NIDSコメンタリー 第326号 2024年5月31日 「欧州防衛産業戦略」を読み解く

理論研究部 社会・経済研究室 研究員
清岡 克吉

0. エグゼクティブ・サマリー

  • 事象:欧州連合(EU)の執行機関にあたる欧州委員会は2024年3月5日にEUの枠組みとして は初となる「欧州防衛産業戦略(European Defence Industrial Strategy: EDIS)」を発表。今後10年間のEUの防衛産業政策の方向性を示した。
  • 背景:欧州連合は、2021年12月の「戦略的羅針盤」の方向性決定や、ロシアによるウクライナへの全面侵攻を受けた2022年3月の「ヴェルサイユ宣言」で、防衛産業や技術基盤、革新技術への投資強化などに触れており、本戦略もこれらと同じ構造的ニーズの流れを受けたものである。
  • 狙いと目標:2030年までに加盟国が「新たな装備の50%を域内で調達する」「40%以上の装備品を共同調達する」などが掲げられた。特に、欧州域外への防衛装備の依存を留め、EU域内での防衛調達や投資をすすめ、域内での防衛産業への資金の循環を促進することが大きな狙いとしてある。また、こうしたことが「EUの戦略的自律性」を高めることにつながる。
  • 施策:欧州防衛産業・技術基盤の強靭性・即応性を高めるため「①より多く、良く、共に欧州へ投資する」「②即応性のある革新的な欧州防衛産業の確保」「③EU政策全体における防衛即応性(要素の考慮)を主流化させる」「④戦略的・国際的な同志国・パートナーとの連携の強化」「⑤防衛産業即応性に対する挑戦的目標への資金供給」の5点を主たる施策として挙げた。
  • 評価:米国や英国の防衛産業戦略とは構造的課題を同じくするものの、EDISでは基本的にEU域内への投資・資金の還流をどのような方向性のもと、いかなる仕組みで行うのかに主眼が置かれている。また、EDISの結論部でも提示されるように「将来獲得すべき技術への投資」と「今ここにある危機に対応するための緊急増産などへの投資措置」の双方を両立させ、橋渡しすることが本戦略で示されたベースラインの1つといえる。
  • ただし、各国主権のもとに置かれる防衛調達にどこまでEUが統率力を発揮できるのか、この戦略実現のための資金をいかに調達・確保するのかが依然として課題となる。

1. はじめに

欧州連合(European Union: EU)の執行機関にあたる欧州委員会(European Commission: EC)は2024年3月5日にEUの枠組みとしては初となる「欧州防衛産業戦略(European Defence Industrial Strategy: EDIS)」を発表した。このEDISは、欧州防衛技術・産業基盤(European Defence Technology Industrial Base: EDTIB)を取り巻く現状認識を示し、その強化を図るため「より良く、共同で、そして欧州として投資する1」ことを謳っている。また、EDTIBを強化するために必要な施策を特定し、その実施のために必要な法的拘束力を持つ「規則(Regulation)2」である「欧州防衛産業プログラム(European Defence Industry Programme: EDIP)」がEDISの発出と同日に欧州委員会によって欧州議会及び欧州理事会に提出された。このEDIPは、EDISの実施計画にあたる3

EDISは、2022年2月に開始されたロシアによるウクライナへの全面侵攻によって欧州の安全保障環境が激変し、EDTIBの課題が浮き彫りになったことを受けて策定された。すなわち、欧州の防衛技術・産業基盤が平時のための生産を念頭に置いた設計であり、低水準の投資のみが行われていたため、国家間紛争を念頭に置いた量と質の防衛装備品への需要が急速に高まった際、そうしたニーズを迅速に満たすうえで不十分だったという問題意識に基づいたものである。ただし、後述するように、欧州の防衛技術・産業基盤の強化や防衛調達の統合に関する動きや、それらのEUによる主導は、ロシアによるウクライナへの全面侵攻以前から取り組まれてきたことであり、今回のEDISも、そうした既存の取り組みを踏まえたものであることには留意が必要である。

