NIDSコメンタリー 第329号 2024年6月4日 シャングリラ会合の開催 —— 大国間競争とASEAN

地域研究部長
庄司 智孝

2024年5月31日~6月2日、英国国際戦略研究所(IISS)が主催するシャングリラ会合(アジア安全保障会議)が開催された。今回21回目となる同会合は、地域安全保障の対話の場として2002年に始まり、以後毎年シンガポールのシャングリラホテルで開催されている。毎年の会合には米国国防長官をはじめとしてインド太平洋各国のトップレベルの国防関係者が参加するほか、安全保障の学術専門家、ビジネス、メディア、NGOの関係者も集い、複雑化する同地域の安全保障情勢について対話と相互理解を促進するための重要なプラットフォームとして機能している。またシャングリラ会合は、本会議の外で参加各国が非公式の2国間・3国間会談を行うことを積極的に推奨していることも、その特徴となっている1

今年のシャングリラ会合には、40カ国以上から550人以上の国防関係者が参加した。通例第1本セッションでは米国国防長官が講演するが、本年のテーマは「インド太平洋における米国の戦略的パートナーシップ」であった。またそのほか第2~第7本セッションではそれぞれ危機管理、アジア太平洋における協調的安全保障、地域をまたがる安全保障秩序への挑戦、中国のグローバル安全保障へのアプローチ、インド洋と太平洋の安全保障の接続、そしてグローバルな平和と地域の安定に向けた解決方法の再イメージが、テーマとなった。7つの本セッションのほかにより小規模の6つの特別会合も設定され、それぞれアジア太平洋における抑止と安心供与、防衛協力と小国の安全保障、ミャンマー情勢、海上法執行と信頼醸成、AI・サイバー防衛と将来戦、そしてグローバルな人道オペレーションの調整、がテーマとなった2。このように、地域安全保障に関する極めて多岐にわたるテーマにつき、包括的に議論が行われた。

防衛省もシャングリラ会合をきわめて重視しており、基本的に毎年防衛大臣が参加している。今回、木原防衛相は第4本セッションにおいて講演を行い、インド太平洋地域の平和と安定の維持のため、日本が先頭に立って尽力する意思を示した。その上で、日本の防衛政策の3つのアプローチ(日本の防衛体制の強化、日米同盟による抑止力・対処力、同志国等との連携)を説明した3。また木原防衛相は、米国国防長官、中韓の国防相をはじめとして10カ国以上と2国間会談を行ったほか、日米韓、そして初の日韓豪3国間会談を行った。

マルコス大統領の基調講演――南シナ海問題の平和的解決を訴える

2009年から初日の基調講演には1国の指導者が招待されているが、今年はフィリピンのマルコス大統領が講演を行った。マルコス大統領は、1945年のサンフランシスコ会議と国連憲章の採択、1967年の東南アジア諸国連合(ASEAN)設立、そして国際紛争の平和的解決を旨とする1982年の国連マニラ宣言といった戦後の国際・地域秩序の節目に言及しつつ、国際社会における法の支配と国際法に基づく紛争の平和的解決の重要性を繰り返し訴えた。大統領は、厳しさを増す国際情勢において、国際法によって統治され、公平と正義の原則に基づく「開かれた、包括的でルールに基づく国際秩序」の維持増進を強調した4

