NIDSコメンタリー 第322号 2024年5月21日(特集:「新領域の安全保障」 vol.4) サイバー国際規範をめぐる戦い —— 国連を舞台とした日米欧諸国と露中等との対立
- 政策シミュレーション室/サイバー安全保障研究室 主任研究官
- 原田 有
はじめに
デジタル技術の進歩は、サイバー攻撃を駆使した戦いだけでなく、サイバー空間での責任ある行動に関する国際的な規範(サイバー国際規範)1の在り方をめぐる、もう一つの戦いも生んだ。どのような規範が形成・適用されるかは、各国のサイバー安全保障政策の策定・実行にかかわる問題となる。それゆえ国際場裏では、規範の「内容」はもとより、自らにとって好ましい規範形成を推進するための「場」の創出をめぐっても国家間対立が発生し、特に日米欧諸国と露中等とが対峙する構図が鮮明化してきた。既存の国際法の適用を主にサイバー国際規範を検討すべきとする前者と、デジタル技術の特性を理由に新たな条約等の策定を目指す後者との角逐は、「法的闘争(legal power play)」や「法戦(lawfare)」とも形容され2、サイバー国際規範の動向に影響を与える要因と目されている。本コメンタリーでは、両者が国際連合(国連)を主たる舞台に繰り広げてきた「場」をめぐる争いを概観する。
国連で長らくサイバー国際規範形成に向けた「場」となってきたのは、2004年から始動した国連政府専門家会合(GGE)3であった。2019年からは扱う議題を重複させるオープンエンド作業部会(OEWG)4も新設され、GGEの取組が2021年に一区切りをつけるまでの間、GGEとOEWGが併存するデュアル・プロセス状態となった。取組を非効率的・非生産的にしかねないと懸念された2つの「場」の設置は、ともにロシアが主導したものであり、そうした取組を中国等は支持する一方、日米欧諸国はほとんどの場面で消極的な姿勢、ないしは反対の意を示してきた。その日米欧諸国は、2025年にOEWGが閉会する機会を捉えて、目下、新たな「場」となる行動計画(PoA)5と呼ばれる枠組みの導入を推進している。これに対して特にロシアは強く反対してOEWG継続を訴えており、PoAとOEWGが併存するデュアル・プロセスの再現が懸念されている。サイバー国際規範を形成する必要性が認識されながら、それを議論するための「場」すらも争う現状に目を向けるべく、以下ではこれまでの経緯を簡単に振り返ったうえで、PoAをめぐる直近の動向を俯瞰する。そして、PoAは露中等にとって好ましい「場」として機能し得る可能性もあり、日米欧諸国に利する「場」となるかは予断できないことを指摘する。
規範形成プロセスの複雑化-デュアル・プロセスの出現
国連でのサイバー国際規範をめぐる議論は、1998年にロシアが提出した決議案「国際安全保障の文脈における情報及び電気通信分野の進展」6が国連総会で無投票採択されたことを受けて本格化した。情報通信技術の発展が生む新たな脅威の高まりに既存の国際法では十分に対応できないとして、ロシアは国際的な法的枠組みを設ける必要性を訴えた7。折しも米国では同年、「情報作戦に関する統合ドクトリン」が策定された8。情報通信技術の軍事利用が進む中、ロシアとしては米国との二国間対話で情報通信技術に関するセキュリティの在り方を検討しようとしたが期待する成果が得られなかったため、国連を舞台とするルール作りを志向するようになったとされる9。
そのロシアが問題を議論する「場」として開催を提案したものがGGEであった10。2004年から2005年にかけて初めて開催されたGGEはその後、2021年までの間にさらに5回、計6回の会期を開き、参加国も当初の15か国から20か国、そして25か国へと拡大させていった11。GGEは参加国のコンセンサスに基づき議論の成果が報告書として公表される仕組みとなっており、これまで第2会期~第4会期と第6会期の計4回、報告書の公表に成功している。中でも第3会期(2012~2013年)と第4会期(2014~2015年)はそれぞれ、サイバー空間に「国際法、特に国連憲章が適用可能」であることを確認した点、任意で拘束力は無いながらも国家の責任ある行動に関しての11の行動規範を示した点で大きな成果を収めた会合となった。
