欧州諸国とカナダの合計の国防費が、それらの国の合計のGDP比で2%を超える見込みである7。さらに、2024年2月の発表ではあるが、事務総長のストルテンベルグ(Jens Stoltenberg)から、欧州諸国だけでも合計の国防費が合計のGDP比の2%を超える見込みであることも言及されていた8。換言すれば、あくまで合計という観点ではあるもののNATOの欧州側としてもGDP比2%を達成しているとも表現し得る状況となっており、これは2014年の状況に比すれば大きな変化であろう。他方で、引き続き全加盟国の2%目標達成とその維持が最低限の水準として求められていることに変わりはない。

また、ワシントン首脳会合における抑止と防衛に関する決定の中では、NATOは特に以下の3点について言及している9。第一に、NATOの統合防空ミサイル防衛(IAMD)のうち弾道ミサイル防衛(BMD)の強化である。NATOのBMDは米国の欧州段階的適応アプローチ(EPAA)を通じて整備されてきており、これまでの態勢は、スペインのロタに展開されたイージス艦、トルコに配置されたレーダー、ルーマニアに配備されたイージス・アショアにより構成されていた。この態勢に加えて2024年7月にポーランドにおけるイージス・アショアもNATOとしての運用が開始されたことでEPAAの構想が完成し、NATOとしての「BMDの強化された運用能力」を宣言するに至った10。第二に、NATO統合サイバー防衛センター(NICC)の設置である。NICCは、作戦領域としてのサイバー空間におけるネットワークの防護や、軍事活動に必要な民間のインフラを含むサイバー空間での脅威や脆弱性に関する情報をNATOの司令官へ提供することを目的とする組織であり、政府・軍・民間の専門家から構成される予定である。詳細は今後発表される見込みであるが、NICCは欧州連合軍最高司令部(SHAPE)を拠点とする予定であり、SHAPEやその所在地であるベルギーのモンスにはNATOのサイバー関連の組織が複数置かれていることから、NICCと既存の組織との連携や統合が進んでいくだろう11。第三に、産業能力拡大誓約への合意である。2023年のヴィリニュス首脳会合では、NATOは需要の集約、防衛産業の課題への対応、相互運用性の向上を目的とした防衛生産行動計画を承認したが、産業能力拡大誓約を以ってこれらの動きを加速させ、NATO自らの防衛と対ウクライナ軍事支援を両立すべく防衛産業の拡充を図るとしている12

その他、抑止と防衛についてワシントン首脳会合の宣言では「集団防衛の新たな時代に向けてNATOを現代化するため、マドリード首脳会合とヴィリニュス首脳会合の決定を履行している13」ことも記された。そこで2022年以降の首脳会合からワシントン首脳会合に至るまでのNATOの抑止と防衛に関する発展について簡単に振り返っておく。まず2022年のマドリード首脳会合では前方展開の強化とNATO兵力モデル(NFM)の採用の2つが主要な決定事項であった14。前方展開の強化については、もともと2016年のワルシャワ首脳会合の決定により「強化された前方展開(EFP)」としてバルト三国とポーランドに配備されていた多国籍戦闘群(以下、戦闘群)の大隊規模(1,000人程度)から旅団規模(3,000~5,000人程度)への拡大および同様の部隊の南東欧(ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、スロバキア)への配備が決定された。また、NFMについては、危機の発生から10日以内に10万人(第一段階)、10-30日以内に20万人(第二段階)、30-180日以内に50万人(第三段階)、合計80万人の兵力を動員可能とするための即応態勢を整備する計画として発表された。

続いて2023年のヴィリニュス首脳会合では、地域防衛計画が承認された。地域防衛計画は、NATOの3つの個別の地域に対する防衛計画から構成されているもので、以て冷戦後初となるNATO全域に対する包括的な防衛計画と位置付けられている。各地域への防衛計画はそれぞれの地域に所在するNATOの統合軍司令部(JFC)が主導する形式をとっている。それらは、①米国のJFCノーフォークが主導する大西洋・ハイノースを対象とする計画、②オランダのJFCブルンサムが主導するバルト海からアルプス山脈までを対象とする計画、③イタリアのJFCナポリが主導する地中海・黒海を含む南東欧を対象とする計画である15(本稿では便宜上、①を大西洋・北欧防衛計画、②を中欧防衛計画、③を南東欧防衛計画と呼称する)。

