NIDSコメンタリー 第327号 2024年5月31日 頼清徳政権の発足を受けた中国の対台湾政策の展望

地域研究部中国研究室研究員
後藤 洋平

はじめに

台湾では、頼清徳新総統が、5月20日に就任演説を行い、対中政策を含む各種施策の方針を示した。頼総統は演説の中で、中国に対し、台湾に対する言論や武力による威嚇の停止を呼び掛けた。その上で頼総統は、国防意識の向上や国家安全保障法制の改善の必要性を訴えたり、国防力の強化や民主主義国家との連携等を通じて平和を達成する方針を示したりした。その一方で頼総統は、蔡前総統が2021年10月に示した対中政策「四つの堅持1」に基づく現状維持の方針と、中台間の対話・協力及び対等な立場での民間交流の再開する意向を表明した。

中国は、台湾の総統が就任演説で示す対中姿勢を参照しながら、対台湾政策を策定している側面もある2。そのため、中国が新総統の対中姿勢をいかに評価しているかを把握することは、中国の対台湾政策を理解する上で有意義と考えられる。他方、両岸関係それ自体のみならず、台湾内政や両岸関係を取り巻く国際情勢が中国の対台湾政策を規定する変数となる。

本稿では上記の問題意識に基づき、まず、頼総統の就任演説に対する中国側の反応を概観する。その上で、今後の中国の対台湾政策は従前から大きな変化はないが、中台間の経済関係、台湾内政及び台湾問題の「国際化」が変数となり、これら変数に応じた個別の政策が一層推進されていくことを論じる。最後に、これら個別の政策の成功する可能性についても検討する。

頼清徳総統の就任演説をめぐる中国側の評価

中国国務院台湾事務弁公室(以下国台弁)は5月20日、頼総統の就任演説に関する報道官の談話を発表した。同談話では、頼総統の演説について、「外部勢力と結託して『独立』を挑発している」「台湾独立工作者の本性をさらけ出したもの」などと批判した上で、「我々は、一つの中国原則と『92年コンセンサス』を揺らぐことなく堅持し、広範な台湾同胞と共に両岸関係の平和的発展・融合発展の推進に努力し、祖国統一の大業を推進する」と、今後も「統一」に向けたプロセスを進める姿勢を表明した3

また、王毅外交部長も同日、「波風が立つほど、一つの中国に対する国際社会のコンセンサスは強固になり、中国の立場に対する理解と支持は増す」4などと、台湾をめぐる中国の主張が国際社会から受け入れられていることを強調した。

中国の今後の対台湾政策を規定し得る3つの変数

以上のとおり、中国側は頼清徳政権を「台湾独立派」とみなしており、従前より行ってきた軍事的威嚇、偽情報の流布を含む認知戦の展開、台湾と国交を有する国の奪取などの各種圧力を継続すると考えられる。特に軍事的威嚇については、人民解放軍東部戦区が、5月23~24日、台湾本島及び金門・馬祖島周辺で軍事演習を実施するなど5、政権発足直後から軍事的圧力を掛けている。

ただし、中国は、中台間の交流を通じた「統一」のプロセスを進める意思を表明していることから、ただちに台湾への全面的な武力侵攻を行う可能性は低い。以上の点を踏まえると、蔡英文政権時代に中国が行っていたものと同様、圧力を掛けると同時に交流等を通じ台湾住民の取り込みを図る、といった硬軟織り交ぜた手法で台湾を揺さぶるという大きな方針に変更はないだろう。

他方、中国の今後の対台湾政策に影響を与える変数として、①台湾における民進党の求心力低下、②中台間の経済的相互依存の低下、③台湾問題の「国際化」―が挙げられる。

①は、1月の総統選挙では民進党が勝利したものの得票数は過半数に達しなかった(約40%)ほか、同日実施の立法委員選挙の結果、立法院では第2党に転落したことである。これらの数字からは、頼清徳政権は必ずしも台湾世論の多数から支持されているとは言えず、民進党の政策が台湾の世論・野党から批判を受け、政権運営が停滞することも想定される。また民進党は、同総統・立法委員選挙において、若い世代の支持を十分に得られなかった6

②は、近年の中国経済の失速、台湾の対中輸出額及び対中投資額減少などを背景に、台湾側に中国との経済関係の強化を進めるインセンティブが働きづらい状況である。そのため、中国が台湾に行ってきた経済便益の提供が、台湾経済の対中依存度が大きかった時期ほどの訴求力を有さなくなる可能性がある。

③は、主に、米国が「リベラルな国際秩序」維持の観点から台湾問題への関与を強化する一方、中国が領土保全や内政不干渉の観点から米国への警戒感を強めている状況である7。また、日本や欧州8においても、中国の対台湾姿勢に警戒感が広がっている。さらに台湾も、米国等の西側諸国との協力を通じて中国に対抗する姿勢を示している状況である。

中国が今後強化するとみられる個別の政策

頼清徳政権への中国の認識及び上記の変数の下、中国が従前以上に重視して推進するとみられる対台湾政策は、下記ア~ウの3つである。

ア 民進党批判キャンペーンの展開

民進党は立法院で少数与党に転落したため、野党との折衝に多くのエネルギーを割かざるを得なくなる。その結果、政策決定が停滞し、頼政権への世論の不満が高まることも考えられる。中国としては、台湾における与野党の対立が深まる状況を利用して、台湾内の協力者も利用しつつ9、頼政権や台湾の民主制度への不信感を増幅させる宣伝を行うだろう。

