NIDSコメンタリー 第323号 2024年5月24日 インド太平洋における米軍の軍事態勢と課題③ —— 中国の急速な核軍拡と米国の対応

政策研究部 グローバル安全保障研究室長
新垣 拓

はじめに

近年、インド太平洋だけでなくグローバルな安全保障に大きな影響を与える問題として懸念が強まっているのが、中国による急速な核戦力の強化である。中国による軍事力の増強は1990年代から継続されているが、その中核は通常戦力に関するものであった。ところが近年、中国は通常戦力の近代化と並行して、核戦力の増強も進めていることが明らかになった。2010年代までは200発程度とみられていた中国が保有する核弾頭数は、今や500発にまで増加し、2030年代には米国やロシアと並ぶ1000発以上にまで増えると米国防省はみている。さらに中国は、核弾頭の数だけでなく、それらを搭載する核の3本柱と呼ばれる運搬システムについても、その能力向上に向けた開発を進めている。

このような中国の急速な核軍拡は、ウクライナ侵略における通常戦力の摩耗により核兵器への依存を強めるロシアや、国連安保理決議に違反して核・ミサイル開発を継続させる北朝鮮に加えて、将来的な核兵器をめぐる国際秩序を大きく変えるものである。それは、米国の安全保障にとっての深刻な脅威であると同時に、インド太平洋における米軍の軍事態勢にも影響を与える重要な問題である。本稿では、中国の急速な核軍拡に対する米国の対応を明らかにすることを目的として、中国の核軍拡の実態について確認した上で、バイデン政権の対応や米国内でみられる反応を概観し、米国での専門家の議論において焦点となっている政策課題について論じる。

1 急速な核軍拡を進める中国

中国が進める核軍拡において最も特徴的なのが、保有する核弾頭数の増加である。2010年代、中国が保有する核弾頭数は約200発程度とみられていた1。米国防省の評価では、中国は2021年頃から増産に転じ、2023年5月の時点で保有核弾頭数は500発を超えており、2030年までに1000発以上となると予測している2。近年において核弾頭数を増加させているのは、核兵器国の中で中国だけである。

保有する核弾頭数の増加と並行して、中国は弾道ミサイルの発射台も大幅に増設している。専門家によれば、2020年から2022年までの間に、西部戦区に2カ所、北部戦区に1カ所の弾道ミサイル発射区域を新たに整備し、合わせて320の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射サイロを建設したとされる3

さらに中国は、ICBMや潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)といった運搬システムの近代化も進めている。2019年頃から新たに配備された固体燃料型ICBMのDF-41は、移動式/固定式発射台で運用可能であり、12,000~15,000kmという世界最長を誇る射程は米国本土全土を攻撃することが可能である4。SLBMについては、JL-2に加えてより射程距離が長く中国近海からでも米国本土を攻撃可能なJL-3を配備し始めている5。2021年11月、中国は弾道軌道をとらずミサイル発射の探知・追跡が困難な部分軌道爆撃(FOB)能力を備えた極超音速滑空体(HGV)実験を行うなど、新たな能力開発も進めてられている。

このような急速な核軍拡の背景にある意図や政策目標について、中国からの説明は今のところなされていない。従来、中国の核政策は、確実な報復能力に基づいた最小限抑止戦略、武力紛争において敵よりも先に核兵器を使用しない先行不使用政策、核使用の決定に関する厳格なシビリアンコントロール、という特徴を有していると理解されてきた6。核弾頭数やICBM発射サイロの大幅な増強や多様な運搬システムの開発と近代化といった取り組みは、中国がこれまでの核政策を変更させようとしているのか、その継続性に大きな疑念を生じさせている。

中国の核戦力はこれまで米露に比して小規模のものであった。それがなぜ、近年になり量的にも質的にも急速に増強しようとしているのか。中国の核軍拡の目的や背景要因については、中国専門家の間で様々な研究が行われている7。しかしながら、中国自身の説明がなされていないことや、核政策に関する情報が極めて少ないこともあり、現時点で確定的な分析は示されていない8

2 米国の対応

中国の急速な核軍拡がもたらす将来的な核戦力バランスの変化について、バイデン政権では2022年頃から国防省を中心に懸念が示されていた9。2022年10月に発表された『核態勢の見直し2022』は、「2030年までに、史上初めて米国は戦略的競争相手および潜在的な敵として、2つの核大国と対峙する」状況に直面すると指摘し、この新たな局面に備える必要性が示されている10

