NIDSコメンタリー 第332号 2024年6月21日 活発化するASEAN・GCC協力 ―― 第1回ASEAN・GCC首脳会議と今後の展望
- 特任上席研究官
- 須永 和男
最近、国際社会の多極化の深まりを背景にして、GCC諸国は、目覚ましい経済発展を遂げているASEAN諸国との関係強化に積極的になっている(1)。昨年10月20日には、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子兼首相とインドネシアのジョコ・ウィドド大統領が共同議長を務めて、初めてのASEAN・GCC首脳会議がリヤドで開催された。同首脳会議は、共同声明とともに、貿易・投資を中心とする関係強化のための優先分野や協力メカニズムを定めた「ASEAN・GCC協力枠組み2024-2028」(以下、「協力枠組み」)を採択し、 今後の協力の道筋を明確にした。2024年4月8日には、ASEANとGCCの事務局長がリヤドで会談し、「協力枠組み」を通じて協力を推進する方策について意見交換を行っている(2)。次回首脳会議は2025年にASEAN議長国を務めるマレーシアで開催されることになっているが、同国のアンワル・イブラヒム首相は、ASEANとGCCの自由貿易協定(FTA)を提案するなど(3)、両地域協力機構間の関係強化に熱心であり、来年の首脳会議に向けた取り組みが注目される。
本稿では、まず、第1回首脳会議の成果と評価について概説した上で、ASEAN・GCC協力の今後の展望と、日本との関係について私見を述べたい。
会議の成果と評価
ハマスによるイスラエル攻撃の直後に開催された首脳会議
まず、ASEANとGCCの首脳が初めて一堂に会して、両機構間の関係を長期にわたり強化していく意思を確認したことは歴史的にも大きな意義がある。両機構の間では、2009年に第1回閣僚会議が開かれて以来、閣僚レベルの対話が継続されてきたが、2017年にカタール断交によりGCCが分裂してからは、正式な会合は開催されなかった。GCC諸国においては首長が絶対的な権力を有しており、今回の首脳会議でその首長が直接関与したことにより、停滞していたGCCとASEANの関係が急速に強化される可能性が出てきたと考えられる。その背景としては、まず経済面において、GCCの中で、中国、インドをはじめとして経済成長を続けるアジア諸国への期待と関心が高まっていることが挙げられるが、政治面においては、2021年1月の「ウラー宣言」(4)以降、カタール断交に関する措置が徐々に解除されており、2023年6月にはUAEとカタールの国交が正常化され、GCC諸国の関係が断交以前の状態に戻されたことが指摘できる。更に、「ブルーダイヤモンド」事件(5)以降30年以上にわたり関係が冷え込んでいたサウジアラビアとタイが、2022年1月に国交の正常化に合意したことにより、サウジアラビアとしては、ASEANとの間の一つの障害がなくなり、外交・経済関係を強化するために指導力を発揮しやすくなった。GCC諸国首脳は、米国の中東への関与が薄れていくことを懸念しており、対外関係を多角化することに力を注ぐようになっている。パレスチナにおいてイスラエルとハマスの戦闘が勃発した直後にも関わらず、GCC諸国首脳が予定通りASEANとの首脳会議の開催に踏み切ったことからも、その決意の強さが看取される(6)。
同首脳会議においては「ガザにおける情勢変化(developments)に関するASEAN-GCC声明」が発出された。同声明は、(1)民間人への攻撃を非難し、永続的な休戦と人道支援を求め、(2)全ての当事者に、民間人を保護し、国際人道法等の国際法を遵守することを求め、(3)民間人の人質と抑留者の即時かつ無条件の解放を求め、(4)全ての当事者に、国連決議に基づき1967年以前の国境による二国家解決を目指して紛争の平和的解決のために努力することを呼び掛けている。ASEANにおいては、イスラム教徒が人口の大部分を占めるインドネシア、マレーシア、ブルネイがパレスチナを強く支持する一方、シンガポールとフィリピンはイスラエルとも良好な関係を維持していた経緯があり、必ずしもガザで発生した事態についての対応は一様ではなかったが、上記声明の取り纏めにおいては、ASEAN議長国であったインドネシアと次期ASEAN・GCC首脳会議のホスト国であるマレーシアが主導的な役割を果たした。他方、GCC側にとっては、ASEAN諸国の支持を取り付けるとともに、ガザで発生した事態を“国際化”することに成功したと考えられている(7)。GCCとASEANの関係については、これまで貿易・投資の面だけに焦点が当てられてきたが、ガザ情勢のような国際的に激しく対立する政治問題に対しても一致した立場が表明されたことは、新たな動きと言えるだろう。
合意された協力強化のためのメカニズム
「協力枠組み」は、政治・安全保障、テロリズム・過激主義等の予防と対策、貿易・投資、農業・食糧安全保障、エネルギー、観光、文化・情報、教育、能力構築、連結性(connectivity)、の分野を明記して今後の協力の方向性を打ち出しているが、注目すべきは次の2点である。