これらの前方展開、NFM、地域防衛計画については、ワシントン首脳会合へ向けた動きや同首脳会合の宣言の中でも関連する言及がみられた。まず、前方展開については、ワシントン首脳会合の宣言は「NATOの東翼に戦闘準備を整えた戦力を展開し、前方防衛を強化した16」ことに言及したうえで、戦闘群を意味する前方陸上部隊(FLF)の地域防衛計画への統合を進めていく旨を記した。また、実際の戦闘群の配備については、2022年の決定以降バルト三国を中心にその拡大が試みられ、同様の戦闘群の南東欧諸国への配備も進んでいる17。一部の東翼の国々に関しては戦闘群の拡大の予定が公表されており、ラトビアについては2026年までにリード国のカナダが2,200人を配備する予定とされ、リトアニアについては2027年までにリード国のドイツが最大5,000人を配備する予定とされている18。また、6月のNATO国防相会合の際には、フィンランド国防相のハッカネン(Antti Häkkänen)がフィンランドへの将来的なNATO部隊の受け入れについて言及し、さらにワシントン首脳会合の宣言でも「フィンランドにおけるNATOのプレゼンスの強化」に言及されたことから、フィンランドへの戦闘群の配備なども検討されているとみられている19。これらのことから、戦闘群の旅団規模への拡大については、一部の国で先行的に実施されつつある一方、その他の国については更なる時間を要することになるだろう。

次にNFMについては、6月のNATO国防相会合の記者会見において、ストルテンベルグから「現在、我々は全ての領域で50万人の部隊を即応態勢に置いており、2022年のマドリード首脳会合で合意した目標を大幅に上回っている20」との発表があり、同様の言及はワシントン首脳会合へ向けた他の記者会見などでも確認できる。これらの発言は、NFMに直接言及したものではないものの、NFMの第一・第二段階である危機の発生から30日以内に計30万人の兵力を確保する目標を指していると思われ、現状の50万人の即応態勢を以ってその目標を大幅に上回ったということであろう。また、ワシントン首脳会合の宣言では、直近の7月1日にNATOの新たな部隊として発足した連合対応部隊(ARF)にも言及があった。ARFはマルチドメイン能力を保有し、NFMの中核を成す部隊として位置づけられている21。これらのARFを含むNFMの枠組みは、従来のNATO即応部隊(NRF)の役割を引き継ぐものとされていることからも、おそらくNFMのうち早期の段階でARFが即応部隊として中心的役割を果たすことが想定されているのだろう。

また、地域防衛計画については、ワシントン首脳会合の宣言は、新たな防衛計画に必要な戦力、能力、資源、インフラを整備していくこと、さらに計画を実証するためにより頻繁で大規模な訓練を実施していくことを記している22。その例として言及されたのが、2024年1月~5月に冷戦後最大規模のNATOの演習として実施された「ステッドファスト・ディフェンダー24」である。この演習は地域防衛計画に基づく最初の大規模演習として位置づけられており、全加盟国から計9万人が参加して実施された23。この9万人はNFMの即応態勢に置かれている50万人の枠から拠出され、またARFも正式な運用開始前ではあったが試験的に参加していた24。これらのことから、地域防衛計画において動員を想定している兵力はNFMの構造によって補完されていることが分かり、今後NATOはNFMの態勢を更に整備していくことで地域防衛計画の実施を支えていくと考えられる。

このようにNATOは抑止・防衛態勢を強化しているが、幾つかの課題も残されている。第一に、地域防衛計画の完全な実施には、さらに35個~50個程度の旅団が必要とみられている25。仮に1個旅団を5,000人程度と見積もった場合、現状に加えてさらに最大25万人程度の兵力をNATOの即応態勢の枠組みに組み込むことが、地域防衛計画の完全な実施には必要ということになる。そのための部隊の確保についても、おそらくNFMを通じて行われていくだろう。NFMは、上記の通り第一・第二段階で30万人、第三段階で50万人の計80万人の部隊の確保を目指しているため、現状において第一・第二段階で50万人の即応態勢を確保しているとしても、NFMの第三段階の枠組みで残りの30万人程度は依然として必要とされている。上記の仮の概算に基づいた場合、おそらくNFMを充足させるために必要とされる残りの30万人の枠組みを通じて、地域防衛計画の完全な実施に必要とされる残りの兵力の確保や、前方展開の旅団規模への拡大などが実施されていく可能性が考えられ得る。

