NIDSコメンタリー 第328号 2024年6月4日 情報支援部隊の創設に伴う中国人民解放軍の組織改編

地域研究部中国研究室主任研究官
杉浦 康之

はじめに

2024年4月、中国人民解放軍は情報支援部隊の創設を発表した。併せて、2015年12月に創設された戦略支援部隊が廃止され、軍事宇宙部隊とサイバー空間部隊となったことが発表された。この結果、中国人民解放軍は四軍種(陸・海・空・ロケット)と四部隊(軍事宇宙部隊・サイバー空間部隊・情報支援部隊・聯勤保障部隊)から構成されることになった(図-1)1

一連の組織改編をめぐる中国人民解放軍の説明は必ずしも十分ではなく、その政策目的に関しては不明な点が多い。本稿では、これまで公表された『解放軍報』の論説と先行研究の成果2を踏まえて、一連の組織改編の政策目的を分析する。

「新興領域戦略能力」と「新質戦闘力」の重視による宇宙・サイバー空間・情報システム体系の強化

詳細は不明であるものの、今回の組織改編により、戦略支援部隊は軍事宇宙部隊・サイバー空間部隊・情報支援部隊の三つに分割されたものと考えられている3。他方、情報支援部隊に、旧総参謀部情報化部を前身とする統合参謀部情報通信局が一部または全部併合されたのか否かは現在のところ不明である。

情報支援部隊・軍事宇宙部隊・サイバー空間部隊の創設は、2022年10月に開催された中国共産党第20回全国代表大会(20回党大会)の習近平の政治報告において「新領域・新性質の戦備の拡充」という表現で提起された新型安全保障領域能力の強化4、及び2024年3月に開催された全国人民代表大会で習近平が軍代表団に指示した「新興領域戦略能力」と「新質戦闘力」の強化という、現在の国防政策方針に沿ったものだと考えられる5

習近平は「新興領域戦略能力」を国家戦略体系・能力の重要な構成部分であり、経済社会の質的な発展と国家の安全保障・軍事闘争の主動力となるものだと指摘している。その詳細な定義は不明であるが、『解放軍報』評論員論文はこの概念を、人工知能(AI)、ビッグデータ、ブロックチェーン、量子技術、生物技術、新エネルギーなどの国家の新興科学技術と、海洋・宇宙・サイバー空間・生物・新エネルギー・AIなどの多領域に関わるものであり、軍民両用の性質が強いと紹介している6

全人代閉幕後の4月、汪江海・西部戦区司令員は『学習時報』に寄稿した論文のなかで、「新興領域戦略能力」の重要性に言及し、この領域こそが軍事競争を制するポイントだと指摘した。そして、近年の戦争において智能化無人化システムが大量に実戦投入され、「スターリンク+」「ネットワーク+」「智能+」によりキルチェーンとキルネットワークの再構築が促進されているとし、「新興領域戦略能力」の強化の必要性を主張した7。こうした指摘から、この概念がウクライナ戦争の趨勢から影響を受けていることが窺い知れる。

『解放軍報』論説は「新質戦闘力」を、新興科学技術の手段と作戦理念に依拠して形成される全く新しく、効率の高い、多元的な戦闘力であり、情報システムに基づくシステム体系作戦能力であり、新たな技術、新たな装備、新たな戦法などを運用する手段を通じて、総合的な感知、リアルタイムの指揮統制、精密打撃、全方位防御、集合的な保障を形成する一体となった新型戦闘力の生成モデルと形態であると定義する8。「新質戦闘力」は主に深海、宇宙、サイバー、人工知能などの「新興領域戦略能力」に依拠し、「ネットワーク+」「智能+」「デジタル+」等の形成を特徴とする新たな体系化された作戦能力と説明されている9。また「新興領域戦略能力」は「新質戦闘力」の物質的基礎であり、「新質戦闘力」の形成を加速・推進するものであると指摘されている10