このEDISは、欧州防衛産業・技術基盤の強靭性・即応性を高めるためには、加盟国が防衛費を増額し、さらに装備調達に協調性を持たせることによって効率的に投資をすることこそが必須であるとの認識を示している4。そのために「①より多く、良く、共に欧州へ投資する」「②即応性のある革新的な欧州防衛産業の確保」「③EU政策全体における防衛即応性(要素の考慮)を主流化させる」「④戦略的・国際的な同志国・パートナーとの連携の強化」「⑤防衛産業即応性に対する挑戦的目標への資金供給」の5点を主たる施策として挙げた5。そのうえで、具体的な数値目標として、2030年までに加盟国が「新たな装備の50%を域内で調達する」「40%以上の装備品を共同調達すること」などが掲げられた。また、2025年から2027年の2年間で15億ユーロ(約2,440億円6)の支出が、前述のEDIPにより定められる見込みである。こうした施策の大きな狙いとして、欧州域外への防衛装備の依存を留め、EU域内での防衛調達や投資をすすめ、域内での防衛産業への資金の循環を促進することがある。

また、この戦略では、欧州防衛技術・産業基盤が、EU加盟国の軍事力の源泉であるとの認識を示しており、米国の国家防衛産業戦略7や我が国のいわゆる「戦略3文書」の防衛産業への認識と軌を一にしている。そこで本稿では、このEUとして初の防衛産業戦略であるEDISについて、その背景や狙いや課題に主眼を置きつつ、その詳細を読み解くこととしたい。

2. 文書全体の論理構成

戦略文書としてのEDISの理解を深めるために、まず、この文書の全体としての構成を確認したい。本文書は、欧州理事会による『EDISにかかる共同コミュニケーション(EDIS Joint Communication)8』を基準に参照すると、「はじめに」でなぜこの戦略が発出されるに至ったかの全体の概説を行い、「第1章」で欧州の安全保障上の現状認識・課題を示し、課題への対処に必要なものとして「強靭なEDTIBの実現」を位置づけ、特に資金不足が問題であるとの要点を示し、今こそパラダイムシフトの時であると述べる。そのうえで、「第2章」で、より多く、良く、共に欧州へ投資することが示され、「第3章」で、短期的ニーズ(=ウクライナへの緊急支援 etc.)から長期的ニーズ(=新興技術の研究開発・実装、イノベーション創出 etc.)などのさまざまな時間軸に分けたうえでの取組みが示され、「第4章」で、投資のための資金の捻出、供給について述べられ、「第5章」で、民間金融や人材育成、グリーン政策などの様々な安全保障分野以外での政策判断をするなかで「安全保障」を政策決定要素の軸として考慮することの重要性が示されている。「第6章」では、防衛産業強化や欧州の防衛体制強化のために、同盟国や同志国、特に本戦略ではウクライナとの連携の強化を謳っている。そして、最後に「結論」において本戦略文書の要諦を再度述べて締めくくっている。
参考までにEDISの章立てを示すと以下のようになる。

【表1】
(出所) 『EDISにかかる共同コミュニケーション』より執筆者作成。

(出所) 『EDISにかかる共同コミュニケーション』より執筆者作成。

すなわち、欧州防衛技術・産業基盤の強靭性・即応性を高めるという「目的(Ends)」のために、第1から第6章までに示された「手段(Ways)」を組み合わせて用いるという戦略の定義9に即した構成となっているといえる。そして、本戦略で示された「強靭かつ即応性ある欧州防衛技術・産業基盤の強化」はさらに上位の「欧州の戦略的自律性10の実現」のための手段であるという整理ができるだろう。

3. 目標と重点施策

次に、本戦略で示された目標と、その達成のための重点施策について概観したい。
まず、目標についてみると、以下のような3点が掲げられている。

【表2】
(出所) European Commission, First ever defence industrial strategy and a new defence industry programme to enhance Europe's readiness and security, Press Release, Brussels, March 5, 2024. より執筆者作成。

(出所) European Commission, First ever defence industrial strategy and a new defence industry programme to enhance Europe's readiness and security, Press Release, Brussels, March 5, 2024. より執筆者作成。

