NIDSコメンタリー 第342号 2024年7月26日 防衛省による「防衛外交」 ——再活性化されたASEAN諸国と太平洋島嶼国への関与

理論研究部政治・法制研究室研究員
相澤 李帆

キーワード:防衛外交、インド太平洋、ASEAN諸国、太平洋島嶼国

はじめに

防衛省によるインド太平洋地域諸国への「防衛外交」が進展している。2023年6月のシャングリラ会合において、浜田靖一前防衛大臣は「シャングリラ会合がIISSによって防衛外交の重要な舞台と位置づけられているように、各国の国防当局による外交的努力は国際社会の平和と安定にとって重要な要素」であり、「日本の防衛省としても、日本政府全体の外交努力に貢献するよう、各国の防衛当局との間で、平和に向けて防衛面での外交的な努力を積極的に推進する」と述べた1。その後、木原稔防衛大臣によってASEAN諸国や太平洋島嶼国に対する新たな防衛協力イニシアティヴやコンセプトが発表され、インド太平洋地域諸国への関与が強化されている。本稿は、こうした防衛省による「防衛外交」努力を紐解き、その特徴を考察する。

定義

日本の安全保障政策を支えてきた研究者及び実務家によって、「防衛外交」は「主に平時において、自国の外交・安全保障目的の達成に向けて、国防当局ならびに軍の有する資産を他国との協力に用い、自らに望ましい影響を及ぼすこと」と定義されている2。具体的な手段としては、防衛当局間の交流や協議、艦艇や航空機の寄港や寄航、共同訓練、能力構築支援等が含まれる3。防衛省として直接及び公式に「防衛外交」という用語を用いた例は確認されていない4。前述の浜田前防衛大臣のシャングリラ会合におけるスピーチの中では、「防衛外交」という用語自体は使用されているものの、防衛省としての取組について直接言及する際には「防衛面での外交的な努力」という表現が用いられている5。先行研究では、防衛省が従来使用してきた「防衛協力・交流」や「安全保障協力」は、「防衛外交」と同義のものとみなされている6

再活性化されたASEAN諸国と太平洋島嶼国への関与

「防衛外交」の具体的な各種手段をパッケージ化し、防衛協力の方針として示す努力は「ビエンチャン・ビジョン」等に見られるように度々行われてきた。2023年度は新たにASEAN諸国と太平洋島嶼国に対して以下のイニシアティヴとコンセプトが発表された。ここでは、それぞれの特徴を概観した後、両方針に共通して示されている地域の将来像と地域間連携の志向について考察する。

(1)対ASEAN:「防衛協力強化のための日ASEAN大臣イニシアティヴ」
<概要:共有している地域の将来像の確認と4つの協力の柱の提示>

日ASEAN友好協力50周年を迎えた2023年11月、日ASEAN防衛担当大臣会合開催の折、「防衛協力強化のための日ASEAN大臣イニシアティヴ(Japan-ASEAN Ministerial Initiative for Enhanced Defense Cooperation: JASMINE)」、通称「JASMINE(ジャスミン)」が発表された7。「JASMINE」は地域の将来像について、日本とASEAN諸国が「自由で開かれたルールに基づくインド太平洋地域を促進するとの共通の考え」を有していることを確認した8。そしてその実現に向けて「互いの努力を結集させる」ことをASEAN諸国に対して呼びかけた9。具体的には以下の4つの柱が掲げられた。

  1. (1)日ASEANで力や威圧によるいかなる一方的な現状変更も許容しない安全保障環境の創出
  2. (2)日ASEAN防衛協力の継続と拡充
  3. (3)日ASEAN防衛関係者の更なる友情と機会の追求
  4. (4)ASEAN・日本・太平洋島嶼国の連携の支持10

基本的に、(1)は伝統的な安全保障課題に関する協力、(2)は気候変動やサイバー安全保障などの新興安全保障課題に関する協力、(3)は人的基盤の強化、(4)は地域間連携の強化を示している11

<特徴:協働する日ASEAN>

「JASMINE」の特徴は、協働する関係として、日ASEANを再定義したことにある。従来、防衛省は「ASEANへの防衛協力の方向性に関する全体像を示した」「ビエンチャン・ビジョン2.0」に基づいて12、「ASEANの中心性・一体性・強靭性に資する取組」をすすめてきた13。他方で「JASMINE」は、「日本がASEANと共に進めたい具体的な防衛協力の内容」を示したものと説明されている14。ここから「JASMINE」は、ASEAN諸国を単に支援の対象としてではなく、地域の安全保障のために協働するパートナーとして捉えていることが分かる。

協働するパートナーとしてのASEANを求めた背景には、厳しさを増す安全保障環境があるようだ。防衛省は「安全保障環境が厳しさと複雑さを増し、共有しているインド太平洋地域の将来像の実現が試練の時を迎えている中で、 日ASEANの防衛協力関係を新たな段階へと進めるため」に「JASMINE」を発表したと説明している15。協力の第1の柱にも掲げられているように、「日ASEANで力や威圧によるいかなる一方的な現状変更も許容しない安全保障環境」を創出しようとする試みを活性化することに主眼が置かれたイニシアティヴであるといえよう。

(2)対太平洋島嶼国:「太平洋島嶼国地域における一体となった安全保障の取組のための協力コンセプト」
<概要:3つの基本原則と2つの連携の提示>

2024年3月、対面では初の開催となる「日・太平洋島嶼国国防大臣会合(JPIDD)」における大臣基調講演の中で、「太平洋島嶼国地域における一体となった安全保障の取組のための協力コンセプト」、通称「5つの協力コンセプト」が発表された16。このコンセプトの下で、以下の3つの原則と、2つの連携が示された。