上記の内容を踏まえれば、「新質戦闘力」は「新興安全保障領域(宇宙・サイバー・電磁波・認知領域・深海など)」において、新型作戦力量(AI・無人機など)と新興戦略技術(量子コンピュータ技術・ブロックチェーン技術・ビッグデータなど)の軍事利用を重視するものであると考えられる。また「新質戦闘力」を説明する『解放軍報』論説は、この概念への近年の局地戦争と軍事行動の影響に言及している11。このことから、「新質戦闘力」概念も、「新興領域戦略能力」概念同様、ウクライナ戦争の趨勢を踏まえたものと言える。そして、新質戦闘力を解説した『解放軍報』論説は、「軍事力の構造と編制を最適化する必要がある」として組織改編の必要性に言及していた12

今回の組織改編は、こうした「新興領域戦略能力」と「新質戦闘力」という二つの概念に基づき実施されたものであると言える。情報支援部隊の役割は、統合作戦遂行のために必要とされる軍内におけるネットワーク情報システム体系の構築とその確保とされている。そして、その創設は、「ネットワーク情報システム体系に基づく統合作戦能力」と「全領域作戦能力」13の向上に有利であり、建軍100年の奮闘目標を実現し、世界一流の軍隊の建設を加速するのに有利であると指摘されている14。こうした役割は、「新興領域戦略能力」や「新質戦闘力」の強化において不可欠なものであると考えられる。

国防部報道官は、軍事宇宙部隊の創設を、宇宙への安全なアクセスと開かれた利用を改善し、宇宙における危機管理と統合的ガバナンスの有効性を高めることに貢献すると主張している。またサイバー空間部隊の創設を、サイバー安全保障の防御手段を大いに発展させ、国家のサイバー辺境防衛、サイバー空間への侵入に対する即時の発見と対応、国家のサイバー主権と情報安全保障の防衛に重要な意義を有していると主張した15。軍事宇宙部隊とサイバー空間部隊の創設は、それぞれの宇宙の軍事利用とサイバー空間の作戦利用を強化するものと考えられるが、これらも「新興領域戦略能力」や「新質戦闘力」の強化という方針に合致するものである。

宇宙・サイバー空間をめぐる軍内の指揮統制関係の明確化

旧戦略支援部隊のうち、航天システム部が軍事宇宙部隊、ネットワークシステム部がサイバー空間部隊に改編されたと言われている。新設された情報支援部隊は、旧戦略支援部隊の情報通信基地から編成されたと見られている16

各部隊の役割は、軍事宇宙部隊が宇宙作戦、サイバー空間部隊が攻撃面を重視するサイバー作戦(国防部報道官は防御面のみを強調しているが)、情報支援部隊がネットワーク情報システム体系の構築とその防護を担当するものと思われる17。これらの部隊は、ロジスティクスを担当する聯勤保障部隊とともに戦略性兵種として位置づけられた18。その結果、中国人民解放軍は四軍種(陸・海・空・ロケット)と四部隊(軍事宇宙部隊・サイバー空間部隊・情報支援部隊・聯勤保障部隊)から構成されるにことになった。

戦略支援部隊の位置づけは、軍種なのか兵種なのか曖昧な存在であった。また軍改革後、他の軍種は教育訓練・装備開発・人事などを担当するフォースプロバイダーとなり、部隊運用の権限はフォースユーザーである戦区に任せられるようになったと言われるなかで、戦略支援部隊は、フォースプロバイダーとフォースユーザーの両方の性格を有する特別な存在であるとも指摘されていた。また戦略支援部隊のなかでも航天システム部とネットワークシステム部の役割の重複や、統合参謀部情報通信局との役割分担の曖昧さも指摘されていた。戦略支援部隊と中央統合作戦指揮センターや戦区統合作戦指揮センターとの関係性も不明確であり、それらは軍改革が進展するなかで構築されていくであろうと指摘されていた19