この数値目標から読み解けるのは、結局のところ欧州の国は欧州のものを買うこと、さらに共同調達を通じて無駄なく買う、という点であろう。この背景には、前述したように、欧州防衛産業の発展のためには資金・投資が必要だが、欧州各国が2022年以降増加させた防衛支出は、米国や韓国などの域外国産の装備品購入を通じて域外の防衛産業へと流れてしまっているという問題がある。現に、欧州対外行動庁の発表によると、ロシアのウクライナ全面侵攻が始まった2022年2月24日から2023年6月までの間に加盟国の国防支出は20%の増加を見たが、EU加盟国による防衛調達の78%はEU域外から行われた11とされる。このため、欧州の防衛産業を強化しようという取り組みにおいて、こうした数値目標が上がることはごく自然なことであろう。

さらに、そのための施策として、前項まででも見たとおり、「①より多く、良く、共に欧州へ投資する」「②即応性のある革新的な欧州防衛産業の確保」「③EU政策全体における防衛即応性(要素の考慮)を主流化させる」「④戦略的・国際的な同志国・パートナーとの連携の強化」「⑤防衛産業即応性に対する挑戦的目標への資金供給」の5点を主たる施策12として掲げている。

そのなかでも施策に関して注目すべきものとして、施策①に関連する「欧州の製品の調達をしやすくする制度の構築」、施策④に関連する「ウクライナとの様々な協力関係の構築」、施策⑤に関連する「防衛サプライチェーン変革加速基金(Fund to Accelerate Defence Supply Chain Transformation: FAST)」の立ち上げと活用がある。また、「防衛産業即応委員会(Defence Industrial Readiness Board)」の設立も大きな取り組みの一つであるといえる。

「欧州の製品の調達をしやすくする制度の構築」に関しては、欧州製装備品の入手可能性についての認識を高めるために「欧州軍事売却メカニズム(European Military Sales Mechanism)」の設立が目指されている13。このプログラムの柱として、1) 防衛製品カタログの作成、2) 迅速に利用可能な防衛能力プールの創設のための財政支援、3) 調達プロセスを容易にするための規程、4) 調達機関の能力構築支援が掲げられている。いずれも現状の問題点を踏まえた現実的な提案であると見受けられる。欧州軍事売却プログラムという名称は一見、米国の対外有償軍事援助(Foreign Military Sales)に似たようなものに見えるが、実際には欧州各国が装備品を調達する際に、どこにどのような製品があり、どのような協力ができるのかを明確にすることがその主眼になっている。また、装備調達能力の低い国に対する能力支援も柱の一つとなっている。

ウクライナとの協力14では、共同してドローンの製造を進めることや、EU内の新興企業とウクライナ企業を引き合わせることを目的に「防衛イノベーション室」をウクライナのキーウに設置することが謳われた。2024年5月6日にブリュッセルで欧宇間での防衛産業のビジネスマッチングを行う「EUウクライナ防衛産業フォーラム」が開かれた15が、まさにこのような取り組みがより常設かつ長期的な支援として行われることが示されている。

また、「防衛サプライチェーン変革加速基金」の立ち上げと活用については、この基金を通じた中小規模の防衛企業への融資の拡大や、欧州投資銀行(EIB)に融資政策の見直しを促すなど、いくつかの金融措置が提案されている16

「防衛産業即応委員会」の立ち上げも新しい制度的試みである。これは、欧州委員会、欧州防衛庁上級代表、各加盟国で構成され、EUにおける防衛産業の即応性を高めるための戦略的指針を提供し、EDIPの実施において委員会を支援および助言する主体になることが規定されている17

加えて、こうした施策や数値目標が、EUがこれまで原則的に行ってきた市場における自由化ではなく、防衛産業の領域においては統治主体が積極的に関与する産業政策的な志向を示していることは特筆すべきであろう。産業政策とは、ハワード・パック(Howard Pack)とカマル・サギ(Kamal Saggi)の定義を借りれば、「政府が介入しない場合より介入した方が成長するであろう産業に対して、その構造を変えようとするあらゆる種類の選択的介入や政府政策」であるとされる18。本戦略では、基本的にEUとして、共同調達や投資の集中、効率化を促すことによって、市場の構造を変化させ、資金・投資を欧州内で還流させることによってEDTIBを強化することが目指されている点はその証左であるといえる。

