NIDSコメンタリー 第348号 2024年8月20日 ロシア・ウクライナ戦況メモ 2024年4~6月
- 地域研究部 米欧ロシア研究室長
- 山添 博史
ロシア軍がハルキウ州北部に戦線拡大
本稿は2022年2月以来のロシア・ウクライナ戦争において2024年4月~6月の期間の主な推移を扱う1。ロシアは引き続き主要な攻撃の場所を選び、ウクライナに防衛を強いることで、主要なイニシアチブを保持していた。3月に引き続きドネツク州アウディイウカから西のポクロウスクに進む戦力を投入し、4月末頃に速やかにオチェレティネに進出して制圧し、深く食い込む形成となった2。ロシア軍は並行して、その北東にあたるバフムトから西にあるチャシウ・ヤルへの攻撃を続けた。ここは高い地点で、ウクライナ軍が明け渡すとさらに西の防衛が困難になって居住地の破壊が増える恐れもあり、激しい攻撃に対する防衛戦を続けてきた。
5月10日にロシア軍は自国のベルゴロド州からウクライナのハルキウ州に侵入し、ヴォウチャンスクなどの居住地を制圧し3、ハルキウ市街への砲撃を強化した。5月17日にロシアのウラジーミル・プーチン大統領は記者からの質問に答え、現在起こっていることはウクライナの罪によるもので、ウクライナがベルゴロド方面の居住地を砲撃してきたため、安全地帯をつくる必要があり、現在はハルキウ占領の計画はない、と述べた4。ロシアは2024年の早期から、ハルキウ周辺のエネルギーインフラへの打撃、居住地の攻撃・制圧、大手印刷会社の破壊など、被害を大きくしてきた。
これに対して、ウクライナを軍事支援する諸国において、ウクライナの攻撃手段が制約されている不均衡な状況への問題意識が高まり、提供した武器をロシア領内への反撃に使用することを承認する動きが相次いだ5。ロシアのハルキウ州攻勢がこの変更によって阻まれたのか否かは明白ではないが、ロシアが攻撃を激化させた結果として、ロシア領内への反撃手段が増えて攻撃を行う際の制約が強まった6。しかし一方で、ウクライナが米国製兵器で打撃することを認められている範囲はなおも限定的で、戦争研究所(ISW)のレポートの地図分析によれば、射程300kmのATACMS戦術ミサイルなら打撃できるはずの面積のうちの16%しかカバーしないため、残りの84%に所在する主要なロシア航空拠点がウクライナ攻撃のために自由に使われているという7。6月末までに、ロシアがハルキウ州で占領地を増やす動きは止まり、制御不能なエスカレーションは起きなかった。
ウクライナ国防省情報総局のヴァディム・スキビツキー副局長は5月2日公表のインタビューにおいて、ロシア軍がウクライナ作戦に投入している部隊の人数は51.4万人で、ハルキウ州の北の国境を越えたところにいる3.5万人の兵力が5~7万人まで増強される見込みだと述べていた8。英国防省が公表した算定によれば、ロシア軍の死傷者数は5月に1日当たり平均1,200人以上、6月に1,100人以上で、合計で7万人を超えるという9。ロシア軍の損害、ウクライナ軍の損害とも、現段階で正確なデータを得るのは困難だが、少なくとも、多くの戦場においてロシアが激しく攻撃してウクライナが応戦し続けている状況は確認できる。
4月から6月の前線において、ロシア軍がドネツク州制圧を確実に見込めるほどの前進は示さなかった。これをウクライナの観点から見れば、ロシア軍の前進を遅らせてはいるものの、止めることはできておらず、消耗や疲労の深刻さも続いた。ハルキウ州周辺のインフラ打撃による補給の負荷やウクライナ部隊のハルキウ州への分散もあり、ロシア軍がこのあと戦力投入を強めた場合のウクライナの前線維持の困難さは増した結果となった。
ウクライナに対する多国間協力の進展
米国ではウクライナ支援のための支出に反対する議員も多く、2023年後半から追加支援の意思決定が滞っていたが、ウクライナの防衛に対する危機感も高まり、2024年に入って、英国、ドイツ、フランスなどもウクライナと今後10年にわたって必要時の安全保障支援を定める協定を結び大型追加支援を表明した。米国でも議会で動きがあり、4月24日に追加支援を可能にする法が成立し、そのうちウクライナ対象は約600億ドルとなった。5月、スウェーデンはウクライナにサーブ340AEW早期警戒管制機の提供を表明し、安全保障協定を結んだ。G7プーリア・サミット(イタリア)の機会の6月13日、米国とウクライナ、日本とウクライナが、それぞれ安全保障の協定を締結した。後者の「日・ウクライナ支援・協力アコード」は、戦闘における敵戦力の破壊に用いる物資の直接支援を含まず、ウクライナの社会生活の維持や復興、ロシアの責任の追及などを通じて、国際秩序の維持に資することを目指すものである10。このような二国間協定をウクライナは15カ国以上と締結してきた。6月末、チェコのペトル・フィアラ首相は、ウクライナに毎月数万発の砲弾を供給していく国際協力計画の成果として第1回目の砲弾供給を実施したと表明した11。
ウクライナは、戦場でロシアに優位を与えないような軍事能力のため、特定の諸国から国際協力を得る努力を続ける一方、より多くの諸国を巻き込んで和平への道のりを準備する動きも行った。6月15日から16日にスイスでウクライナ平和サミットが開催され、全世界の100の国や機関が参加し、原子力の安全や食料安全保障に絞った共同宣言が採択された。ハンガリーやトルコを含む多くの国が署名し、サウジアラビアやインドなど約10か国は参加して宣言に署名せず、ロシアや中国は参加しなかった。
一方、ロシアのプーチン大統領は、5月16日に中国を訪問し、緊密な連携を強調した。続いて、6月19日に24年ぶりに北朝鮮を訪問し、戦争時の協力を含む「包括的戦略パートナーシップ条約」に署名した。また、ロシアは5月21日から、各地で数段階にわたる戦術核兵器部隊の軍事演習を開始した。このような動きは、ロシアが特定の国々との協力を通じて経済や軍事を運営できていること、および、ロシアが国際安全保障にとって不安定要因をさらに生み出す潜在力を有することを示している。
2024年4月から6月の期間には、西側諸国によるウクライナ支援の持続性は示され、ウクライナが前線の後退を食い止め、反撃を準備するための行動は進んだ。とはいえ、苦しい現状に対する近い未来の展望が見えるほどにはなっていない。ウクライナには、軍事や外交において協力あるいは協調する諸国は多数あり、その潜在力は高いものの、その実施には多数のアクターによる意思決定の混乱や遅れによる困難を抱えており、ロシアの体制の意思決定や国力動員の性質とは異なる。一方のロシアも、西側諸国全体がロシアに敵対行動をとっていると捉え、その行動を妨害するような手段を用いたが、ウクライナの戦いを続けるための連携を崩す状況に近づけられたとは言えない。情勢は変動したが、両側にとって危機を脱した、問題決着への展望が見えたなどの段階には至らず、意思の闘いが継続する期間となった。
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- 山添 博史
- 地域研究部 米欧ロシア研究室長
- 専門分野:
ロシア安全保障、国際関係史