NIDSコメンタリー 第338号 2024年7月12日 日比2+2の開催と円滑化協定締結 ——「ハブ」化するフィリピン

地域研究部長
庄司 智孝

第2回日・フィリピン外務・防衛閣僚会合の開催

2024年7月8日、日本とフィリピンの外務・防衛閣僚会合(2+2)がマニラで開催された。今回の会合は、2022年4月に東京で第1回会合が行われて以来、2回目となる。

会合の成果に関する共同プレスリリースで両国は、セカンド・トーマス礁でフィリピンの補給活動を妨害する、中国の危険かつエスカレートしている行動に深刻な懸念を表明する一方、台湾海峡についても平和と安定の重要性を再確認し、両岸問題の平和的解決を促した。また両国は安全保障協力に関し、政府安全保障能力強化支援(OSA)の枠組みでのさらなる協力、海洋及び空域の状況把握の強化に関する協力、そして2国間・多国間訓練の実施や防衛装備・技術協力を通じ、自衛隊とフィリピン国軍との間の相互運用性を促進することで合意した1

今回の2+2は、日本とフィリピンの防衛協力がより高次の段階に入る契機となった。会議に際しては両国間で部隊間協力円滑化協定(RAA)が署名された。RAAは、両国の一方の国の部隊が他方の国を訪問して協力活動を行う際の手続と訪問する部隊の法的地位を定める協定である。RAAの締結により、両国による共同演習や災害救助活動が円滑に実施され、部隊間の相互運用性が向上する2

岸田政権とマルコス政権の間で両国の安全保障協力は急速に進展しているが、その促進要因は、両国の戦略的利益の一致、そして両政権の積極姿勢である。東シナ海と南シナ海で活発化する中国の海洋進出に対し、両国は共同で対処することに戦略的利益を見出している。また日本の対比安全保障協力強化は、安倍政権以来一貫した姿勢であるが、フィリピン側は各政権により、その積極さにはバラツキがあった。マルコス現政権はドゥテルテ前政権と異なり、またアキノ前々政権と同様、南シナ海での中国との緊張状態に対処するため、同盟国米国、そしてパートナー国である日本やオーストラリアとの協力強化と制度化にきわめて積極的である。

今回の2+2前にも、日比両国は首脳レベルでの会談を重ね、安全保障協力の具体化を推進してきた。2023年2月、マルコス大統領は日本を初めて公式訪問し、首脳会談を行った。会談で両国は「フィリピンにおける自衛隊の人道支援・災害救援活動に関するTOR」の署名を歓迎し、両国の共同訓練を強化するための更なる枠組みと防衛装備・技術協力強化の方策を検討することで一致した3。同年11月には、今度は岸田首相がフィリピンを公式訪問した。首脳会談で両国は、RAAの交渉開始を決定したほか、OSAを通じたフィリピン国軍の能力構築支援でも合意した。さらに両首脳は、フィリピンへの初の警戒管制レーダーの移転が実現したことを歓迎した4。このとき、両国間の防衛協力の急速な深化・拡大を受け、日本とフィリピンは「準同盟」の関係になったと評された5

米国とも2+2

フィリピンが日本との安全保障協力を促進する背景には、対米同盟の深化がある。同盟に基づく米国との協力強化を礎に、日本やオーストラリアといった他の米国の同盟国との「スポークス」間協力が同時並行で進められている、という構図である。南シナ海で中国と対峙するフィリピンにとって米国との協力は不可欠であるが、台湾や南シナ海での緊張の高まり、そして中国との戦略的競争の激化を背景に、米国にとってもフィリピンの地政学的価値は高まっている。

2023年以降、米比両国の防衛協力は本格化した。同年2月の国防相会談で両国は、南シナ海共同巡視の再開に加え、アキノ政権期に締結した防衛協力強化協定(EDCA)に基づき、従来の5カ所に加え、新たにフィリピン国軍の4カ所の拠点を米軍が使用することで合意した。また4月、ワシントンで7年ぶり3回目となる米比2+2が開催され、両国はEDCA9拠点でのインフラ投資、南シナ海共同巡視計画の策定、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結で合意した。さらに5月には、南シナ海が米比相互防衛条約の適用範囲である旨明記された米比ガイドラインが締結された。

今月下旬には、米国との4回目の2+2がマニラで予定されている。そこで両国は、南シナ海における中国を念頭に一層の安全保障協力強化の方策について話し合うとみられ、またGSOMIAの締結が予定されている6

南シナ海情勢の悪化

フィリピンが日米との協力を強化する最大の理由となっている南シナ海情勢は、悪化の一途をたどっており、近年、フィリピンと中国の間で衝突が頻発している。特に、フィリピンの管理下にあるセカンド・トーマス礁で行われる補給活動に対する中国の妨害が激しさを増している。中国海警船による軍事用レーザーの照射、フィリピン公船に対する異常接近、艦船の衝突といった事案が相次いだ。2024年3月には、中国海警船がフィリピン公船に放水銃を発射し、フィリピン側に負傷者が出る事態となった。

フィリピンが強気の姿勢を崩さないのに対し、中国側の対応もヒートアップしている。中国政府は2024年5月、「自国の領海内に不法に侵入した」外国人を海警が裁判なしで最長60日間拘束できるという新たな規則を発表した。その後6月にはセカンド・トーマス礁におけるフィリピン軍の補給活動を海警船が妨害し、比軍兵士が負傷する事案が発生した。さらに同月、中国は空母「山東」をフィリピン近海に派遣し、圧力をかける行動に出た。

南シナ海における中国の行動の過激化に対して米国務省は声明を出し、フィリピンの正当な補給活動を妨害する中国側を非難し、米国がフィリピン側に立つ姿勢を明確にした7。また日本の外務省も、フィリピン側の被害につながった危険な行動を非難し、南シナ海の緊張を高める行動に対する深刻な懸念を表明した8

多国間協力強化とフィリピンの「ハブ」化

フィリピンとの協力のネットワークは、米国の同盟システムを礎に、2国間協力から多国間協力へと拡大している。2023年8月と2024年4月に日米比豪4か国の海軍による共同訓練が実施されたほか、2024年6月には、日米比とカナダの4カ国の海軍が海上協同活動の一環として南シナ海で共同訓練を実施した9

政治レベルでの多国間の連携も強化されている。2024年4月、岸田首相、米国のバイデン大統領、フィリピンのマルコス大統領による初の日米比3カ国首脳会合がワシントンで開催された。会談で発表された共同ビジョンステートメントは、南シナ海での中国によるフィリピン船舶への度重なる妨害活動に関し、「中国」と名指ししたうえで深刻な懸念を表明し、3カ国の海上保安機関の相互運用性向上を目的とした合同訓練を実施するほか、3カ国の海洋協議の立ち上げで合意した。また防衛協力としては、3カ国にオーストラリアを加えた同盟国・同志国海軍間の共同訓練・演習を引き続き推進することが明記された10

また同年5月、日米比豪4か国の防衛相会談がハワイで行われた。4カ国は、南シナ海での中国の危険な行動と妨害行為に断固反対の意を表明すると共に、4カ国の防衛協力をさらに強化し、海上における協力活動、調整と情報共有の実施を可能にする手続、能力構築支援等について今後の方策を議論した11

南シナ海での緊張の高まりに伴い、米国の同盟ネットワークに基づく2国間・多国間協力は、フィリピンを「ハブ」として強化、多方面化、重層化している。中国の行動を効果的に牽制できるか予断を許さないが、連携強化の動きは今後も続くであろう。

Profile

  • 庄司 智孝
  • 地域研究部長
  • 専門分野:東南アジアの安全保障