4. 既存の制度・取組との継続性

ここまでみてきた、欧州防衛産業戦略はEUとしては初のものであるが、当然ながらこの戦略の発出は突然行われたわけではなく、これまでに行われてきた取り組みや制度を受けたものである。

例えば、この戦略はEDTIBへの投資について多くの分量が割かれている。それは、ロシアによるウクライナ全面侵攻を受けた直後の2022年3月10日から11日に行われたEU首脳会談の共同宣言である「ヴェルサイユ宣言」のなかで言及された「欧州防衛投資ギャップ分析19」の結果を受けたものである20。また、それ以前の2021年12月の「戦略的羅針盤」もEDTIBの強化を射程に収めており、同じ構造的ニーズの流れを受けたものであり、継続性が認められる。

ほかにも、共同調達や産業支援の分野でいうと、2023年10月に開始された「共通調達による欧州防衛産業強化法(EDIRPA)」と2023年5月に開始された「弾薬生産支援法(ASAP)」の両方がEDISの内容に統合され、その範囲がすべての防衛製品に拡大されている21。これは、ロシアによるウクライナ全面侵攻を受けての短期的かつ緊急的な取り組みであり、2025年に期限が切れる22EDIRPAとASAPを、EDISを通じてより長期的かつ体系的な取り組みへと移行させ定着させる役割を持つ。

また、EU(前身となる欧州共同体:ECも含めて)として、域内防衛産業の共同調達の目標値や枠組みは、特に1993年発効のマーストリヒト条約以降、緩やかではあるが着実に示されてきた。さらに大きなスコープでいうと、今回のEDISの発出というEUの防衛産業問題への主体的な関与も、大きな歴史的な継続性と段階を踏んだ長い発展の延長にあるといえる。EUはその前身の欧州経済共同体(EEC)、ECとして発足して以来、その取り組みは主に経済的統合に置かれ、国家主権に極めて深く関わる国防や安全保障上の課題に対しては一定の距離を置いてきた。しかし、冷戦終結以降いくつかの重要な分岐点を経て、EUが欧州全体としての安全保障政策や防衛調達等の産業政策に関しても、役割を担うことが一定程度期待されてきており23、実際にその所管の範疇は広がってきた。その要因の一つとして、米国などの域外国の防衛産業に対する欧州の防衛産業の競争力の確保の必要性が挙げられる24。そのため、欧州防衛産業の競争力を上げるための政策や、共同コミュニケーションをEUの枠組みでも打ち出すこととなり、2004年の欧州防衛庁の設立に至った25

5. 課題は何か

ここまで、その取り組みや背景を見てきたEDISであるが、当然ながら本戦略の目標の達成に向けた取り組みとしては、課題が存在する。

第一に、目標の水準の高さによる達成の困難さである。EDISにも数値目標として定められた「加盟国間での装備品の共同調達の割合」は、現在からおよそ17年前の2007年にもEDAとして35%の数値目標を定めたことがあった。しかしながら、加盟国間での共同装備調達の割合は、2021年から2022年の期間においてもその目標のおよそ半分の18%しか達成できていない。これは、EU加盟国間での防衛装備品の開発や調達における協力が進展していないことを意味する。

第二に、予算・資金をいかに確保するのかという問題である。現状、この戦略のためにEDIPで15億ユーロの資金拠出が提案されているが、この財源として凍結されたロシア資産を含む新たな資金源の利用と、欧州投資銀行(EIB)の役割拡大を求めている。もちろん、15億ユーロでは31ページにわたる戦略文書のすべての野心的な取り組みや制度構築をすべてこなせるわけではないだろう(もちろんページ数の長さとその実現のための財源の多さは単純に比例するわけではないが)。EUとしての予算は複数年度制(MFF)であり、現行は7カ年の予算が編成されている。次回の予算サイクルは2028年度から開始するとされるが、EDISの実現のための資金は次のFMMから捻出されることとされている26。そのなかでEDISの実現のための財源として、コロナ禍で志向されたような共同債の発行27が模索されている。

