NIDSコメンタリー 第339号 2024年7月16日 NATOにおけるWPSに関する教育訓練
- 特別研究官(国際交流・図書)付
- 岩田 英子
はじめに
北大西洋条約機構(以下、NATO)は、WPS履行に関して先陣を切っている。WPSとは、2000年に国連安全保障理事会で採択された国連安全保障理事会決議第1325号(以下、決議1325)の別名、Women Peace and Securityの略称である。今では、決議1325よりもWPSという名称の方が一般的であるため、本コメンタリーではWPSを使用する。
NATOでは、2022年7月5日に2022年マドリード首脳宣言において、WPSアジェンダが人権、個人の自由、民主主義、国連憲章に基づく義務というNATOの共通価値の不可欠な構成要素であり、こうした価値観を反映してジェンダー平等を推進すべく、NATOのあらゆる活動において、あらゆるレベルでジェンダー視点を促進していくことが明言された。こうした方針を具体化するため、NATOでは2022年のマドリード宣言以前から、北大西洋理事会及び欧州大西洋パートナーシップ会議、WPSのための事務総長特別代表(以下、WPS特別代表)、国際軍事幕僚部ジェンダー・アドバイザー顧問室(以下、IMS GENAD)、軍事作戦におけるジェンダーに関する北欧センター(以下、NCGM)、変革連合軍(以下、ACT)並びにNATO危機管理と災害対応のためのセンター・オブ・エクセレンス(Crisis Management and Disaster Response Center of Excellence: CMDR COE、以下、CMDR COE)がWPSを推進している。
本コメンタリーは、ジェンダーに関する教育訓練を紹介することで、ジェンダー視点を浸透させるための意義及び必要な要素とともに、そうした教育訓練の根底にあるものを明らかにすることを目的とする。そこで、NATOのWPS担当部署の中でも、NCGM、ACT及びCMDR COEを取り上げる。ここで紹介する内容は、それぞれのホームページに記載されているものに基づく1。
NATOにおけるWPS担当
まず、NATOには2000年のWPS採択以前から、ジェンダーの視点を考慮してきた長い歴史があることを紹介する。それは、1961年にNATO加盟国の女性高級将校が非公式に集まり、好事例を共有するとともに、懸念事項についても協議する趣旨の会議、第1回NATO加盟国女性高級将校会議から始まった。この会議が発展して、現在のNATOジェンダー視点委員会(以下、NCGP)となった。
次に、NATOのWPS担当部署について簡単にみていくと、北大西洋理事会、欧州大西洋パートナーシップ会議、WPS特別代表、IMS GENAD、ACT、NCGMが担っている。
NATOでのWPSに関する施策は、欧州太平洋パートナーシップ会議(NATOと欧州のNATO非加盟国・パートナー国との間の多国間会議)は、北大西洋理事会(同盟のあらゆる問題を協議する加盟33か国の代表により構成されるNATOの最高意思決定機関)と共同で、NATOがWPSを政策・戦略指針・行動計画へと取り入れるための政治レベルでの施策を担当する。具体的には、NATOのWPSに関する戦略政策(NATO/EAPC Women, Peace and Security Policy 2007・2011・2014)、ジェンダーに関する戦略指針「Bi-SC指令40-1」(2009・2012・2017・2021)及びNATOの1325行動計画(NATO/EAPC行動計画2010・2014・2016・2018・2021)を策定している。
2012年に創設された、WPSのための事務総長特別代表(WPS特別代表)は、NATO事務総長直轄の国際事務局(IS)と軍事幕僚部(IMS)の双方にかかわる、WPSを履行する具体的な方法を考え、それらを具体化するために北大西洋理事会に対して情報提供と助言をするとともに、NATO加盟国とパートナー国へもアドバイスする。政治と軍事をつなげる役割を果たしている。
変革連合軍(ACT)はWPSを適用させるべく、NCGMと共同でNATOのWPS履行のための教育訓練及び教材開発を担っている。
NATOのあらゆる営みへのジェンダー視点の統合の意味
(1)ジェンダー視点の取り入れ方2