核戦力態勢を含めたこの問題に対する具体的な核政策については、現在、国防省において検討作業が進められている。その前提として、2023年6月2日、サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は軍備管理協会の年次総会で行った演説において、米国の核抑止力の強化と軍備管理の枠組みによる核使用リスクの低減という、2つの柱から構成されるバイデン政権の政策方針を示した11

核抑止力強化に向けた政策としては、①ICBMやSLBM、戦略爆撃機といった核の3本柱の近代化、②核兵器の指揮統制・通信(NC3)システムの近代化が掲げられた。その一方でバイデン政権は、米国も核戦力を増大させる可能性については明確に否定している。サリバン大統領補佐官は、「米国は、我々の競争相手を抑止するために、[それらの国家が保有する核兵器を]合わせた合計数を上回るまで核戦力を増やす必要はない」とし、「抑止を維持するために米国はこれまで以上に危険な核兵器を配備する必要もない」と明言した12

中国の核軍拡に対しては、連邦議会においても強い反応が示された。2023年10月12日、2022年度国防授権法により設置された超党派の委員で構成される「戦略態勢に関する議会委員会」(以下、「戦略態勢委員会」)は最終報告書を発表し、将来的な核戦力バランスの変化がもたらす複雑な安全保障環境を踏まえ、米国の防衛戦略や戦略態勢の大きな修正を提言した13

1年間にわたる調査検討作業を終えて作成された最終報告書では、81の政策提言が示された。まず注目されるのは、中国の急速な核軍拡や核兵器への依存を強めるロシアという要因によって、2027~2035年という将来的な安全保障環境が大きく悪化するという認識を示した点である。そこでは、ロシアに加えて中国という「同格の2大核保有国」に個別に対峙するだけでなく、欧州とアジアにおける中露による同時発生的な侵攻シナリオについても抑止・対処できるような戦略を作成する必要性が強調されている14

最終報告書の提言の中でも特に焦点となっているのが、米国の核戦力の増強を求めている点である。後述するように、現在米国が配備する核兵器や運搬システム(ICBM、SLBM、戦略爆撃機、弾道ミサイル)の数は、2011年に米露間で締結された新戦略兵器削減条約(新START)により、配備弾頭数が1500発以下、配備運搬システムが700基/機以下に規定されている15。最終報告書は、中国の核戦力増強による攻撃目標の増加に適応するために、センティネルICBMやB-21長距離打撃爆撃機、コロンビア級原子力潜水艦(SSBN)といった現在開発中の次期運搬システムの数量を増やすこと、米国が保有する非配備で保管中の核弾頭を、現在配備されている運搬システムに搭載することも提言している16

3 焦点となる政策課題(1)——米国の核戦力態勢をめぐる議論

中国の急速な核軍拡を受けて、米国内ではどのような政策課題が議論されているのであろうか。焦点の1つとなっているのは、米国自身の核戦力態勢に関する議論である。特に大きな関心を呼んでいるのは、中国に対抗するために米国も核戦力を強化すべきかどうかという問題である。この問題について米国内で主流となっているのは、「戦略態勢委員会」の最終報告書で提言される、米国も核弾頭数や運搬システムの配備数を増加せざるを得ない、という議論である。

先述したように、2026年2月に有効期限を迎える新START条約に基づいて、米国は現在、1420発の核弾頭、659基/機の運搬システムを配備している17。新START条約締結当時の認識では、中国の核戦力はロシアに比して格段に低い水準で推移する見通しであり、米国はロシアの核戦力に対抗できる水準の核戦力を配備していれば十分であると考えられていた。別の言い方をすれば、中国の核戦力は、より大きなロシアの核脅威に含まれる「下位の脅威(”lesser included” threat)」であった。

核増強論の見方からすれば、いまやその前提は大きく変化し、急速な核軍拡を進める中国も独立した核抑止の対象とすべきであり、新たに建設が進められる300ものICBM発射サイロを含めた、増加する攻撃目標に見合った水準の核戦力を米国は配備しなければならない18。ただし、ここでいう配備核弾頭数の増加は、新たな核弾頭の生産を意味するものではない。核戦力増強派が示しているのは、米国が保管している予備の核弾頭を既存或いは次世代型の運搬システムに搭載する方法(upload)で「配備数」を増加させるというものである19。その一方で、核弾頭や運搬システムを具体的にどの程度増やすべきなのか、その数量についての議論はまだみられない20