第二に、2022年以降の新規加盟国であるフィンランドとスウェーデンの地域防衛計画への統合と、それに伴うNATOの指揮統制の見直しである。上記の地域防衛計画は2023年に承認されたが、その策定プロセスは2018年頃から開始されていた。そのため、2023年~2024年に加盟したフィンランドとスウェーデンは、現状では地域防衛計画に十分に組み込まれていないと言われている26。確かに、ワシントン首脳会合の宣言でも、NATOの計画、部隊、指揮系統へのフィンランドとスウェーデンの統合の推進が記されたことからも、新規に加盟した両国の地域防衛計画への統合が試みられているところであることは確かであろう。しかし、それにあたっては、単純に両国を既存のNATOの構造に組み込むだけではなく、両国を担当するJFCやNATOの指揮統制を見直す必要性が指摘されている27

まず、スウェーデンとフィンランドを担当するJFCについては変更する可能性がある。両国は現在、中欧防衛計画を担当するJFCブルンサムの責任区域(AOR)に含まれている。しかし、JFCブルンサムはバルト三国やポーランドといった最前線を担当しており、フィンランドとスウェーデンという広大な範囲もカバーすることは過重な負担となっている。そのため、スウェーデンとフィンランドについては、英国とノルウェーを含む大西洋・北欧防衛計画を担当するJFCノーフォークのAORへ移管する方針が検討されているようである。そもそも本来、地理的に言えばスウェーデンとフィンランドはJFCノーフォークが担当するものと考えられていた。しかし、JFCノーフォークは3つのJFCの中で最も新しく2021年に完全運用に至ったばかりであり、かつ主要な任務を大西洋のシーレーン防衛としているため、広大なスウェーデンとフィンランドの陸上での防衛を指揮する機能を満たしていないことから、まず両国は当面の間JFCブルンサムのAORとされたという背景があった。そのため、将来的に両国がJFCノーフォークのAORとされたとしても、それは本来の想定に戻すための自然な再編と言えよう。

しかし、その場合、今度はバルト海地域における指揮統制の一貫性に問題が生じる。フィンランドとスウェーデンがJFCノーフォークのAORとなる一方でバルト三国とポーランドがJFCブルンサムのAORである場合、バルト海地域は2つの指揮統制の系統に分割されることになる。しかし、バルト海地域は地域全体としても最前線であり、本来は一体的な指揮統制の区域とされることが望ましいとの指摘もある。こうした問題に対処すべくNATOは協議を続けており、ワシントン首脳会合において何等かの発表があるとの予測もあったが、確認出来る限りそうした言及はなかった28。今後もNATOは、フィンランドとスウェーデンを担当するJFCの変更や、それに伴うバルト海地域防衛を中心とした欧州における指揮統制の問題を解決するため、防衛計画の修正や指揮統制の改編など試みていくだろう。

ウクライナ支援:NATOによる体系化

NATOにとり、上記の抑止と防衛が最重要任務であることは自明である。他方で、ストルテンベルグによれば、ワシントン首脳会合における「最も緊急の課題はウクライナへの支援29」であった。NATOはこれまで、2016年のワルシャワ首脳会合におけるウクライナ包括的支援パッケージ(CAP)の承認後、2021年には分散していた基金を統合してウクライナCAP信託基金を創設し、非致死性の分野における支援や長期的な能力構築支援などを実施してきた。この動きは、2022年のマドリード首脳会合と2023年のヴィリニュス首脳会合を通じてさらに強化されている30。このような従来のNATOのウクライナ支援に加えて、ワシントン首脳会合の宣言では新たに4つの事項が言及された31