  1. (原則1)太平洋島嶼国の中心性、一体性、オーナーシップの尊重
  2. (原則2)対等で相互に恩恵をもたらし協力し合う関係の強化
  3. (原則3)太平洋島嶼国・日本・ASEANの連携の支持
  4. (連携1)JPIDDとSPDMMとの連携の強化
  5. (連携2)JPIDDとPALMとの連携の強化17

原則1から3については、太平洋島嶼国との協力の基本原則・重点が示されている。連携1と2については、当該地域における会議体間の連携を謳っている18

<特徴:太平洋島嶼国の自主性を尊重した防衛協力の精神・方針>

太平洋島嶼国との防衛協力は限定的ではあるものの徐々に進展しており、艦艇・航空機による寄港・寄航、親善訓練、能力構築支援事業等が行われてきた19。「5つの協力コンセプト」はこうした防衛協力の発展の上に、改めて協力の精神と方針を示したものである。太平洋島嶼国地域における協力の全体像と実施原則を掲げているという点で、太平洋島嶼国版「ビエンチャン・ビジョン」ともいえるかもしれない。

中でも、防衛協力の基本原則として、太平洋島嶼国の自主性の尊重が強調されている。本コンセプトが発表された大臣基調講演の中で、太平洋島嶼国地域の「秩序の守り手の中心」は太平洋島嶼国であると述べられている20。こうした考え方は特に原則1に明確に示されている。原則1は太平洋島嶼国が主役であり、太平洋島嶼国が一丸となって、太平洋島嶼国自身によって、この地域の将来が形作られるべきであることを説いている21。このように太平洋島嶼国の自主性を尊重することで、パターナリズムや大国間競争といったナラティブを遠ざけると同時に、太平洋島嶼国の対中傾倒への警鐘を鳴らしているとも解釈できる。

「JASMINE」と「5つの協力コンセプト」の共通点

(1)地域諸国が受け入れ可能なインド太平洋の将来像の提示

両イニシアティヴ・コンセプトには2つの主要な共通点がある。まず、対立構造をルール・法の支配に基づく国際秩序を堅持する側と挑戦する側に分けている点である。地域の将来像として「JASMINE」は「自由で開かれたルールに基づくインド太平洋」22、「5つの協力コンセプト」は「法の支配に基づく国際秩序」を示している23。そしていずれのイニシアティヴ・コンセプトも、米中大国間競争というパワーのナラティブや、民主主義対権威主義といった価値のナラティブを採用していない。

こうした踏み絵を踏ませない、地域諸国が望むインド太平洋の将来像の共通項を、ルール・法の支配に基づく国際秩序として示すことで、地域諸国の「努力を結集」させることを試みているのだろう24

(2)地域間連携の促進

次に、地域間連携、特に「ASEAN・日本・太平洋島嶼国の連携」を重視している点である。こうした地域間連携の促進は、「JASMINE」では4つ目の柱、「5つの協力コンセプト」では3つ目の原則として掲げられている。具体的な取組として紹介されているのは「乗艦協力プログラム」である25。防衛省は2023年8月に実施された「第5回日ASEAN乗艦協力プログラム」にあわせて、「日太平洋島嶼国及び東ティモール乗艦協力プログラム」を同時期に初めて開催した26。本年度6月にもこれらは同時期に実施されている27

地域間連携の志向は、ASEAN諸国・太平洋島嶼国間に留まらない。例えば、2023年11月に開催された「第2回日ASEANサイバーセキュリティ能力構築支援」には、ASEAN諸国のほか、オブザーバーとして、スリランカ、バングラデシュ、モルディブからも参加を受け入れている28

こうした日ASEAN関連事業へのインド太平洋地域諸国の受け入れは、限られたリソースで防衛省が地域諸国への関与を拡充することを可能にするとともに、地域大の重層的な同志国連携を下支えすることに繫がるだろう。

むすび

2023年のシャングリラ会合での浜田前防衛大臣による演説、そして木原防衛大臣の下で発表された「JASMINE」や「5つの協力コンセプト」によって、「防衛面での外交的な努力」が再活性化されている。これらの新たな防衛協力方針は、ルール・法の支配に基づく国際秩序が保たれるインド太平洋が共通のビジョンであることを確認した上で、この秩序の維持・増進のための連携をASEAN諸国及び太平洋島嶼国に対して呼びかけている。

こうした「…国際法に基づく国際秩序を維持・擁護」することは2022年の国家安全保障戦略にも掲げられている通り、日本の国益の1つである29ルール・法の支配に基づく国際秩序が保たれるインド太平洋の将来像に向けて互いの努力を結集させることを呼びかけた「JASMINE」そして「5つの協力コンセプト」の発表は、防衛省による「防衛協力・交流」の主眼が、単に地域諸国との良好な関係を構築することから、秩序の維持・擁護という国益の増進へと進展していることを物語っているのではないだろうか。ハンス・J・モーゲンソーが述べたように、外交の最優先目標は「平和的手段による国益の促進」である30。この意味では、確かに防衛省が進める防衛協力は「防衛外交」の実を帯びてきたといえるのかもしれない。

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  • 相澤 李帆
  • 理論研究部政治・法制研究室研究員
  • 専門分野:
    米国外交政策、米中関係、日米同盟、インド太平洋地域