国連を舞台にしたロシアの取組を初期段階から支持してきた国の1つが中国である。ロシアの決議案「国際安全保障の文脈における情報及び電気通信分野の進展」は国連に毎年提出されているが、同案が初めて複数国による共同提案となった2006年から最新の2023年の決議案に至るまで、中国はほぼ一貫して共同提案国となっている。中国が共同提案国とならなかったのは、日米欧諸国とロシアが共同提案する形となった例外的な2021年の決議案だけである。さらに中国は、2011年と2015年にはロシア等と「情報セキュリティのための国際行動規範」も国連に提出している12。この提案は折しも、2011年の「アラブの春」と2014年の香港での学生・民主派団体による政府への抗議活動と時を同じくして行われた。国外からだけでなく、国内からのデジタル手段を用いた脅威にも対処できるようなルール作りを国連を舞台に進めていく点で、露中の利害は一致してきたといえる。
他方、そうした露中等の取組に日米欧諸国は消極的な姿勢、ないしは反対してきた。特に当初、米国の反発は強かった。2005年から2008年にかけてロシアが主導する決議案「国際安全保障の文脈における情報及び電気通信分野の進展」が国連で投票にかけられた際には、唯一米国だけが反対票を投じている。また、GGEが第1会期(2004~2005年)を開催すると米国も会合に参加したものの、モスクワ国際関係大学(MGIMO)のレポートによれば、参加15か国中、米国だけが軍事・政治的側面に関する項目への言及に反対したため、報告書の公表に至らなかったとされる13。
国連を自らにとって好ましい規範を形成するための「場」と位置付けた露中等に対して、日米欧諸国は初め、国連外の「場」を重視する姿勢を示した。英国が呼びかける形で、サイバー空間に関する国際会議が開催され、2011年にロンドンで初めて開かれた会議はその後、ハンガリーのブタペスト(2012年)、韓国のソウル(2013年)、オランダのハーグ(2015年)、インドのデリー(2017年)と続き、一連の取組はロンドン・プロセスと称された。日米欧諸国は非国家主体とも協力するマルチ・ステークホルダー形式を重視しており、同形式を体現するロンドン・プロセスは、露中等が推進する国家中心の国連を舞台とする取組を相対化するものといえた。換言すれば、日米欧諸国にとって非国家主体との協力は、サイバーセキュリティの実務上で欠かせないだけでなく、露中等の取組に対抗する外交カードにもなってきたとみることができる。それに対して露中は、ロンドン・プロセスに参加しながらも、「情報セキュリティのための国際行動規範」に基づく新たな規範の策定や国連を議論の「場」とする必要性を訴えて、自らの取組の正当性を主張した14。
このように2000年代初頭、国連内外でサイバー国際規範の形成に向けた取組が進められたが、次第に議論の「場」としての比重を増したのはGGEであった。ロンドン・プロセスは停滞した一方、GGEは先述の通り、既存の国際法の適用や11の行動規範を示した報告書の公表に成功するなど、着実に成果を収めていったのである。
そうした矢先、「場」をめぐる争いは突如として新たな局面を迎えた。GGE第5会期(2016~2017年)が成果報告書の公表に至らずに閉会すると、2018年、ロシアは中国、キューバ、北朝鮮、イラン、シリアなどを共同提案国として決議案「国際安全保障の文脈における情報及び電気通信分野の進展」を提出し、国連での議論を「より民主的、包摂的、透明性」のあるものとすべく、新たにOEWGの設置を求めたのである。OEWGは、参加国が限定されていたGGEとは異なり、国連全加盟国の参加を可能とし、加えて非国家主体の参加も限定的ながら認める点に特徴があった。同決議案には日米欧諸国等46か国が反対したが賛成多数で可決され、2019年~2021年にかけてのOEWG開催が決まった15。
一方、日米欧諸国は同じく2018年に、露中等の取組に対抗してGGE継続を求める決議案「国際安全保障の文脈におけるサイバー空間での責任ある国家の行動の進展」を提出した。同決議案は、欧州連合やASEAN地域フォーラムといった地域機構との対話、並びに国連全加盟国を交えた非公式会合も実施することで門戸を広く開く工夫を施す内容となっており、OEWGを意識したものであった。同決議案も、露中、キューバ、北朝鮮、イラン、シリア等の12か国が反対するも賛成多数で可決され、2019年~2021年にかけてのGGE第6会期の開催が決定された16。