「はじめに」において紹介したように、2022年マドリード首脳宣言(2022年7月5日)は、WPSアジェンダが人権、個人の自由、民主主義、国連憲章に基づく義務というNATOの共通価値の不可欠な構成要素であるばかりでなく、NATOのあらゆる活動のあらゆるレベルにおいてジェンダー主流化の促進を謳うとともに、NATOの3つの中核的任務(抑止と防衛、危機予防と管理、協調安全保障)を通じてジェンダー視点を統合することが不可欠であることを明確に述べた。
そこでNATOが取り組んでいるのが、ジェンダー視点は能力(capacity)として、特定の状況における女性、男性、少女、少年の間の性別に基づく違いを検出することを可能にするというアプローチを普及させることである。また、このアプローチをあらゆる活動に適用し、「いつ、どのように、なぜ」を特定することで、現場での状況認識(situation awareness)及び人間環境(human environment)に関する理解を向上させることにも取り組んでいる。
その理由は2つある。1つに、特定の状況や行動は、ある人口グループ、特に、女性、男性、少女、少年等の弱者に対して、異なる影響を与える可能性があるからである。もう1つに、これらの人口グループは、特定の状況に対して異なる影響および/または影響を与えるからである。
つまり、意思決定と計画のプロセス全体に統合されたジェンダー視点は、リスク評価を強化し、可能な解決策、対応、または行動方針を分析する際の機会、要件及び義務の特定をより良くする。ジェンダー視点を統合したアプローチは、目的、望ましい効果、または最終状態を達成するためのより良い計画と決定につながる。
出典:https://www.act.nato.int/about/gender-advisor/ Accessed July 5th, 2024
(2)NATOのあらゆる営みにジェンダー視点を取り入れる意義3
NATOは、ジェンダー視点をNATOのあらゆる活動に統合する意義を以下のように説明する。
まず、女性が平和と安全の強力な担い手となり得るにもかかわらず、多くの場合、人間は無意識のうちに社会における男性と女性の役割をステレオタイプ化して、女性と子どもが戦争や紛争において最も脆弱なグループの一つであるとの認識から、女性は単なる戦争や紛争の犠牲者としてのみ扱われていることを残念なことと断言している。次に、戦争や紛争において最も脆弱なグループの構成員である女性や子供は、紛争や危機における重要なアクター、特に影響力、変化、支援のエージェント、になることもある。もちろん、女性が戦争や紛争下の暴力、特に死やその他の戦争の直接的な原因の犠牲者であることが多いことを無視すべきではない。
女性と男性の役割(およびその主体性)に関する仮定は、しばしば性別(男性と女性)の生物学的な違いと結びついているが、このような違いは、武力紛争における男女の性別役割を部分的に説明するものの、身体的側面に関する性別グループ内の多様性を考えると、生物学的な正当化を用いた議論は不完全である。代わりに、性別(生物学)とジェンダー(社会的属性)の間の相互作用を探求する必要がある。
ジェンダーに付随する価値観や社会的地位は、静的でも普遍的でもなく、むしろ、それらは異なり、歴史や文化に固有なものである。ジェンダーとは、男性と女性の行動に付随するシステムまたは規制規範であり、それらの相互作用によって動的に形成される。また、ジェンダーは、女性、男性、少女、少年のさまざまな行動を可能にしたり制限したりすることで、人々の行動を規制する。
したがって、ジェンダーは、現場での状況認識(situation awareness)及び人間環境(human environment)に対する理解を向上させるために考慮すべき要素の1つである。NATOの活動や作戦の影響とその有効性を決定するリスク、脆弱性、強み、機会、要件及び義務の特定・評価を強化するために、意思決定と計画のプロセス全体にジェンダー視点を統合する必要がある。
NATOの教育訓練としての軍事活動におけるジェンダー
NATOの教育訓練としての軍事活動におけるジェンダーを担うのは、NCGM、ACT及び CMDR COEである。
(1)NCGM
- ア 全般