核増強論に対して、反対論や慎重論もみられる。反対論としては、米国の核戦力増強は中露との軍拡競争を招くためかえって安全保障環境を不安定化させる、核戦力強化には膨大な財政負担を抱えることになる、という主張である21。また、米国の核戦力強化が果たして中国の戦略的計算にどこまで影響を与えるのか、対中抑止力の強化につながらない可能性を指摘する中国専門家の分析もある22。さらには、中国の核戦力を攻撃目標とする現行の戦略から、より数の少ない防衛関連施設を攻撃目標とする戦略に移行することで、米国は核戦力を増強せずに抑止力を維持できるという議論もある23。対兵力攻撃から対価値攻撃へ政策を変更することで攻撃目標の数を低減させ、必要となる核戦力の増加を回避できるという考え方である。

米国の核戦力態勢に関するもう一つの議論として専門家の間で懸念が高まっているのが、老朽化する核兵器及び運搬システムをいかにスムーズに次世代型へと代替していくのか、という問題である。米国の核戦力は1970~80年代に製造/配備されたものがほとんどであり、2030年代にその耐用年数の期限を迎えることになっている24。現在米国は、退役時期に間に合うように後継となる核弾頭や運搬システムの開発を進めている。しかしながら、後継の運搬システムの開発に遅れが生じていることから、一時的に米国の核戦力の数量が現段階の水準よりも減少した状況が生じてしまうリスクが浮上している25

核兵器の近代化プログラムと呼ばれるこの計画では、核運搬システムとして、現行のミニットマンIII ICBMの後継としてセンティネルICBM、オハイオ級SSBNの後継としてコロンビア級SSBN、B-2A戦略爆撃機の後継としてB-21長距離打撃爆撃機、B-52Hに搭載するAGM86B空中発射型巡航ミサイル(ALCM)の後継として長距離スタンドオフ(LRSO)巡航ミサイル、F-15E通常/核兵器搭載可能航空機(DCA)の後継としてF-35A/DCAの開発が予定されている26

しかしながら、いくつかの主要な開発プログラムにおいて計画の遅れが生じている。B-21戦略爆撃機については、当初2022年に予定されていた最初の飛行実験が2023年11月に遅れて実施された27。2024年4月、米海軍は、コロンビア級SSBNの開発が1年以上遅れるとし、2027年会計年度中の配備という当初の予定が2028年会計年度となることを明らかにした28。センティネルICBMに至っては、2023年12月に予定されていた最初の発射実験が2026年2月に延期されることが、米空軍から発表された29

4 焦点となる政策課題(2)——エスカレーション管理に関する議論

中国の核軍拡を受けて専門家の間で再び注目されているのが、エスカレーション管理の問題である。特に、中国やロシアという核保有国との武力戦争が発生した場合、核兵器が使用される事態をどのように防止するのか——核エスカレーションの抑止——という問題が、解決策を見出すのが非常に困難な政策課題として議論されている。この背景には、米中をはじめとする大国間競争が長期化する傾向にある中、ロシアや中国との武力紛争リスクが高まっているという認識が拡大していることがある。さらに、ウクライナ侵略でのロシアによる度重なる核恫喝と相俟って、戦略核だけでなく非戦略核(戦域核)能力も強化している中国が、台湾有事において実際に核兵器を使用するのではないかという危機感が増大していることも影響している30

エスカレーション管理に関する米国の目標としては、①敵の武力侵攻の防止、②抑止が失敗し武力紛争が発生した場合において、戦闘の烈度が強まること(垂直的エスカレーション)及び武力紛争が地理的に拡大し他国を巻き込む状況になること(水平的エスカレーション)の防止、③戦闘の烈度の低減(ディエスカレーション)及び戦争終結条件の模索、がある31