また、年次予算は、欧州委員会が提案し、欧州議会や欧州理事会の評決をもって予算化されるが、必ずしもすべてのEU加盟国及びその代表が賛成であるとは限らない。欧州の共同防衛調達の枠組みにおけるEUの主導性は徐々に高まってきたことは先述の通りであるが、欧州各国が主権のもとに有する防衛政策や防衛調達をEUの枠組みのもとに差し出すことには依然抵抗があるのも事実であろう。加盟国の外交官の1人が「欧州委員会による権力掌握は受け入れられない」とし、加盟27カ国が新たに共同担保の国防債を発行するという関連案を「全くの空想」だと述べたとの報道28もある。また、Brexitの例もある通り、防衛政策など本来国家主権のもとに置かれているものがその手から離れ、多国間の合議制の対象になることは、冷静に考えるとより大きな果実があろうとも、加盟国内での政治的論争の火種となってしまいやすいだろう。折しも今年6月には欧州議会選挙が予定され、自国優先の右派・ポピュリスト政党の伸長が課題・焦点となっている29。来期のEU予算がどのように可決されるかがこの戦略の実効性を如実に占うこととなろう。

第三に、この戦略で示された「いま、ここにある脅威への対処手段の生産」と「将来の能力・競争力の開発・確保」のための投資の両立ないしは橋渡しについて、これは「言うは易く行うは難し」だと推察する。戦略国際問題研究所(CSIS)のセス・ジョーンズ(Seth Jones)は、米国の事例を念頭に置いた発言ではあるが、「目先の戦いに備え抑止力を構築することと、次世代兵器システムの開発に投資すること(の両方を行うことの間に)は、ある程度のトレードオフが必要になるだろう」と述べている。これは、防衛装備品生産の上で必要な素材の資源の重複や、予算全体のパイの制約からどのようなケースでも避けられない事実であろう。この戦略が、平時に特化した低調な投資のもとで成り立ってきた欧州防衛産業の転換のためのいわば「応急措置」を、新たな常態として持続可能な形に転換するという前提に立脚している以上、現在のための投資にもリソースが必要であり、さらにそれは将来の能力への投資とのバランスを保った投資ポートフォリオの構築を迫る。

第四に、そもそも欧州内で調達・運用される装備品の種類が多すぎる。2024年時点でEU加盟国の軍が保有・運用する装備品の種類を数えるだけでも、20種類の戦闘機、15種類の主力戦車、23種類の装甲戦闘車、27種類の155㎜と152㎜榴弾砲、10種類の通常動力潜水艦、26種類の駆逐艦/巡洋艦を有している30。これは、兵器体系によって大きな差はあるものの、兵員数や保有戦車数の総計がおおよそ同程度の米国のそれに比しても非常に多いものである【図1参照】。加えて、次世代戦闘機の開発計画も、英国・イタリア・日本のGCAPと、仏国・ドイツ・スペインのFCASがあり、スウェーデンも次世代の戦闘機を独自に開発する可能性もある31。さらに、欧州には防衛関連の企業数が多く、米国に比して市場規模は小さいことから、個々の企業が比較的小粒になりやすい。欧州の航空防衛産業の規模は平均して米国のそれの22分の1といわれる32。それゆえに、共同での装備品の調達やより効率的な調達を行おうとすると、自ずとこの数を減らす必要が生じるが、それは企業からの反発も大きく、各加盟国内の雇用問題にもつながりかねないだろう。しかしながら、軍事力の運用の観点からも、欧州各国の装備品の共通化やインターオペラビリティーの向上は求められる目標でもある。

こうした課題の根底に通底するのは、エルカノ王立研究所のダニエル・フィオット(Daniel Fiott)が的確に述べるように「欧州防衛産業戦略で定められた目標の多くにはアメは付いてもムチは付いていない」というものである33。これは、そのままEUという枠組みの構造的な限界にも読み替えられるだろう。

最後に付け加えるとすると、このEDISは調達の増加や産業への投資の増加を謳う防衛産業戦略でありながら、欧州産の装備品の海外移転の促進を通じた欧州の防衛産業基盤の拡充については一切触れていない。単に今回のEDISの射程ではないということかもしれないが、この戦略の決定過程については、さらなる情報公開や収集を行う必要があるだろう。

【図1】
(出所) European Commission, First ever defence industrial strategy and a new defence industry programme to enhance Europe's readiness and security, Press Release, Brussels, March 5, 2024. より執筆者作成。