- NCGMは、国連、NATO及びEUの紛争管理に派遣される軍隊の活動におけるジェンダー視点に特化して教育訓練を実施している。NCGMは、2012年、北欧防衛協力(Nordic Defence Cooperation: NORDEFCO、以下、NORDEFCO)の傘下に設立された国際的な軍事センターであり、ストックホルム所在のスウェーデン軍国際センター(Swedish Armed Forces International Center: SWEDINT)と同じ敷地内にあり、瑞国がホスト国となっている4。
- イ 教材・教育訓練
-
NATO/NCGMによると、ジェンダー視点を持つということは、女性、男性、少女、少年が状況や作戦によって異なる影響を受けているかどうか、いつ、どのように受けているかを察知できるようになることである5。この点についてNATO/NCGMは、次のように説明する。社会を構成する男女は老若問わずに異なったニーズを有しており、こうしたニーズを認識した視点がGender Lensとして(UN Womenにより提起)、状況認識の際にあらゆる活動で活用されている。ジェンダー・レンズを通して紛争地を見ると、ジェンダーや年齢により、紛争下では異なった形で影響を受けているのが分かる。
NATO/NCGMは、教材開発、教育訓練、及び、軍事演習へのジェンダーの組み込み、主要な専門家や機関のネットワークを通じた協力、政策やプロセス開発への助言を通じて、作戦の計画、実行、評価の段階にジェンダー視点を組み込めるよう軍を支援する6。NATO/NCGMは、北欧諸国、NATO、国連、欧州連合、その他の組織、世界中の軍事訓練センターと密接に協力している7。
UN DPOによる2020リソース・パッケージは、複合型PKOに特化して、ジェンダーと軍隊の活動を整理しているため、決議1325に基づくいわゆる戦争以外の軍事作戦(Military Operations Other Than War:MOOTW、以下、MOOTW)8を含むハイブリッド戦をはじめとする軍隊のあらゆる活動の中の、MOOTWのみをカバーする。MOOTW以外の部分、すなわち正規戦(この文脈ではかつてのwarfareをさす)については、NATO/NCGMが作成した『軍隊でのジェンダー分析ツール(Military Gender Analysis Tool)(以下、MGAT)及び『軍事演習におけるジェンダー視点の統合(Integrating Gender Perspective in Military Exercises)』(以下、IGPME)において詳細が提示されている9。
以下では、NATO/NCGM における、MGAT及びIGPMEを基にNATOジェンダー視点を取り入れた教育訓練をみていく10。教育訓練には5つの課程がある。①NATOの主要幹部へのジェンダー課程(NATO Key Leader Seminar on Gender)、②NATO部隊指揮官へのジェンダー・セミナー課程(NATO Commanding Officers Seminar on Gender)、③NATO GENAD課程(NATO Gender Advisor Course)、④NATO GFP課程(NATO Gender Focal Point Course)、⑤NATOジェンダー・トレイナ―課程(NATO Gender Training of Trainers Course)である11。全ての課程の名称に「NATO」がついているものの、課程への参加者は、NATO加盟国及びそのパートナー国の軍人、関連省庁のシビリアンである。
①は、大佐以上の軍人及び大使級のシビリアンを対象とし、政治・軍事戦略にジェンダー視点をどのように導入しどのように実施するかに焦点を置いており、計画立案や軍隊の活動を遂行するに際して性差別データ分析を紹介する12。教育期間は2日間、年に1回開かれ、最大15名までを教育する13。
②は、軍事作戦への派遣が決定した軍人、または軍隊の司令官職や参謀長職に任命される軍人、それに相当する政府機関のシビリアンを対象とし、ジェンダー視点を軍事活動の作戦・戦術レベルにいかにして取り入れることができるのかに焦点を当てて教育しており、計画立案や軍隊の活動を遂行するに際して性差別データ分析を紹介する14。また、ジェンダー視点を取り入れた任務の担い手としてのGENAD、及び、ジェンダー・フォーカル・ポイント(以下、GFP)を実践的な事例として紹介する。教育期間は3日間、最大20名までを教育する15。