日米欧諸国と露中等との対立の結果、サイバー国際規範の形成に向けた国連での取組はOEWGとGGEから成るデュアル・プロセス状態に至り、取組の非効率性・非生産性が懸念される事態に陥った。興味深い点は、マルチ・ステークホルダー形式を体現するOEWGを露中等が推進し、同形式を推進してきた日米欧諸国はむしろ参加者が国家に限定されるGGEの継続を訴えてOEWGの開催に反対するという、ねじれが生じたことである。
この矛盾を解くカギは、露中等にとって好ましいサイバー国際規範を推進するための「場」であったはずのGGEが、第3会期でサイバー空間に「国際法、特に国連憲章が適用可能」であることを確認したことを経て、既存の国際法の適用を重視する日米欧諸国に利する「場」と化したことに見出せる。GGEを日米欧諸国に乗っ取られた結果、露中等は、全加盟国と非国家主体にも門戸を開く比較優位性を打ち出してOEWGを設置する正当性を演出し、自らにとって好ましい「場」を新たに設けたといえる17。
その後、デュアル・プロセスをより建設的な取組にしようとする兆しもみられたが18、両者が対立する基本的な構図は変わらなかった。第1回OEWGとGGE第6会期とで議論が続く最中の2020年、2回目のOEWGを2021年~2025年に開催することを提案する決議案を露中等が国連に提出すると日米欧諸国は時期尚早として反対、同提案は賛成多数で可決されるも両者は再び鋭く対立した19。一転、2021年には、第1回OEWGとGGE第6会期がそれぞれ報告書のコンセンサス採択に成功したともに、日米欧諸国とロシアが共同提案国に名を連ねて決議案「国際安全保障の文脈における情報及び電気通信分野の進展」を提出するという、両者の接近もみられた。しかしそれは、それぞれが推進する「場」で成果を収めたい双方の実利が一致した結果といえ、実質的な歩み寄りを意味するとは捉え難かった。実際、第2回OEWGが始まると両者の対立は再燃した。
分断の深化が懸念される現状-デュアル・プロセス2.0の出現?
第2回OEWGは開催当初から、日米欧諸国と露中等が非国家主体の参加形態をめぐって対立する状況となった。既述の通り、前者はマルチ・ステークホルダー形式を、後者は国家中心の枠組みを重視する立場にある。それゆえ、一見すると微々たるようにもみえるこの論点は、OEWGが自身に利する「場」となるか否かを決する両者にとっての要点であり、新たな会合の開催に当たって改めて争点化したのである。
そもそも、非国家主体にも参加の門戸を開くOEWGを推進してきたのは露中等であったが、その念頭にはあくまで、非国家主体の「限定的」な参加があった。第1回OEWGでも、非国家主体はオブザーバー参加を基本とし、国連経済社会理事会との協議資格を得ている非政府組織(NGOs)20は別として、資格を得ていない組織については国連加盟国からの反対がなければ公式会合への参加が可能という形態であった21。実際には協議資格を持たないNGOsの参加希望は一部加盟国によって拒否され、その理由も不透明という状況にあった22。協議資格に関係なく、多様なNGOsが参加できたのは公式会合の合間に開かれる非公式会合に限られていたのである。この参加形態を第2回OEWGでも踏襲することが検討されていたが、これを日米欧諸国は不服とし、協議資格を有さないNGOsの公式会合への参加も認めるとともに、参加の拒否は透明性をもって行われるべきことを求めた23。他方、露中、キューバ、イラン、シリア等は前回と同様の参加形態にすべきとして日米欧諸国の提言に反対した24。
非国家主体の参加形態についての方針がようやく定まったのは、第3会期(2022年7月)を控えた2022年4月のことであった。同方針では、引き続き協議資格の有無でNGOsの扱いを分けた上で、資格のない組織の参加への反対は慎重に行うことを加盟国に奨励するとともに、反対の理由を任意でOEWG議長に知らせるべきことが示された25。新たな方針は基本的には前回の参加形態を踏襲しつつも、反対のハードルを少し上げるという、妥協の産物となったことが分かる。実際のところ、同方針が適用されて以降も参加を拒否されるNGOsは引き続き多く出た。なお、欧米系組織の参加はロシア等が拒否しているとされる26。拒否の理由は明らかではないが、一般論として、国連での議論への参加を求める欧米系のNGOsは国家が情報通信を強く統制することには反対であるため、国家による統制を重んじるロシア等にとってその存在は都合が悪い。加えて、日米欧諸国に連なりかねない非国家主体の参加を許すことで、OEWGが自身に利する「場」として機能しなくなることをロシア等は懸念したとも考えられる。