さらに、中国の浸透工作を防ぐ法整備推進も困難になる。蔡英文政権は、民進党が立法院で過半数を占めていたことから、反浸透法等の浸透工作を規制する法整備を推進できた。頼総統も就任演説の中で、国家安全保障に関する法制度の改善を表明しているものの、現在の立法院の状況ではハードルも高い上、法整備も含む規制を進めようとする民進党の動きをとらえ、台湾内の反民進党陣営と連携する形で同党批判の材料10に使うことも考えられる。

イ 台湾及び第三国関係者への法的措置の強化11

中国はかねて、蕭美琴副総統など複数の台湾の政治家を「頑迷な台湾独立分子」に指定し、法に基づき制裁する旨を表明してきたが、5月15日、国台弁報道官は、台湾の政治評論家5人を法に基づく制裁対象に指定したと表明した12。これは、台湾の政治家やその関係者を対象としていた制裁が、民間人にも拡大した形である。

また、中国外交部は5月22日、反外国制裁法に基づき、台湾に武器を売却していたとされる米国企業12社の中国国内の資産を凍結し、同社の高級幹部合計10人の中国(香港、マカオ含む)入境を禁止すると発表した13。中国は過去にも、台湾独立を支援したとする米国の政治家、団体、企業を制裁対象に指定したこともあったが、今回ほどの大規模な指定は異例と言える。

他方、今後注目されるのは、台湾関連の法的枠組みの改編である。中国では、現行の反国家分裂法だけでは台湾独立を十分に抑止できないとの問題意識から、同法の実施細目の制定が議論14されたり、「国家統一法」等の名称を有する新法制定が主張15されたりしている。中国が台湾・第三国の関係者・団体を法的に制裁する傾向が、頼政権の成立直前から強まりつつある。今後、こうした法改正・制定を急ぐかもしれない。その方向性としては、例えば、台湾への武力行使の要件を具体化することや、台湾を支援する「外部勢力」への制裁規定を盛り込むことなどが想定されよう16

ウ 台湾問題をめぐる国際的支持獲得の推進

中国は、近年、台湾は中華人民共和国の一部であるとする「一つの中国」原則や、同原則を国際法上担保したもの17と中国が認識する「国連総会決議第2758号18」を根拠に、台湾問題をめぐる中国の主張を国際的に宣伝している。この点について、中国と国交を有する各国は、台湾問題をめぐる中国の主張について、「理解する」(understand)、「留意する」(note)などの表現で「一つの中国」への態度を表明している。中国は近年、各国の「一つの中国」の立場を「一つの中国原則」と同一視することによって、その主張が国際的に広く支持されているように見せ、台湾への圧力を正当化しているとの指摘もある19

こうした中、権威主義国や、一部グローバル・サウスの国々の中には、台湾問題をめぐって対中支持を表明する国もある。例えば、ロシアは、5月の中露首脳会談の共同声明において、「中国が国家統一を実現するあらゆる措置を支持する」と表明している20。また、パキスタンは、2022年8月2~3日に米国のペロシ下院議長が訪台した際、同2日に「一つの中国政策への強固な承諾を再確認するとともに、中国の主権と領土の一体性を強く支持する」との声明(同国外務省)21を発した。ペロシ下院議長の訪台と、パキスタン外務省の声明発表に明確な因果関係を見出すのは困難であるが、声明の内容及び発表のタイミングを踏まえると、パキスタン側は中国の意向を汲んだか、中国の立場に共感していた可能性もある。

中国は、台湾問題をめぐる中国の主張が正しさを国際社会に浸透させることで自国の孤立を回避するとともに、今後、台湾への武力行使を決断した場合でも、台湾問題が国際的問題として扱われる余地を極力減らすことを企図しているとみられる22

今後の展望:中国の対台湾政策は成功するか

前節で指摘した3つの対台湾政策は、現在の中台関係を取り巻く3つの変数を踏まえたものである。例えば、「ア」は、政治的分断が激化している台湾内政の状況を利用するものであると同時に、中国経済が失速する中、台湾へのプロパガンダが社会分断を企図したネガティブなものに変化23している傾向に沿っている。「イ」は、中国のような権威主義国家は、法を都合のよいタイミングで一方的に制定・運用することができる24ため、中国にとってはコストの低い政策であるほか、台湾側に反撃する余地が少なく、台湾内で政権の「無力さ」を印象付けることも可能と思われる。さらに、法の制定・運用は、「統一に向けたプロセスが進んでいる」との国内向けの宣伝にもなり得る。また、「ウ」は、西側諸国の国際秩序観に必ずしも賛同しない国家に対し、中国の主張を浸透させているという効果がある。中国は、これらの政策と、軍事的威嚇などの手法を組み合わせ、頼政権及びこれを支援する民主主義国家の求心力を低下させ、最終的には台湾側に「統一」交渉のテーブルに着かせようとするだろう。

これら3つの政策は成功するだろうか。「ア」は、台湾世論から野党などの反民進党勢力が過度に中国寄りと見られた場合、民進党への世論の支持は逆に増すかもしれない。また、「イ」は、第三国及び台湾は、香港・マカオと異なり、中国が直接的な法執行が行えないために限界があること、より実効性のある法的枠組みの改編が実際に行われた場合、台湾や米国を含む第三国との関係が更に悪化するリスクをはらんでいる。「ウ」は、最近、米国の高官が、中国がアルバニア決議を歪曲していると発言したり、同歪曲に対してパートナー国と共に中国に反論していくべきであると発言したりする25など、米国等の西側諸国の対中警戒感をさらに高めている側面もある。以上のことから、様々な不確定要素は存在するにせよ、頼清徳政権発足を受けた中国の措置は、逆効果となる可能性もある。

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  • 後藤 洋平
  • 地域研究部中国研究室研究員
  • 専門分野:
    中国をめぐる安全保障など