③は、GENADを養成するための課程であり、平時・有事を問わない軍隊のあらゆる活動・場面でのジェンダーに関する知識や制度を教育するとともに、GENADとして国の内外を問わずに活動するために必要なスキルを与える16。対象は、NATO、国連、欧州連合(EU)、及び、アフリカ連合(AU)の軍事活動において、戦略・作戦レベルのGENADとして派遣されるシビリアン・軍人、及び、そうした活動に派遣される関係省庁・NGO・国際機関のシビリアンである17。教育期間は12日間で約40時間の事前勉強を課す18。
④は、GFPとして任命された、または、任命される予定の要因を対象とする19。教育内容は、GFPとは何かを参加者に理解させることである20。GFPはフルタイムではない、本来任務とのデュアル・ハット(兼務)として指名される(functionとして)。具体的には、GFPが、指揮系統/職務領域内でのジェンダー視点の統合を促進する役割を持つこと、軍隊の全ての活動にジェンダー視点を取り入れるためのアドバイスを提供する役割を持つこと、及び、紛争に関連する性暴力について所属する軍隊の軍人に理解させる役割を持つことを参加者に理解させることを教育目標とする21。教育期間は3日間である22。
⑤は、軍隊でジェンダー教育する教官を養成する課程である23。教育内容は、ジェンダー視点を取り入れた軍隊の活動の説明、ジェンダー視点を軍隊が求められるようになった背景の説明、ジェンダー視点を軍人やシビリアンに教育するためのレッスンプランの立て方、ジェンダーを教える際の好事例の紹介、ジェンダー教育を実施した際の受講者の評価の仕方を含む24。教育期間は10日間、最大24名が参加できる25。
(2)ACT26
- ア 全般
-
ACTは、適切なトレーニングを適切な人に適切なタイミングで提供することを目的とする。
NATOは、加盟国の自由と安全を守るために、侵略の脅威を防止・探知・抑止・防御する能力を維持しなければならない。このため、NATOは、多国籍軍の結束、有効性、即応性を高めるための教育・訓練プログラムを提供している。将来の訓練と教育を予測するために、ACTは運用部門と協力して要件を調査し、新しい戦闘能力をサポートすべく開発している。
ACTは、NATOが加盟国およびパートナー国の要員の訓練要件を管理し、すべてのNATO要件を満たすように調整された訓練ソリューションを提供するために、グローバル・プログラミングを開発した。このACTのグローバル・プログラミングに準拠した軍事作戦におけるジェンダー教育(Gender in Military Operations Discipline:GMO、以下、GMO)の長は、NCGMも兼務しており、NCGMと共同で、NATOの教育課程、個人訓練、集団訓練、演習の4つにジェンダー視点を統合・適応させるべく考案されている。GMOの下で現在認定されているコースのリストは、教育訓練機会カタログ(NATO Global Programming Management)でオープンソースとして開放されている27。
- イ ジェンダー視点に関するNATOの教育訓練パッケージ28
-
『ジェンダー視点に関するNATOの教育訓練パッケージ(NATO Education and Training Package on Gender Perspectives for Nations)』(以下、『ACTジェンダー視点に関する教育訓練パッケージ』)は、軍事作戦と活動におけるジェンダー視点に関する意識を高め、NATOの同盟国とパートナーに限定せずに、だれもがジェンダーの能力を構築できるように考案されており、ACTのホームページのリンクをクリックすればだれもがアクセスできる29。
『ACTジェンダー視点に関する教育訓練パッケージ』は、軍事作戦や軍事活動におけるジェンダー視点に関するトレーニングを行う際に、どのように、なぜ、何を含めるかについて、教官に基本的なツールとガイダンスを提供することを目的とする。2017年の教材の内容で重点が置かれたのは、ジェンダー視点を戦略に組み込む方法、男性と女性の役割と組織内での変化、テロのツールとしての紛争下でのジェンダーに基づく性暴力(CR-SGBV)や性差別からの女性や少女の保護、民間人の保護と過激化を避けるための被害の軽減、都市部の作戦環境でのテロリズムに対抗する作戦の実施である。