参加者の範囲という基本的事項から議論を紛糾させた第2回OEWGはその後、具体的な成果も収めつつ27、2024年3月に第7会期を開催、2025年の最終報告書の公表に向けてプロセスは終盤を迎えている。もっとも、OEWGもGGEと同様にコンセンサス方式が導入されているため、無事に最終報告書が公表されるかは予断できない。そして今まさに、コンセンサスを難しくしかねない問題として争点となっているのが、第2回OEWG後の「場」の在り方である。
OEWG後の「場」について、日米欧諸国は2022年と2023年、行動計画(PoA)と呼ばれる新たな協力枠組みの立ち上げとその常設化を盛り込んだ決議案を提出し、いずれも160か国近い賛成を得て採択された28。大多数の国が新たな枠組みの導入を支持していることが分かるが、露中、北朝鮮、イラン、シリアといったごく一部の国は反対票を投じ、代わりに、PoAの立ち上げを前提とはせず、第2回OEWGで新たな「場」について議論を深めていく必要性を訴える決議案を提出している29。露中等の提案に日米欧諸国を中心とした50か国以上は反対票を投じるも、同決議も賛成多数で採択され、決議が競合する局面が再び訪れた。
もともとPoAは2020年に、フランスとエジプトが主導し、日本や欧州諸国を中心とした40か国以上が賛同して導入が提案されたものであり、GGEとOEWGのデュアル・プロセスに終止符を打って、国連に新たな常設の「場」を設けようとする試みであった。より具体的にはPoAは、合意済みの事項から実際の適用・具体的な協力を進めつつ、変化する脅威に応じて追加的な規範の検討も視野に入れるとともに、非国家主体との協力も重視する内容であった30。PoAは合理的な取組であるといえた一方、新たな条約等の策定を早急に求めるロシア等の取組をけん制する点では日米欧諸国に利する「場」を提供し得る取組でもあった。先述の通り、こうした提案の最中にロシアは2回目のOEWG開催を推進したのであり、PoAをめぐる議論も第2回OEWGへ持ち越されることとなった。
PoAの在り方は現在まさに議論中であり、その細部は未定である。日米欧諸国間でもPoAの在り方についての統一的な見方がある訳ではないが、おおよそのところ、既存の国際法の適用に関する検討の推進、非国家主体がより積極的に関与できる参加形態の導入、一連の取組を推進するための定期的な会合の設置、そして効果的な能力構築支援の実施が目指されている31。他方、フランスとともにPoAを主導したエジプトは、法的拘束力のある義務の策定も視野に入れるとともに、非国家主体の参加形態については第2回OEWGの形式を踏襲して極力限定することを志向している32。
そうしたエジプトの立場は、PoAに反対するロシアの立場に近い。PoAを西側諸国の政治的な意味合いが込められた取組とみなすロシアは33、2023年、ベラルーシ、キューバ、北朝鮮、シリアなどとともにOEWGの常設化を提案した。同提案は、将来的な条約の策定を視野に入れるとともに、非国家主体の常設OEWGへの参加は厳しく限定(国連加盟国の承認をうけた組織のみ公式なイベントにオブザーバー参加を認め、それ以外の組織については会期間会合といった非公式会合への参加のみ認める)する内容となっている34。ロシアは同年、この提案に先駆けて、ベラルーシ、北朝鮮、ニカラグア、シリア、ベネズエラとともに最新の条約案も公表している35。ロシアは、PoAの枠組み導入が大多数によって支持されている状況、そしてウクライナ侵略による国際的な信頼の失墜もある中で、自身の主導権を確保しようと躍起になっているようにみえる。