今回の組織改編により、軍事宇宙部隊・サイバー空間部隊・情報支援部隊は戦略的兵種であることが明示された。またこれらの部隊のトップは副戦区級(中将・上将クラス)になったと指摘されており、正戦区級(上将・中将クラス)の軍種司令部・戦区司令部よりも格下に位置付けられた模様である20。また『解放軍報』の説明を見る限り、情報支援部隊は戦略支援部隊に比べ、フォースプロバイダーとしての性格を強めているように思われる21。こうした措置はサイバー空間部隊にも適応されている可能性があり、それまで曖昧であったサイバー情報作戦における戦区と戦略支援部隊の関係を改め、戦区がフォースユーザー、サイバー空間部隊・情報支援部隊はフォースプロバイダーとして位置づけられていくものとも考えられる。なお、宇宙作戦に関して、中国人民解放軍の教範は中央軍事委員会が統帥するとしていることから22、従来通り中央軍事委員会の指揮下で軍事宇宙部隊がフォースプロバイダーとフォースユーザーの両方を担当することになると思われる。

軍内の汚職問題と習近平の中国人民解放軍への統制力強化

一連の組織改編は、2023年夏頃から報じられている中国人民解放軍内の汚職問題や情報漏洩問題とも関係しているように思われる。部隊創設時の習近平の発言や部隊創設に関する『解放軍報』評論員論文では、①習近平への忠誠、②党軍関係の堅持、③規律の重要性の徹底などが強調されているからである23

戦略支援部隊は、宇宙・サイバー電磁波領域に関して、部隊運用のみならず、先端技術の軍事力転化などの軍民融合の促進など、幅広い役割を担当していた組織であると考えられており24、その権限は大きかったと思われる。巨大な権限を有していた旧総参謀部や旧総政治部を軍改革において複数の機関に分散させたことに示されるように、習近平は特定の組織が巨大な権限を有することを好まず、分散させて自身が直轄する組織へと改編することを好む傾向がある25。今回も巨大な権限を有していた戦略支援部隊を三つの組織に解体し、自身が直轄する組織に改編することで、汚職問題や情報漏洩で揺れている中国人民解放軍への統制力の強化を図ったものとも考えられる。

なお、一部香港メディアの報道によれば、戦略支援部隊司令員であった巨乾生・上将は汚職問題により失脚したともいわれている26。その真偽は不明であるが、新設された情報支援部隊の司令員には戦略支援部隊副司令員であった畢毅・中将が就任した。他方、2023年7月のロケット軍の人事異動のときとは異なり、李偉・戦略支援部隊政治委員が情報支援部隊政治委員に就任していることから27、巨乾生が失脚したのか、それとも新設された軍事宇宙部隊・サイバー空間部隊のいずれかの司令員になったのかは確認する必要があると思料される。

おわりに

戦略支援部隊を分割した形で行われた情報支援部隊、軍事宇宙部隊、サイバーネットワーク部隊の創設という人民解放軍の組織改編の政策目的は、(1)全人代で提起された「新興領域戦略能力」と「新質戦闘力」概念に基づいた組織形成の必要性、(2)宇宙・サイバー空間をめぐる軍内の指揮統制関係の明確化、(3)軍内汚職問題を踏まえた習近平による軍への統制力の強化、という三つの側面があったものと考えられる。こうした組織改編は習近平の主導の下で行われたものと言えよう。

『解放軍報』を管見している限り、これらの部隊が組織改編後にどのような活動を行っているのかは不明である。中国人民解放軍が2024年5月の頼清徳・中華民国(台湾)総統就任直後に実施した「聯合利剣2024A」において、これら三部隊がどのような役割を果たしていたのかは分かっていない28。組織改編後、それが十分機能するには一定の時間を要するものと考えられるが、これら三部隊が中央軍事委員会及び各戦区の統合作戦指揮センターとどのような関係を構築しているのかに関して注視していく必要があろう。

(出典)各種報道より筆者作成。

(出典)各種報道より筆者作成。

Profile

  • 杉浦 康之
  • 地域研究部中国研究室主任研究官
  • 専門分野:
    現代中国政治外交史、戦後東アジア国際政治史