この教材の目的は、NATOの同盟国とパートナー国が軍事作戦におけるジェンダー視点に関する意識を向上させるのに役立つように、NATOの3つの中核的任務「抑止と防衛」、「危機予防と管理」、「協調的安全保障」において、ジェンダー視点とNATOの活動・作戦とをうまく統合できるようにすることである。
『ACTジェンダー視点に関する教育訓練パッケージ』の構成は下図の通りである。
出典:ACT「General “Approach” to the integration of gender perspective」
https://www.act.nato.int/about/gender-advisor/ Accessed July 5th, 2024
『ACTジェンダー視点に関する教育訓練パッケージ』は、教官ガイド及びモジュール1からモジュール6からなる6つのモジュール(PPTプレゼンテーションの提案を含む)で構成されており、且つ、戦術・作戦と戦略・派遣前の3つのレベルにわたるガイダンスをカバーしている。内容は、ジェンダー視点を軍隊の教育訓練に統合する上で参考になる様々な好事例や助言等の紹介及びパワーポイントで作られたトレーニング・ツールである。
各レベルは以下の通りである。
- *レベル1 -
- 戦略・作戦レベル:国軍司令部のスタッフを対象に、国レベルでのジェンダー視点の統合を強化する。
- *レベル2 -
- 戦術レベル:戦術レベルの職員を対象に、国家レベルでのジェンダー視点の統合を強化する。
- *レベル3 -
- 配備前:作戦や任務に派遣される国軍関係者向けの3つからなり、各モジュールは2つのレッスンで構成される。
横の3つのモジュールは、各レベルにおいて段階的に受講するようになっている。
特に、派遣前訓練レベルでは、1つのレッスンから次のレッスンへと知識を積み重ねていくように組まれており、2つの依存するレッスンを持つ1つのモジュールとして扱われる。また、派遣された現場において戦術及び作戦・戦略でのジェンダー視点を統合するためのプランニングとその実行を適用することが具体的に教育内容に取り入れられており、実践に即したものとなっている。
なお、注目すべき点は、この教材を使っての授業の進め方に関する教官ガイド及び教材は、あくまでもガイドラインであって、『ACTジェンダー視点に関する教育訓練パッケージ』を使用する国の軍隊の状況に合わせてアレンジできるようになっていることである。
2023 年『ACTジェンダー視点に関する教育訓練パッケージ』の主なテーマは以下の通りであるが、実際の教育訓練ではこれらの内容に限定されることはないとされている。
- ジェンダー視点による作戦遂行上の影響
- 国内および国際的な法的枠組み
- NATOが承認したジェンダー関連の主要な用語
- 紛争関連の性的暴力、性的搾取と虐待に関する予防と対応
- NATOによるWPSの運用
- 軍事作戦及び軍事活動の計画・実行におけるジェンダー視点
- ホスト国の歴史、性別役割分担、性別分析及び運営分野における女性の参加
2023年『ACTジェンダー視点に関する教育訓練パッケージ』は、教官が軍事作戦や活動におけるジェンダー視点に関する教育訓練を計画および実施するのを支援することを目的とする。これは、現在のNATOの発展を反映した一般的なツールであり、国の枠組み、訓練対象者、訓練の目的に合わせてアレンジする必要があり、配備前の訓練に使用する場合は、作戦分野と特定の任務に適合するように調整する必要がある。また、重要な点は、ジェンダー視点について教育訓練する最も効果的な方法に関して、必要に応じて、初期訓練から軍隊でのキャリア・パスを通じて、一般的なものから専門的な訓練プログラムに統合させ、あらゆる人のスキルの一部になるように習得することである。
ACTは『ジェンダー・イン・テロリズム教育訓練パッケージ(the Gender in Terrorism Education and Training Package for Nations)』もホームページで紹介しているが、本コメンタリーでは省く30。