(Reuters34及びMunich Security Conference35による統計を基に執筆者作成)※横軸は種類数。

6. 我が国への示唆

上記に、EDISの抱える課題について記述したが、それは本戦略が我が国への示唆を持たないということではない。

例えば、設立が目指される「欧州軍事売却プログラム」の一つの柱である「防衛製品カタログ」の作成は、防衛産業基盤がいかなる生産能力や製品のシーズを保有しているのかという業界との密なコミュニケーションを生むであろうし、装備開発にあたっても時間的・金銭的効率性の観点から有益であろう。また、防衛装備品の海外移転にあたっても、いわゆる「ナショナルカタログ」は、海外市場における防衛装備品のニーズの掘り起こしに有効だろう。

また、欧州域内での調達の増加や、それに伴う域内での資金の還流を主な目標とする本戦略は、同時に、域外国との戦略的・国際的パートナーとの協力も打ち出しており、防衛装備品の開発・生産の国際共同化を進める我が国においても何らかの影響が生じ得る。本戦略では、ウクライナ及びNATOの2主体以外の連携については「戦略的パートナー/国際的パートナー」としか述べておらず、詳細は不明である。しかし、ウクライナとNATO以外の主体との連携では「サプライチェーンの安全性向上」が取り組みとして言及されている。これは、COVID-19の流行以降、サプライチェーンの脆弱性や相互依存関係の武器化といった新しいリスクの認識を受けて、戦略3文書で経済安全保障政策を推進する体制の強化を謳う我が国とも視野を同じくするものである。なお、日本とEUは「日・EUハイレベル経済対話」を定期的に開催している。このハイレベル経済対話の中で対象となる戦略物資には現在、半導体と電気自動車(EV)、太陽光パネルなどが挙げられている36が、今後この議論のスコープを拡大することは、様々な機会の拡大を図り、防衛産業の脆弱性を低減させるうえでも有意義ではないだろうか。

他にも、前項で述べた「将来獲得すべき技術への投資」と「今ここにある危機に対応するための緊急増産などへの投資措置」の双方を両立させることは、我が国においても無縁の課題ではなく、こうした観点からも、欧州の防衛技術・産業基盤の行く末を注視し続ける必要がある。

7. おわりに

本稿では、2024年3月に公表されたEUの枠組みで初となる欧州防衛産業戦略において、どのような議論がなされ、それがどのような背景から発生し、いかなる課題が存在するのかを検討し、我が国への影響についても述べた。ロシアによるウクライナへの全面侵攻によって安全保障環境が決定的に転換した欧州において、欧州の防衛技術産業基盤はそれまでにも増して急速に質と量と速さを要求されるようになった。そのようななかで、EUはその実現に苦心しながらも緊急措置的な取り組みをこの2年間をかけて行ってきた。本戦略は、そうした緊急措置的な取り組みや制度群をより長期的なものへと合流・発展させるための施策が示されているものだといえる。また、欧州域外への防衛装備の依存を留め、EU域内での防衛調達や投資をすすめ、域内での防衛産業への資金の循環を促進することが大きな狙いとして示されていた。EUはこれまでも防衛産業政策に関する様々な数値目標を設け発出してきたが、それが掛け声倒れになってきた事例も多々存在する37。欧州委員会自らが「野心的」と呼ぶEDISの目標やその実現ための制度や取り組みは、現在の課題とその将来をよく見据えた「言葉」として並ぶが、その実現のための「行動」が問われている。西側諸国として欧州と立場を同じくする我が国においても、本戦略の背景や狙いを深く理解し、その行く末を注視していく必要があるのではないだろうか。

EDIS/EDIPの発出見通しについて演説するフォンデアライエン(Ursula von der Leyen)欧州委員会委員長(写真:European Commission)

EDIS/EDIPの発出見通しについて演説するフォンデアライエン
(Ursula von der Leyen)欧州委員会委員長
(写真:European Commission)

Profile

  • 清岡 克吉
  • 理論研究部 社会・経済研究室 研究員
  • 専門分野:
    防衛産業・装備政策、技術と安全保障、軍備管理