エスカレーション管理に向けた方法としては、グレーゾーン事態から有事、有事における通常戦力による戦闘から核兵器の使用という紛争スペクトラムで想定されるエスカレーションの各段階すべてにおいて、敵よりも優位な軍事力/軍事的オプションや戦闘継続の強い意志を保持/伝達することで、敵によるエスカレーションを抑止するという「エスカレーション優勢(escalation dominance)」という考え方がある32。非常に単純化していえば、エスカレートした場合の利益よりもコストが高くなるということを敵に認識させることで、エスカレーションを抑止するという論理である。

専門家の間では、エスカレーション優勢という考え方が必ずしも中国に対して機能するとは限らず、次のような場合には、中国が戦略レベルに至らない限定的なエスカレーションであれば核使用も含めて勝利できると誤算する可能性が指摘されている。それらは、①通常戦力に加えて核戦力(特に戦域レベルで使用される非戦略核)を増強させた中国が自国の戦争遂行能力について過信し、米国や同盟国との武力紛争において勝利できると誤信している場合、②台湾については中国と米国との間で利益の非対称性があり、台湾防衛に米国や同盟国は死活的利益を見出していないと誤解している場合、③米国と同盟国との関係が実は強固なものではないと誤認している場合、である33

中国による核使用シナリオとしては、例えば、台湾有事の初期段階において、日本をはじめとする米国の同盟国に対する政治的な核恫喝、或いはエスカレーションについての強い意志を示す核使用(デモンストレーション使用)が挙げられている。また、台湾有事において中国側の敗戦が色濃くなった場合、中国共産党体制の維持をかけた無謀な核使用という事態も議論されている34。さらに懸念されているのが、「戦略態勢委員会」が指摘しているような、中国の台湾侵攻の際にロシアや北朝鮮が機械主義的に欧州や朝鮮半島で軍事侵攻を起こすというシナリオである。この場合、事態はさらに複雑化してしまい、複数の連立方程式を同盟国間で共同して同時に解かなければいけなくなる。

エスカレーション管理に関する議論で認識の一致がみられるのは、まず中国がどのようにエスカレーション管理を考えているのかを十分に理解する必要性である。そこには、中国の核戦略及びドクトリン、紛争スペクトラムについての考え方、国際危機においてどのように意思決定がなされるのか、といった問題が含まれる。しかしながら、核兵器に関する中国の考え方については不透明性が高く、中国共産党指導部や習近平国家主席自身が実際にどのような判断を下すのか、その認識を把握することは非常に難しい課題である。さらに、同盟国と共同でエスカレーション管理を行う場合の課題を事前に把握し、対応策を検討しておくことの重要性も認識されている35

おわりに

2021年頃に明らかとなった中国の急速な核軍拡は、将来的な世界の核秩序を大きく変えるものであり、米国の安全保障にとって深刻な課題となっている。バイデン政権は、米国の核抑止力の強化と軍備管理を通じた核に関するリスク削減を柱とする政策方針を示した。ただし、米国も中国の核軍拡に合わせて核戦力を増大させることについては、明確に否定している。その一方で、2023年10月に発表された、超党派で構成される連邦議会の「戦略態勢委員会」最終報告書は、中露という米国と同格の2大核保有国を抑止するためには、米国も核兵器や運搬システムを増大させる必要があると提言した。

米国の専門家の間で特に焦点となっているのは、米国の核態勢をめぐる問題である。現在主流となっているのは、「戦略態勢委員会」の提言に示された核戦力増強論であるが、核軍拡競争を招くとの反対論や中国に対する抑止効果をめぐる懐疑論もみられる。もう1つの焦点として、中国やロシアという核保有国との武力紛争リスクの高まりを背景として、エスカレーション管理に関する問題が再び注目されている。そこでは、理論的研究もさることながら、エスカレーション管理に関する中露の考え方や、中露の指導層が国際危機や武力紛争において実際にどのような決定を下すのか、という問題についても今後研究を深める必要性が指摘されている。同時に、米国や同盟国がどのようにエスカレーション管理を行うのか、具体的な課題や対応策に関して同盟内で研究を重ねる必要性も認識されている。

バイデン政権では現在、中国の核軍拡を踏まえた具体的な核政策が検討されている。この将来的な核戦力バランスの大きな変化が、インド太平洋における米軍の軍事態勢にどのような変化をもたらすのか、今後の動向が注目される。

Profile

  • 新垣 拓
  • 政策研究部グローバル安全保障研究室長
  • 専門分野:
    米国の安全保障