NIDSコメンタリー 第325号 2024年5月28日 台湾を囲む中国による軍事演習 ― その特徴、狙いと今後の展望

理論研究部長
飯田 将史

中国軍は2024年5月23日から24日にかけて、台湾周辺の海・空域で「聯合利剣-2024A」と称する軍事演習を実施した。中国軍は2022年8月に、米国のナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問したのち、台湾周辺で大規模な演習を行った。また、2023年4月にも、蔡英文総統が米国でケビン・マッカーシー下院議長と会談したのち、「聯合利剣」と称する演習を行った。頼清徳総統の就任式の後に実施された今回の演習は、それらに続く台湾を囲んだ3回目の中国による軍事演習と位置付けられる。この短評では、前2回の演習との比較も交えつつ、今回の演習の特徴を明らかにするとともに、その狙いを分析し、最後に今後の展開について検討したい。

今回の軍事演習の特徴

「聯合利剣-2024A」演習の特徴の一つは、前2回の演習と比べて規模が小さいことである。2022年の演習は1週間にわたって実施され、2023年の演習は4月8日から10日の3日間で行われた。今回の演習は5月23日と24日の2日間のみであり、実施期間は最も短い。また、2022年の演習では、複数の弾道ミサイルを含めた多数の実弾が使用されたが、今回の演習では、前回に引き続いて実弾は使用されず、模擬攻撃の訓練にとどまった。そして、2023年の演習では空母「山東」が参加し、台湾の東方沖から艦載機を展開させたが、今回の演習に空母は参加しなかった。演習の内容や実施期間、参加装備から見れば、今回の演習の規模は比較的小さなものだったといえるだろう。

他方で、今回の演習にはこれまでに見られなかった新たな特徴も見て取れる。第1に、中国側が発表した演習区域に大陸沿岸の台湾が支配する離島が含まれたことである。国営通信社の新華社による発表では、台湾海峡、台湾北部・南部・東部に加えて金門島、馬祖島、烏丘嶼、東引島が演習区域とされた1。これまで中国は、経済や人的交流を通じた台湾社会への影響力拡大の拠点として金門島を重視してきた。しかし、2024年2月に中国漁船が台湾の巡視船と衝突し、2人が死亡する事故を受けて、中国は海警局の艦艇を金門島に接近させるなど圧力を加える方向へ転じていた。今回、金門島などを演習区域に含めたことは、こうした方針が反映されたものであろう。

第2に、中国海警局が演習に参加したことである。5月23日には、中国海警局の艦艇が烏丘嶼、東引島の周辺海域で法執行訓練を行い、烏丘嶼、東引島のおよそ3海里まで接近して航行したことが公表された2。翌24日には、中国海警局の艦隊が台湾の東方の海域で監視・識別や警告・駆逐といった訓練を中心に、総合的な法執行訓練を行ったことが公表された3。2018年に実施された組織改編により、中国海警局は中国武装警察部隊の一部となり、中央軍事委員会の指揮下に置かれることになった。今回の軍事演習に中国海警局が参加したことは、中国海警局が軍事力の一部として人民解放軍と一体的に運用されている実態を明らかにしたものといえるだろう。

第3に、設定された演習区域が、2022年の演習時よりも拡大したことである。2022年の演習時には、台湾海峡に1か所、台湾本島の北に2か所、南に2か所、東に1か所の演習区域が設定された。今回は、離島周辺を除くと、演習区域は台湾本島の北西、西、南西、南東、東の5か所に設定された。その内、北西、西、南東の演習区域はかなり広大で、かつ2022年の演習区域と重なる部分が少ない。また、東の演習区域は、2022年よりも台湾本島に近い場所に設定されている。今回の演習区域と、2022年の演習区域を合わせてみれば、台湾本島をあたかも封じ込める壁が設定されたような印象を与えている。

(出所)中央通信社、2024年5月23日。

(出所)中央通信社、2024年5月23日。

今回の軍事演習の狙い

今回の軍事演習は東部戦区によって指揮されたが、その報道官は演習の重点的な内容として「海空統合戦闘準備パトロール」、「戦場総合支配権の統合奪取」、「重要目標の統合精密攻撃」を挙げて、艦艇と航空機による台湾本島に接近した戦闘準備パトロールの実施や、列島線の内外における一体化した連動などを通じて「戦区部隊の統合作戦・実戦能力を検証する」と説明した。その上で、今回の演習は「“台湾独立”分裂勢力に対する力強い懲戒であり、干渉し・挑発する外部勢力に対する厳重な警告でもある」と主張した4。この発言から見て、今回の軍事演習の主たる狙いは、中国が「台湾独立派」とみなす頼清徳政権と、台湾との関係強化を進める米国を強くけん制することにあるだろう。