ここで興味深い点は、OEWGの常設化と最新の条約案に関するロシアの提案に中国は共同提案国として名を連ねていないことである。さらに言えば中国は、ロシアとは異なり、PoAの枠組み導入には必ずしも明確に反対はしていない。露中間には微妙な立場の違いが観察でき、両者の間で意見相違が生じている可能性や、ロシアによるウクライナ侵略もある中で中国はロシアの取組を表立って支持することに慎重になっている可能性などが考えられる。もっとも、中国は国連での投票といった節目ではロシアを支持している。また中国は、第2回OEWGの最新の会合となる第7会期において、OEWG後の国連での取組は新たな規範や法的枠組みの策定を視野に入れたものであるべきことや36、ロシア等が提案する条約案は新たな法の策定に向けた議論の良い土台になるとの見解も示している37。中国の政策的立ち位置は依然として日米欧諸国よりもロシアに近く、日米欧諸国と露中等とが対立する構図に変わりはない。
デュアル・プロセスを終わらすべく提案されたはずのPoAは、日米欧諸国と露中等との対立を背景に、今やデュアル・プロセスを再来させかねない争点となっている。対立の狭間に置かれている国からは、こうした現状に対する懸念が示されており、例えばブラジルは「場」を争う各国に自制を求め、まずは第2回OEWGでの議論に集中すべきであると訴えている38。冗長的なプロセスは、国連を通じた取組に割ける資源が限られている小国や途上国の議論への効果的な参加を難しくする。また対立による分断の深まりは、サイバー国際規範の普遍性や意義も損ないかねない39。サイバー空間に起因する脅威への対処に国際的な協力が不可欠であるといわれて久しいが、対話の「場」すら定まらない現状からは協力に向けた道のりの険しさがうかがえる。
おわりに
本コメンタリーでは、デジタル技術をめぐるもう一つの戦いである、サイバー国際規範の形成に向けた「場」をめぐる日米欧諸国と露中等との対立を概観してきた。両者の対立は、米国が露中等の権威主義国によるデジタル技術の悪用への対抗を鮮明にさせてきたこととも相まって40、さながら「民主主義陣営」対「権威主義陣営」の様相を呈している。もっとも、実際の状況は特定の政治体制でグループ化できるほどに単純ではなく、そもそも各陣営の足並みも一致している訳ではない。従って、二項対立的な言説は実態と乖離した、無用な対立を助長しかねない見方とも解されている41。他方、「場」をめぐる争いという具体的な問題を通してみたとき、両者の対立は言説にとどまらない具体像としても捉えられる。両者は、陣営内の見解相違よりも陣営間の見解相違の方を際立たせており、その対立関係は、大国間競争という時代背景とも相まって、その他の国々も巻き込みながら規範形成の動向に影響を与えてきた。対立軸の鮮明化は、国際社会の分断を深化させかねない懸念を生むのであり、むしろ戦いを言説レベルにとどめておけるかが要点になるともいえる。そして両者の歩み寄りが求められる中、デュアル・プロセスを終わらせるべく導入の検討が始まったPoAがその当初の目的を果たし、国連での取組が普遍的で意味あるサイバー国際規範の形成へと向かっていくことが期待される。
両者の歩み寄りという文脈で注目されることは、日米欧諸国も露中等もお互いの取組に反発しつつも、ひとたび「場」が設けられれば、そこに参加して積極的に発言するプラグマティックな態度を示してきた事実である。そうした経緯を踏まえれば、PoAに特に反発しているロシアも、いざPoAの枠組みが立ち上がれば、そこへ参加することになろう。実際のところ、デュアル・プロセスの解消を目指して発案されたPoAは露中等に利する「場」として機能する可能性もある。PoAに関する決議では「追加的な法的拘束力のある義務」も必要に応じて検討することも視野に入れられているが42、これはおそらく新たな条約等の策定を目論む露中等の歩み寄りを促す目的だと考えられる。さらに、既述の通りエジプトが想定するPoAの在り方はロシアの立場に近い。PoAの詳細は今後の議論によって決まるのであり、果たして日米欧諸国に利する「場」となるかは予断できない。日米欧諸国には、サイバー国際規範の普遍性や意義を損ないかねない国家間の分断の深化を避けながら、自らにとって好ましい規範形成に向けた潮流を確たるものにする「場」としてPoAを機能させていくための難しいかじ取りが求められている。PoAを当初から支持してきた日本としても、サイバー安全保障政策の策定・実施に関わる問題にいかに建設的に貢献していけるかは重要な課題となる。
Profile
- 原田 有
- 政策シミュレーション室/サイバー安全保障研究室 主任研究官
- 専門分野:
海洋安全保障、サイバーセキュリティ(ガバナンス)