第1に、協力を推進するためのメカニズムが明確になり、ASEAN・GCC協力の組織化が進んだことである。まず、共同宣言において首脳会議を2年毎に開催することが合意されたのに加えて、その下部のメカニズムとして、政治・安全保障分野の協力に関して国連総会の機会に閣僚会合を定期的に開催するとともに、事務局間の年次会合を開催することとなった。この閣僚会議は過去にも開催された実績はあるが、今回それが定期化されたことになる。次に、「協力枠組み」の最後には実施メカニズムに関するパラグラフがあり、ASEANの分野別機関(sectoral bodies)とそれに対応するGCCのカウンターパートの間の協力を奨励することが明記されている。ASEANは、域内外の国々との具体的な協力プロジェクトを計画、実施するため、様々な分野において多数の分野別機関を設置していて、これら分野別機関は、日本との間でも、日本政府のカウンターパートとの間で頻繁に協議を行い、具体的な協力案件を推進してきた実績がある。ASEANに限らず、二国間や多国間の具体的な協力プロジェクトの実施については、首脳レベルで合意しただけでは不十分で、このような実施メカニズムを明確にすることが重要である。さらに、「協力枠組み」は、ジャカルタにおいてGCC諸国大使とASEAN諸国大使(CPR)(8)との定期的な交流(interactions)を奨励するとともに、リヤドにおいてもASEAN諸国大使とGCC事務局の定期会合を奨励している。ジャカルタにおけるCPRの役割は非常に大きく、ASEAN首脳会議、EAS首脳会議をはじめとするASEAN関連会議に関する実務面での準備の中核を担っている。特にEASにおいてCPRは、域外のEAS参加国のASEAN大使とともにEAS大使会議(EAS Ambassadors’ Meeting in Jakarta、EAMJと略される。)を組織し、EAS首脳会議が決定した事項の実施について協議するとともに、地域の政治経済問題について意見交換を行っている。分野別機関の協議と、CPRとGCC諸国大使との定期的な協議が軌道に乗れば、ASEAN・GCC協力を具体化する上で有力なメカニズムとなるものと思われる。
第2に、共同声明と「協力枠組み」には、ASEANの理念や政策が色濃く反映された部分が散見されることである。まず、共同声明の第2パラグラフにおいて、ASEANインド・太平洋アウトルック(AOIP)が言及され、AOIPの4つの優先分野、すなわち、海洋協力、連結性、SDGs、経済協力において協力を追求することが合意されている。続く第3パラグラフにおいては、海洋の重要性が強調され、国連海洋法等の国際法の原則に基づき、海洋の安全と安全保障、航行及び飛行の自由、海の合法的な利用、妨げられない(unimpeded)合法的な海上貿易、紛争の平和的な解決を推進することが確認されている。湾岸地域とアジア地域間の貿易の不可欠のルートとなっているアラビア湾からインド洋、南シナ海を結ぶシーレーンの安全の確保は、GCC諸国とASEAN諸国の共通の関心事項あり、このようなパラグラフが共同声明の冒頭部分に置かれるのは自然ではあるが、個々の文言はASEAN関連首脳会議の成果文書によく見られるものであり、ここにもASEAN側の考えが反映していると推察される。また「協力枠組み」には、ASEAN連結性マスタープラン2025(Master Plan on ASEAN Connectivity、MPACと略される。)及びASEAN統合イニシアティヴ(Initiative for ASEAN Integration、IAIと略される。)が言及されている。MPACは、ASEANを中心として地域内のインフラや制度面を改善して連結性を向上させようとする計画であり、また、IAIはASEAN内の経済格差の是正を目指した計画で、それぞれASEANが力を入れているフラッグシップといえる政策である。ASEANは、これら政策に対するGCCの協力を取り付けたいと考えているようであるが、特にMPACに関するASEANとGCCの協力が進展すれば、湾岸地域とアジア地域の連結性の向上にも貢献することが期待される。
今後の展望と日本
今後の展望
まず、両地域協力機構が最初に取り組むと予想される貿易・投資関係の強化については、「行動枠組み」第11パラグラフに基づき、経済、貿易、技術及び投資協力に関する枠組み協定(framework arrangement)の可能性について協議が行われることとなろう。ASEAN側でそれをリードするのはマレーシアであり、2024年4月、リヤドで世界経済フォーラム(WEF)の機会に開催されたASEAN・GCC合同地域戦略対話において、同国のアンワル・イブラヒム首相は、ASEANとGCCは、貿易、投資を推進するためのメカニズムを見出すべきであると強調した(9)。GCCは、2023年12月28日に韓国とのFTAに署名するなど(10)、最近、各国とのFTA交渉に積極的になっており、ASEANとのFTAについても大きな期待を持っている(11)。したがって、交渉が順調に進む可能性もあるが、GCCがこれまで行ってきたFTA交渉をみると、例えばGCCとEUとのFTA交渉は1991年に開始されたが、進展がないまま2008年に中断された(12)。2006年に開始された日本とGCCのFTA交渉も2009年以来中断されており、2023年7月の岸田首相のサウジアラビア訪問の際に再開することが合意されたばかりである(13)。むしろ、FTAは、両グループにとり中長期的な目標と言うべきかもしれない。