第一に、NATOの対ウクライナ安全保障支援及び訓練組織(NSATU)を設立し、同盟国およびパートナー国によるウクライナへの防衛装備及び訓練の提供を調整することが定められた。これまで、この役割を担当していたのは米軍主導のウクライナ安全保障支援グループ(SAGU)である。SAGUは2022年11月にドイツのヴィースバーデンに設立され、300~500人程度の人員で運用されてきた。SAGUの主な役割は、50カ国以上から構成されるウクライナ防衛コンタクトグループ(UDCG)がウクライナへの装備・訓練の提供を調整するための定期会合(いわゆるラムシュタイン会議)における決定の履行とされていた32。NSATUは、基本的にこの米軍主導のSAGUの機能をNATOとして引き継ぐものと位置づけられる。そのため、NSATUは引き続きヴィースバーデンに所在し、欧州連合軍最高司令官(SACEUR)直属の指揮官の下700人程度の人員から運用され、NATOのウクライナへの装備・訓練の調整を実施する指揮機能を有することになる33

第二に、ウクライナに対する長期安全保障支援の誓約を発表し、NATO加盟国が2025年中に少なくとも400億ユーロを拠出することでウクライナへの持続可能な支援を提供することが発表された。この400億ユーロという額については、ロシアによるウクライナ侵略以降、NATO加盟国がウクライナに提供してきた年次的な額とほぼ同等とされており、これまでの支援を最低限維持するという意志を示したものと言える34。また、400億ユーロの資金は加盟国がそれぞれのGDP比に基づいて拠出することになっており、各国は半年ごとに支援額を報告することになっている。なお、ストルテンベルグはこの長期安全保障支援の誓約について、当初その期間を5年間とし、金額を計1,000億ユーロとすることを主張していたとの報道もあった35。しかし、最終的にワシントン首脳会合で確定したのは2025年中の400億ユーロという期間と金額であり、その後については同年開催予定のオランダのハーグ首脳会合で見直しが予定されている。

第三に、NATO・ウクライナ共同分析・訓練・教育センター(JATEC)の設立を推進することが言及された。JATECは2024年2月に開催された国防相級のNATO・ウクライナ理事会で、CAPのプロジェクトの一つとして設立が合意された組織であり、その目的はロシアによるウクライナ侵略から学んだ教訓を分析し、NATOの抑止・防衛態勢の向上に活用するとともに、NATOとウクライナの相互運用性を高めることとされている。また、JATECはNATOとウクライナによる共同の組織であるが、このような組織の設立は両者間では初のものであり、NATO・ウクライナ関係の重要な柱として位置付けられている36

第四に、駐ウクライナNATO代表部(NRU)における上級代表の任命が発表された。NRU自体は2015年に設立された組織であるが、NRUが統括するNATO情報資料センター(NIDC)とNATO連絡事務所(NLO)という2つの組織はそれぞれ1997年と1999年に設立されたものである。NIDCはウクライナにおけるNATOの広報外交拠点である一方、NLOは実際にNATOとウクライナ政府機関の調整を担当する事務所であり、冷戦後からのNATO・ウクライナ関係の発展に寄与してきた37。NRUには設立された2015年以降も代表はいたが、おそらくNRU上級代表はより格上の要職と位置付けられ、NATO・ウクライナ間の支援や協力の調整を促進することが期待されているとみられる。実際に、NRUの初代上級代表には、これまで長らく英国防省での要職やNATOで2つの事務総長補ポストを歴任してきたターナー(Patrick Turner)が任命されたことからも、従来の代表より重要性が増していることは確かであろう38

また、ワシントン首脳会合に併せて、首脳級のNATO・ウクライナ理事会も開催された。同理事会では、ワシントン首脳会合で合意したウクライナ支援に関する上記の4つの事項について再び言及されたほか、CAPを通じた支援の継続についても記された。これに加えて、2023年のヴィリニュス首脳会合で発表された「G7のウクライナ支援に関する共同宣言に基づいて、同盟国とパートナー国がウクライナと合意した二国間の長期的な安全保障に関するコミットメントを歓迎する39」ことも示された。このウクライナとの二国間協定については、2024年1月に英国・ウクライナ間で協定が締結された後、ワシントン首脳会合までに20カ国および欧州連合(EU)との間で締結されたものであり、各国ごとに内容は異なるものの、様々な長期的な支援が記されているものである。