(3)NATO危機管理と災害対応のためのセンター・オブ・エクセレンス31
危機管理・災害対応センター・オブ・エクセレンス(Crisis Management and Disaster Response Center of Excellence: CMDR COE、以下、CMDR COE)は、ブルガリアのソフィアにあるNATOが認定する機関である。CMDR COEは、危機管理と災害対応を主な担当分野とし、レジリエンス、気候変動、文民保護、ジェンダー主流化などの分野横断的なトピックを含む幅広いテーマ別ポートフォリオを取り扱う。CMDR COEは、調査と分析、上級専門家(戦略レベルと運用レベル)向けのカスタマイズされた教育訓練、概念の開発と実験、ドクトリンと標準化、および学んだ教訓への支援を通じて、NATOの変革を支援する。
CMDR COEは、NATO全体でのジェンダー主流化を支援する。後者の目的を追求するために必要な複合的な専門知識を構築し、育成するために、CMDR COEにはGENADと3人のNATO認定ジェンダー・トレイナ―が配置されている。WPSのアジェンダ及び関連する軍事状況におけるジェンダー視点の統合に関する調査と分析は、計画、政策の精緻化、教育と訓練の開発に情報を提供する継続的なプロセスの一環である。CMDR COEは、災害リスク軽減、レジリエンス、民間人保護、気候変動など、危機と災害管理におけるジェンダー視点に取り組んでいる。
CMDR COE及びNCGM(兼GMO)の共同作業の結果、戦略レベルと運用レベルでのGFPのためのカスタマイズされた教育及びトレーニング・ソリューションが開発され、デュアル・ハット(兼務)の専門家がジェンダー視点の統合をサポートするために活動可能になった。NATOが承認したGFPコースGENDER FOCAL POINT COURSE (NATO APPROVED: NATO ETOC: GEN-GO-25432) は、GFPがジェンダー視点の統合を支援し、それぞれの指揮系統と機能領域内でジェンダーの主流化を促進することを可能にし、計画と意思決定へのジェンダー対応アプローチの制度化に貢献する32。CMDR COEは、戦略レベルと運用レベルでのコースを提供する一方、NCGMのGFPコースは戦術レベルに特化している。
他方で、CMDR COEが認定するコースには、ジェンダーがさまざまな危機管理・災害対応活動にどのように関連し、どのように適用できるかを検討するモジュールがある。関心がある方は、「https://cmdrcoe.org/menu.php?m_id=40」にアクセスしていただきたい。
おわりに
本コメンタリーでは、ACT、NCGMそしてCMDR COEにおけるジェンダーに関する教育をみてきた。
NATOのWPS履行のための教育訓練及び教材を総括すると、ジェンダー視点をNATOの活動と作戦に統合させるためのWPSの専門知識及び関連技術の開発が重要なのは当然であるものの、それよりも寧ろ、WPSアジェンダが人権、個人の自由、民主主義、国連憲章に基づく義務というNATOの共通価値の不可欠な構成要素であり、こうした価値観を反映してジェンダー平等を推進すべく、NATOのあらゆる活動において、あらゆるレベルでジェンダー視点を促進していくことの重要性を普及・浸透させることである。だからこそ、WPSアジェンダが、平時・戦時の間のグレーゾーンにおける人間の安全保障のツールであることも、ジェンダー視点に関する教育訓練パッケージの内容に反映されていた。特に、NATOが危機管理と災害対応のためのセンター・オブ・エクセレンスにおいて、災害リスク軽減、レジリエンス、民間人保護、気候変動など、危機と災害管理におけるジェンダー視点に取り組んでいることに注目すべきである。
NATOのジェンダーに関する教育訓練及び教材から、WPSアジェンダが西側民主主義国の人権、個人の自由、民主主義、国連憲章に基づく義務という共通価値の不可欠な構成要素としての役割を担っていることが窺えることに言及してまとめとする。
Profile
- 岩田 英子
- 特別研究官(国際交流・図書)付
- 専門分野:女性と安全保障、軍隊での WPS 等