講演では、朝鮮半島情勢、宇宙やサイバーといった新領域、気候変動等グローバルな非伝統的課題に言及しつつも、紛争の平和的解決の主眼は、やはり南シナ海であった。西フィリピン海(WPS、南シナ海においてフィリピンが領有権を主張する海域のフィリピンとしての呼称)における海洋の脅威と不安定に関して、マルコス大統領はルールに基づく国際秩序と1982年の国連海洋法条約(UNCLOS)を遵守し、国の主権を守るという立場を堅持した。大統領は、WPSは国の生命線の一部であり、そのため、領土領海の1平方インチ、1ミリメートルさえ譲歩することは許さないと述べた。また挑発的、一方的、違法な行動がフィリピンの主権、主権に基づく権利や管轄権を侵害し続けているが、フィリピンは依然として平和を促進し、「対話と外交」を通じて問題を解決することに尽力しており、地域と国際社会は、ASEANが思い描く「平和、安定、繁栄の海」以外の南シナ海の未来を許容することはできないと述べた。さらに大統領は、東シナ海や台湾海峡にも言及し、台湾海峡情勢については、その地理的近接性からフィリピンは正当な利害関係者であると明言し、ASEANにおける活動や米国との同盟関係、日本やオーストラリアとの戦略的パートナーシップを強化する意向を示した5

講演後、フロアとの質疑が行われた。中国人民解放軍からの参加者は、ASEANが重視する東南アジア友好協力条約(TAC)の精神に言及しつつ、南シナ海における最近のフィリピンの行動は、ASEANの他の国々を当惑させ、結果ASEANの中心性を毀損しているのではないかと述べ、南シナ海で中国との対立を深め、日米豪とのミニラテラルな連携を強化するフィリピンの動きを強く批判した。また『ファイナンシャル・タイムズ』記者から「もし中国海警の放水砲がフィリピンの船員を殺害した場合、それはレッドラインを越えたことになるのか、またいかなる行動によってフィリピンは米国に対し相互防衛条約の適用を求めることになるのか」と問われた際、マルコス大統領は「当局者か一般市民を問わず、意図的な行為によってフィリピン国民が殺害された場合、それは我々が戦争行為と定義するものに極めて近くなり、その定義に従い我々は対応することになる。同盟国も同じ基準を有するであろう。それはほとんど確実にレッドラインとなるであろう」とかなり踏み込んで発言し、中国を牽制した6

会議での大国間競争の展開――米中の主張は平行線をたどる

南シナ海や台湾海峡をめぐって米中2大国間の対立は深まっているが、今回のシャングリラ会合では、オースティン米国防長官と中国の董軍国防相の会談が行われた。米中の国防トップが対面で会談するのは、2022年11月以来1年半ぶりのことであった7

オースティン長官は、台湾海峡周辺での最近の人民解放軍の挑発的な活動に懸念を表明し、中国は台湾の政権交代を軍事活動の口実として利用すべきではないと述べ、米国は台湾関係法、3つの米中共同声明、そして「6つの保証」に基づいて長年の「一つの中国」政策に引き続きコミットしていると強調した。また南シナ海では、国際法で保証されている公海の航行の自由を尊重することの重要性を強調した8。これに対し董軍国防相は、台湾問題は純粋に中国の内政問題であり、外部勢力が介入する権利はない、と強調し、中国は米国の重大な約束違反と「台湾独立」への誤ったシグナル送信に断固反対し、米国に対し誤りを正し、いかなる形でも「独立支援のための武力行使」を行わないよう求めると述べた。また南シナ海のセカンド・トーマス礁の問題について、中国の態度と結論は明らかであり、中国は対等な協議を通じて相違を解決することを主張するが、挑発を激化させる行為には決して目をつぶらない、と述べた9

両国は、南シナ海や台湾に関する主張で平行線をたどる一方、ロシアのウクライナ侵攻や朝鮮半島情勢についても意見交換を行った。また、2024年末までに危機対応コミュニケーションに関する国防当局間の作業部会を開くことで一致した。

第1本セッションの講演においてオースティン長官は、フィリピンや台湾に対する中国の動きを念頭に、一国の意志を押し付けることではなく、主権国家の自由な選択の重要性を強調し、善意の国々が共通の利益と大切にする価値観のもとに団結することを強調した。これらの共通の価値とは、主権と国際法の尊重、商業と思想の自由な流れ、海と空の自由、開放性、透明性、説明責任、すべての人の平等な尊厳、そして強制や衝突ではなく対話による紛争の平和的解決であり、懲罰による解決はあり得ないと述べた。長官は、インド太平洋における米国のパートナーシップとして、日豪比韓との新たな連携の進展やAUKUSに言及した10