これに関連して、NATOの枠外ではあるがワシントン首脳会合に併せて、ウクライナとの上記の二国間協定を結んだ国々を中心とした26カ国・機関からなるウクライナ支援に関する有志の枠組みとして「ウクライナ・コンパクト」の創設も発表された40。この枠組みへの参加国は、既存のUDCGや新たに設立が決まったNSATUなどの多国間メカニズムを通じたウクライナへの将来の支援への貢献について誓約している。このように、ウクライナへの支援については様々なイニシアティブが発足しており、NATOの枠内外での体系化が進んでいると言えよう。

パートナーシップ:IP4との協力と対中認識の変化

ワシントン首脳会合では、パートナーシップも重要な分野として位置づけられた。ウクライナ以外の非NATO加盟国・機関としてワシントン首脳会合の宣言でパートナーシップに関連して言及されたのは、EUのほか、日本、豪州、ニュージーランド、韓国からなるインド太平洋地域のパートナー諸国の4カ国(いわゆるIP4)であった。以下では、NATOとそれらの国・機関とのパートナーシップの変遷と現状について概観する。

NATOとEUおよび欧州統合との関係についてはその歴史は長いが、現行の協力体制の段階となったのは2016年以降であると言って良いだろう。NATOとEUは、2016年、2018年、2023年と3回に渡り共同宣言を発表しており、多くの分野で協力を発展させている41。その背景には、2014年のウクライナ危機以降、欧州に対する脅威が純粋な軍事力のみならず、政治、経済、社会などの様々な分野にまで及ぶことが広く認識されてきたことや、2022年のロシアによるウクライナ侵略を受けて欧州諸国の防衛産業を強化する動きが加速していることなどがある。これらの分野においては、EUあるいはその加盟国政府が管理・強化する政策も多く、それがひいてはNATOの抑止と防衛に資すると考えられるようになった結果、NATO・EU協力の機運が高まっている。こうした経緯もあり、ワシントン首脳会合の宣言において、EUについては「ユニークかつ不可欠なパートナー」と位置付けられ「NATOとEUの協力は前例のないレベルに達している」との認識が示された42

次に、日本、豪州、ニュージーランド、韓国からなるIP4各国とNATOの関係については、その源流は1990~2000年代に遡るが、2012~2014年頃からはNATOとIP4各国が国別パートナーシップ協力計画(IPCP)を承認し、対話や協力を推進してきた43。当初の協力はNATOとIP4各国間の二者間の協力であったが、NATO・IP4間での包括的な関係が見られた最初の例は、2016年12月の北大西洋理事会であったと言われている44。この北大西洋理事会がどのレベルでの開催だったかなどの詳細は発表されていないが、当時の主な議題は北朝鮮の核・ミサイル開発への対応であり、このとき初めてIP4の代表が同時に北大西洋理事会に招待され参加した45。こうした協力関係が発展し、2021年のブリュッセル首脳会合の宣言では「我々は、協調的安全保障の促進とルールに基づく国際秩序を支えるため、長年のアジア太平洋地域のパートナーである豪州、日本、ニュージーランド、韓国との政治的対話や実務的協力を強化している46」と言及されるに至った。このことから、2012年~2021年頃には、NATO・IP4協力の原型とも言うべき関係が形成されつつあったとも言えよう。

そして、NATO・IP4間の協力関係が実際に体系化されつつあるのが2022年以降の段階と位置付けられるだろう。まず、2022年のマドリード首脳会合で承認された現行のNATOの戦略概念では「地域における発展は欧州大西洋地域の安全保障に直接に影響しうるため、インド太平洋はNATOにとって重要である47」として、戦略概念として初めてインド太平洋に言及したうえ、同首脳会合では実際にIP4各国が初めて首脳会合に参加した。同時に、このとき日本とNATOとは、IPCPの改訂と新たな協力文書の策定について協議しており、その他のIP4各国もNATOと同様の協議をしていた可能性もあるだろう48。実際に、翌年のヴィリニュス首脳会合以降、NATOとIP4各国はそれぞれ新たな協力文書として国別適合パートナーシップ計画(ITPP)を順次承認した。そして、2024年のワシントン首脳会合の宣言でも、インド太平洋はNATOにとり重要であると言及しつつ「欧州大西洋の安全保障に対するアジア太平洋地域のパートナーの継続的な貢献を歓迎する49」ことが記された。また、同首脳会合にあわせてNATOとIP4の間では、ウクライナへの軍事医療支援、サイバー防衛、偽情報対策、人口知能などの技術分野における新たな旗艦プロジェクトを通じた協力が合意された50

