NIDSコメンタリー 第344号 2024年8月2日 NATO IMS GENAD室主催WPSセミナー紹介——マルチ・ドメイン作戦とジェンダー視点・分析
- 特別研究官(国際交流・図書)付
- 岩田 英子
はじめに
NATOは軍事作戦におけるWPS履行に関して一番進んでいると言っても過言ではない。NATOはWPS履行のためにジェンダー視点・分析を軍事作戦に取り入れることを積極的に進めている。その活動の一環として、NATO軍事幕僚部(以下、IMS)ジェンダー・アドバイザー(以下、GENAD)室が毎月1回、WPSに関するNATO Deep Diveセミナーをオンラインで開いている。この概要はNATOHPにおいても紹介されており、オープン・ソースである。
本コメンタリーでは、本年7月24日(水)にウェビナーで催されたNATO IMS GENAD室主催Deep Diveセミナーの概要を紹介する。軍事作戦におけるジェンダー視点・分析を取り入れることに関する議論に触れることで、軍隊におけるWPS履行が意味することを考える契機となれば幸いである。
かつての軍隊におけるWPS履行
まずは、従来のNATOにおけるWPS履行がどのようなものであったかについて軽く触れたい。
そもそも軍隊がWPS履行するきっかけは、国連の平和維持活動(以下、PKO)がジェンダーを専門とする要員を必要としたことに合った。それは、PKO要員による派遣地域での性的暴力・性的搾取等の防止のため、また、PKO参加中にPKO要員が派遣地域の住民に対してジェンダー視点を普及させるため、PKO要員に対するジェンダー視点の教育が必要とされた。
その一方、いわゆる性的暴力が多発することは派遣地域の治安が悪化していることを判断する一つの指標となるため、そういう意味で、ジェンダー分析でもって性的暴力が生じることを事前に察知することは派遣地域の治安維持のためには欠かせない活動でもあった。
では、NATOでのWPS履行がどのようなものであったかというと、それは、国連の取組みを踏まえつつ、ジェンダー教育・訓練の充実を図っていくというものであった。
NATOでは、NATO主導のアフガニスタンでの国際安定化作戦(ISAF)の経験等から、軍事作戦におけるジェンダー視点・分析の意義が認識されてきた。当初は「女性性」が地元民のハートとマインドを掌握するのに役立つという観点から、展開地域の状況認識や情報収集等のツールとしてのジェンダー視点・分析を習得するための教育訓練であった。そのため、女性要因に対してジェンダー視点・分析を教育してGENADやジェンダー・フォーカル・ポイント(以下、GFP)として配置・指定するという方針であったが、WPS履行に多様性の視点が加味されるようになり、男女を問わない誰もがジェンダー視点・分析の教育を受けるようになった。
NATOにおけるジェンダー視点・分析の教育訓練は、まず①NATO主導作戦等への派遣要員(NATOの作戦レベル)、次いで②NATO関連組織の全職員(NATOの戦略レベル)、そして③NATO加盟国/関係国の軍や国防省等の職員(加盟国/関係国の本国レベル)へと、その対象は拡大した。
同時にNATOでは、各種教育課程や教材等の開発も進められた。NATOの行う全ての教育・訓練にジェンダーの要素を反映すべく取組まれ、教育面では、政策決定者や将軍級のリーダーシップ層を対象とした「キーリーダーズ・セミナー」や、NATO主導作戦やNATOの戦略コマンド等で直接指揮官を補佐するGENAD課程等が充実された。訓練面では、NATOの年次訓練である「危機管理演習」において、2014年に初めて訓練シナリオに性的暴力が盛り込まれた実績があった。さらに、NATO加盟国・パートナー国のみならず、ネットにアクセスできるすべての人向けのオープン・ソースでのジェンダー教材に関して、NATOの変革連合軍(以下、ACT)が情報公開している。
NATO IMS GENAD室主催のDeep Diveセッション
NATO IMS GENAD室はほぼ月に1回もしくは2回の頻度で、WPSに関するセッションを開いて、ジェンダー視点・分析に関する理解を深めるとともにその普及を試みている。例えば、今年1月17日に開かれた同セッションはバルカン半島を事例にジェンダー視点・分析がどのようになされているのかについて、軍人及びシビリアンが発表した。この概要は以下のリンクをクリックすれば知ることができる。
7月24日のIMS GENAD室主催のDeep Diveセッションの紹介
1.概要
7月24日のIMS GENAD室主催のDeep Diveセッションのテーマは、マルチ・ドメイン作戦(以下、MDO)でのジェンダー視点・分析の取り入れ方に関するものであった。
軍事計画におけるジェンダー視点・分析の統合について議論され、相互運用性、状況認識の向上、データに基づく意思決定の必要性が強調された。発表者は2名で1名はACTでGFPとして指定されている軍人(男性)、もう1人は軍事作戦におけるジェンダーに関する北欧センタ(以下、NCGM)で法務官として勤務しているシビリアンの研究者であった。両名は、複雑な環境を理解し、意思決定を支援する上でのジェンダー視点・分析を踏まえた認識の重要性を強調した上で、NATOがMDOにおいてサイバーと宇宙を完全な作戦領域として統合することについても、意思決定のためのデータ所有、フィルタリング、分析に焦点を当てて議論していた。MDOを支援するために現在の指揮統制システム体制に、ジェンダー視点・分析を適応させる必要性についても言及した。