GCCは、ASEAN諸国の中では唯一シンガポールとFTAを締結しており、このFTAは2013年に発効してから両者間の貿易の活性化に貢献している。シンガポールとのFTAがモデルとなり、他のASEAN諸国との間でも同様の協定が締結されれば、将来の地域的な貿易・投資等の枠組み協定へのドアが開かれるとの見方もある(14)。ASEAN、GCCともに多様な加盟国を擁しているため、両機構が、それぞれ内部で加盟国の意見をまとめつつ、FTA交渉を行うというプロセスは容易ではないと推測される。当面は、シンガポールとのFTAのようなマルチ・バイ協定、二国間ベースのFTA、あるいは分野を特定した協力枠組みなど、比較的合意しやすい交渉が先行すると考えるのが現実的であろう。ASEAN自身、1992年にAFTAの創設を決定して以来、長い時間をかけて加盟国の拡大と経済統合の深化を進めてきた歴史がある。その結果、ASEANは、AFTAを基礎として周辺国とも協定を締結し、RCEP交渉においては中心的な役割を果すまでに発展した。ASEANは、時としてスローペースになることもあるが、少なくとも経済分野においては着実に前進してきた実績があり、GCCとの交渉においてもその経験と能力が生かされれば、ASEANとGCCの貿易と投資をめぐる交渉も前進するのではないかと思われる。
一般的に言って、組織・制度面で地域統合を深化させるという観点からは、ASEANはGCCと比べて進んでおり、今後、両機構間の協力が深まれば、GCCの組織・制度にも好ましい影響をもたらす可能性があるだろう(15)。すでに述べたように、ASEANの分野別アプローチやCPRによる大使間協議といった、ASEANが積み上げてきたプラクティスを反映した実施メカニズムが合意されていることに、その兆候が表れている。両機構の関係は、貿易・投資といった実利的な面にとどまらず、このような視点からもフォローする必要がある。
日本との関係
米中対立の激化と、トランピズム(Trumpism)に象徴されるような米国民の内向き傾向が同時に進行する中で、ASEANやGCCはそれぞれ対外関係を多角化して安全保障と経済発展を確保しようとしており、両機構の接近も、その一環と位置付けることができる。このような傾向は、EUにも見られるものであり、地域主義(regionalism)の新たな高まりと認識すべきものである。これに、グローバル・サウスと呼ばれる国々の台頭が加わり、国際社会は多極化の度を深めており、日本としても、これに対応して多角的な外交を展開しなければならない。その意味で、ASEANやGCCとの関係は重要である。
日本は、様々な分野で協力関係を築いてきているASEANと比べて、GCC諸国との間ではまだ二国間ベースを中心に関係強化を図っているが、昨年にFTA交渉の再開が合意されたことは地域協力機関としてのGCCとの関係強化に向けた一つの前進である。GCC諸国が貿易投資の多角化を目指して積極的になっている現在は好機であるので、日本としても、GCCとASEANのFTA交渉も注視しつつ、早期妥結に向けて取り組むべきである。
日本が提唱しているFOIPについては、筆者の経験ではGCC諸国においてはあまり受け入れられていないと思われる。その理由としては、第1に、GCC諸国は、インド太平洋地域を一括りにした地域政策をあまり考えずに、中国、印、日本をはじめとするアジア諸国とはそれぞれ二国間関係中心のアプローチをとっていること(16)、第2に、ASEAN諸国と異なり、中国の力による脅威に直接晒されていないGCC諸国としては、最大の貿易相手である中国が反発しているFOIPの支持に政治的意義を見出せないこと、等が挙げられよう。他方、開放性(openness)やルールに基づく枠組み(rule-based framework)等、FOIPと通底する原則を提唱するAOIPについては、すでに述べた通りGCCは首脳レベルで支持している。また、2023年7月には、サウジアラビアが51番目の東アジア友好協力条約(TAC)の署名国になった。このように、ASEANの国際ルールに基づく平和外交はGCC諸国にも支持を拡大しており、日本としても歓迎すべき進展といえる。
ASEAN・GCC協力において優先分野として取り上げられている連結性の向上は、これまで日本とASEANが協力実績を積み上げてきた分野であり、今後は、湾岸地域も視野に入れて協力範囲を拡大していくことが望ましい。アラビア湾から東シナ海に至るシーレーンは正に日本にとって連結性の観点から最も重視すべき海域であるし、その連結性の向上はFOIPの実現にも資する。そのためのメカニズムとしては、日本が、ASEANの加盟国とGCCの加盟国を含むミニラテラルを追求することも検討すべきである(17)。ミニラテラルは、設立のために特別の国際約束を要するわけではなく、少数の関心国が話し合い、柔軟に組織し運営することができる。連結性の向上に限ることなく、例えば、エネルギーやSGDs等他の分野でも日本がASEANとGCCに属する国と共通の関心分野を見出し、ミニラテラルを追求することは、日本外交の一層の多角化に資すると考えられる。
Profile
- 須永 和男
- 特任上席研究官
- 専門分野:
ASEAN及び湾岸諸国の外交・安全保障