このような現行のNATOとIP4各国間の協力の基礎となっている文書が上記のITPPである。ITPP自体は基本的に非公開の文書であるが、概要についてはNATOにより公開されている51(なお、IP4の中で日本は公開版のITPPを作成している52)。それによれば、ITPPはこれまでNATOとIP4各国間にあった協力関係を包括的に整理したものであり、既存の協力文書は全てITPPに移行した。既存の協力文書の代表例としてはIPCPがあげられるが、これは協力分野が羅列されていたものであった一方で、ITPPはIPCPより広範な分野での協力を規定しつつ、協力の目標、方法、手段という構造を取っていることから、より戦略に近い文書となっていることが分かる。また、ITPPが対象とする期間は4年間であるため、現行の協力は2023年-2026年までとなっているが、この中でも定期的に協力の見直しや評価が実施される。このように、NATOとIP4各国の協力は体系化されつつあり、将来的にはより長期的な協力関係に繋がっていくものと考えられる。

NATOは、こうしたIP4との連携強化が、ロシアによるウクライナ侵略や朝鮮半島の安全保障のみならず、中国の野心や強制的な政策、それに中露連携の強化なども含み複雑化する国際的な安全保障環境へ対応するための鍵となるとしている53。確かに、近年のNATOはIP4との関係を発展させる一方で、同時並行的にその対中認識を厳しくしてきた。その背景としては、2014年のウクライナ危機以降の中露関係の発展や、様々な領域における中国の行動に対する欧州諸国の警戒感の高まりがある54。そして、2019年のロンドン首脳会合における宣言では「中国の増大する影響力や国際政策が、同盟として共同して対処する必要のある機会と挑戦をもたらしている55」との認識が示された。冷戦後の首脳会合の宣言で中国に言及されたのはこれが初めてであった。さらに、NATOとIP4各国との協力が謳われた2021年のブリュッセル首脳会合の宣言では、対照的に中国については、上記の文章から「機会」の表現が削除され「挑戦」としての側面が強調されたうえに、他の段落でも「中国の表明された野心と独断的な行動は、ルールに基づく国際秩序と同盟の安全保障に関連する地域に対し、体制上の挑戦をもたらしている56」との認識を示した。

そして、2022年の戦略概念では、同盟として「中国が欧州大西洋の安全保障にもたらす体制上の挑戦に対処する」と同時に「我々は共通の認識を高め、レジリエンスと準備態勢を強化し、中国の強制的な戦術や同盟を分断する取組に対して防護する57」方針が言及された。これは、中国からの挑戦に対してもNATOとして同盟を防衛する意図を明確にしたものとも読み取れ、従来の記述より一層厳しくなった感があると言って良いだろう。これらの記述は、ワシントン首脳会合でもほぼ同様に維持されており、さらに中露連携の深化については、ロシアによるウクライナ侵略において中国が「決定的な支援者58」となっていると指摘するなど、中国に対するNATOの認識はさらに厳しくなっている。

このように、NATOとしては、ロシアのみならず中国の行動も国際的な安全保障環境を複雑化させているとの認識のもと、その対応策としてEUに加えIP4との協力を進めている状況にある。本稿で見てきたように、NATO・IP4関係については、最初の会合であったとされる2016年の北大西洋理事会での議題は北朝鮮の核・ミサイル開発であったが、その後2019年の首脳会合の宣言が中国からの挑戦について言及し、他方で2021年の首脳会合の宣言はIP4との協力を強化していく旨を示した。そして、この潮流は2022年のロシアによるウクライナ侵略以降さらに高まっており、より広範な協力へと繋がりつつある。NATOとIP4を通じた欧州大西洋とインド太平洋の連携は、相互運用性、サイバー防衛、宇宙安全保障、新興破壊技術、戦略的コミュニケーション、海洋安全保障など多岐にわたる分野で進められており、こうした協力がひいてはそれぞれの地域の安全保障の更なる強化に繋がることが期待される。