オースティン長官のセッション直後に中国の代表団は記者会見を行い、長官の講演内容に関し、米国の「インド太平洋戦略」は、聞こえは良いが何の成果ももたらさない単なる政治的レトリックであり、地域協力を進めるという名目で、冷戦精神とゼロサム思考に基づく排他的なクラブを形成することに基づいている。米国の真の目的は、米国主導の覇権を維持するために、NATOのアジア太平洋版のように、小さなサークルをより大きなサークルに統合することである、と断じた11

6月2日、第5本セッションで董軍国防相は講演を行い、平和を尊重し、安定を維持し、誠実に行動することが米中両国の軍が互いにうまくやっていく正しい方法であり、分断と対立をあおることは緊張を高め、戦争や紛争につながると強調した。また人民解放軍は国家統一を実現するため強力な軍であり続け、「台湾の独立」の試みを決して成功させないよう断固たる措置をとると述べた12

ASEAN各国のプレゼンス

会議2日目(6月1日)午後、インドネシアの現国防相であり次期大統領となるプラボウォ・スビヤントが特別講演を行った。プラボウォ国防相は、米中対立から距離を置く姿勢を示しつつ、ガザ情勢に対するインドネシアの見解や取組について詳説した。インドネシアは、米国の提示する3段階の解決法に理解を示し、インドネシアとして国連の要請があった場合に平和維持部隊を派遣する意向を示した13。プラボウォは大統領選での当選確定直後の2024年4月に中国(と日本)を訪問しており、インドネシア次期大統領として対中関係を重視する姿勢を早くも示していたが、今回の講演では米中対立への言及に多くの時間を割くことはなく、かつガザ情勢への米国の対応に一定の理解を示すなど、米中対立の中でのインドネシアの立ち位置にバランス感覚を示した。

今回のシャングリラ会合では、インドネシアのほか、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール4カ国の国防相が講演を行ったほか、フィリピンとベトナムの沿岸警備隊のトップがそれぞれ海洋安全保障の取り組みについて講演するなど、ASEANの多くの国々が会合に積極的に参加し、プレゼンスを示した。

シャングリラ会合の機能――意思疎通と戦略的コミュニケーション

中国は、過去のシャングリラ会合においては、会合を欧米の影響力下にある偏った指向性の会議とみなし、いわゆる「チャイナ・バッシング」を嫌って送り込む代表団の格を下げるなど、消極的な姿勢を示すこともあった。しかし最近のシャングリラ会合には国防相を送り込むなど、一転シャングリラ会合の機能を重視し、中国の立場や主張を対外的に広く表明する場として積極的に活用しようとする姿勢を示した。そうした姿勢は、オースティン長官の講演直後にそれに反駁する記者会見を行ったことにも表れていた。一方で、米中国防相会談に応じたように、米国との意思疎通を図る場としても会合を活用した。

米中のさや当ての場になっているシャングリラ会合であるが、グローバル化も進んでいる。本セッションでは、インド太平洋各国にとどまらず、リトアニア首相、フランス、カタール、スウェーデンの国防相が講演した。また第7本セッションではウクライナのゼレンスキー大統領が講演するなど、世界各国の首脳・国防当局者が、同会合を重要な戦略的コミュニケーションの場とみなしている。

シャングリラ会合は英国の有力シンクタンクが主催するものであり、米国に優先的な登場の機会が与えられ、欧米の国防当局者も参加するなど、ASEANの諸会合とは異なる性質を有している。しかし今回の会合では、フィリピンのマルコス大統領が基調講演を行い、インドネシアのプラボウォ次期大統領も特別講演を行うなど、グローバルサウスの一角を占めるASEAN諸国の存在感の高まりを示す機会ともなった。

Profile

  • 庄司 智孝
  • 地域研究部長
  • 専門分野:
    東南アジアの安全保障