5月20日の就任式の演説で頼清徳総統は、「中華民国台湾は主権独立国家である」としたうえで、「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」と述べ、台湾の中華民国と大陸の中華人民共和国は対等な関係であるべきだとの認識を示した。その上で頼総統は中国に対して、台湾への言葉による攻撃と武力による威嚇を停止し、「対等と尊厳の原則の下」で対話、交流、協力を進めるよう呼びかけた5。これに対して中国で台湾問題を主管する国務院台湾事務弁公室の陳斌華報道官は、「主権独立」や「両岸は互いに隷属しない」といった頼清徳総統の発言を「分裂の謬論」であると批判し、「台湾独立派であることを自白したもの」だと決めつけた。そして、民進党当局が外部勢力と結託して「独立」を挑発することに対して「必ず対抗し、懲罰を与えなければならない」と主張した6

また中国政府は5月21日に、中国を強く批判し台湾と米国との連携強化を訴えてきたマイク・ギャラガー前下院議員に対して、「反外国制裁法」に基づき中国への入国禁止や財産の没収などを決定した7。翌22日には、台湾に対して武器を売却したとして、ロッキード・マーチン社やゼネラル・ダイナミクス社の関連会社など12の企業に制裁を科す決定を行った8。さらに、頼清徳総統の就任に対して米国のアントニー・ブリンケン国務長官が祝意を伝えたことについて、中国外交部の汪文斌報道官は「“台湾独立”分裂勢力に重大な誤ったシグナルをおくるものだ」と批判し、「一つの中国原則」への挑戦は「必ず中国による断固とした強力な反撃を受けることになる」と警告した9

今回の軍事演習は、民進党政権と米国に対する牽制という狙いを体現したものであったといえるだろう。国防大学の張弛教授は、台湾島の北部、南部、東部が軍事演習の重点地域であったと指摘する。その上で、北部での演習は「台湾独立」を進める民進党当局への攻撃を狙ったものであり、南部での演習は民進党の支持基盤や台湾軍の拠点を狙ったもの、東部での演習はエネルギーの供給ルートや外部勢力による「台湾独立」勢力への支援ルートを遮断することを狙ったものだと主張している10

今後の展望

今回の中国軍による演習は、頼清徳総統の就任演説からわずか3日後に開始された。この規模の統合演習を実施するにはかなりの準備期間が必要であることから、就任演説の内容如何に拘わらず、中国は頼清徳政権と米国に対する牽制を狙って、以前から今回の演習実施を決定していたと思われる。中国は頼清徳政権が「一つの中国原則」を受け入れる可能性がないと見て、対話を拒否し、軍事的圧力をかけ続ける方針を決めたのだろう。頼清徳政権の台湾に対して軍事的緊張を高めることで、台湾の有権者の間で戦争への懸念を拡大させて、2028年に予定される次回の総統選挙において民進党候補への投票を躊躇させることが狙いであろう。国防部の呉謙報道官は今回の演習について、「台湾独立」の増長に打撃を与え、外部勢力による干渉と介入を抑止する為だと主張した上で、「“台湾独立”の挑発が一度あれば、我々の反撃はさらに一歩進む」と宣言した。今回の演習名が「聯合利剣-2024A」であることからも、今後中国軍が同様の「聯合利剣」演習を「B」や「C」として繰り返し実施する可能性はかなり高い。

しかし、台湾を囲む軍事訓練を繰り返すことで、中国が望む効果を得られる可能性はかなり低いだろう。前回に引き続き、今回の軍事演習でも中国は台湾がミサイル攻撃を受けるアニメーションを作成して公表した。今回のアニメーションでは、前回はターゲットになっていなかった東部の花蓮県に多数のミサイルが着弾する様子が描かれていた11。花蓮県は2024年4月に発生した大規模地震における最大の被災地である。被災地の住民の傷に塩を塗るような行為が、台湾市民の理解を得られるとは思えない。国務院台湾弁公室の陳報道官は、中国による軍事演習は「決して広大な台湾同胞に向けられたものではない」12と主張するが、説得力に欠けると言わざるを得ない。

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  • 飯田 将史
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    中国の外交・安保政策、インド太平洋の安全保障