おわりに

本稿では、2024年のワシントン首脳会合における重要な分野とされた抑止・防衛、ウクライナ支援、パートナーシップに関する決定や改革の進展について、それぞれ2014年のウクライナ危機と2022年のロシアによるウクライナ侵略を契機としたNATOの一連の改革との繋がりに基づいて概観した。それぞれの分野に進展が見られたことは確かであるが、依然として課題も残っている。第一に、抑止・防衛に関しては2%目標の達成状況について大きな進展がみられたものの、既に当該目標はNATO加盟国が達成すべき最低基準とされており、引き続き全加盟国が2%目標を達成し維持することが求められている。第二に、ウクライナ支援に関してはNATOによる体系化が進んでいるが、長期安全保障支援の誓約が報道された当初案から縮小されたことは、加盟国間でウクライナ支援に関する相違があることを暗示している可能性があり、来年のハーグ首脳会合を含む今後のNATOにおける議論が注目される。第三に、パートナーシップに関してはIP4との協力が発展しているものの、それがNATOのインド太平洋への拡大などのような誤った言説につながり、そのような言説を流布あるいはそれに同調する諸国からの反対や懸念によって協力が停滞することがないように、NATOとIP4各国にはそれぞれ協力の方法や意義について慎重な情報発信が求められる。

より大局的な観点から言えば、同盟の安定性の維持それ自体も今後の課題であろう。今回のワシントン首脳会合での決定は、次期米国大統領選挙に備えたものとしばしば指摘される。確かに、米国の次期政権によっては、米国の欧州防衛への関与やウクライナ支援に関する不確実性が高まる可能性は否めない。欧州のNATO加盟国が国防費を増加させたのも、NATOがウクライナ支援の体系化を進めているのも、そうした不確実性に備えてのことでもあることは間違いないだろう。しかし、米国の次期政権を担うのが誰であれ、欧州諸国が欧州防衛を一義的に担うことに変わりはない。つまり、NATOの文脈における同盟の安定性の議論では、米国の不確実性に焦点が当てられる傾向にあるが、本質的には米国の姿勢に関わらず、欧州諸国による欧州防衛を強化する努力が大前提として必要とされていることは自明であろう。

その意味で、同盟の安定性には欧州防衛の強化を支える欧州の政治的安定性も重要な要因である。しかし、今日では欧州も政治情勢が安定しているとは言い難い。ワシントン首脳会合の直近に実施されたEUの欧州議会選挙やフランス国民議会選挙などの結果からも、欧州全体での政治的不安定性の高まりが懸念されている。同時期に実施された英国下院総選挙も労働党が大勝したものの、その得票数・得票率からみれば今後政情が不安定化する可能性も否めないだろうし、また労働党政権はEUとの関係改善を目指しているが、英国としては対米関係も重視しなければならず、米欧関係が悪化した場合に板挟みになることもあるだろう。総じて、同盟の安定性のためには、米国と欧州が良好な関係を構築することが理想的ではあるが、同時に対米関係をめぐる欧州内での不和やその他の欧州の政治的不安定性が欧州の安全保障に与える影響を最小化することが求められる。2014年のウクライナ危機以降、米欧関係が極端に悪化したことも、欧州情勢が相当に不安定だったこともあった。しかし、NATOはストルテンベルグの指導力のもとに結束を保ち、各種の改革を進めてきた。今後、過去と同様あるいはそれ以上の困難が米欧諸国を待ち受けているかもしれない。その際、次期事務総長のルッテ(Mark Rutte)を中心として、NATOが米欧同盟の結束の維持に貢献するか否か、その真価が問われることになるだろう。

Profile

  • 田中 亮佑
  • 地域研究部米欧ロシア研究室 研究員
  • 専門分野:
    欧州の安全保障