2.発表内容のポイント
MDOとジェンダー視点・分析の統合に関する発表のポイントは以下の点である。
*MDOの実施をより明確にするため、引き続き重点分野を追求すること
*ジェンダー分析、外部の利害関係者との協力、効果に基づく活動などを視野に入れながら、NATOにおけるWPS履行をさらに発展させること
*軍事作戦におけるジェンダー視点・分析とは、性・年齢別データ(sex and age-disaggregated data)に基づくこと
3.発表の詳細
ア. 講演者1(ACTのGFP)
*ACTのGFPは、MODとジェンダー視点・分析について紹介し、その相互関連性を強調していた。
*NATOのMDOコンセプトの概要を説明し、NATO共同アプローチとの違いを強調していた。
- 個人の力とMDOの統合について論じ、軍事作戦におけるジェンダーの統合の重要性を強調
- 軍事と非軍事の能力を統合し、作戦を有利に進めるという
- 軍事作戦におけるスピードと敏捷性を強調
- サイバーと空間をNATOの軍事作戦に統合
- MDOにおいて物理的、仮想的、認知的な領域にわたる収束効果を達成するための協力の重要性を強調
*ジェンダー視点・分析をNATOの軍事ドクトリンに統合する試みを開始していた。
- データ・フュージョンとターゲティング、指揮統制システムの適応を含むMDO実施のための7つの優先事項(マルチ・ドメイン・シンクロへの支援、マルチ・ドメイン意思決定への支援、マルチ・ドメイン・データ統合、マルチ・ドメインの目標化、宇宙空間の領域の作戦化、サイバー領域の作戦化)を強調
- MDOの運営委員会とコアチームが設立され、取り組みの主流化とまとまり、意識の向上、MDO要件の推進を企図
- MDOにおけるジェンダーの視点の重要性を強調し、複雑な環境の理解と意思決定における利点を挙げる。
- フィンランド軍のトミー・ハプラー大佐とイギリス空軍のバーナビー・ジョーンズ中佐が指導する、ジェンダー視点・分析をNATOの軍事ドクトリンに統合するMDO訓練課程ADL374は注目できると紹介
イ. 講演者2(NCGMの法務官)
NCGMの法務官は、MDOとジェンダー視点・分析の統合について、両者の整合性を保った上で実施することに現在取り組んでいることを強調した。
*MDOとジェンダー視点・分析の統合
- NATOは、任務、作戦及び活動というすべてのいとなみにジェンダー視点・分析を統合することが、NATO任務の成功とNATO作戦の有効性に寄与すると認識している。
- ジェンダーの視点の実施には、すべての領域、レベル、機能におけるリーダーシップ、GENAD及びGEPを備えたNATOの体制を制度化する必要性有り
- データ中心のMDOは、収斂効果を生み出すために外部の利害関係者(市民社会組織・国際機関)との協力の必要性有り
- 軍事作戦におけるジェンダー視点・分析をMDOに統合するためには、データ主導の意思決定が肝要である。リーダーやセクション・チーフたちの思い付きや過去の経験からではなく、あくまでもデータに基づくことが重要
- 軍事作戦におけるジェンダー視点・分析をMDOに統合するのに不可欠なデータ主導のアプローチを徹底
- MDOにおける十分な情報に基づく意思決定には、性・年齢別データが不可欠
4.司会者・ファシリテーターによる総括
質疑応答の前に2名の発表内容に関して、司会者及びファシリテーターとしてNATO IMS GENAD室の2名が、特に、2番目のNCGM法務官の発表内容に関して以下のように総括した。
*現代の戦争、特に非軍事的な状況における性・年齢別データの特定、及び、そうしたデータの分析は課題が多い。つまり、作戦計画や早期警戒指標にジェンダー視点・分析を統合するために、性・年齢別データをどのように実施するのかについては、非軍事的な状況であろうとも、軍隊にとってはなじみがないということである。
おわりに
今回のテーマは、MDOとジェンダー視点・分析との統合の仕方であった。これは、現在MDOが盛んに取りざたされているため、時宜にかなったものであった。しかし、司会者・ファシリテーターの総括にもあったように、作戦計画や早期警戒指標にジェンダー視点及び分析を統合するために、データ収集及び分析がどのように実施されているかについては、発表者2名からの明確な回答がなかったことからも、今後のさらなる検討が必要であると考えられる。
他方で、NCGM法務官からは、現在検討中であるものの、軍事任務における性・年齢別データの収集及び分析は、これから益々必要性が高まると考えられるため、進展してくであろうし、NATOの人的地形分析(human terrain analysis)において、GENADが重要な役割を果たすことが述べられた。
NATOにおける性・年齢別データに基づく意思決定によるMDOアプローチも含めて、MODとジェンダー視点及び分析との統合については、今後の成り行きが注目される。
Profile
- 岩田 英子
- 特別研究官(国際交流・図書)付
- 専門分野:
女性と安全保障、軍隊でのWPS等